学校
教える文字は決まった。
次の課題は教え方だ。
これは、実際に試しながら改善していくことにした。
まずは教科書としてカタログを活用する。
せっかく作ったのだ、最大限活用しよう。
まずはみんなで教科書を声に出して読む。
「くわ!くわ!くわ!」
森に元気な声が響き渡った。
カラスの鳴き声ではない。
元気な子供たちの声だ。
今日の授業では鍬の字を教えている。
「くわ!くわ!くわ!」=「くわ、クワ、鍬」だ。
読む練習の後は書く練習だ。
これは地面に木の棒で書く。
これなら何度でも消したり書いたりできる。
実にエコノミーな筆記用具だ。
カタログに載っているのは便利道具が多いから、時にはその道具の使い方を説明したり実演したりもする。
現物を使って、使い方を指導するのだ。
これは俺ではなく、村で最もその道具の扱いに長けた者が担当する。
今日の担当は田吾作さん。
彼は鍬の天才だ。
耕すのが早いとか深いとかそういうことではない。
無駄がなく洗練されているのだ。
どちらかと言えば小柄な彼は、以前はそれほど目立たない存在だった。
木製の鍬を使っていたころは、力が足りずに深く耕せず苦労していた。
それが、鉄製の鍬を使い始めてから豹変した。
彼は鉄の重さを利用し、刃筋を立て、無駄な力を入れることなく、リズミカルに耕した。
いや、耕し続けた。
彼の動きは無駄がないので疲れ知らずだったのだ。
ほとんど休憩なく、一日中耕し続けることができる彼は、他の男たちの倍近い面積を耕すことができた。
そんな鍬の名手である田吾作さんから手ほどきを受けられるとあって、子供たちの目は期待に輝いている。
ちなみに子供たちだけではなく、大人たちも注目している。
教育は子供向けの体で行っているが、大人にも学んで欲しいことを教えている。
だから誰でも参加できるように村の広場で行うことにした。
時間も、仕事が終わった夕方と決めた。
子供向けの体で行っているのは、いい歳した大人にひらがなやカタカナを教えるのが、なんというか、キツイからだ。
想像して欲しい。
下手をすると40代、50代の大人にひらがなを教える様子を。
教える側も教わる側も精神衛生上よくないと思う。
子供たちに教えるのを周りで聞いて、自分で覚えて欲しいと思う。
そんな大人も子供も注目している中だから、田吾作さんの指導にも自然と熱が入る。
「いいか、足をドンと踏ん張って、腰をグッと落としたら、鍬をシュッと差し込んで、ザッと引いて、ジュワッと引き抜くんだ。」
田吾作さんは天才だ。
天才の言うことは凡人である俺には理解できないが、実演しながら指導を受けた子供たちは、何か得るものがあるのだろう。
しきりに頷きながら、鍬の練習をしている。
すでに村の広場の半分以上が子供たちの手によって耕されてしまった。
天才恐るべしだ。
田吾作さんには、背番号3をあげたい。
ところで、道具の使い方を教えてくれる人を「先生」と呼んでいたら、それが称号として定着してしまった。
例えば、田吾作さんは、鍬の先生だ。
ちなみに俺は、ひらがなの先生とカタカナの先生と漢字の先生という称号を持っているが、面倒なので文字の先生と呼ばせている。
いろいろな道具の使い方を実演してもらったので、村には大量の先生が発生した。
これからもどんどん増えていくだろう。
誰もがなにかしらの得意技を持っているものだ。
村の全員が先生と呼ばれる日も、そう遠くはないだろう。




