13.帰還、そして
「結局、調律者を選んだのか」
「うん。その方が世界を旅するのにいいと思って」
「ほう世界を旅するか。……それでルリアネ。そろそろ離してくれないか?」
「……………」
ぎゅうぎゅうと柔らかいほっぺを挟む両手に小さな手が重なる。
やっぱり見た目が子供だから、頬っぺたが本当に柔らかい。
お気に入りの貴重な月華石をくれたけれど、やっぱりあの森でのことはまだ少し許せなかったので、やっと顔を出してくれたルジストにはサンドウィッチの刑を執行。
さすがに10分くらいは経ったからそろそろやめてあげようかな。
「まさか調律者登録時に風の眷属と契約を結ぶとは予想外だったが、今のルリアネにとってはいい判断。エルミス等級の魔獣は正直今のルリアネの手に余るからな」
「風の眷属?」
解放された頬を両手でさすりながら、ぽそりと呟かれた内容にまじまじとルリアネはルジストの顔を見つめる。
なにそれ?初耳なのですが……。
それに話の流れ的にリティスのことだよね?
初めて聞く呼び名に首を傾げるルリアネに、ルジストは一旦間を置くと、呆れた様に大きくため息を吐かれた。
え、何その反応……。
ルジストの反応が気になり、リティスについて聞いてみようとルリアネは口を開きかけたが、それを許さずルジストに先手を打たれた。
「クレイヴに私が贈った月華石の加工と装飾品の修復を依頼したようだな。依代ができれば会話をする機会も増える。その時に当人に直接聞いてみるといい」
確かに、本人の口から直接聞く方がいいよね。
本当はリティスにいろいろと気になる事を聞こうと思っていたけれど、とうとう分身体の限界が来てしまったらしく、光の塵になる様に消えてしまった。
だけど絆の契約を結んだからか、見えないけれど確かにリティスの存在を感じることができる。
「あと、先に言っておくが、お前の力について私は何も言うつもりははい。鍵も扉も既に開いている状態だ。あとはルリアネ。どうするかはお前次第だ」
「私、次第……?」
鍵も扉も開いているってどういうこと?
それにあとは私次第って……。
これまでの不可思議な現象について改めて思い返してみる。
「クラヴィスの森での傷は、私が自分で治したってルジストは言っていたよね。そして獅子猿の魔核の浄化も私がやってこの魔石になったって」
ポシェットから水色に輝く魔石を取り出す。
緑陰に所属する際、身分証明兼各地域の通行許可証となるバングルを作るということで、等級の証として本来なら試験で倒した魔獣の魔核を神殿に依頼して浄化をし、魔石にしてからバングルを作るので、ある程度日数が必要だったけれど、今回は獅子猿から得た水色の魔石があるものの、最下位のゾハルからだから、直ぐにバングルを作ることが出来て、この獅子猿から得た水色の魔石が結局余ったんだよね。
そしてそのバングルを手首に合わせる作業はクレイヴさんが担当してくれた。
ちなみにバングルの裏側に緑陰とルリアネの文字が刻印されている。
最後にバングルに血を一滴垂らす工程があったけれど、ナイフで少しだけ切った傷はいつの間にかなくなってしまっている。
これは要するに、やっぱり──
「私には治癒と浄化の力がある?」
ちらりとルジストを見ると、やっと自覚したかと言いたげに、生温かい視線を向けられた。
いや、予想はしていたけれど、認めたくなかった。
認めてしまえば、大きな波に飲み込まれてしまいそうな気がして怖かったのが本音。
それにどうやったら使えるのか、発動条件がわからないし、私自身が瀕死の状態にならないと使えない様じゃ困る。
使う度に倒れる様じゃ、ただの宝の持ち腐れだ。
「ねぇ、ルジスト。前に戦闘訓練とか実践経験がとかって言ってたよね?」
「ああ。経験は何よりも宝だからな。冒険無くして経験は得られない。だからルリアネ、まずは魔術と戦闘技術を磨く冒険に出ることだ」
外見と変わらない可愛い笑顔を浮かべるルジストに嫌な予感がして、ルリアネはベッドから立ち上がる。
ラリナさんによればルジストほどの精霊になると、精霊回廊を介してどこへでも自由に世界を渡ることができるらしい。
それはルジスト本人だけでなく、他の対象も可能だと。
「ちょっ!冒険に出るって、私まだクレイヴさんからなにも受け取ってない!」
「1週間後に取りに来ればいい」
そう告げられた途端、襲い来る落下感にぎゅっと目を閉じる。
てっきりまた地面の感触を味わうと思っていたら、程よい弾力と滑らかな布の様な感触を感じてゆっくりと目を開くと、ベッドの上……もとい、そのベッドの上で横になっていたヴァレン様と目が合った。
「あ……」
久々に目にする金色の瞳に、ドクリと心臓が高鳴る。
数日ぶり、しかも至近距離でのこの端正な顔は反則すぎる。
対するヴァレン様は流石に突然現れた私に驚きを隠せないようで、目を見開いて固まっている。
「あ、あの……ただいま、戻りました!えと、お休みのところお騒がせしてすみません。直ぐにここを出ていきますね!」
ヴァレン様のベッドの上で向き合った形のままなのは、さすがにまずいと慌てて上体を起こし、ベッドから降りようと動き出した瞬間、肩を掴まれ、いつの間にか口元に掛かっていた髪を整えられて、何かを確かめる様な手付きで頬に触れられた。
「あの、どうかされましたか?」
「いや、なんでもない。……緑陰に所属したのか?」
「あ、はい。街歩きに出た時に、ルジスト……アーキビスト様に出会っていろいろあり」
ルリアネの頬から離れた手は、バングルを嵌めている右手首をそっと掴むと、ヴァレンは黒色の輝きを放つ石が嵌め込まれたバングルを凝視して、眉を顰めた。
そしてなにも言わず、ルリアネの手首から手を離すと、ゆっくりとベッドから降り、部屋を後にしてしまった。
部屋に1人残されたルリアネはどうすればいいのかわからず、ベッドに上に座るだけだった。
◇ ◇ ◇
「おや、もうお目覚めですか?数刻前にお休みになったばかりだと伺っておりましたが」
「シェパードか」
廊下の壁に凭れ、目元を片手で覆い溜め息を吐いていたヴァレンに丁度廊下を通りかかったシェパードが尋ねる。
「何かありましたか?」
「……あのふざけた人工精霊を、誰にも知られずに消す方法を考えていた」
「お気持ちはお察ししますが、それはお辞めください」
「わかっている。……直ぐにロウェリーとマルクスを私の部屋に」
「!それは──」
「ああ。彼女が帰って来た」
その言葉を聞くや、シェパードは早足で廊下を歩いて行く。
第1章 終
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