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その終焉に手向けの花を  作者: Hatsuki
第1章 花の都にて、再び

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06.名前を交わす




 気がつくと外は既に暗くなっていた。


 どうやらあのまま眠ってしまったらしい。

 

 蝋燭の光なのか部屋を照らす薄明かりを辿って視線だけを動かすと、ベッド脇の椅子に座ったあの人の姿があった。

 そして、その手にはあの絵本が。


 私が身じろいだことに気が付いた彼と視線が合う。


「目が覚めたか」

「はい。……まさかまた1日とか、経ってないですよね?」

「ああ。今回は数刻しか経っていない」

「そう、ですか」


 彼の言葉に少し安心する。


 リティスはあと数日で、私の魂と肉体がこの世界に馴染むと言っていたけれど、流石にまた数日間眠り続けるわけではないみたい。


 あながちマルクスさんの診断も間違ってはいなかったんだ。

 

 全快したらその後、私はどうなるんだろう?

 流石にこの邸宅からは出ていかないといけないよね?

 元の世界に戻る方法がわからない以上は、この世界で暮らしていかないといけないから、お金も稼がないといけない。


 ゆっくりと上体を起こし、彼から差し出された水が入ったコップをお礼を言いつつ受け取り口にする。


「あと数日は安静みたいだな」

「はい……あの、その本は」

「ああ、久々に目にしたんで読んでいた」

「そう、なんですね。……あの、この本はなんなのですか?」


 絵本だけあってストーリーはわかりやすかったけれど、どうしてロウェリーさんは記憶を思い出すきっかけにこの本を選んだんだろう?

 この人も久々に見たと言っているし。


 じっと本を見つめる私の疑問を察してくれたのか、彼は本に目を向けたまま答えてくれた。


「この本は、世界の起源が誰にでもわかるようにと神聖国が作ったものだ」

「世界の、起源ですか……?」

「ああ。神聖国が管理する全ての神殿や大聖堂、教会に置かれているから、貴族はもちろんそれ以外の者たちにも幅広く認知されている」

「そうなんですね」


 それほど常識的な本だったんだ。

 世界の起源ってことは、神話みたいな感じかな?


 じゃあ絵本に出てくる少年は、この世界の神様ってことなのかな?


 それに竜や少年に似た人々。

 そして悪魔に、ロウェリーさんが話していた魔獣と、塵のように消える喋る猫。


 ここまで揃うと、この世界にはもしかして──


「あの、唐突なのですが……もしかして魔法を使えたりしますか?」

「ああ。そういえばまだ暗いままだったな」


 私の言葉に青年は気付いたように読んでいた本を閉じると指を鳴らした。

 パチンッと軽快な音が聞こえた瞬間、薄暗かった部屋が明るくなった。

 

 一体どうなっているの?


 眩しさに目を細めながら、すぐそばにある灯りをよく見ると壁にある装飾部分に石のようなものが嵌め込まれていた。

 それが発光することで、部屋を照らしているんだ。


「それは光源石だ。魔力を少し流すだけで内に溜め込まれたマナを消費して石自体が発光する仕組みになっている。まあ光源石がなくとも、蝋燭に火を灯すくらいなら簡単にできるが」


 フワッと彼の手のひらの上に現れた炎に、目を見開いたのは言うまでもない。

 

 リティスやガルディエール、黒い獣もそうだけれど、やっぱり私はとんでもない世界に来てしまったみたい。


 呆然と青年の手に浮かぶ炎を見つめていると、その炎はゆっくりと消えてしまった。


「それで、そなたの名前の事だが」


 投げかけられた言葉にドクリと心臓が脈打つ。


 ロウェリーさんによる介助兼聴取の間も何度も思い出そうとはしたものの、今までの記憶は覚えているのに、なぜか自分の名前だけは出てこなかった。


 どうして名前だけを忘れてしまったんだろう。


 また不安感が増して、視線を手元にあるコップを見つめる。


「それが……まだ思い出せないです。文字や言葉、基本的な所作は分かるのですが、それ以外はまだ……」

「そうか」


 もしかすると本当に、傷を癒す代わりに精霊に名前を取られてしまったのかもしれない。

 それでも私が私である事に変わりはないから、そこはもう切り替えないと。


 寧ろ対価が名前だけで良かった。


 とりあえず名前を考えないと……名前がないのは色々と不便だろうし。


 口元を手で覆い考えていると隣から一瞬小さな笑い声が聞こえた。


「どうかしましたか?」

「いや、あまりにそなたの表情が変わるもので……」

「そんなに変わっていましたか?」

「ああ。意外と表情は豊かなんだな」


 初めて見る青年の和かな表情に目が奪われる。


 この人、普通に笑えるんだと思ってしまったのは秘密にしておこう。

 それにしてもイケメンの笑顔は反則過ぎるよ。


 青年から顔を背けて緩む口元を手で隠す。


「ルリアネ」

「え?」


 唐突に発せられた名前と思しき言葉に青年の方に振り向くと、先程の笑みはなく事務的な表情に戻っていた。


「名前がわからない状態では、こちらも支障をきたしかねない。それを踏まえた上で、そなたには本当の名前を思い出すまでは『ルリアネ』と名乗ってもらう」


 名前の綴りが書かれた小さな紙切れを渡される。


「ルリ、アネ……」


 これがこの世界での私の名前。


 綺麗な響きと思った瞬間、ドクリと心臓が脈打つ。

 その違和感に胸に手を当てるも、それ以上異常は感じなかった。

 とりあえず、今はその名前を使わせてもらおう。自分で考えるとボロが出るかもしれないし。


「わかりました。本当の名前を思い出すまでは、この名前を使わせていただきます。それから、とても今更になってしまうのですが、貴方の名前を教えていただいてもいいですか?」


 少し緊張した面持ちで、青年の顔を見つめる。


 初めて会った時も、ここで初めて目が覚めた時も、結局この人の名前を聞けなかった。


 ロウェリーさんに聞いても良かったんだけれど、本人から直接聞きたい。

 

 まさか名前を聞かれるとは思っていなかったのか、青年は一瞬目を見開くと、爽やかだけどどこか裏がある様な笑みを浮かべた。


「ヴァレン。それが私の名だ」

 




 ◇ ◇ ◇





「あら、まさかこんなにも早く新たな神託が下されるなんて」


 月明かりに照らされた様々な花が咲きこぼれる庭園の中、中央にある大きな噴水の縁に腰を下ろし数多な星々が煌めく夜空を見上げながら白の衣に身を包んだ女性が1人呟く。


 すると遠くの方からカソックを着た男性が女性の元に慌てた様子で駆け寄る。


「ベレニス様!先程の神託はお聞きになられましたか!?」

「ええ。ちゃんと聞きましたよ、クロイチェ。神聖国は今頃大慌てでしょうね」


 ふふふふと楽しげに笑うベレニスにクロイチェは肩を落とし苦笑いを浮かべた。










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