トンカツ
夏の終わりが近づき、朝晩に秋の気配を感じる頃、チク村からの交易団がやってきた。
いつもの木炭の他に、俺が要望した胡麻の種を大量に持参してくれた。
その量、およそ5kg。
字面だけ見ると大量という表現は合わないが、自生している胡麻から集めただけで5kgというのは中々の量だ。
大変な作業だっただろう。
心から感謝する。
胡麻の種は乾燥はしておらず、ほとんどは採集したばかりという様子だ。
俺は知らなかったが、今の時期に実をつけるらしい。
今回の交易では、貴重な胡麻を大量に持参してくれたので、鉄製農具をいつもより多く渡した。
胡麻の種を集める労働力を考慮すれば当然の対価だ。
大量の胡麻を手に入れた俺は、さっそくゴマ油の作成に取り掛かった。
まずは胡麻を炒る作業だ。
この炒り加減を変えることで、ごま油の風味は大きく変わる。
強く炒った胡麻から搾った油は茶色く、ゴマの風味が強い油になる。
一方、軽くしか炒らないで油を搾ると、透明度の高い、胡麻の風味の少ない油になる。
こちらは、ゴマ油ではなく、太白油と呼ばれることもある。
今回はトンカツを揚げるための油が必要なので、胡麻の風味は控えめが良いと思われた。
なので、少しだけ胡麻を炒った。
炒った胡麻を圧搾機にセットして油を搾る。
予想通り、かなりの圧力が必要だった。
圧搾機の力点に大人数人が体重をかけて、なんとか油を搾ることに成功した。
何度か作業を繰り返すと、1L程の油が採れたが、不純物が多く含まれていたのでしばらく放置して不純物は沈殿させた。
その後、布で濾して、やっとゴマ油が完成した。
こうして、トンカツを作る準備は着々と進み、いよいよトンカツ作りの本番を迎えた。
まず、猪を捌く。
村で買っている猪のうち、一番年上の雄を潰すことにした。
養豚を始めたときは雄、雌3頭ずつだったが、今では増えて雄9頭、雌12頭になっている。
当然ながら、トンカツのためだけではない。
秋口なので冬備えも兼ねている。
トンカツに使う肉は、厚さ1cm程に切ってもらった。
使う部位は背骨の両側のあたり、ロースと呼ばれる部分だ。
俺は、肉に塩で軽く味をつけ、水で溶いた小麦粉を薄く塗った後、パン粉を全体にまぶした。
下準備完了だ。
本来なら小麦粉をつけて溶き卵をくぐらせるのが定石だが、卵は入手が難しいので諦めている。
水溶き小麦粉でも、ほとんど味は変わらないと、昔レシピサイトで見たことがあるので全く気にしていない。
俺はゴマ油を満たした鉄鍋を火にかけ、箸を入れて細かい泡が立つくらいまで温めたところでカツを投入。
時々ひっくり返しながらおよそ10分程火を通して、衣がきつね色になったところで完成だ。
トンカツはソースで食べるのが一番うまい、と俺は思っているが、ソースは無いので塩でいただく。
サクッ。
衣の触感が素晴らしい。
良い感じに揚がっている。
生まれて初めての揚げ物だったが、奇跡的にうまくいった。
衣の中には、猪肉のジューシーさ、うまみが閉じ込められており、口に入れると口一杯に風味が広がる。
油分の多い料理だが、衣のサクサク食感がしつこさを忘れさせてくれるので、いくらでも食べられる気がする。
間違いなく、これはトンカツだ。
元時代で何度も食べた、知っている味だった。
なぜだろう、涙がでてきた。
大の大人が情けないことだ。
ナチクが心配そうに俺の顔を覗くので、笑顔でこう答えた。
「おいしいものを食べると、涙がでるんだよ。」
トンカツを食べて涙する日が来るとは、夢にも思っていなかった。




