File:1 台所に立つ理由 ─ 料理は喜びである
蕗二は困惑していた。
目の前の光景が幻覚ではないか、確かめるように強く瞬きを繰り返す。
やはり変わらない。
骨がある。見渡す限りの骨、骨。骨。
土にまみれた骨や、まだ新しいのか赤みの残った骨が無造作に積まれていた。
息を吸えば、異臭が鼻を強く突き刺してくる。獣臭さとヨーグルトのような甘いような酸っぱいような胸焼けしそうな匂いと、夏場に放置していた生ごみのような何とも言えない不快な臭いが混じり合い漂っている。
深く息を吸い込めば、思わず胃から朝飯が込み上げてきそうだ。
事態を甘く見ていた。素直にそう思う。
遡ること、1時間前。
2042年12月10日木曜日AM8:20.
10月末に捜査一課に所属していた栗田の起こした復讐殺人により、全警察官が『マーク診断テスト』を受ける事態となった。
噂によれば、何人かの警察官がひそかに解雇されたようで、ショックを受けた者も多かっただろう。警視庁は少しの間、一足先に冬が訪れたかのような寂しげな静かさに包まれていた。
そんなことも知らない東京の街はハロウィンの喧騒が忘れられないのか、一か月もしないうちに赤や緑の電飾で店先や街路樹を華やかに飾り付けた。気がつけば冬の寒さで冷えてきた鉄の街はどこもかしこもクリスマスカラーで色鮮やかな光に彩られ、どこを歩いていても陽気なクリスマスソングが聞こえる。おかげで気がつけばジングルベルを鼻歌で歌ってしまうほどだ。
それ以外はいつも通り、何ともない日々を過ごしていた。
人の気配がない暗い廊下を進んだ先、資料室と書かれたドア。壁に埋め込まれた読み取り機に警察手帳をかざし、短い電子音とともに開錠される。
ひんやりとする湿気た紙の匂いと埃っぽい空気を吸いながら、目の前に積まれた段ボールの壁の間を横歩きで通るのも慣れたもんだ。
そういえば、極秘部署である【特殊殺人対策捜査班】が結成されて、もう8ヶ月経ったか。
一年にも満たない、短い期間に色々あったなと、思いを馳せる間もなく、段ボールの壁を抜ける。
「おはよう」
「遅かったわね」
挨拶に被せられた鋭い声。
朝から聞くには意外過ぎる声に顔を上げれば、顔をひきつらせた相棒・坂下竹輔の隣に、検視官の東が仁王立ちしていた。
「あ、東検視官! おはようございます」
咄嗟に荷物を床に放り出し、背筋を伸ばして最敬礼をする。
本来、検視官は叩き上げのノンキャリアがおいそれと話しかけていい存在ではない。
変死事件があれば必ず臨場することを義務付けられている、警察にとって非常に重要な人物なのだ。
110番通報があれば、交番や巡回している警邏隊が駆け付けてくる。その後、まず刑事よりも真っ先に臨場するのが鑑識課だ。殺人事件はもちろん、交通事故、窃盗事件、放火など全ての事件事故において、現場に残された足跡、指紋、髪の毛一本も見逃してはいけない。各警察署に片手ほどの人数で24時間活動していて、刑事たちと変わらない過酷な部署だ。そんな多忙な部署で、司令塔を担うのが検視官だ。
正確には検視官という役職は存在しない。しかも、その存在は特殊かつ希少だ。
出生数よりも死亡数の方が多い昨今。司法解剖数が追いつかず、死因特定に時間がかかってしまう。そのせいで捜査の初動が遅れかねない状態だ。そんな中、検視官は現場に直接臨場し、遺体の状況、周囲の状態をたった一人で検視、遺体の死因の予測を行い、事件か事故かを判断し、捜査の方針の初動を決める唯一無二の存在。10年以上の捜査歴と法医学を取得する必要があり、その狭き門を潜り抜けられるのはごくわずか。おいそれと簡単になることができないゆえに、2042年現在、日本全国の警察官が約10万人いる中で、たったの80名ほどだ。都道府県に約2名、その背に事件の行く末が任されている。
