ヤメ村
3日目の朝、出発してすぐに舟を見つけた。
海岸に6艘並んでいる。
木をくり抜いて作った丸木舟で、小さいものだ。
乗員は大人2人がやっとだろう。
6艘と言うより、6葉とか6本と表現したほうがしっくりくる。
そのくらい小さな舟だった。
舟を置いてあるところから森の中に道が続いていたので行ってみると、そこにヤメ村はあった。
30世帯くらいの村だ。
俺たちのカツ村の2倍くらいの人口だ。
村長が出てきて対応してくれた。
「遠いところから大変だったな。」
村長はまだ若く見える。30代だろうか。
日焼けしていて浅黒く、ゴツい体格をしている。
いかにも荒れた海で揉まれて鍛えられました、という風情だ。
名前をツンという。
なんの関連もないが、西郷隆盛が飼っていたいた犬の名前と同じだ。
事情を話して交易の話をすると、彼らは快く応じてくれた。
鉄製農具の価値も分かってもらえたようだ。
大量の魚と交換に応じてくれるという。
だが問題があった。
生魚が無いらしい。
最近は冬に備えるために干物作りばかりしていて、漁には出ていないと言うのだ。
干物も悪くないが、俺は生魚が欲しい。
「どうしてもと言うのであれば、俺が捕ってこよう。村で待っていてくれ。」
村長自らが海へ出るという。
申し訳ない気持ちもあるが、せっかく来たので甘えることにした。
村長が戻るまでの間、俺たちは村の中を見学させてもらった。
この村では、やはりと言うか当然というか、漁業を中心とした生活をしていた。
森で木の実などを集めたりもしているが狩猟はほとんどしていない。
畑もあり作物を育ててはいるが、村の人口の割には面積が少ない。
生活の中心が漁業だ。
不足している野菜などは、チク村との交易で得ているそうだ。
ヤメ村では様々な方法で魚を獲っていた。
1つ目の漁法は釣りだ。
船を出して、船上で釣ることが多い。
釣り針は猪や鹿の骨や牙を削って作っている。
見せてもらったが、返しまでついている見事な造形だった。
大きさも多種多様で、狙う魚の種類ごとに変えているそうだ。
骨を削って釣り針を作るのは難しいので、ヤメ村でも数人の職人にしか作れないらしい。
確かに、これは難しいと思う。
鉄で作る方がまだ簡単かもしれない。
村には数人の船大工もいて、村で使う船は全て彼らが作っていた。
もちろん、海岸の丸木船は彼らが作ったものだ。
船の形状は丸木船のみ。
大木を切り倒し、内部をくり抜いた簡易な構造だ。
櫂で漕いで進む。
船を造るのに使っている道具は石製なので作業効率は悪く、一艘作るのに最低2か月はかかるらしい。
今後の交易では、舟作りで使える鉄製工具を持って来ると喜ばれるかもしれない。
2つ目の漁法は、銛を使って突く方法だ。
これは、沿岸部で潜って突く事もあれば、船で沖合まででて大型の魚を獲ることもある。
沿岸部ではヒラメやタイが、沖合ではマグロやカツオ、時には鯨を獲ると言う。
沖合では海が荒れると遭難や転覆の危険があるので、命懸けだ。
実際に何人もの男たちが命を落としているが、やめるつもりは無いという。
命を懸けて海へ向かうことが、漁師の誇りなんだそうだ。
最後、3つ目の漁法は海辺での採集だ。
春から夏にかけては海辺でアサリやハマグリを採る。
所謂、潮干狩りだ。
主に女性が行っている。
子供でも安全にできる、漁労の初歩だ。
ヤメ村ではこうした様々な漁法を駆使して一年中魚を獲り、干物や漁醤を作って交易により必要な物と交換していた。
交易の相手はほぼ100%チク村。
チク村はいろいろな村と交易をしていて様々な物が集まるから、交易相手として最適で、他には必要ないらしい。
我々のカツ村の存在も知っていたが、チク村とさえ交易を交わしていれば十分なので、特に気にしていなかったと言う。
まぁ、カツ村は特産品もない小さな村だし、無理からぬことだ。
だが、今後は違う。
カツ村には鉄がある。
鉄があれば船を作る工具を作れるし、釣り針などの漁具も発達するから、ヤメ村はきっとそれらを欲しがる。
カツ村は、鉄を提供するかわりに、魚を入手できる。
お互いに良いことづくめだ。




