外交
醤油と味噌の作業場作りや仕込みに追われていたら、いつの間にか夏になっていた。
小麦の収穫は既に終わり、畑で育つ稲(陸稲:おかぼ)が稲穂をつけ始めている。
そんなある日、村に来客があった。
チク村からの訪問者だ。
彼らの主目的は交易。
鉄製農具を手に入れるために来たのだ。
春に来た時に取り決めた通り、彼らは木炭、磁石、山葵を持参し、こちらは鉄製の鍬と鋤を1本ずつ提供した。
物々交換成立だ。
木炭は製鉄に使うのでいくらあっても困らない。
今回、彼らは50kg以上の木炭を持参してくれた。運ぶのが大変だっただろう。
磁石は拳大の大きなものを持参してくれた。
製鉄で用いる砂鉄の分別に使えば、鉄の純度向上が期待できる。
また、製鉄後の分別作業で使えば、細かい鉄クズも無駄にせず回収できるかもしれない。
山葵は根っこ付きの新鮮なものだった。
村を出る直前に採ったらしい。
まったく傷みが見られないので、移植して育てられるのではないかと期待する。
あとで、川の近くに植えてみよう。川の水は澄んでいる。
今回、チク村からは前回来た3人の他に、もう2人がやってきた。
新顔のうち一人は威圧感のある大男、もう一人は若い女性だ。
大男はチク村の村長代理、女性はその娘だそうだ。
「ぜひとも、鉄の作り方を教えていただきたい。」
大男の目的は製鉄技術の獲得だった。
対価として差し出したのは自分の娘。
自分の娘をこの村に嫁がせるから、製鉄技術を教えてほしいというものだ。
村長代理とは、すなわち次期村長候補だ。
何事もなければ、この大男がいずれチク村の村長になる。
その娘をこの村に嫁がせるということは、経済共同体、もしくは同盟関係を結びましょうという提案と同義だ。
これまでもチク村との間で婚姻関係は成立しているが、村長の血族との婚姻関係はない。
今回の提案とは重要度が全く異なる。
この村は人口も少ない上に特別な特産品はなかったから、これまでは積極的に交流する対象ではなかったのだろう。
事実、交易は年数回程度だった。
それが鉄の存在を知ったことで重要度を最重要対象にまで上げてきた。
それだけ鉄の価値を感じているということだろう。
製鉄技術をチク村に供与するかどうか、長老はその判断を俺に一任した。
製鉄技術を確立したのは俺なので、これまでも鉄の扱いはかなり任されていた。
チク村との交易で、鉄製農具との交換条件が俺の希望に沿っていたのもそのためだ。
だが、今回の案件は俺一人で判断するには重すぎる。
これは外交問題だ。
村の今後に大きく影響する。
この村には世話になっているので、最大限村の発展につながるように考慮したいと思う。
いろいろ考えて長老やリーダーとも相談した末、俺は製鉄技術をチク村へ供与することに決めた。
ただし、条件がある。
・今後2年間は、製鉄と鉄工はこの村でのみ行う。
・チク村はこの村に人を住まわせ、技術を習得させる。
・この村とチク村との交易を、年10回以上行う
・鉄製の道具は、物々交換によりチク村へ提供する。
いきなりチク村で製鉄も鉄工もさせない。
2年間は製鉄と鉄工をこの村で独占し、交易によって村を発展させる。
チク村が鉄製の道具を入手するためには、それと同等の価値を持つものを提供しないといけないので、いろいろと珍しく、価値のあるものが手に入るだろう。
2年という期間を定めたのは、チク村からの不満を和らげるためだ。
製鉄をずっとこの村で独占するとなれば、チク村の不満がたまるだろう。
期間を限定することで不満を和らげる。
大義名分としては、十分な道具のないチク村では製鉄も鉄工もすぐには無理だと説明した。
この村には、製鉄と鉄工に関して作り溜めた工具類が多種存在する。
2年という期間は、製鉄技術の習得とこれら道具を作るために必要だと説明したのだ。
嘘ではない。
条件は受け入れられ、交渉は成立した。
チク村からは例の3人(タン、ソウ、タツタ)が村に留まり、製鉄を覚えることになった。