だが、そんな東検視官がわざわざ一人で【ここ】にやってくる時は、今のところ厄介な事件が起きた時だ。
「今日はまた、どうしてここへ?」
恐る恐る尋ねると、東が胸の前に組んでいた腕をほどき、突然顔の前に勢いよく手を合わせた。
「お願い! 紅葉を呼んで!!」
「え?」
「どうしても! どうしても人手が足りないの! 頼れるのは紅葉しかいない!」
この通り、と両手を合わせたまま東は深く頭を下げた。
【特殊殺人対策捜査班】の存在も、これまた異例だ。
犯罪者予備軍である≪ブルーマーク≫を強引に捜査へ参加させ、連続殺人事件を何度も解決させてきた極秘部署。
癖の強いメンバーの中でも、東検視官が大層気に入っているのが、野村紅葉だ。
死体に強い興味があり、凄惨な現場で臆することなく優れた観察力と分析力を発揮する彼女の実力は、多忙な鑑識課からすれば喉から手が出るほど欲しい人材であることに間違いはないだろう。
何度も採用できないかとボヤいていたが、遂に頭を下げに来るとは。
しかし、東検視官がここまで身を張って頼みごとをするほどなのか。
戸惑いを隠せず、竹輔と困惑の視線を交わしていると、短い電子音が沈黙を遮った。
「おお、もう来ていたのか」
段ボールの隙間から顔を覗かせた菊田係長が、東の姿に口の端を大きく持ち上げて破顔した。
深く腰を折ったまま、東はぎろりと菊田を睨む。
「なによ」
「いや、懐かしいなと思って。そのポーズ、昔はよくやっていたな」
「黒歴史をさらっと暴露するんじゃないわよ」
屈辱だと言わんばかりに唸る東に、菊田は愉快だと言わんばかりに笑みを深めて喉奥で笑う。
刑事時代に部下だったらしい東の姿は想像できないが、時折会話を聞いていると、父親と娘のような不思議な関係だなと思うと気がある。
「今、直談判中なんだから、邪魔しないでくれる?」
姿勢を戻した東に、菊田はわざと肩を竦ませて見せる。
「直談判しなくても、私から声をかけるつもりだったんだ。まあ、アレじゃあ、すぐに猫の手でも借りたいのも分かる。しかし、君の可愛い部下たちをあの場に置いてきては、少し酷だと思うよ? 検視官として指揮をとらないと。ほら、早く行ってあげなさい」
後は説明しておくからと菊田が促すと、東はしぶしぶと言った様子で立ち去っていく。段ボールの壁に遮られる前にしっかりと念を押す視線を菊田へ突き刺すことも忘れない。ドアの開閉する音とともに消えた威圧感に、蕗二と竹輔は胸を撫で下ろした。
「二人とも、東くんが頭を下げたのは内密に」
唇の前に人差し指を立てた菊田は、脇に抱えていたタブレットを起動させた。
「今、捜査一課はちょっとした騒ぎになっていてな。昨日の深夜、西多摩の山に何か不法投棄する怪しい奴がいるって近隣住人からの通報によって、警察官が駆け付けたところ、ゴミが大量に放置されてたようだ。不法投棄の担当はそもそも警察じゃないから、今朝になって多摩市役所が不法投棄のゴミを回収しに来たんだが、その中に大量の骨が入ってたってんで、110番通報があった。で、それが鑑識課に全部回って来たのが朝6時、つい2時間前の話だ」
タブレットの画面をこちらに向ける。そこに映っていたのは、青いビニールシートに積まれた骨骨骨。
画面を何度スクロールしても、骨が画面を埋め尽くしている。
