新築祝い(2)
家の案内が済んだので、今度は料理を振る舞う。
新築祝いをしろと提案した長老の目的はトンカツだ。
だが、残念。
トンカツを作るには、油が不足している。
少量ならあるが、揚げ物を作るほどの余裕はない。
ゴマの収穫は秋なので、あと半年ほどはお預けだ。
実は、今年の春はゴマの種を畑に蒔いてみた。
これまでは自然に生えている物を採集していたが、今年からは畑で採れるかもしれない。
そうなれば、ゴマ油の生産量が格段に増えるので、長老の好きなトンカツを作る機会も増やせるだろう。
今日のところは、トンカツの代わりに肉野菜炒めを作ってみた。
鉄の鍋で、猪の肉と野菜を炒めて醤油とニンニクで味付けした。
縄文時代の調理法は、煮ると焼くだけなので炒めるという発想が初めてだろう。
油と鉄なべができて初めてできる調理法だ。
技術の進歩によって、はじめてできるようになった調理法なのだ。
肉野菜炒め以外には、猪肉を石板で焼いてトンテキ?にしたり、スープにしたりして振る舞った。
実は、今日のために猪を一頭潰している。
猪は、毎年毎年3,4頭の子供を産んでどんどん増えそうになるので、どんどん食べていかないと飼育しきれないのだ。
猪を飼育するための穀物や野菜は結構な量なので、猪の頭数は増やしすぎないようにしている。
雄、雌4頭ずつというのが大体の目安になっていて、冬備えの時に、雄、雌4頭ずつまで減らすことにしている。
元時代では強く実感することはなかったが、食肉の生産のために消費される穀物の量は大したものだ。
確か、牛肉1kgを生産するために穀物を10kg以上与える必要があると聞いたことがある。
知識としては知っていた。
飢えをしのぎ、エネルギーを得るだけならば穀物をそのまま食べた方が良いということで、食肉がどれだけ贅沢なものかわかろうというものだ。
いくら肉がおいしいからと言って、肉の生産にばかり穀物を振り分ければ、口に入る穀物の量が減ってしまい、最悪飢えてしまうという訳のわからない状態になる。
だから、飼育している猪は頭数を制限し、穀物を消費しすぎないようにする必要があるのだ。
小難しいことはさておき、新築祝いでは土間の窯と居間の囲炉裏をフル活用して料理を振る舞った。
肉野菜炒めのような新しい料理は俺が作ったが、その他は身重のナチクと村の女性陣が作ってくれた。
台所の使い心地を試しているようだ。
お眼鏡にかなっただろうか?
料理も行き渡り、みんな楽しい時間を過ごした。
話題は新築の家の構造を中心にしていたが、そのうち生まれてくる子供の話題に移った。
まだ7か月ほども先の事なのに、気の早いことだ。
末は博士か大臣か。
生まれてくる子供への期待がやたらと高い。
まだ生まれてもいない子供の将来を語っても仕方ないとは思うが、ここ数年子供が生まれていないこの村では、いろいろと期待してしまうのも仕方ないだろう。
俺としては、まずは健康に生まれて成長して欲しいというのが偽らざる率直な思いだ。
そして、正直、妻のナチクの健康も気がかりだ。
医療体制が不十分なこの時代では、出産はまさに命がけなのだ。
俺には、夫として、そして父として、妻と子の健康のために、やるべき事がたくさんある。
とりあえず、家はできた。
これでゆっくりと快適に過ごす環境はできたことになる。
さて、次は何ができるだろうか。




