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第三十三話 姫巫女

第三十三話 姫巫女



 その日の夕刻ーー奴隷娼館には多くの貴族や豪商が集まっていた。

 目当てはローランドの戦争奴隷達である。美しく高い戦闘能力を誇る彼女達はこぞって金持ち達が買いたがり、オークションでは高値がつく。そしてさらに今回は目玉となる奴隷が送り込まれていた。


「ドノヴァン様、姫巫女の準備が整いました」

 女調教師がドノヴァンを呼びに来た。

「よし、確認しよう」

 ドノヴァンにとっても過去最大の取引となるこの姫巫女とは、神聖ローランド皇国において神託を授かる第一位の巫女の呼び名である。本来なら戦争奴隷になる筈など無いのだが、たまたま戦線の崩壊で雪崩れ込んだ軍勢が、包囲した神殿において捕縛したものだった。

 とは言え、一介の貴族や豪商がいくら金を積んだとしても、たとえ買えたとしても手に余るその姫巫女は、あくまでも奴隷オークションにかかり落札されたと言う事実を創り出すのが目的であり、落札する相手すら決まっている出来レースだった。

 ドノヴァンはその手数料を受け取る事になっていた。その代わり戦争奴隷を格安で引き渡されていたのではあるが、今夜間違い無く天文学的なお金が動くのは間違いない。それは組織の中においての立場を強固にするものであり、この国との深い繋がりを持つ事を意味していた。


『いつまでもグレイスの風下に立たされていられるか!』

 ドノヴァンはその心に深い闇を宿していた。そしてその願いは今日を境に変わる! そう確信していた。



「こちらです」


 他の戦争奴隷とは明らかに待遇の違う部屋には、それでも手枷と足枷を施されて一人の美少女が立っている。

 その黒い髪と黒い瞳はまさしく天に愛される巫女に相応しいものだった。羽衣の様な高価な装束はこの為にローランドから送らせたもので、本来ならたとえ貴族といえど目にする事は無いものである。

 ドノヴァンはその美しさに目を奪われた。

「さすがは亡国の姫巫女と言った所か」

 オークション開始まで残す所は僅かだ。流石にこの国の騎士団を使う訳にはいかないが、街には多くの衛兵や間諜が入り込みあざなすものを既に何人も闇に葬っている。

 そしてこのオークション会場にもドノヴァンは手練れの私兵の殆どを警護に当たらせている。準備は万全だった。

 筈だったのだがーーここにイレギュラーな事態が起こる。


「ドノヴァン様! 大変です!」

 慌てた配下の男が部屋に飛び込んで来る。

「どうした! 何事だ!」

「サトウが、現れました!」

「何だと! すぐ行く!」


 ドノヴァンは慌てて配下の男と飛び出していった。


 一人残された少女


『……今…佐藤と言ったの…』


 感情を押し殺し、囚われの身に甘んじていた少女の瞳が、この世界に連れて来られから始めて揺れた。


 そしてドノヴァンと入れ替わる様に女調教師が入って来る。

『……厄介な事になったわね…』

 そう呟き部屋の戸を閉めた。

 そして、囚われの姫巫女の変化を感じ取る。

「まだ時間はある。今は休んでおけ。今夜は長いからな」

 そう言って髪飾りを付け直し、側女を呼んで部屋を後にした。

 女調教師は他の五人の仕上げに向かう。オークションはこれからなのだ。



♢♢♢


 ドノヴァンは奴隷娼館の三階にある隠し窓からサトウを監視していた。

 サトウは二人の女を連れている。

「ジルとクリスか」

 配下の男達は遠巻きに歩いて来るサトウを見ていた。一応はグレイスから依頼を受けている協力者であるサトウを、流石にいきなり襲わせる訳にはいかなかった。

「ちっ! なんで今更! 金も無いだろうに悔しい思いをするだけだぞ!」

 合理的で冷徹な男はその行動が理解出来なかった。

(……何を考えている⁉︎)

 そして堂々とサトウは奴隷娼館に入り込んで行った。ここで斬り殺す事も考えたが、サトウの手強さをドノヴァンも気が付いている。

(……俺でも勝てるかどうか)

「どうします? 追い返しますか?」

「…………」

 ドノヴァンは考えた。

『ここで争い事はまずい。最悪は刺し違える覚悟で始末するにしても、オークションだけは成立させねば約定を違える事になる! おのれサトウめ!』

「……どうします?」

「……通せ! 本気で襲うつもりなら奇襲でも掛けて来る筈だ。正面から乗り込んで来たのはルールに則る気はあるんだろうよ。最悪は戦争奴隷の何人かをくれてやる! どうあってもオークションを成立させねばならん!」

 その怒気にあてられ、慌てて配下の男は門番の元に走っていった。

 苦々しい顔をしたドノヴァンはジッとサトウを睨みつけている。

(渡した女も後でサトウを始末してから取り返してやる!)

 その顔は悪魔に魅入られたかの様に醜く歪んでいた。



「侯爵様かお見えになりました」

「今行く!」

 執事に呼ばれドノヴァンはオークション会場に向かった。この侯爵こそドノヴァンと密約を結んだ張本人であり、後ろ立てでもある。

 既に会場には沢山の貴族や金持ちが集まっていた。そして皆がその刻を待ち望んでいる。


 そして、そこに闇に紛れオウングスが潜入していた。サトウは監視の目を引きつける為に堂々と正面から乗り込んだのだ。ドノヴァンの目を掻い潜る為に


『あのアホウめ! どうなっても知らんぞ!』


 難題を押し付けられたオウングスは悪態を付きながらも奴隷達の捕らえられている牢獄を目指した。



♢♢♢



 ジルとクリスをエスコートしながらサトウは得意気にドノヴァンの奴隷娼館に乗り込もうとしていた。

 だが、既に奴隷姉妹呼ばわりされているわりにぞんざいに扱われている二人の心境は複雑だった。

 自分達がいるのにも関わらず、一度も手を出されていない二人は未だ処女のままであり、多少いたずらをされている程度だ。所がサトウは今日新たに五人の奴隷を手に入れようとしていると言う。しかも曰くありげな一人もあわよくばと言う無茶苦茶な戦略を立てている。


「……それで正面から女二人を丸腰で連れて行くなんて…」

「……絶対上手くいく気がしないよ」

『二人とも、諦めが肝心です。サトウはどうせ出たとこ勝負なんですから』


 こっそりと二人に付いているアルマも半ば同情しているようだった。

 だが目の前の男は違う。その目は爛々と欲望に輝いていた。呆れる二人は仕方なくサトウに付いて行くしか無い。


『アルマ、ちゃんとお客様がついてきてるみたいだな』

『サーチとロケイトでオブジェクトとして認識は出来ますが、サトウさんの思惑通りになるとは限りませんからね』


 しかし、サトウには確信があった。自らの運命を狂わせる【災厄の渦】は、必ず今日も多いに最悪の事態を招き寄せるだろうと。


 なんの根拠も無いに等しいのにニコニコと嬉しそなサトウを見て、アルマは心底ドノヴァンに同情した。


『この世界には[触らぬ神に祟りなし]と言う格言はまだ無いのね』


 そして生けるタタリ神、サトウの後ろ姿を見て溜息を一つ付いた。




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