12.絆の契約
「では今から調律者の登録を行いますね、この石道を進んだ先にある大樹、精霊の揺籃にバングルを嵌めた方の手で触れてください。その後、バングルを外して精霊の揺籃の前にある要石の上にバングルを置いてください。今回は精霊回廊には繋がっていないので、このまま大樹に触れることができます」
「わかりました」
右手首に嵌めた草花の模様が刻まれ黒の石が嵌め込まれたバングルを左手でぎゅっと握り締めながら、足を進める。
「緊張しているのか?」
「少し、ね。まさかこんな仰々しいものとは思っていなかったから」
足元を歩くリティスにこそっと答えつつ、水に囲まれた精霊の揺籃の元へと続く石道を歩いて行く。
そして精霊の揺籃の元に辿り着くと、ラリナさんに言われた通り、バングルを嵌めた方の手で精霊の揺籃に触れ、バングルを外して目の前の要石の上にバングルを置く。
途端にバングルが淡い光に包まれ、金色の粒子が辺りに溢れた。
「すごい量の微精霊」
「ああ。どうやらお前について行きたいようだな」
「ついて、いきたい?」
どういう意味?と一歩後ろに座っていたリティスへ振り返った瞬間、風が巻き起こり、そこに座っていたのは家猫サイズの白い猫ではなく、馬ほどの大きさのとても綺麗な白い獣だった。
「……え?リ、ティス?」
突然の事に驚き言葉が詰まっていると、白い獣はゆっくりと立ち上がり、そっと柔らかく大きな額を私の額に押し当ててきた。
風貌がかなり違うけれど、なぜかリティスだと確信が持てていたので、怖くはなかった。
もふりと柔らかい感触につい癒される。
「ルリアネ、調律者になるというのなら私と契約を結んでくれないか?」
「けい、やく?」
「そうだ。私からの要求は、ただ1つ。ルリアネのこの世界での旅路を傍で見届けさして欲しい。その代わり、ルリアネには私の加護を授けよう」
「加護?」
「ああ。私の加護があれば、大抵の事は問題ないはずだ」
「それって私にとっては都合が良過ぎるんじゃ」
「そうかも知れないが、人間の寿命は私たちにとってはとても儚いものだ。その儚い人生を傍で見守ることですら私にとっては束の間の出来事になるだろう。なればこそ、私をルリアネの傍にいさせてほしい」
「リティス」
ヘーゼル色の瞳がまるで慈しむかの様に細められ、その美しさにそれ以上何も言えなくなってしまった。
代わりにその綺麗な毛並みに触れて、次は私からリティスに額を寄せた。
それを肯定と受け取ってくれたのか、リティスは私から少し離れ向き合う形になると、静かに言葉を紡いだ。
『汝 祖が定めし我が制約を満たす者
我と絆を結ぶ者なりて 我は汝に祝福を
我の加護にて汝に守護の力与えん
我が名はリティス 汝を守護する者なり』
ふわりと優しい風が頬を掠め、優しい光に包まれる。
やがて光と風が収まり、静けさが辺りを包み込むとラリナさんの少し焦った声が辺りに響いた。
「ル、ルリアネさん!無事、登録も終わりましたので、こちらに戻ってきてください!」
「あ、わかりました……」
ラリナさんの言葉に返事をして振り返ろうとした瞬間、今まで味わった事がないほどの疲労感に襲われた。
◇ ◇ ◇
「結局、等級はゾハルにしたんだな」
つんつんと可愛らしい手で、黒色に輝く石が嵌め込まれたバングルを突いてくる普段と同じ家猫の大きさになったリティスにゆっくりと視線を向ける。
「だって数日前まで異世界にいた、魔獣もいない平和な世界の一般人だからね。流石に最初から中級上位のエルミスは荷が重いし、今のままだと死ぬ確率大だからね。それに最下級のゾハルでも、拠点を変えて他の支部に移ることもできるみたいだから」
無事に調律者登録を終えたのはいいものの、病み上がりの身体で長時間動きすぎたのがいけなかったのか、また自室のベッドに沈んでいる状況にため息が出る。
一体、本調子になるのはいつなんだろう。
「そういえば、リティス。あの時のあの綺麗な姿が本当の姿だったりするの?」
顔の形は虎の様だったけれど、耳の先は突がっていて、ふわりとした襟毛や長い毛並みがとても綺麗だった。
「ああ、そうだ。あと、言い忘れていたが、今ルリアネの目の前にいる私は分身体にすぎない」
突然のリティスの告白に目を見開く。
「分身体?じゃあ本体はまた別の場所にいるってこと?」
「そうだ。分身体も私である事に変わりはないがな」
「そか」
なんだろ、リティスにも複雑な事情でもあるのかな?
