第五十話 姫騎士エアリス
第五十話 姫騎士エアリス
☆
「ど、とうしたの!」
女騎士は森の中で、頼みの馬が遂に走る事すらままならなくなり、立ち往生していた。
姫騎士の称号を持つエアリスとは言え、移動力に見るべきものは無い。軽装鎧とは言えそれでもそれなりの重量はあるのだ。
(……でも…行かなくては…)
何が起こったのかは分からないが、轟音と共に道が崩れ落ち、その後は追手は現れなかった。これは幸運なのだろうか。事態を把握する事は出来ないがそれでも行くしか無い。
エアリスは森の中を歩き出す。
♢
「どうやら、馬を捨てて歩き出したようじゃの」
「ふむ、予想より持ったな」
影を放ち女騎士を追跡していたサトウは急ぎ森の中を戻っている。
今の時点では女騎士の実力は分からない。手練れのジルとクリスなら遅れをとる事は無いだろうが、油断は出来ない。そして何事も無く止められる訳が無いのだ。
(問題はどんな使命を受けているかだな)
騎士は主君の為に尽くすもの
しかも同じ騎士に追われる程の密命
「さて、鬼が出るか蛇が出るか」
サトウは女騎士を挟撃すべく森の中を疾走する。
♢
ジルとクリスはジッと森の中で息を潜めている。
既にオウングスの影から指示を受け取り、単独で森の中を移動する女騎士が現れるのを待っていた。
しかし
「ジル姉、でもそんな女騎士を足止めなんて力尽くしか無いよね」
一応、サトウからは穏便にと言われてはいるのだが
「……普通に考えたら無理よね」
二人はサトウの無理難題に当惑しながらも、諦め顔で息を潜めている。
ジルは先行している姫巫女達に直接接触されるよりはマシだろうと判断しているので、渋々ながら承諾してはいるが、クリスは「……また女?」と露骨に不機嫌になっていた。
(それがサトウなのよね)
ジルの諦めにも似た感情は、まだ幼いクリスには受け入れ難いものであるのは間違いない。
そして、悩める二人の前に女騎士が現れる。
その風貌は激しい逃亡の所為で乱れてはいるが
「「綺麗な顔立ちね」」
恐ろしく場違いな美しさだった。
思わず見惚れる二人だったが、サトウの命に従い女騎士の前に立ちはだかる事になる。
「いくわよ」
「……はい」
そして森の中で姫騎士エアリスはジルとクリスに出迎えられるのだった。
♢
不意に森の中から現れた二人にエアリスは露骨な警戒心を向ける。
一人は軽装の女盗賊か冒険者、もう一人は魔導士風、偶然の訳が無い。
そして三人は目線を交わし、間合いをはかりはじめる。
「悪いんだが先を急いでいる。大人しく通しては貰えないかな?」
エアリスの口調は柔らかいが絶対の意思が込められていた。
当然ジルとクリスもそのまま通す訳には行かない。
「私達のマスターが貴方に話があるそうよ。申し訳ないけど少し時間を割いて貰いたいの」
ジルも一応は穏便に話をするが──
「……嫌だと言ったら?」
「……残念だけど通す訳にはいか無いわね」
だが、エアリスはここで立ち止まる訳にはいかない。
そしてエアリスは「…そうか」と一言、その剣を抜いた。
「ならば! 押し通る!」
長剣を抜いたエアリスは遠間から斬りつける。
(早い!)
咄嗟に双剣を抜き《ギンッ!》と弾き返すとクリスが威嚇の魔弾を放つ。
当然の様にエアリスはその起動を見切り鼻先で躱し、再び剣を構えた。
「……やるわね」
ニヤリと笑うジルはクリスと共に牽制を仕掛ける。
女騎士とスキルは未知数だが前衛職なのは間違いない様だった。ならばとジルは荊の鞭を取り出しエアリスに振るう。
中距離範囲攻撃である荊の鞭を、エアリスはそれでも初見で見切り、逆にその引き際を狙って長剣を一閃した。
ヒュンッ! と大気を切り裂く鋭い剣先がジルの喉元に襲い掛かるが、それで仕留められるほど甘くは無い。
そのまま鞭を捨てエアリスの懐に身を翻して飛び込むと毒針を取り出し一気に突き立てようと踏み込む!
(早い! それに思い切りも良い!)
咄嗟に間に合わ無いと判断したエアリスは回し蹴りをジルに叩き込む!
「!!! ぐっ!」
しかしジルはそれをスウェイバックで身を引き掠らせもしなかった。
(やるわね!)
そこへ死角からクリスの魔弾が放たれる。
「!!! 甘い!」
仰け反りながら躱しそのまま身体を回転させると「破斬!」(サトウと同じ技!)「くっ!」クリスを吹き飛ばす!
