春
春が来た。
村では耕作作業が始まった。
俺は冬の間に作り溜めた農具を村民に渡し、代わりに壊れたり古くなった農具を受け取る。
物々交換だ。
なぜ提供でも貸与でもなく交換しているのかと言うと、傷んだ農具でも修理すれば使えるし、
使っている材料が丈夫で長く使えるからだ。
特に柄の部分は、使い込んだ方がすべすべになって手触りが良い。
更には長年使っても壊れなかったという実績付きだ。
大事にしないとバチがあたる。
春になると猪や鹿も出てくるから狩りもできるが、基本的にはしない。
狩りは秋から冬にかけて行うのが普通だ。
理由は、猪も鹿も人間が冬を超えるための保存食に向いているからだ。
干し肉にすれば1年以上持つ。
しかも、動物は冬に備えて秋に食いだめをするから1年で一番脂がのっていておいしい。
要は、狩りは人間にとって必要、かつ最も品質の良い時期に行っているというわけだ。
ただし、今年は違う。
俺は長老とリーダーに養豚を提案した。
猪を捕まえて村で飼おうというのだ。
「そんなことができるのか?しかも、何のメリットがある?」
リーダーが疑問を挟む。当然だ。
可能かどうか、と言えば可能だろう。
豚は猪を長年飼いならした結果だ。元時代では実績がある。
メリットは食肉を計画生産できることだ。
狩りの様な獲れるか獲れないか不確実な作業がなくなり、必要な時に肉が手に入る。
森の中でオオカミに襲られる危険も減るだろう。
もちろん、デメリットもある。
毎日水とエサを与える必要があるという事だ。
これまでは猪が自分で勝手にエサを採っていたが、これからは人間が代わりにエサを採って与えなければならない。
これは明らかに手間のかかる作業だ。
メリットとデメリット、どちらが大きいかと言えば、短期的に考えればデメリットの方が大きく、長期的視点で見ればメリットが大きいというのが正直なところだ。
飼育した猪が子供を産んで、食べられる大きさに育てばメリットが得られるが、それまではデメリットしかない。
養豚に関わる作業は俺一人でやるわけではなく村民みんなですることだから、俺一人では決められない。
どちらを採用するか。
これは俺一人の問題ではなく村の問題だ。
この村では、重要事項は村人の意見を集約したうえで、長老が決定を下す。
村人はその決定に従うのみだ。
果たして、長老の判断は、「養豚を始める」だった。
「やってみなはれ。」
長老はこう言って養豚にGOサインを出した。
某ビール会社の創業者がよく言っていた言葉だ。
短期的に成果のない養豚にGOサインが出るとは、俺は正直思っていなかった。
俺の開発した農具で多少効率が上がったとはいえ、それほど余裕はないはずだ。
実施しない、または延期という判断でもおかしくはないし、むしろ妥当とさえ思える。
「現状に甘んじることなく、常に新たな取り組みが必要だ。
失敗しても良い。失敗は糧となり人を成長させる。」
長老の言葉には含蓄がある。できる経営者の様だ。
俺は長老の期待に応えたい。