それほど夥しい数の骨だった。
「一体何を発掘してきたんですか?」
「これが恐竜や考古学的に大発見のものだったら、東くんも心躍ったかもしれないんだが」
菊田は深い溜息をつく。竹輔がタブレットを受け取り、指を滑らせ画像を拡大する。蕗二は隣から覗き込んだ。骨のほどんどは細かいもののようで、土で汚れているものもあれば、真新しいのかまだ赤い色が見える部分もある。人の骨があるようには見えず、むしろスーパーなどで見覚えがある骨だ。
「なんか、あれだな。産業廃棄物の不法投棄っぽい気がするな?」
「ラーメンか、焼き肉か、フライドチキンっぽい感じですけどね?」
蕗二と竹輔の言葉に、菊田がひとつ頷く。
「半分正解だ。工場から出るようなゴミの中でも、骨などの廃棄物はより特殊な扱いとなるらしい。費用も手間もかかるらしく、産業廃棄物業者が処分の経費をケチる為に、かなり前から不法投棄をしていたらしい。最初の方はバレないようご丁寧に土の中に埋めて証拠隠滅を図っていたみたいだが、ばれないと思ったのか、最近はそのまま投げ捨てるようになったんだろう」
菊田の発言に引っかかることがあり、蕗二は思ったことを口にする。
「ある程度、業者の目星はついているってことですか?」
「ああ、山奥すぎて防犯カメラはなかったんだが、唯一、『犯罪防止策』施行直後に設置された旧式の≪リーダーシステム≫が設置されていたんだ。情報を解析したところ、≪ブルーマーク≫が一人浮上した。そいつは産業廃棄物処理業者に勤務していることが判明している。証拠を揃えたら、任意をかける予定だ」
「それなら、この骨の山を証拠として任意をかければいいだけじゃないですか? 不法投棄でわざわざ野村を呼ぶ必要もないんじゃ……」
「なんでって、人間が混じってるんじゃあ、仕方ないだろう?」
あっけらかんと言った菊田の言葉に、二人は飛び上がった。
「え、人の骨があったんですか!?」
「ああ、困ったことにな。警視総監が『こういう時に人骨混じってたらやだよねぇ』ってぼやかれたらしい。で、念のためって東検視官がざっくり確認したところ、早々に人間の頭部が一つ見つかって大騒ぎだ。で、捜査本部が立ち上がったと同時に、解析のために科捜研に回したいが、まずこの大量の骨の中に、一体何人混じってるかを確認しなきゃいけない」
「全部科捜研に回せばいいんじゃないですか?」
蕗二の戯言に菊田は片眉を上げた。
「科捜研がそんなに暇だと思うか?」
「ほら、喜んで来そうな科捜研の方とか居そうじゃないですか?」
「有名なドラマのあれか。まったく、フィクションの弊害だな」
困ったように肩を竦める菊田に、刑事ドラマ好きな竹輔は笑いを堪えている。
「なんだよ、竹も思ったろ」
「いやぁ、あらゆる刑事ドラマの登場人物が駆け巡りますよねぇ。共演したいもんですよ。でも、この量を全部確認するのは、鑑識だけじゃあ大変だろうなぁ」
画像を拡大しながら、竹輔は渋い表情をする。菊田も釣られて疲れた表情を浮かべる。
「ああ、だから今、捜査一課だけじゃなく捜査二課も応援に呼ばれて、てんてこ舞いだ」
「あー、そりゃあ、東検視官も猫の手を借りたくなったわけだ」
蕗二は液晶端末をジャケットのポケットから引っ張り出す。トーク画面を表示していると、竹輔が楽しげに笑った。
「野村さん、すっごい喜びそうですよね」
「絶対にすぐ来るぞ」
見てほしい骨がある、警視庁に来てほしいと送る。すぐに既読マークがつき、親指を立てたクマのマスコットキャラクターの画像が送られてきた。
そして現在。
警視庁AM9:33.
