洞
「教主様、後方から伏兵が現れました。我々は挟撃されています。いかがいたしましょう?」
冷静に報告する女に苛立ちを隠さずローブの男が怒鳴り返す。
「いかがも何もあるか!すぐに、零落の花姫を動かせ!」
当初の目論見は、王国軍を狭い峡谷におびき寄せて、花姫の回復力をもって敵を殲滅するはずだった。
初めは上手くいっていたが、予想外に戦線は膠着し始めた。
それもそのはずで、信者は戦闘のプロではなく実践経験も乏しい。それを率いる前線の指揮官も所詮は素人だ。力で圧倒できてもそれが勝率に繋がらず、思っていたほどの戦果は上がっていなかった。
教団側は混成人の圧倒的な強さに目が眩み、戦争の本質を見誤った。
一方、国王軍は目的がはっきりしており、それに向けての作業を着々と積み上げている。
前線での勝利ではなく、戦いを長引かせて渓谷から敵を引きはがし、アイン達の突入を支援するのが目的だ。
そして戦闘が膠着した時、背後に突然兵が現れた。
教主を含め前線で指揮していたものはパニックになった。
「どういうことだ。。あれだけの数の兵が通れるような道はなかったはずだ」
だが、すぐに教主は落ち着きを取り戻した。
たとえ数が多くとも、零落の花姫はそれを凌駕する。
何人来ようとも奴の餌でしかないと。
「零落の花姫に数人がとりついたようです」
女は冷静に報告した。
「。。。何?」
あれにとりついたとしても、吸収されるだけだというのに愚かな。
そう考えた教主は、はっと気付きガタッと席を立つ。
「王が直接来たのか?!前線に王が居たという報告だったな?」
「はい、そう報告されています」
女の報告に、男は舌打ちをする。
「ちっ、まんまとしてやられた、それは偽物だ。私は奴のところへ行く、ここは任せるぞ」
「はっ」
女の返事を待たずに、男はその場を後にした。
。。。
零落の花姫の足元まで来た、アイン、カイルそしてリタの3人は触手を捌くことに苦労していた。
「こりゃきりがないぞ!」「ひぃ。変なとこさわんな」
カイルとリタが苦戦している。
「リタ姉ぇ!少しの間、時間が欲しい!」
アインがリタに隙をつくれないか聞いた。
「わかった!」
そう答えたリタが螺旋の尖針に風の宝珠をセットする。
「それ!」
掛け声とともに一本の針が地面に刺さる。
3人が集まり、そこを中心に風の結界が渦巻くと触手が弾かれた。
「俺たちじゃ、ここから先は足手まといだな」
「ここからは僕と白さんだけで行くよ」
アインはそう言い、言葉を唱える。
「わが身を守りたまえ、守護者の黄金律!」
纏っていた白霧の羽衣が金色に輝きだす。
金糸が織り込まれる様に姿を変えると、黄金の全身鎧に変化した。
守護者の黄金律
4年前では一部しか変化させることが出来なかったが、これまでの努力で全身を覆う鎧とすることができた。
(坊主、分かってると思うが時間がない、急ぐぞ!)
この形態を維持できる時間は10分。
それまでに決着をつけなければ。
「行きます!」
そう言葉を残して、アインが駆け出した。
迫る触手は少年の体に触れることができずはじかれる。
(行けそうだな)「うん!」
緑色の蔓が集まった巨大な足を脱兎のごとく駆け上がる少年。
一気に腰まで登ると、これ以上外側に足場が無いことに気付く。
ここからは内部から向かう必要がありそうだ。
「剣よ在れ」
アインが剣を呼び出し、零落の花姫の腹部を切り裂く。
人が通れるサイズの穴を開けて中に侵入した。
全体から見れば小さいせいか、それとも痛覚が無いのか零落の花姫は何の反応も示さない。
腹部から侵入したアインは、その光景を見て愕然とした。
この大きさを維持するためか、下半身に比べ上半身の蔓の密度が薄く、隙間だらけだった。
それは、これまでに犠牲になった人々の姿を露わにした。
無数に張り巡らされた蔓には、犠牲者の骨が絡まり大量の不気味なオブジェと化していた。
(行くぞ、坊主)
「。。。うん」
アインは、気落ちする自分を叱咤するように気合を入れて登り始めた。
骨の数は異常なほどあり、大きなものや小さなもの。まだ子供でしかない大きさもあった。
「これをジルが。。。」
やさしいあの少女が、このような残虐な結果を招いたなどと思いたくなかった。
そうして登っていくうちに、大きなこぶのようなものが見えてきた。
「白さん、あれ!」
(どうやら着いたみたいだな)
ここまで登ってきた感覚では首の部分にあたる。
「剣よ!」
アインは剣を手にして登る勢いそのままに一閃する。
その中は空洞になっていて少年は中に飛び込んだ。
大人の男数人が立って居られるくらいの空間があり、蔓で覆われている。
切り裂いた入り口はすぐに別の蔓で塞がれてしまった。
そこに、彼女がいた。
「。。。ジル」
四肢を失った少女が、壁に貼り付けられたような姿でうなだれていた。
最初に見たときは気付かなかったが、手足から延びた触手がこの部屋、そして巨大な花人を作り上げていた。
その姿に言葉を失う少年。
「ジ。。ルなの?」
声がかすれ上手く出せない。
声をかけても反応も示さない少女に近づこうと、歩き出そうとしたとき、あの男が現れた。
「困りますな、王よ。女性の部屋に入るときは事前に許可を取らないと」
入口がふさがったこの空洞に、どうやって入り込んだのか、男は不気味に笑いを含んだ声でそう言った。




