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第三十四話 開演

第三十四話 開演



 通されたオークション会場は、百人が入れる規模の半すり鉢型の客席を備えた、オペラハウスの様な施設だった。

 そしてステージが設けられ、連れ出された奴隷達が品定めされる。その場で多少のお味見くらいは許されているらしい。ただし、例外はあり特別な奴隷はそうは行かないようだ。特に今夜は

 サトウはそっと私兵の配置をロケイトとサーチで探る。

(なんとオウングスの位置が特定できない。やるなあのロリババア)

 剣技LV3を持つサトウは一度捉えた気配をサーチを使い判別出来る。そして戦争奴隷である五人を特定し、さらに特別な一人の場所を、人員配置から掴んだ。

 会場ではドノヴァンが上得意と思しき客に挨拶をして回っているが、その目にはこの場を仕切る男の自信と野心が溢れていた。

 サトウは「あれは入れ込み過ぎだな」とポツリと呟いたが、それはジルとクリスにも聞き取れなかった。なぜなら会場の中はみな意気込みが違うのかザワザワと喧騒が渦巻いていたからだった。

 奴隷オークションは事前に出品される奴隷の簡単なプロフィールが渡され、客はそれを見て駆け引きをしながら自分が狙う奴隷を落とそうと画策するのが醍醐味らしい。だから狙いが被るとかなりの散財になる事もあり、時にはワザとヒートアップさせて資金を削り合う様に仕向けたりと単純では無いようだった。

 しかし、ニコニコと微笑むサトウにはそんな事はまるで関係無いように周囲をチラリチラリと観察している。そしてジルとクリスにそっと囁く。

『さすがに金持ちでも桁違いの奴等が集まっているようだ。護衛に就いているのがみな一癖二癖ありそうなのばかり。是非お手合わせ願いたいものだな』『何言ってるのよ! 目的とズレてるから!』『でもジル姉、ヤバそうな奴らが確かに混じってるよ』

 会場には確かに殺気が飛び交っていた。ただしこれは護衛に就くもの同士の社交辞令のようなもので、決して実際に闘おうとするものでは無い。しかしサトウだけは違った。明確な意図の上で護衛達の力量を推し量ろうとしている。


 そこへドノヴァンが側近を連れて現れた。さすがにかなりの実力者を連れている。サトウへの牽制も兼ねているのか、その男は明確な殺意をサトウに向けて来るが、サトウはまるでどこ吹く風の様にドノヴァンを一度だけチラリと見ると、また周囲を伺う様に観察を始めた。

「サトウ、なんの真似か知ら無いが金も無いのにオークションに来てどうするつもりだ? 時間の無駄だぞ。この国では奴隷とは社会的には認められた制度だ。貴様でも余計な手を出せば犯罪者だからな。まあ、分かっているとは思うが一応忠告させて貰おう」

 口調は周囲を意識してか穏やかだが、その言葉の端々には怒りの感情が漏れ伝わって来る。それは普段のドノヴァンからは考えられ無い事だった。冷酷で冷徹、恐ろしいまでに合理的な男には似つかわしくない言動。

 そこにサトウが実に余計な口を挟む。

「ドノヴァンさん、大切な取り引きの前に感情が少し昂り過ぎているようですね。そんな時こそ落ち着かねばなりません。それはね、その身に過ぎた事を企んでいるからそんな不細工な事になるのですよ。まあ、それでもやらなければならない事情がおありのようだ。それなら先ずは目先の案件に全力を傾けられる事が肝要かと思います。お気をつけて、この世の中何が起こるか分かりませんし、何事も最後の最後が大変ですからね」

 その一瞬、殺気が会場全体に広がったのか護衛や配下の者達が一斉にサトウとドノヴァンを振り返った。

 その時、サトウは帯剣しておらず、ドノヴァンは腰に護身用の短剣を挿している。間合いは完全にドノヴァンのものであり、サトウは無防備に背中を晒してキョロキョロと周囲を伺っていた。

 側にいた側近はあまりの怒気に、主人であるドノヴァンを止めるかどうか逡巡するほどだった。だがーードノヴァンは動けない。

(……こいつ! 何故無防備に背中を晒す! そこまで実力差があるとでも思っているのか!)