想像を超えた骨の山に圧倒されていると、こちらに気がついたのか一人の鑑識が駆け足で近寄ってくる。
手本のような背筋の伸びた敬礼をして、マスク越しとは思えない声を張り上げた。
「三輪警部補ッ!! お疲れ様ですッ!!!」
耳の奥でキンと金属が鳴る。その痛みに顔を顰めながら、蕗二は軽く手を上げた。
「桑原さん、お疲れ様です。現状を確認しに来たんですが、これは……すごいですね」
本来、ここは警察官たちが剣道訓練や柔道訓練に使う、広い道場だ。半分がフローリングで、もう半分が畳になっているのだが、今は道場のフローリング部分はすべてブルーシートで覆われ、土にまみれた骨や赤みの残っている骨が無造作に積み上げられていた。
写真から山のように積み上げられていると思っていたが、実際は膝くらいの高さで、直径3メートルほどなだらかな小山が4つ積み上げられ、各山を8名が囲むように座っている。
骨をひとつひとつ、ちまちまと刷毛や歯ブラシで泥を落としているのは、明らかに鑑識ではないスーツ姿の男やラフな格好をした男たちだ。菊田が言っていたように手の空いている刑事が駆り出されているのは本当のようだ。
思っているより骨が少ないように錯覚するが、大きな骨よりも小ぶりな骨の方が圧倒的に多い。
見ているだけでもうんざりする上に、悪臭でまともに息を吸えない。
夏場に使用する業務用の大型扇風機を、全開にした窓に向かって回しているが、到底間に合っていない。
マスクをしていても途中で気分が悪くなるのか、少しでも新鮮な空気を吸おうと、窓際にスーツや私服姿の男たちが10人ほど転がっている。休憩しては交代しながら作業をしているのだろうが、ちまちまとブラシを動かす男たちから疲労感が漂っている。
「現在ッ、骨の清掃作業に助力いただき2時間経過していますがッ、数が多く、難航しておりますッ」
駆り出された刑事たちが掃除した骨は、大きな銀や金の盥に入れられているようだ。
それが一杯になると、骨の山の奥にいる鑑識4人が動物の骨と人間を仕分けしているらしい。
動物の骨は黒いゴミ袋に、人の骨は青い盥に移されるようだ。
部屋の奥、畳のスペースに一枚だけ敷かれたブルーシートの上に、東が一人佇んでいる。
足元には一つの頭蓋骨と、大腿骨であろう骨や細かな骨が並べられている。
「ご遺体は、まだ一人だけしか見つかっていないんですか?」
「いえ! 3本目の大腿骨が見つかったため、現在2名のご遺体がこの中にあると推測されていますッ」
「2人いるのか……」
これじゃあ、埒が明かない。朝から地べたに座り込んで永遠と作業しているためか、刑事たちや鑑識たちは腰を擦ったり痺れた足を伸ばしたりと疲労がうかがえた。
そんなどんよりと淀んだ空気を押し出すように、突如黄色い女性の声が上がる。
「きゃ――――!! めっちゃ骨あるぅ! テンション上がるぅぅ!!」
鑑識やスーツの男たちがびくりと飛び上がり、声の方を一斉に向く。
道場入り口に突如現れた女性は、頬を両手で挟んできらきらと目を輝かせ、興奮で体を震わせていた。
あまりに場違いな若い女性の出現に何事だと捜査員たちが凝視する。蕗二は思わず頭を抱えた。
毎回異常な喜びっぷりを発揮する野村の反応には慣れているが、今回は事情を知らない他部署がいるのを忘れていた。普通の人間ならこの大量の骨と異臭に吐き気を覚えてもおかしくないはずが、まるで宝の山でも見つけたような燥ぎっぷりだ。
鑑識と刑事たちが騒めく中、東検視官だけは違った。
奥から小走りに野村の下へ駆け寄ると、姿勢を正した。桑原が部屋に響く声で「注目ッ」と声を張り上げた。朝に行う点呼が沁みついているため、即座に刑事と鑑識は立ち上がって姿勢を正す。
