環濠の役割
翌日も、チク村の中を見て回った。
チク村は文化が発達している。
例えば、衣服。
表面に紋様を描いたり、複数の色で着色したりしている。
しかも、特別な衣装と言うわけではなく、普通の人が普段来ている衣服にも多様な意匠が施されている。
色は藍色が特に多いが、赤や黄色系の色もある。
おそらくは植物を原料にした染料を用いているのだろう。
結構な労力が必要なはずだ。
衣服に意匠を凝らしたところで防寒性能も着心地も改善するわけではないから、特に必要のない手間をかけていることになる。
だがこれは、チク村では衣食住のすべてが充足し、精神的にも体力的にも余裕があることの証拠だ。
生きることに余裕があるから、こういった文化が発達するのだ。
チク村には興味を惹かれるものがたくさんあったが、特に気になったのは環濠だ。
環濠というのは、村全体を取り囲む堀のことだ。
チク村は居住区の周囲を環濠で取り囲まれており、入り口は一か所に制限されている。
堀の深さはおよそ3mだが、掘り返した土をすぐ脇に積んで土塁を築いているから、高低差は4~5mにもなっている。
さらに、土塁の上には木製の柵まであるので、ここを越えて村に出入りするのはかなり難儀だ。
村への出入り口を制限してまて環濠を築くのは、外敵から身を守ることが目的だ。
では、チク村における敵とは何なのか。
それは他の村だという。
と言っても、実際にどこか他の村が攻めてきたわけではない。
備えているだけだ。
チク村はこの辺りの交易の中心地だから、いろいろな物や情報が集まる。
その情報の中に、他の裕福な村が襲われて食料を奪われたという情報があったため、同じような被害に合わないように、環濠が造成されたのだ。
農業、特に稲作が発達して定住化が進むと、村ごとに貧富の差がついてくる。
全ての村で同じように発達し、十分な食料が得られ続ければ問題ないが、なかなかそううまくは行かない。
栽培方法や育てる作物がその土地に合わなかったり、指導者の能力不足で水路や田畑の整備がうまく行かなかったら十分な食料は得られない。
それに、しばらくの間はうまく行っても、気候や災害などによって、急に作物が採れなくなることもあるだろう。
そんなとき、一部の不届きな連中は剣呑なことを考える。
無いならば奪えば良いと。
こうして、他の村を襲って食料を奪うという事件が発生するわけだ。
実際にチク村は豊かな村なので、貧しい村から襲われる可能性は考えられる。
交易の要所としても機能しているから、豊かな村であることは広く知られているだろう。
環濠を作って備えるのは、当然の対策にも思える。
だけど、なんと言うか、かなしい。
縄文時代は戦いのない平和な時代だったいうのが定説だ。
それが農業の発達に伴って、争いが生じるようになるというのはとても残念なことだ。
技術の発展によって生まれた余裕は、文化の発展にこそ注いて欲しい。
なにか、俺にできることはないだろうか。