吹き飛ばされたクリスを一瞥すると、エアリスはそのままジルに斬りつける!
(は、はやい!)
流石に二人掛かりとは言え姫騎士相手では分が悪かったようだ。
その剣がジルを捉えるその瞬間(恨まないで!)黒い影が現れる。
森の中に《ギンッ!》と言う剣戟が響き渡る。
ジルを襲った切っ先を少し反った片刃の剣が受け止める。そこに浮かぶ波の様な紋様は
「もうっ! 遅いのよ!」
無数の闇羽根と闇撫手から──厚顔不遜な男が現れる。
「やはははっ! おまたせ──!」
「「「……………」」」
その男──サトウは実に場違いな笑顔で現れた。
「お主、少しは空気を読まんか……」
「ええっ! 何々! どうしたの⁉︎」
ジルとクリスは呆れながらも安堵している。
それはエアリスの顔を見れば一目瞭然だった。
その必殺の一撃を事も無く止めるその一連の動作で、この場にいる全員がサトウとエアリスの力量差を理解したのだ。
(……強い…)
軽く弾かれただけなのにエアリスの手はビリビリと痺れている。
姫騎士の称号は伊達では無い。剣と魔術に優れ、美貌にも恵まれた者だけが授かるものなのだ。
今まで、一度たりとも遅れを取った事など無かったのだが、目の前のこのふざけた男は今迄とは勝手が違う。
エアリスはそっと距離をはかりサトウと対峙する。
(ほう、あやつまだ諦めんのか。いや、諦められんのじゃろうな)
そう、エアリスは諦める訳にはいか無いのだ。
「さて、女騎士様、お前を追って来た奴等は俺が始末した! 俺の話を聞いてみてはどうかな?」
そう言ってサトウはカランと盾を放り投げる。
「!!! ……それは神殿騎士の誓約の盾!」
エアリスの目に動揺が走る。
(本当にあの神殿騎士達を倒したの? しかも一人で? いえ、それは分から無いけど……でも…)
それでも目の前にある神殿騎士達の持つ誓約の盾はおいそれと持てる物では無い。
あの人数を相手取っては自分でも突破は不可能だろう。
それをこの男は──しかし、ここで屈する訳にはいか無い。
エアリスはそっと剣を構えその提案を拒否した。
(天よ! 我に加護をお与え下さい)
その時、遅れてゼシカが走って来る。
「はぁっ…はぁっ……ジル! どうなりました?」
倒れていたジルの後ろにゼシカは走り寄り手を貸して起こそうと──「ええっ、今女騎士とやりあって……ぶふっ!」──その姿を見てジルが吹き出した。
「そ、そんな目で見ないでよ!」
慌てて手を使い服を隠そうとするゼシカは、超ミニでヘソまで丸見えのメイド服に身を包んで恥ずかしそうに立っている。
「ああっ! ゼシカさん……てなに! その格好は!」
クリスは思わず目が点になっていた。
金髪で美しいゼシカのあられもない姿に思わず皆が息を飲む。
「……何なの! 貴様は!」
エアリスは思わず力が抜けそうになるのを堪え「……女の敵め!」そう言って斬りかかって行った。
「「「それはその通り!」」」
その場に居た全員が激しく同意したのだった。
だが
サトウはそれだけの男では無い。
斬りかかるエアリスを見てニヤリと笑うと「甘い」と一言呟き、隠密と忍足を発動した。
「!!!(消えた⁉︎)」
エアリスの剣が《ブンッ!》と空を斬り──次の瞬間、10m近く吹き飛んで行く。
「ぐううっ(な、何が起こったの)!」
サトウの放った至近距離からのサイコブラストは、さらにテレキネシスを上掛けされ、エアリスを吹き飛ばしたのだ。
そして、倒れているエアリスに、姿を消したままサトウはその美しい首筋に風切り丸を突き付ける。
「くっ!」
命を握られたエアリスは全てを諦めるかの様に、キッと唇を噛み締めると
「……殺せ…」
と呟いた。
サトウはニヤリと笑う。
「さて、ここで取引といこうじゃないか!」
「……取引だと……」
「ああっ! お前に使命を果たす機会を与えてやろうじゃないか!」
サトウは悪魔の様な笑みを浮かべ、姫騎士エアリスにそう囁いた。
(……機会を…与える?)
逡巡するエアリスだが、彼女に選択肢は無かい。
主君の命を受けた姫騎士は、それに殉ずる他無いのだから。
そして皆がこう思った。
「……また仲間が増えたのね」
皆が気の毒そうにエアリスを見ている事を、本人だけが気が付いていない。
次話から森の神殿編!
( ̄Д ̄)ノ
サトウが迷宮攻略に乗り出します!