蕗二と野村を案内しに行っていた竹輔も反射的に背筋を伸ばした。
「なおれッ」の指示で両手を後ろに、足を肩幅に広げる。
東が半歩前に出て、声を張り上げた。
「非常事態により、司法解剖を請け負っていただいている解剖大学から、研修の一環として研究室の生徒一名が助っ人として参加する。教授からも信頼のある生徒さんとのことだ。各自、失礼にならないよう対応するように。では野村さん、一言挨拶をお願いします」
「はぁい! 野村紅葉と申しまぁす。本日はよろしくお願いしまぁす!」
すらすらと高らかに嘘をつく東検視官と、すかさず嘘に便乗する野村に違和感はない。おかげで作業していた捜査員たちは納得したようだが、嘘をつくのが苦手な竹輔の冷や汗が止まらない。
ハンカチで額を押さえている竹輔に、手袋を持ってきてほしいと指示をする。機敏な動きで竹輔が部屋の片隅に置かれた準備物を取りに行っている間に、蕗二は咳払いをしつつ、東と野村の嘘にどう便乗するか考える。
とりあえず、指示を待つ犬のような熱烈な視線を向けてくる野村に、状況の説明と指示をする。
「野村さん、さっそくなんですが、この骨の山の中にご遺体があるとのことです。現在、二人いるかもしれないとのことで、一緒に確認のお手伝いをお願いいただけますでしょうか」
東と野村のアドリブに乗って見知らぬ生徒として扱うことにした蕗二に、野村は胸を張って、拳で叩いて見せた。
「了解いたしましたぁ! 教授の名に懸けて、紅葉ちゃんがどどんと見つけちゃうんだからぁ!」
そう高らかに宣言した野村は、大量に積み上げられている骨に今にも飛びつきそうだ。
鼻息の荒い野村にタイミングよく竹輔が使い捨ての青いゴム手袋を渡す。慣れた様子で手袋を装着した野村は、さっそく清掃された金の盥に近づくと、豪快に持ち上げようとした。刑事たちが土を払った骨の入ったものだ。
「待て待て! 持っていくから」
「ありがとねぇ! じゃあ、骨の仕分けしてるのあそこだよね? そっちにお願い!」
言われた通り、鑑識が作業していたところに盥を置くと、野村は行儀よく正座で座った。
そして、青い盥か黒いビニール袋かのどちらかに骨を仕分けし始めた。それも本当に見ているのか疑いたくなるほどの恐ろしいスピードでだ。
「いやいやいや! 適当すぎるだろ!?」
「適当じゃないもん! ほとんど鶏だもん。見た感じ数も数だし、鶏だけでも先に仕分けたら楽になるからねぇ。あ、でも、それに事件なんだっけぇ? 豚と牛と人は一応並べた方が良い??」
「ならべる?」
「あずまっち……じゃなかった、東検視官さん! そこのスペース、借りてもいいですかぁ?」
「ええ勿論」
東はすぐさま桑原のケツを引っ叩く。反動で飛び出した桑原はすぐに部屋の隅に積み上げられていたブルーシートへと駆け寄った。竹輔もすぐに動き、二人係りでブルーシートを広げ始めた。
「東検視官、そもそも人間の骨って、どれくらいあるんですか?」
野村が言うことが正しければ、簡単に見分けがつくらしい。意外と早く済むのではと考えたが、東はそんな蕗二の浅はかな考えを嘲笑うように鼻で笑う。
「人間の骨だけで206個ね」
「にひゃく……」
「人間の骨と動物の骨なんて、簡単に見分けがつくはずだって誰だって思うでしょう。確かに、牛は簡単ね。大きいから。でも豚も混じっているのが厄介ね。豚は蹄や背骨が違うけど、それ以外は人間の再生医療でも使われる程度に類似している分、考古学でも見た目で人間かそれ以外かを見分ける研究がされているほど判別は難しいのよ。豚と牛だけならまだよかったけど、問題は鶏ね。あまりに量が多すぎる」
