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その終焉に手向けの花を  作者: Hatsuki
第1章 花の都にて、再び

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01.災難続き



 

 ──いつも同じ夢を見る。


 それは必ず、『私の死』で終わる。


 ──そしていつも聞こえる誰かの声に


 胸が締め付けられて泣きそうになる──




 ◇ ◇ ◇




 ガタガタと音を立てながら揺れ動く振動と、固く冷たい木の感触にゆっくりと瞼を開ける。


 ……生きて、る……


 まだはっきりとしない意識の中、乾いた唇を触ろうと手を動かすとジャラと鉄が擦れる音ともに両手首と首からひんやりと固く重い感触がした。


 これ、は……手錠?


 じっと両手首に嵌められた初めて見る鉄の塊をまじまじと見つめる。


 どうしてこんな物が?と思いつつ、まだはっきりとしない意識の中、嗅ぎ慣れないきつい鉄の匂いに顔を顰める。ジャラリと鎖の音を立て、今まで感じたことのない倦怠感に襲われながら、床に手を付いて、腰を引きゆっくりと上体を起こして、背中を壁に預けて深く息を吐く。

 上体を起こしたことで、首に嵌められた鉄の重さが、ずしりと肩にかかる。

 

 ひんやりと鉄独特の冷たさにやっと頭の中の霧が晴れていく。 

 ゆっくりと周囲の明るさに慣れた目で辺りを見渡す。


 1つしかない鉄格子の窓から僅かに差し込む月明かりのような、薄明かりに照らされたそこはまるで古びた木の小屋のようだった。

 

 そしてその中で繋がれているのは、私だけではなかったみたい。


 私以外に8人。

 私を含め全員が、薄汚れた同じ服を着て、目深にフードを被った状態で鎖に繋がれていた。


 あまりの現実離れした状況に、声を上げそうになったけれど、どうしてか掠れた息だけが喉から漏れるだけで、もう一度声を出そうと口を開けるも、声が響くことはなく、掠れた吐息だけがその場に響くだけだった。


 ──声が出ない。

 

 どうしてなのか理解できず、ジャラリと鎖の音を響かせ、俯きただ喉元を冷たくなった手で覆う。

 自分が置かれた状況から導き出された、信じたくもない結論(答え)に全身の血の気が引いていく感覚に襲われる。


 ──本当、どうしてこうなったの?




 ◇ ◇ ◇




「ここは……?」


 いつも通りに開けたはずの玄関の扉の先に広がる鬱蒼とした森の中の光景に、私は訳もわからず1人呆然と立ち尽くす事しかできなかった。


 しかも、いつの間にか掴んでいたドアノブの感覚もなくなっていて、咄嗟に後ろを振り返ると、後ろにある筈の玄関から続く部屋の光景が消えてしまっていた。


 ──これは一体どういう事?


 訳のわからない状況に呆然と立ち尽くしていると、ふと視線を感じて唯一、日が差し込んでいた場所に目を向けると、小さな池の上に倒木した大きな木があり、その木の上に1匹の白い猫が座っていた。


 どうしてこんなところに猫がいるのか疑問に思うものの、その猫から目を逸らすことができず、このあり得ない状況に頭が上手く回らないまま、なぜか白い猫へと足を進める。

 徐に近付いても逃げない猫にそのまま手を伸ばして触れた瞬間、頭の中に一瞬誰かの声が聞こえた気がした。


 だけど、その声について考えることはできなかった。


 茜色に照らされる中、不意に不気味な唸り声が森に響く。

 反射的に猫を抱き上げて唸り声が聞こえた方向を凝視すると、鬱蒼とした木々の中から現れたのは2本の角が生えたライオンのような頭に猿の胴体をした隻眼の黒い獣だった。


 その獣と目が合った瞬間、猫を抱き上げ走り出していた。


 ──なにあれ?普通の野生動物じゃないよね?


 着ているお気に入りの制服の袖が木々の枝に引っ掛かって破けようと、タイツが裂けようとも立ち止まらず、背後から迫り来る禍々しい気配に無我夢中にただひたすらに走る。


 木々の間を抜け、倒木を飛び越えた時だった。

 不意に視界の端に動く2つの影が映った。


 あれは──子ども?


