信者の姿
「。。。かように、この世の穢れは救いがたく、聖竜様による浄化こそが救いの道なのです」
その場に朗々と響く宣教師の声に、集まった人々は静粛に聞き入っている。
鐘楼を頂くその建物は、集会所として設計された物を改装して聖堂のような荘厳さを演出していた。
壇上には竜の像が置かれて、宣教師がその前で熱弁をふるう。
そこには、白い布で頭を隠した百人余りの住人が集まっていた。
その中に、カイルとリタの姿もあった。
周りと同じように白い布で頭部を隠し、辺りの様子をうかがっている。
。。。
少し前に仲間と合流し情報交換を行った。
鐘楼のある建物は街の中心部にあり、その周辺は広場になっている。
建物に近づくほどに街の住人の姿を多く見るようになった。
ここまでに、街の住人の様子を見た皆は「普通の街」にしか見えないと言う感想だった。
「ここまで、何も違いが無いと、敵の本拠地に来た気がしないな。。。」
「あたしなんて、子供が話しかけてきて普通に会話しちゃったよ。。。」
カイルとリタは拍子抜けしている。
「あたしたちは髪の色があるから、フードで隠してたんだけど、おばちゃんが姉弟かいって飴玉をくれたわ。。。」
「ここにいる人達、笑ってた。。。」
アイシャもアインも困惑している。
連れ去られた犠牲者だと思っていた難民が、ここで幸せそうに過ごしていることに理解が追い付かない。
「。。。ミリーや、カーラ殿の反応はあの建物からなんじゃな?」
ナージャが弟子に尋ねる。
「はい。。。間違いありません」
ミリーは宝珠を握りしめて集中する。
ミリーの持つ双子石の宝珠は、片方の場所を知らせる能力を持つ。
予めカーラに渡されていたものだ。
しばらく様子を見ていると、街の住人が鐘楼のある建物に集まりだした。
リタが住人に話しかけて何事か聞くと住人の女が答えた。
「あんた、ここに来たのは初めてかい? ここでは数刻毎にあの聖堂で『お言葉』を聞くのさ」
「お言葉?」
「ああ、ここで暮らすために必要なことなんだってさ。最初は何言ってるか分からなかったんだけど、だんだん聞くことが当たり前になってね。今では楽しみになってるよ」
そう言って女は聖堂に歩いて行った。
入口では信者が白い布を配っている。
あれを被って話を聞くようだ。
「。。。行ってみるか」
「そうね」
カイルとリタが潜入することになった。
「あ、ちょっと待って」
ミリーが、歩き出そうとする二人を止めて精神の宝珠を渡す。
「これを握っていれば精神支配に耐えられます。気を付けて」
「わかった」「ありがと」と言って向かう二人。
入口で布を配る信者が、冒険者風の二人を胡散臭げな視線で見るも何も言わずに布を渡した。
手に取り頭から被ると、微かに香る匂いに慄然とする。
二人は入場するとすぐに端に寄り、その布の鼻にかかる部分を水で洗った。
「。。。かすかにアルケイドの花の香りがするわね」
「ああ、薬で洗脳の効果を高めてるんだ」
アルケイドの花は高山に生える多年草の花で、その香りは幻覚作用や意識混濁を引き起こす。少量の吸引で、思考力を弱める効果がある。
「あれ見てみな」
カイルが壇上の像を見ると、竜が大きな緑玉色 (エメラルドグリーン)の宝珠を咥えている。
「なるほどね、ここで洗脳を行ってるってわけだ」
リタは苦い表情をする。
そのあと二人は、布の匂いを嗅がないように注意し、精神の宝珠を握りこんで宣教師の話を聞いていた。
カイル達は、言い返したい衝動に耐えて最後まで話が終わるのを待った。
宣教師が手招きをして壇上に複数の男女を上げる。
「今日、ここで選ばれたこの方達は聖竜様の御許へ旅立ちます。栄光あるこの方たちと共に喜びを分かち合いましょう」
そう紹介された人の中に眼の光を失ったカーラがいた。
「!?」
こちらを発見したカーラの朦朧としていた目に光が宿り、こちらに頷き返す。
どうやら、演技のようだ。
潜入捜査を続けていることが確認できた。
何とか接触したいが今は無理だろう。
壇上の選抜者が引き上げ、それに合わせて会場に集まった人々が入口に向かって歩き出す。
人ごみに紛れてカイルとリタも聖堂を後にした。
仲間と合流したカイルは一部始終を報告する。
「カーラ殿も何か理由があって調査を続けているのじゃろう。こちらから接触するのは邪魔になるかもしれん。ここは様子を見て連絡を待つのが良かろう」
ナージャの判断でカーラからの連絡を待つことにした。
夜になった。
地下のはずの街に夜のとばりが落ちる。
44階にもあった失われた技術だ。
ちちち
ミリーの持つ宝珠が小さな音を出す。
双子石の宝珠のもう一つの機能で、空気を振るわせて相手の声を届ける。
近くにいなければ使うことができないが、誰でも念話と同じことができる。
「カーラさんですか?」
『ああ、そちらもうまく潜入できたんだな』
お互いの安否を確認し安堵する。
そこで、状況を確認する。
カーラはこの町への潜入後、街を調査したが教団の深部へといたる情報は見つからなかった。
幹部らしき信者の後をつけて、唯一手が届かなかったのがこの聖堂の地下だという。
その場所は厳重に見張りが付き、何者も踏み入れられないように閉ざされていた。
どうやら、そこに入るには教会に選抜される必要があるようで、カーラは選抜者の一人に入れ替わって潜入することを計画した。
『今いる場所は地下の雑居房といった感じだ。今日集められた住人とその前に集められた者が共同で生活している』
カーラは現在いる場所を知らせる。
『ここで、「禊」という儀式が行われるらしい。私はそれが何かを調べるつもりだ』
「危険だったらすぐに逃げて」
アインがカーラを心配する。
『ご安心を』とカーラが優しい声で返す。
逃走経路は確保してあるということだ。
一行はカーラの行動を待ちつつ準備を行うこととした。
。。。
数人の男女が信者の一人に連れられ、奥の部屋に案内された。
カーラもそのうちの一人として部屋の前まで来た。
「せいぜい楽しみな」
下卑た笑いとともに扉を開ける信者。
開けた扉の隙間からむせ返るような悪臭があふれ出てくる。
ツンと鼻につく匂いや、甘い香り。汗や体液の混じった匂いが鼻腔を襲う。
これまで薬で精神を侵された選抜者達は、言い表すことのできない衝動がこみ上げ無言で部屋に入る。
支配を避けてきたカーラはこの匂いに怖気出す。
吐きたい気持ちを抑えて部屋に入ったカーラは、この世で最も醜悪な儀式の正体を見ることとなった。




