インという国
その日の夕方、さっそくインからの交易品を見せてもらった。
布と金属製の器だ。
布のほうは、光沢のあるつるつるの肌触りにキメの細かい織物、一目で絹と分かる。
織り目は整っていて、かなり高い技術で織られていることが見て取れる。
ただし、量は少ない。
服1着分にも満たないだろう。
器の方は、黄味がかった金属でできている。
鉄とは異なるし、おそらく青銅だろう。
表面は綺麗に磨かれて更に錆止めの油まで塗られているようだ。
手が込んでいる。
青銅は銅と錫を混ぜた金属で、鉄より前に人類が手にした金属だ。
融点が比較的低いので鋳物加工がしやすい。
細かい細工にも向いていて、緻密な細工を施した銅鐸や剣、器が日本でも数多く出土している。
青銅と言えば博物館にある銅鐸や剣のような青緑色の印象だが、あれは錆の色だ。
いわゆる緑青というやつだな。
青銅本来の色は十円玉のような茶色か、鉄などと同じ銀色、もしくはその中間の黄色がかった銀色で、銅と錫の割合で決まる。
茶色い銅と銀色の錫が材料なのだから言われてみれば当然なのだが、青銅という名前と博物館などで見る緑青まみれの姿がすごくマッチするから青銅=青緑色と勘違いしやすい。
それに青銅で作った銅像などはわざと表面を酸化させて緑青で覆うから、銀色の青銅というのはほとんど目にすることがない。
青銅の強度は鉄に劣ると言われているが、金属には違いないので重く硬い。
この時代の最先端の材料であり、かなり有益な材料であることは間違いない。
「これだけの物を、何と交換で手に入れたんですか?」
「カツ村から持ってきた鉄製の農具だな。鍬一本でこの布と器をくれたぞ。」
あー、やっぱりか。
そんな気はしていた。
鉄と青銅、知らない人が見れば同じ様な物だ。
交換対象としては順当に見えるだろう。
金属の量も同じくらいだし、さらに絹まで付いている。お得感満載だ。
実際のところ、別に悪い取引ではないと俺も思う。
青銅も絹も貴重なものだ。
それに、青銅と絹が確認できたことで、ここが自分が生まれた地球の過去であるという想定が補強された。
青銅と絹があることと、ここが紀元前10世紀頃であるという俺の想定は矛盾しないからだ。
インという国名も偶然とは考えにくいので、これからはイン=殷として考えることにする。
得体の知れないこの世界の事が少し分かって、少しだけ気持ちが落ち着く。
だが、殷に関しては懸念事項もある。
歴史上、殷にも鉄はあった。
だが、多くは普及していなかったはずだ。
その理由は不明だが、作るのが難しいために少量しか作れなかったのか、自分たちでは作れず輸入に頼っていたのかのどちらかだろう。
今回の取引で、この村で鉄を入手できること、そして鉄を作れる村が近くにあることが殷に伝わった。
殷が鉄を求めて、こちらへの接触を強めてくる可能性がある。
今度どういう影響を与えるか心配だ。
想定される中の友好的シナリオでは、鉄を求めて交易の規模を拡大してくることが考えられる。
殷が鉄を求めてくるなら、こちらは絹や青銅を求めれば良いだろう。
さらには、まだ日本にはない作物の種や栽培技術が入手できれば、食文化がより発達できる。
鉄を作るのは大変だろうが、お互いに得るものは大きいだろう。
最悪のシナリオでは、鉄の製法を手に入れるために、殷が国を挙げて攻め込んでくることだ。
その場合、国としてまとまっている殷に、こちらが勝てる可能性はない。
ただ逃げるだけだ。
とはいえ、いきなり攻め込んでくることは考えにくい。
海を渡る労力や兵士の確保など、多大なコストを払うほどの価値があるか、まずはその調査が必要だ。
なので、まずは交易を拡大して、こちらの内情を詳しく知ろうとするだろう。
そして、交易で十分な量の鉄を入手できれば、わざわざ攻めてくることはあるまい。
これからの対応をうまくやれば、戦争は生じないということだ。
さて、どうなることやら。
考えたところで自分にはどうしようもないことだが、つい考えてしまう。
想像力が豊かになったものだ。