 視線を改めて向けると、その2人の子供の前には、巨大な鶏の姿で蛇のような長い尻尾を持つ別の黒い獣が立ちはだかっていた。


 その光景を目にして一瞬思考が止まるも、次の瞬間には体が動いていた。


「逃げて!」


 全力で走っていたから、喉から血の味がする。

 掠れた声を上げながら、子どもたちに駆け寄り鳥型の魔い獣との間に入った瞬間だった。


 ギェエエエエ!!!!


 凄まじい咆哮が上がったと同時に、私を追い掛けていた猿型の獣が鳥型の獣の首元に噛み付き、地面へと押し倒す光景が視界に飛び込んだ。


 恐ろしい獣同士の戦闘に、恐怖のあまり立ち尽くすも、腕の中の猫が身を捩ったおかげで我に返る事ができた。視線は黒い獣たちに向けたまま、後ろにいる2人の子どもへ声を掛ける。


「走って。あとは私が引き付けるから、今のうちに逃げて」

「で、でも……」

「いいから早く走って」

「け、結界!このまま後ろに走ると、結界があるから……お姉ちゃんも絶対逃げ切って!」


 戸惑いの雰囲気を残しつつも、子どもたちが駆け出す気配を背中で感じて安堵しながら、腕の中にいる白い猫に視線を落とす。


「君も逃げて、全速力で走ったらきっと大丈夫だから」


 未だ目の前で繰り広げられている、凄まじい黒い獣同士の戦闘に震えながらも、そっと白い猫を地面に下ろす。

 地面に降ろされた猫は、じっと私の顔を一見してから、子どもたちが言い残した方向へと走り出した。


 ──これでいい。


 心臓が強く脈打ち、血の気が引いていくのを感じながら、ぎゅっと唇を噛み締め、限界まで気配を殺して、凄まじい黒い獣同士の戦闘を見つめる。

  

 子どもたちと白い猫(あの子)が逃げ切るまでの時間は稼がないといけない。

 その時間はあまり長くはないかもしれないけど……。


 しゅ、とふいに空気が裂けた音が聞こえた直後、後ろから何かが刺さった音が聞こえて視線を向けると、木に黒い靄を纏った刃物のようなものが刺さっていた。


 それを認識した直後、耳を劈くような悲鳴とも咆哮ともつかない声が森を裂いた。


 反射的に視線を戻すと、ゆっくりと地面へと崩れ落ちる鳥型の獣の姿が見え、その影から嘲笑うかのような不気味な笑みを浮かべた猿型の獣の姿を目にした瞬間、再び走り出した。


 ──早く!もっと速く走らないと!


 恐怖で視界が滲む中、子どもたちが教えてくれた先へ。

 木々の枝に肌を掠めながら無我夢中で走っていると、突然地面が消え、落下感に襲われた直後、水飛沫が上がった。


 川に落ちたと認識する余裕もなく、無我夢中で冷たい川の流れに転びそうになりながらも、必死に足を前へと進める。


 川の中ほどに足を踏み入れた時だった。

 まるで薄いベールのようなものを通り抜けたような、不思議な感覚に目を見開く。

 それはすぐに消えたけれど、明らかに周囲の空気が変わった。


 ──これが結界?


 状況の変化に頭が追いつかない。

 それでも止まる事なく必死に川を渡りきり、残る力を振り絞って、泥だらけになりながらもなんとか川から這い上がる。


「……はぁ……」

 

 あのまとわり付くような重たい空気が消えたことに、全身の力が抜けてゆっくりと息を吐く。

 だけどまだ終わってないと、腕と脚に力を入れな直し、ゆっくりと立ち上がった時だった。


 しゅ、と何かが頬を掠めた直後、鋭い痛みが頬に走る。


「──っ」

 

 ぞくりと背後から感じる剥き出しの殺意に背筋が栗立つ。

 まさかと思いながらも、視線を川の向こう岸へと向けた途端、ひゅ、と息が詰まった。


 不気味に歪む表情をした黒い獣がそこにいた。

 ゆっくりと視線が合った瞬間、空気が裂ける音が響く。


 その直後、言い表せないほどの激痛が衝撃と共に身体中に走る。


 何が起きたのか理解する間もなく、全身の力が抜けていく感覚に襲われ、ぐらりと世界が傾く。湿った土の感触と鉄の匂いを感じながら、そこで私の意識は途切れたのだった。




 ◇ ◇ ◇

 



 そして目が覚めたら、次は囚われの身って……一体どうなっているの?