身体を横向きにしてじっとリティスを見つめると、ふにっと肉球で額を押された。
「焦らずともまたいずれ話そう。それよりもルリアネ、月華石を出してくれないか?」
「月華石?いいけど」
枕元に置いていたポシェットから月華石を取り出して、リティスの前に置く。
するとリティスはふさふさの長い尻尾を揺らした。
途端に尻尾の先の空中に小さな穴が開き、その中からポロリとある物が出てきて、予想も何もしていなかった私は目を見張り、一瞬思考が停止してしまった。
何故なら小さな穴から出てきた物は、あの時クラヴィスの森で失くしてしまった、通学用カバンの中に入れていた筈の小さな箱だったから。
それを認識した途端、ドクリと心臓が大きく脈打った。
蓋の部分が歪み隙間が出来ていたり、泥や燃えた跡なのか、見た目はかなりボロボロなっていたけれど、間違いない。
「なんでこれがここに?もしかして、リティスが拾ってきてくれたの?」
ゆっくりと上体を起こして、リティスが出してくれた小さな箱を手に取り、開けづらくなってしまった蓋をそっと力を込めて、ゆっくり慎重に持ち上げる。
箱の中には白い花の装飾と天然石が施されたイヤーカフとイヤリングが入っていた。
嵌め込まれていた石は取れてしまったのか、無くなってしまっていたり、白い花の装飾部も壊れている部分はあるけれど、また目にする事ができて良かった。
目頭が熱くなるのを感じながら、ぎゅっとその2つを両手で包み込み胸に寄せる。
「他の荷物は魔獣どもに荒らされ、灰になってしまっていたが、これだけは岩の隙間から見つけ出せたんだ」
「そう、だったんだ」
「絆の契約はしたものの、依代がない限り分身体を長時間維持し続けるのは今の私の状況では困難だったが、ルリアネが大切にしているこの装飾品と月華石があれば、私の依代ができる。そうなれば、常に共にいる事ができるのだが」
「この状態だともう使うのは難しいってことだよね」
手のひらの上にある、壊れてしまったイヤーカフとイヤリングを2人して見つめる。
もし、直す事ができたら──
「誰か直せる人がいればいいんだけれど」
「あら、私のこと呼んだぁ?」
「!?」
後ろから突然掛けられた声にびくりと肩を揺らす、慌てて振り向くと、部屋の扉がいつの間にか開いており、そこからガタイのいい……もといスタイルのいい女性(男)が顔を覗かせていた。
「ク、クレイヴさん!?どうしてここに?」
「ごめんなさいね、驚かせちゃった?ラリナちゃんからあなたが調律者登録を終えた途端に具合が悪くなったって聞いたから、暇だし様子を見に来ちゃった」
しかもほら私、あなたの顔が本当に好みなのよねと反応に困ることを言いつつ、てへっとお茶目な顔をするが、全く可愛くはない。
「それで、ちょっと聞こえちゃったんだけど、その耳飾りを修復したいでいいかしら?ついでにこの開いている部分にその月華石を嵌め込むでいい?ルジストちゃんの様子がなんだかおかしいと思っていたら、あなたにお気に入りの月華石を渡したからなのね!安心なさい!このクレイヴが素敵に直してあげるわ!」
ずんずんと部屋に入って来るなり、リティスと私の手元を確認して的確に言い当ててくるクレイヴさんに驚く。
どんっと胸に拳を打ちつける仕草はなんとも男らしい。
「これ、直せるんですか?」
「何言ってるのよ!あなた!こんな破損、私の手に掛かればちょちょいのちょいよ!」
立派な胸板を張り、ドヤ顔を決めるクレイヴさんの自信に満ちた姿におお!と期待の声を上げてしまう。
だけど、問題解決の糸口が見つかっても、今の私は無一文だった。
「あのクレイヴさん、その……修理代のことですが……」
「そんなもの出世払いで良いわよ!あなた、そこのにゃんこと契約したんでしょ!だったら出世払いで大丈夫よ!精霊は契約に特に煩いから踏み倒す事はないでしょ」
「あ……そうなの?」
ちらりと目の前のリティスを見るとすんと何やら不機嫌そうな顔でクレイヴさんを睨み付けつつ、ああと答えてくれた。
(にゃんこ呼ばわりされたのが嫌だったんだね)
「では、出世払いでお願いします」
「任されたわ!素敵に直してあげる!あとバングルは問題ないかしら?サイズが合わなくなったら直ぐに言いなさいよ!あなた痩せ過ぎなんだから、いっぱい食べてもっと太りなさい!」
「はは、わかりました。全快したらいっぱいご飯を食べます」
「そうしてちょうだい。じゃないとあなたの服も碌に仕立てられないわ」
「え、仕立てるって……服も作ってくれるんですか?」
「当たり前でしょ!そんじょそこらのただの冒険者ギルドと違って、緑陰は調律者の安全面にもしっかり重点を置いてんのよ!怪我や死亡の一切の責任を負わないって謳ってはいるけど、駆け出しは無茶をする子が多いから、武器と防具一式はこっちで用意するのよ!」
「そ、そうなんですね」
元の世界の小説とかに出てくる冒険者ギルドは大体が自前で揃えていたから、これはもの凄く助かる。
「じゃあこの装飾品と月華石は預かるわね。装飾品の修理は直ぐに終わるけれど、月華石の加工には時間がかかると思うから。……そうね、1週間後に私の工房に来てちょうだい!それまでにあなたは少しでも元の体型に戻ってなさいよ!」
「わ、わかりました」
じゃあね!とクレイヴさんはイヤーカフとイヤリング。そして月華石を慎重な手付きで受け取ると言葉の勢いとは裏腹に丁寧に扉を閉めて去って行った。




