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その終焉に手向けの花を  作者: Hatsuki
第1章 花の都にて、再び

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02.月明かりの下で




「どうやら人攫いたちはあのままクラヴィスの森を抜け、プルメール王国へ向かう予定だったようです」

「プルメールですか。あの国は紛争地域にも面しているので奴隷売買が盛んに行われていますね」

「はい。この時期は例の祭典で人の出入りが盛んになりますので、そこを狙ったのでしょう」


 比較的上質な部屋の中、椅子に向かい合う形で執事服の男性と黒髪の青年が座り、椅子の傍に黒を基調とした軽装の騎士服を着た4人の人物が立っていた。

 その人物たちの間に置かれたテーブルに9歳くらいの幼女が温かいコーヒーが淹れられたカップをそっと置いていく。


「ありがとうございます。アルシェ」

「…………」


 白髪の執事が幼女に礼を言うと、幼女は花緑青の瞳を嬉しそうに細めぺこりと頭を下げると、トレンチを抱えて部屋の隅に用意された椅子に座った。


「それで保護した少女たちは?」

「私とアルシェを除いた7名の内6名は幸いにも身元が判明していますが、残りの1名がその……」


 何故か言い淀むロウェリーに執事と幼女以外の視線が集中する。


 どこか困惑した表情を浮かべるロウェリーに、目の前に座っていた執事は続きを促すように頷くと、ロウェリーは一度視線を逸らすも意を決したように執事の向かい側の椅子に腰掛ける黒髪の青年へと視線を向けた。


「実はその1名はまだ目が覚めておらず、彼女に対しての聴取が進んでいない状況ですが、人攫いの連中によると彼女はクラヴィスの森の中、聖女の結界の境界線とされているクラージュ川付近で、血塗れの状態で1人倒れていたところを見付けたらしく、見るからに顔立ちも良いことから奴隷商に引き渡すまでに生きていればいい商品になるだろうと連れて来られたようです。

 そして先程、邸宅前で騒いでいたクラヴィスの森から戻ってきたという2人の子どもの証言によると、聖女の結界外で魔獣に襲われそうになっていたところをある少女に助けられ、無事に帰って来れたとの事でして、念の為その2人に直接彼女を確認してもらった結果、その少女と同一人物であることが判明しました」

「それで」


 続きを促す様な抑揚のない青年の言葉にロウェリーは緊張のあまりゴクリと唾を飲み、言葉を続けた。


「……連中を制圧した後、車内で再び気を失った彼女の身体を確認したのですが、大量の血の痕はあったものの彼女の身体にはどこにも傷はありませんでした」


 ロウェリーの言葉に何かを思案するように青年は口元を手で覆う。

 青年の金色の瞳の鋭い視線に抑圧されながらもロウェリーは続ける。


「あの血痕の量にも関わらず、傷がないというのは不自然です。なので彼女については別途、調査をするとともに、しばらくは監視対象として扱うべきだと僭越ながら申し上げます」

「そうか。ならロウェリー、その者の監視はそなたに任せよう。ヴィセル、フェンデル、ベニシオンは森に入り、調査を」

「「「「御意」」」」


 話がまとまり、各自が告げられた任務に姿勢を正した時だった。

 扉から慌てた様なノックの音が部屋に響いた。

 それに反応してロウェリーが扉を開けると、そこにはとても焦っている様子の女性が立っていた。


「何事ですか?」

「お話し中申し訳ございません。それが保護された少女の方々の中でも特に注意するようにと申し付かっておりましたお方の姿がどこにも見当たらなくなってしまって」




 ◇ ◇ ◇




 月明かりの下、草原に生える草を裸足で踏みしめながら1人の少女が当ても無く歩いていた。


 ──これからどうしよう。


 目が覚めたらベッドの上で、血と泥で汚れていた身体も綺麗になっていて、ボロ布とは別の清潔感のある白い服を着せられていた。


 それに驚いて思わず窓から飛び出して来ちゃったけれど、大丈夫だよね……?


 白髪の執事服の男性が小屋の扉を開けてくれたところまでは覚えてるけれど、肝心の助かったかどうかがわからなかったし、目が覚めたら誰もいない部屋の綺麗なベッドの上で、これまた綺麗な白のワンピースを着せられていたら、売られたと思って焦るよね?

 でも本当に助けられて、ただあの部屋に寝かされていただけなら、悪いことをしてしまったかもしれない。


 自分の行動が正しかったのか、悶々としながら歩いていると、柔らかな夜風に頬を撫でられる。


 いつの間にか湖の辺にまで来ていたらしい。

 ずっと裸足で歩いていたのもあって、足の裏が痛むことに気が付く。


 ふうと小さく息を吐いて、ゆっくりとその場に腰を下ろす。

 岸の向こう側では街明かりが湖の水面を照らしている。

 

 夜も遅いと思うのに、まだあんなに明るいなんて。


 春先みたいだけど夜風が冷たい。

 部屋から持ち出していたショールを頭の上から被る。


 ほんと、ここは一体何処なんだろう。


 街を出るまでに見た人たちの服装や建物の感じから、中世のヨーロッパを彷彿とさせるけれど、家から一瞬でそんな場所に来てしまうこともあり得ないし、あの禍々しい気配を纏った黒い獣は理解できない。


 それにあの小屋の中に閉じ込められていた時もそうだけど、私が寝かされていた部屋を抜け出してから、街の外に出るまでにすれ違った人たちの会話を意識して聞いてみると、日本語ではなかった。


 でも森の中で会ったあの子たちとは、普通に会話はできていたよね?

 あの時は黒い獣から逃げることしか考えていなかったから、気にもしていなかったけれど、どうして会話が普通にできたんだろう。


 普段なら外国語は簡単な英語くらいしか話せないのに……。


 でも、どうしてかはわからないけれど、これで他人との会話に困ることはないのかもしれない。


 それでもかなりハードな状況には変わらないけれど。


 いつもみたく学校に行く為に玄関から出た筈なのに、気が付いたら鬱蒼とした森の中の小さな池の前で、澄んだヘーゼルの瞳と淡いクリーム色の綺麗な模様が印象的な可愛い白い猫がいたと思ったら、突然変な獣に襲われて大怪我をするわ、悪夢を見るわ、拉致されるわ、本当についてなさすぎる……。


 というかどうして傷が消えたんだろう。


 あの黒い獣から逃げる時や川を渡り切った時に確かに傷を負った筈で、あのボロ布の服にも血は付いていて、血の匂いもかなりしていた筈なのに。


 もうわからない事だらけだよ……。


 両膝を抱えて顔を埋める。

 こうしたところで何も変わらないけど、今はもう何も考えたくない。


「ここで何をしている?」


 不意に頭上から掛けられた言葉にビクリと肩を揺らせて顔を上げると、そこには腰に剣を携え黒く長いマントを纏った青年が立っていた。


 雲のせいで月明かりが遮られ、青年の顔がよく見えず戸惑うも、答えないとまずいと慌てて立ち上がり口を開きかけた時だった。


 突然強い風が2人の間を吹き抜けると同時に、小さな光の粒子の数々が周囲に舞い上がる。


 風が吹いた拍子に被っていたショールが落ち、再び顔を出した月明かりと小さな光に照らされた事によりお互いの顔が露わとなった。


 その瞬間、まるで時が止まったかのようだった。


 それは私だけでなく目の前の青年も同様、お互いの時間が止まったかのようにお互い視線を合わせたまま、何故か動くことができなかった。




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