 しかも鎖が付いた鉄の手枷と首輪に映画で見たことのある昔の囚人服みたいな服を着せられているなんて……。

 

 玄関の扉を開けてから、今に至る全てが夢であって欲しいと何度も瞬きを繰り返すけれど、目の前に広がる光景が変わることはなく、ガタガタと車輪が動くような音だけが響くだけだった。


 情報が少なすぎる。 

 周りに座る人たちに話を聞きたいけれど、声が出ないからそれも叶わない。

 

 それにしてもどうして私は助かったんだろう?

 あの時、何かが幾つも身体中に突き刺さって、言い表せないほどの激痛に襲われたところまでは覚えてる。

 明らかに死んでいてもおかしくない程の傷だったのに、今は全く痛みを感じないのはどうしてだろう?

 血の匂いと血痕は身体や服に残っているのに……。


 とりあえず、今はここからどうやって脱出するかを考えないと。

 

 どうして傷が消えているのかとか、あの黒い獣はなんだったのかとか、気になる事が多いけれど、今はこっちが最優先。


 ちらりと横目で他の子たちの様子を窺うと、皆少しの声も出すことなく、フードで表情は見えないけれど諦めに似たような暗い雰囲気を漂わせていた。


 確かに、この状況だと絶望しかないよね。


 手と首には錠。

 ボロ布を着せられただけの身体。

 そして来たる未来はおそらく悲惨なものだろう……。

 

 これから待ち受けるであろう最悪な未来に、思わずため息が出てしまう。


 ふと視線を感じてそちらを見ると、斜め向えに座る小さな女の子と目が合った。

 その花緑青の瞳を見た瞬間、ドクリと心臓が脈打つ。


 どうしてだろう?

 初めて見る筈なのに、なぜか既視感を感じる。


 それでも初めて見る瞳だと首を振り、また女の子へと再び視線を向けると、膝頭に顔を埋めてしまっていた。

 その様子を気遣うように隣に座る女の人が身を寄せているのを見ると、2人は姉妹なのかな?

 というかさっきの瞳の色、明らかに日本人ではないよね……。

 私も日本人離れしてる部分はあるけれど。


 とりあえず逃げるなら馬車が止まってからでないと無理か。

 手錠もどうにかしないと。


 壁に背中を預けて両手に嵌る手錠の鎖を鳴らしながら、この状況をどうするかを考える。


 外にいる誘拐犯たちには話は通じないだろうな。

 震動音と一緒に聞こえてくる微かな会話は決して印象のいいものではなく、都合が悪くなると暴力で解決するようなタイプの人たちのものだ。


 声の数や音から私たちがいる小屋のような物は1つ。

 それを動かしている人1人とその周りに5人くらいってところかな?


 人数を把握したところで、流石にこの状況では何も出来ないかと、落胆していると突然小屋の動きが止まった。


 突然止まった事で横に倒れそうになるものの、なんとか手をついて倒れることはなかったけれど、何が起こったのかと顔を上げた瞬間、聞こえてきたのはさっきまで話し声を発していた人たちの叫び声ともとれる悲鳴だった。

 その悲鳴もすぐに消えて、張り詰める緊張の中、静まり返る小屋に静かに響いたのは扉の金属質の重たい開錠の音だった。


 そして古びた音を立てながらゆっくりと扉が開かれる。


「ご苦労様でした。ロウェリーさん、アルシェ」


 そこに立っていたのは月明かりの下、執事服姿で右目に片眼鏡(モノクル)と左胸に紫の光を反射させた装飾を付けた初老の白髪の男性だった。

 その男性の言葉に重たい金属が床にぶつかる音が小屋の中に響き渡り、先程の姉妹の姉だろう人がゆっくりと立ち上がった。


「いえ、このくらいは。どうやら首尾良くいったみたいですね」

「ええ。お陰様で領地内で治めることができました」

「そうですか、では予定通りに──」


 男性の傍に移動して何かを小声で話し終えると、被っていた薄汚れたフードを脱ぎ、後ろに一束に結われた長い山吹色の髪を靡かせると、真っ直ぐな視線でこちらを振り返る。


 これは助かったのかな?と思った瞬間、なぜかとてつもない眠気に襲われた。

 眠ってはいけない状況なのに、抗うこともできずに私はそのまま瞼を閉じてしまった──







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