そう言うと、東は突然、人差し指をこちらに突きつけてきた。
「今、あなたを指さしたこの人差し指には、骨が3本。両手の指を合わせたら28本。指先以外はさほど特徴がない上に、ぱっと見、鶏の骨と大きさが同じ。それが目の前にある山盛りの鶏の骨に交じっているのよ? それだけでゾッとするでしょ」
東は一つ溜息をつき、目の前に広がる骨の山を睨みつけた。
「そもそも、その中に一体何人いるのか、全身がそろっているのか、欠損しているのか、砕かれてるのか、古いのか、新しいのか、それさえもまだ何も分かっていない。それをあの山の中から探し出さなきゃいけない。正直このままだと、一か月はかかる」
淡々と事実を突きつける東に絶句する。砂浜から何個混じっているか分からない米粒を探してこいと言われたも同然だ。途方もない作業だ。想像しただけでも投げ出したくなる。
これは流石の野村も大変な作業になるのではと、心配で視線を向ける。
だが、野村は鼻歌を歌い出しそうなほど楽しげにブルーシートが敷かれるのを待っていた。
竹輔と桑原が畳の上にブルーシートを三枚広げ、掃除の終わっている骨が積み上げられた金の盥を置くと、野村は盥の中から骨を拾い上げた。
「よーし、数も数だから、ちゃちゃっと並べていくねぇ!」
そう言うと、なぜかブルーシートのあちらこちらに骨を置き始めた。
「え、ちょ、何してんだ?」
「もう! さっきから三輪っちうるさい! あれでしょ? 三輪っちって、パズルするとき、枠から作っちゃう人でしょぉ?」
「え? まあ、それが早いからな?」
ちっちっちっと野村が舌で音を出しながら、人差し指を振る。
「骨格標本を作るときも、基本は背骨から作っていく方が針金を通して組み立てる作業上、楽なんだけどねぇ? 今回はマジのマジで速さ重視なんだからぁ! パズルの端から組み立ててたら、探すだけでも時間かかっちゃうんだよぉ? 判る部分から組み立てれば、あっという間に完成だよぉ!」
そう言っている間に、ふと気がつけば、豚と牛、人間が出来上がっていた。
手に取った骨の判別速度が異常に速い。一切躊躇いもなく、次々並べては瞬く間に完成していく。
なんならブルーシート1枚にあたり人か牛か豚かを選別されているようだ。一瞬の躊躇いもなく、次々と骨を持っては置いていく野村に、東は両手で頬を包み込み、うっとりとした表情を浮かべた。
「ああ、紅葉、なんて優秀なのッ。骨格をすべて記憶しているのね!? この才能を埋もれたままにするなんて勿体ないッ! はあ、私ももっと昇進して人事に口出しできるようにならなきゃねッ!」
拳を握って鼻息を荒くした東は、声を張り上げた。
「あんたたち! 掃除は止め! 各班、目の前の骨を、大きい骨と小さい骨を分けて! だいたいで良い! 大きい骨が盥いっぱいになったら、すぐに野村さんの下へ! 鑑識チームと、三輪、坂下! 仕分けられた骨から、小さい骨と中くらいの骨を仕分けして! 動物か人か、骨の種類は見なくていい! 大、小だけでいい! 早く!」
すでに空になっている盥を持って蕗二は駆ける。刑事たちは一目でわかる大きな大腿骨や肋骨をすぐに盥に入れ、野村の下へ運んでいく。
鑑識に交じり、竹輔とともに尺骨や橈骨などの細い骨、それ以外の骨を全速力で仕分けして、野村の下に運んだ。
小さい骨は東と桑原が全力で人か否かを仕分けた。
そして骨の入った盥がシャトルランの要領で野村の下に運ばれ、仕分けられた骨を野村が高速で並べていく。
大きな骨がなくなれば、蕗二と竹輔と刑事たちで、中ぐらいの骨と小さい骨を仕分けし、東たち鑑識たちが小さい骨を全力で仕分けた。
山のようにあった骨は見る見るうちに小さくなっていった。




