淑女のたしなみ
アイン達は数日の間、城に逗留することになった。
すぐにでも出発したいという少年を、エラランが引き止めた。
「場所はハッキリしているのですから、城でお待ちください。調査隊の報告を待ってからでもよろしいでしょう」
冒険者として過ごした日々が長く、城での生活が窮屈に感じる。
そう思って、中庭の噴水近くのベンチに座ろうとすると、同じように憂鬱そうな顔で座っているミリーを見つけた。
「はぁ。。。」
「ミリー姉ぇも?」
白いドレスに身を包み、黒髪をアップした17歳の少女は大人の女性のような艶やかさを纏い、普段とは違った雰囲気で少年をドキッとさせた。
「うん、ここだとメイド長が、『城には城にふさわしい御召し物がございます』って言ってすぐ着替えさせたがるんだもん」
素材が良いせいか、着せ替え人形のように着替えさせられることの多いミリーは辟易としている。
美しく成長した少女に、少年は年上の女性に対する憧れに近い、むずむずした感情を抱くようになっていた。
「やっぱりいつもの服のほうが落ち着くなぁ」
足を投げ出して伸びをする少女に、いつもの義姉の姿を見てくすくす笑う。
「なぁに?」
ミリーが笑うアインを見て、すねたように問い質す。
「ミリー姉ぇは変わらないね」
義姉の伸びやかな性格を好ましく思う。
「アインだって、旅してる時の方がらしいわよ」
そう言って二人で笑い合う。
その姿を、遠くから赤いドレスを着た少女が眺めていた。
。。。
城にいる間は人の目がある所以外では、厳しくマナーの指導が入った。
冒険者にとっては魔物と戦うよりも、こちらの方が難題だ。
ナージャ以外は公の席での作法などに接する機会などなく、皆苦戦していた。
「はぁ、情けないのお。魔術以外も教えておくんじゃったわい」
4人全員が情けない顔で老婆を見る。
「大体、冒険者がこんな作法覚えて何になるって言うんだよ」
カイルが相当飽き飽きしてきたのかナージャに不平を漏らす。
「何を言っとる。冒険者もランクが上がれば公の席での会合も多くなるぞ。わしの知ってる上位ランカーは皆最低限のマナーくらいは熟してたもんじゃ」
老婆の言葉にぐうの音も出ず引き下がる。
それに比べ、アイシャの作法は完璧だった。
所作の一つ一つが見られることを意識しており、指先一つ動かすにも優雅さが溢れている。
ちらっ
アイシャがミリーを見つめ、食事に奮闘する様を、いたずらが成功して勝ち誇った子供のような目で見る。
「?」
ミリーは、それに気付いて不思議に思うが、アイシャはすぐに視線をそらしてしまう。
それからというものの、ミリーが作法に失敗する所に、何故かアイシャが現れては完璧な振る舞いを披露していった。
ミリーが大浴場でポツンとお湯に浸かっている。
少女は顔の半分までお湯の中に入って、落ち込んでいた。
(あの子と比べて、私ったらどうしてガサツなのかしら。。。年上なのに情けない。。。)
積み重ねた年月を魔術の修行と冒険に捧げてきた身だ。その日々が劣っていることにはならないだろう。しかし、女性としての矜持がへし折られるのは耐えがたかった。
「ねぇ。ご一緒してもいいかしら」
声をかけられた。
びくっと反射的に振り返ると、そこに金髪の少女が居た。
「あ、あの、えーと。どうぞ。私はもう出ますから」
ミリーはどぎまぎして浴室を出ようとする。
「あなたと話がしたかったの。。。ダメ?」
アイシャが小さい声で語りかける。
「え?」
いつもの尊大な雰囲気とは違い、何かを聞きたそうに、もじもじした姿は年相応の少女に見えた。
「。。。」
静々と湯船に入るアイシャを見て、ミリーもゆっくり浸かり直す姿勢を取る。
「。。。」
「。。。」
しばらくの間、お湯の心地よさに身を任せ無言で過ごす二人。
「。。。あなた、アインとはずっと一緒なのよね。。。」
「え?ええ。小さい時からね」
アイシャが聞きたいことってアインの事?
「仲いいわよね。。。あなたたち」
「?」
それは、ずっと一緒なのだから当然だ。
仲たがいしていたらパーティなど組むことは出来ない。
「その。。。ミリー、さんはアインのことどう思ってるの。。。」
「?。。。どうって?」
普段の物言いがハッキリしているだけに、アイシャの聞きたいことが分からない。
「その。。。すす、す、好き合ってるというか。こ、こ、恋人のようにとか」
「へ?」
ミリーは、思いもよらない質問に間抜けな声を出した。
アイシャの方を見ると、顔を真っ赤にして下を向いている。
(あ、そういうことか)
やっとわかったという顔をしてミリーが答える。
「アインと私はそういうのじゃないわよ。姉弟というか、ほっとけない感じ」
「そうなの?でも、彼一番心を許してる様に見えた」
無邪気に笑い合う二人を見て、胸の奥がチクッとした。
それが何なのか知るには、アイシャは幼かった。
「家族だからね」
ミリーは一緒に過ごした時間と関係をそう言い表した。
「家族かぁ。。。いいなぁ」
アイシャが寂しそうにつぶやく。
そうか、この子は孤児だったころからずっと一人だったんだ。
城の大人たちは、王候補としてしか見てなかったのだろう。
「アイシャちゃん。。。あなたも一緒だよ」
「え?」
「みんなで世界を救う仲間で、家族なんだから」
ミリーはそう言った。
「っ!」
金髪の少女は黒髪の少女を見つめ、その瞳から大粒の涙を流した。
「うん、うれしい」
アイシャが素直な言葉を口にする。そして、すっきりしたような顔で浴場を去っていった。
「そっかぁ、あの子。アインの事を。。。」
姉として弟の相手にふさわしいかと考えるが、止めた。
なる様にしかならないよねと、放り出したい気分だった。
それと同時に、弟としてしか見えていなかった少年のことを思い出す。
トゥクン
「あれ?」
なにか胸のつかえを感じたような。
少女は湯船に浸かりながら、頭に?マークをいくつも浮かべていた。




