敵は近くにあり
馬車を乗り移った難民たちは、それから誰一人一言も話さなかった。
目はうつろで半分眠っているようだ。
初めに精神の宝珠を見せられた時から様子がおかしい。
強い精神支配を受けていた。
カーラは精神支配を自らの術で打ち破っていた。
怪しまれないようにほかの乗客と同じ振る舞いをする。
そっと、外の様子をうかがう。
5人、いや6人いる。
そのうちの一人以外は、戦闘員の混成人間のようだ。
(ずいぶん、物々しいな。。。アイン様たちの陽動がうまくいっているということか。。。。)
貴重な戦力である混成人間を、5人も付けるのは教団の焦りを写しているといえた。
馬車は深い森の中を進む。
カーラたちは、南の樹海に来ていた。
馬車が通れる道幅のある道などは無いはずだが、先頭を往く混成人が何かをしているようだ。
「。。。!」
フードから伸びる手は植物の蔓に巻かれ全体の形は見えないが、子供のように細かった。
手を前に出し何かの呪文を唱えると、前方の木々がざわざわと蠢きだす。
驚くことに、そこには馬車が通れるほどの道ができていた。
樹木が、何十年何百年もかけて成長と死を繰りし形状を変化させる所を、一瞬でそれを行った。
(生命の魔法か。。。)
「はぁ、はぁ。。。」
道を造った混成人は肩で息をしている。
余程体力を消耗させるのだろう。
馬車は造られた道を通り進んでいく。
道中何度も道が造られ、そのたびに生命の魔法を操る混成人は弱弱しくなっていった。
そして、何度目かの道を造った後に馬からずり落ちた。
「ちっ、ここまでか。おい」
灰色のフードの男がほかの混成人に目くばせする。
命じられた混成人が、馬から落ちた仲間のフードを剥ぎ取る。
フードの下、それは混成人ではなく花の蔓に覆われた、魔物化したただの人だった。
生命力を失った宿主とともに寄生していた花が枯れてゆく。
枯れた蔓の間から10歳くらいの男の子の躯が現れた。
命じられた混成人が真の姿を表しその男の子の躯を食べ始める。
「!」
あまりに凄惨な光景を目にして、カーラは演技を忘れるところだった。
肉を咀嚼する音、骨を砕く音に吐き気がこみ上がる。
「。。。?」
同乗していた混成人がカーラの様子に気付き視線を向ける。
顔を近づけて来る混成人。
そのころには、カーラはぼぉっとした表情に戻り、支配された大人しい乗客となっていた。
少年を喰らった混成人が、一回り大きくなったことを横目で見ながらギリっと奥歯に力を込めるカーラ。
無表情の演技を続けながらも、その心は怒りに満ちていた。
少年が最後に造った道を抜けると樹海の終端が見えた。
そこからは岩場を抜けて街道へと続く道を進んだ。
そこで、再び別の馬車に移された。
(普通人の。。。商人?)
数年前から普通人の商人が増えてきた。
数人の先客がいる。全員みすぼらしい服を着て見えないように手枷をされている。
(これは。。。奴隷商人か。。。)
人身売買は王国が禁止している。
魔族領でのその行為は極刑をもって罰される。
普通人の商人にとって、王国の法はお構いなしなのだろう。
「例の場所へ」
「へい」
ローブの男に金の入った袋と精神の宝珠を渡され、奴隷商人は何食わぬ顔で街道へ馬車を走らせた。
教団の周到な準備に舌を巻く。
普通人の馬車など誰も近寄りはすまい。
カーラたちの乗る馬車は街道を進み、城下町へ向かっている。
(どういうことだ。。。)
馬車は城下町のはずれにある小屋の前で止まる。
乗員はその小屋で待たされた。
夕刻。
男が訪れる。
冒険者風の格好をしているが、あの男だ。
男は全員を着替えさせ、小屋から連れ出す。
向かったのは迷宮の入り口。
今は、難民の受け入れのため、門前に衛兵はいない。
乗員を引き連れた男が迷宮の中に入る。
カーラは男の目を盗んで連絡用の魔術を仕込んだ宝珠を落とす。
男が懐から黒くゆがんだ鈴を取り出し、呪文を唱えると鈴が鳴り出した。
ちりーん
その形から出たとは思えないほどの澄んだ音が鳴り響くと、周囲の景色が変わった。
(どうして。。。)
そこは、アイン達が発見したのとは別の街が広がっていた。




