第9話:戻ってきた日
その人が来なかった日から、 数日が過ぎていた。
最初の日だけ、 少し気になった。
次の日には、 もう考えないようにしていた。
客は毎日変わる。 来る人もいれば、 来なくなる人もいる。
それが普通だ。
いつも通りレジに立っていた。
夕方。
自動ドアが開く。
反射的に顔を上げる。
——あ。
理由は分からない。 先に気づいたのは体のほうだった。
あの人だった。
特別な様子はない。
急いでいるわけでも、 疲れているようでもない。
ただ、 いつも通り棚の前で立ち止まり、 いつもと同じ缶コーヒーを手に取る。
それだけ。
レジに商品が置かれる。
「お願いします」
短い声。
いつもと同じ距離。
バーコードを読み取る音が、 やけに静かに響いた。
来なかった数日間のことを、 聞く理由はない。
そもそも、 聞ける関係でもない。
会計は、 いつもと同じ時間で終わる。
「ありがとうございました」
商品を渡す。
その人は軽く会釈して、 店を出ていった。
自動ドアが閉まる。
それだけだった。
本当に、 何も起きなかった。
なのに、 胸の奥が少しだけ軽くなっていることに、 気づく。
安心、という言葉が 近い気がした。
なぜ安心したのかは、 分からない。
知り合いでもない。 約束があったわけでもない。
ただ、 また同じ時間に、 同じ人が来ただけだ。
店の景色が、 元に戻った気がした。
小さく息を吐く。
客は、 流れていく存在。
そう思っていたはずなのに。
レジの向こうには、 さっきまでと同じ店が広がっている。
でも、 少しだけ違って見えた。
次の客が並ぶ。
「いらっしゃいませ」
声は、 いつもより自然に出た気がした。




