醤油の仕込み(1)
水車の軸が完成し、制作の目途が立った頃、冬は本番を迎えていた。
カツ村では大雪は降らないので外に出られないわけではないが、ほとんどの人は家から出ることはなく、家の中で内職をして過ごす。
家の中では、竹の籠を編んだり、植物の繊維で作った布、アンギンを編んだり、水車の部品を作って過ごすが、俺とナチクは醤油の仕込みに向けて準備をしていた。
醤油作りは次で3回目だ。
1回目は失敗、2回目は4つのうち2つだけ成功した。
次はもっと成功率を上げて、更には味を向上させたい。
今回の仕込みは今までとは異なる点がある。
海水ではなく、ヤメ村から入手した塩を使って醤油を仕込むのだ。
海水を煮詰めるよりも作業しやすく、塩分濃度をコントロールしやすい。
塩分濃度は醤油作りの重要な要素だ。
これまでの経験から、塩分濃度は13.6%から27.2%の間に最適解がありそうだと分かっている。
前回、海水を煮詰めて4パターンの塩分濃度を作り、実際に醤油を仕込んで得た貴重な経験だ。
俺は、次の仕込みでは15%と20%で作ってみたいと考えている。
だが、醤油作りと味噌作りはナチクの仕事だ。
最初に仕事を割り振ったのは俺だが、本人が前向きに取り組んでいるので、本人の考えも取り入れて納得の上で進めてもらいたい。
今回、俺は醤油を仕込む前に、ナチクに簡単な数学と理科を教えた。
材料の分量や塩分濃度を定量的に把握するためだ。
「えーと、70gの水に30gの塩を混ぜると、塩分濃度は30%ね。」
「そうそう。」
「じゃあ、100gの水に30gの塩を混ぜると、30÷130だから、、、」
ナチクが地面に数字を書いて計算する。
便利なので筆算も教えてある。
「23%だ。割り切れない分は、小さいから捨てていいよね。」
「いいよ、いいよ。」
筆算で使っているのはアラビア数字だ。
最初は漢数字を教えようと考えたが、筆算する時に不便なのでアラビア数字を教えることにした。
漢数字での筆算のやりにくさは、例えば、33×33の筆算をやってみれば分かる。
三三
×三三
横棒ばかりで分かりにくい。
しかも都合の悪いことに、「一」と「ー(マイナス)」は似ているし、「十」と「+(プラス)」も良く似ているので混乱の元だ。
と言うわけで、数を表すのにはアラビア数字を用いることにし、ナチクにはそれを教えた。
「じゃあ、今回は10kgの煮た大豆に10kgの水を入れて、塩を1.8kg入れましょう。これで塩分濃度は15%ね。
塩分濃度20%の方は、塩を2.5kg入れれば良いわね。」
「基本的にはそれでいいね。でも水の量は実際に土器に入れながら決めようか。前回と同じくらいの量で良いんだし。」
「そうね、そうするわ。水の量は前回と同じくらいの量を升で測りながら入れて、塩の量はその時に計算しなおすわね。」
醤油の仕込みの方針が決まった。
「あとね、仕込んでから出来上がるまでの日数も記録したいの。」
「日数か、、、」
確かに大事な要素だ。
醤油の熟成具合は温度の影響も受けるから日数だけでは判断はできないが、今後の目安にはなるので数えるのには賛成だ。
「じゃあ、こういうのはどうかな?」
俺は「1,2,3,4、」と数えながら地面に縦線を描いていき、「5」では縦線に重ねて斜めの線を描いた。
元の時代、アメリカなどで数を数えるときに使われている記号だ。
中学の時の英語の先生が教えてくれたもので、「Tally」という名前だった。
日本の「正」の字に当たるもので、1から5までの数を数えるときに使う。
もちろん、「正」の字でも同じ機能を果たすのだが、漢字を教えていないから「正」の出所が説明できないし、タリーの形は薪を束ねているように見えるので直感的に分かりやすいと感じている。
俺は、醤油を仕込んだ土器にこのタリーを書き込んで日数を数えてはどうかと提案した。
「いいね、そうするわ。」
頭の良いナチクが、更に賢くなった。