 その時、サトウはクルリと振り返りニコッと笑った。

「!!!!!」

「ドノヴァンさん、そろそろ開演のお時間では? 皆がジッと待っていらっしゃるようですよ? 貴方に注目してね」

 ハッとなり視線を上げるとさっきまでのざわついた会場は水を打った様に静かになり、皆がこちらを注視していた。ドノヴァンの殺気に反応した者達が息を呑んで事態の成り行きに気を取られたせいで、つられて会場に静寂を作りだしたのだ。

 ドノヴァンは我に返りサトウの側を離れステージに向かった。

(サトウ! 必ずこの落とし前はつけさせる!)

 そして司会役の男に開会の合図を送り、自らも席に就く。その時会場にいるある男と一瞬視線を交わしたのをサトウは見逃さなかった。

「み〜つけた!」

「えっ? なんの事?」

「と言うか、サトウは本当にいろんな人を怒らせるんだね」

「俺って誤解されやすいんだよな」

「!!!!!」

「!!!!!」

 心底開いた口の塞がらないジルとクリスにアルマがこっそり耳打ちする。

『実はその辺に関してサトウは本気みたいですね。生粋のトラブルメーカーって、無自覚なのが一番たちが悪かったりするんですよねえ』

「……誤解ねえ」

「……色んな意味でサトウって意外と可哀想なのかも」

「!!! そ、そうなの!」

「ま、まあそんな気がしただけよ!」


「始まったぞ!」

「「!!!!!」」


 奴隷オークションが始まった。


♢♢♢


 身なりの良い司会役の男はこの奴隷オークションが国の正式な認可を受け、出品される奴隷も全て国の許可を受けた者達である事を宣言し、奴隷オークションが始まった。

 今日は特に値の高い者を集めているようで、序盤から高値がついている。今夜は、恐らく莫大な金額がドノヴァンの手に転がり込む事になるだろう事は想像に難く無い。

 サトウは渡された資料に目を通しながら様子を伺っている。

『ねえ、まだ動きは無いの』『いや、周囲に辿りついてはいる』『潜入は?』『その気配は無いな』『サトウ、どうするつもりなの!』『このままじゃ動けないよ』『さて、如何しようか?』『『!!!!!』』

 オークションは高値を記録してはいるが滞り無く進んで行った。ドノヴァンも警戒をしてはいるが多少落ち着きを取り戻したようだった。

 振り返りチラリとサトウを一瞥する。

(若僧が! どうせ何も出来まい!)

 そしてある男にまた視線を送り前を向いた。

「やれやれ、やけにあの男にご執心のようだな。まるで初恋中の女子中学生みたいで初々しいことこの上ない」

 この時サトウはあの男の正体を知らない。ドノヴァンと深く繋がるあの男こそ、この企みの首謀者であると睨んではいるが、サトウにはなんの確証もなかった。ただ、この会場にいる護衛の中で、もっとも腕か立つのはあの男のそばにいる奴だと判断していた。だから「この中で一番身分の高いのはあいつだ」そしてこのイベントが危険だと知っているからこそそこまでの手練れを従えているんだと勝手に考えていた。単なる思い込みではあるが今回は図らずも当たってしまったようだ。

 その男こそこの国の三人の公爵の一人、デニス家の当主だった。莫大な資金力を活かしのし上がって来た豪腕を宮廷ではこう呼んでいる[拝金王]と。

 デニス公爵がこの火中の栗を拾うような企みに手を出したのにも理由がある。それは異名でもある[拝金王]で表される通り、資金力はあれど未だ誇れる武勇に恵まれぬ彼は、この国において誰も真似の出来ぬ手柄が欲しかった。それが姫巫女を手に入れる事だったのだ。

 喉から手が出るほど欲しい神託を授かる奇跡の少女をその手におさめ、王とこの国にその力を与える事が出来れば! ただしリスクも高い。そこはさすがにのし上がって来たデニスには、この姫巫女を操る方法も手にしていた。だからこそのこの荒技に打って出たのだ。


 デニス公爵の目もまた欲望と野望に溢れ、深く淀んでいる。それは権力を掴んだ男の業なのかもしれない。


 間も無くオークションも最後に差し掛かり、いよいよ戦争奴隷達の出番が迫って来た。


 その時は刻一刻と迫っている。



♢♢♢


 そして、この姫巫女は一人控え室で思い悩んでいた。その身に余る使命もさる事ながら、大切な五人の仲間を抑えられ、逆らう事が出来ずにいる。

 彼女は生粋の姫巫女では無い。そのせいでいわゆる巫女としての教育を受けていなかった。本来の姫巫女なら何よりもその本分にその身を委ね、人質を取られても動じる事は無いのだが、彼女は違う。


「はあ、どうしたらいいのかな…」


 椅子に腰掛け、ブラブラと足を揺すり思い悩む少女はとても姫巫女のそれでは無い。


「……お友達もいるし、困ったなぁ」


「むむっ? これはまた一風変わった姫巫女様じゃの?」


 その時、一つ目の任務を終えたオウングスがそっと姫巫女の影からその姿を現した。


「!!! 貴方は…誰なの?」

「ふむ、馬鹿な男に無理矢理頼まれての、ちと用事をしに来たのじゃよ」


「……馬鹿な男?」

「そう! とんでもない大馬鹿じゃ!」


 そしてまた姫巫女の心が揺れる。


 その時、オウングスは注意深く姫巫女の顔を見てこう言った。

「……お主…まさか……」

 姫巫女はそっと頷き

〈バンッ!〉

 突然扉が開け放たれた。

 そこにはあの女調教師が立っている。

「……さあ、姫巫女様、出番だよ。分かっていると思うけど、言う事を聞かなかったら貴方のお友達の運命は悲惨なものになるからね。さあ、こちらにどうぞ♥︎」

 その笑みには支配する者の醜悪な欲望が溢れていた。しかし、姫巫女は従うほか無い。

 スッと立ち上がると無言で女調教師の指図に従い、この部屋を後にする。その瞳には悲しみの涙が潤んでいたが、決して泣く事は無かった。何故なら、今この時も大切な仲間が辱めを受けているのだから。自分だけ泣いている訳にはいかない。姫巫女はキッと歯を食いしばり長い廊下を歩いていった。


 その時ーーオウングスの姿は部屋の中から掻き消す様に消えていた。


 そこに一つの影が現れる。

 それは望まれざる浸入者

 そしてその影は一つ、また一つと増えていく。


「ふん、あの与太話は真であったか」

「既に全員が潜入に成功しました」

「よかろう、我らの組織に歯向かったらどうなるか、骨身にしらせてくれようぞ!」


 そしてまたその影は掻き消す様に消えていった。



♢♢♢


「!!! 来たな」

「えっ? 何が来たの?」

「……まさか…本当に来たの!」


「衝撃に備えろ!」


 サトウはジルとクリスにそう言うと、剣技LV3の気配察知の効力を最大限に振り絞り、その浸入者達の影を追う。

 そして舞台にはあの五人があられもない衣装に身を包み、引き擦り出される所だった。会場にはどよめきが起こり、そのあまりの美しさに皆息を呑む。



 そしてーー静かに、まるで風でも吹くかの様に一つ、また一つと静かな闘気を身に纏った影が会場に入り込んで来る。


 サトウはアイテムボックスをそっと開き、武器を手渡すとこう告げる。


「死ぬなよ」

「「!!!!!」」


驚いた二人は「ちゃんと指示を出せよ!」と思ったが諦める様に溜息をつき武器を手に取った。




 

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