第三十一話 準備
第三十一話 準備
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翌早朝、俺達は黒猫亭で朝食を終え、ガイの店に向かっていた。
目的は【翡翠】が眠るとされる[森の神殿]の探索の準備を整える為だ。オウングスを俺が取り敢えず確保した事はグレイスには伏せてある。接触を持った事は確認しているらしいが、まさか既に俺に取り憑いて居るとは気が付かない用だった。
一応、今までの奴等が情報の断片すら見つけられ無かったのに、俺がいきなりオウングスと接触した事はインパクトがあったらしく、さらなる支援が認められたらしい。ただし誰が黒幕なのかは言えないそうだ。
そしてアサシンギルドを壊滅させた事に関しては依頼の関係上、一応不問にすると言う。かなり危険な事らしいので何かあったら俺に償わせるとグレイスは怒り心頭だった。普通はアサシンギルドを怒らせる様な事をする奴は居ないと言う。それは広域組織であるアサシンギルドと敵対する事があまりにも高いリスクとなるからだ。
「全然考えても無かったな」
「サトウは長生きしそうにはないわね」
ジルの言う通りだろう。そもそも【災厄の渦】の保持者の人生なぞそんなモノだろうがな。
とは言え俺達は急ぎ迷宮(正確には神殿)探索には向かう準備を始めた。何としても【翡翠】が他者の手に落ちるのだけは阻止したいようだ。
何故なら(それこそがグレイスが訪ねて来た理由だった)ーー「【翡翠】が冒険者ギルドの依頼に出たのよ」ーーと言う事だった。
つまり一両日中に大挙して冒険者が訪れる可能性があるらしい。そこで組織に所属している冒険者のチームが先ず先行して依頼を受け、そこに俺達が雇われると言う形を取る事になったのだ。
「しかし迷宮攻略なんて初めてなんだが」
「私達は迷宮や魔境探索がメインだったか自信はあるんだけどね」
「でも森の神殿はかなり難易度が高いからな〜、油断は出来ないね」
取り敢えず二人が経験者なのはありがたい。ただ装備は整える必要があると言う事で、俺達はガイの店に向かっていた。
♢
相変わらず他の客が居ないガイの店に入ると、直ぐに奥に通された。
するとそこには部屋一杯に荷物が積み上げられていた。合流するパーティの分まであるのだから当然ではあるが、それでもトラック一台分はある。
「お前には[アイテムボックス]があるんだろ? 取り敢えずコレは準備して置いたヤツだから、余ったら返却するんで構わない。どうせ無限には保管できんからな」
「分かった。では有難く頂いておこう」
俺は[アイテムボックス]に収納して装備品を追加する事にした。残念な事に俺達が合流するパーティの情報はガイには分からないらしい。よってそこまで考慮に入れた装備更新は出来ないが、それは仕方ないだろう。
「コレを持って行け」
ガイが渡して来たのは[癒しの杖]だった。これがあれば多少のケガは応急処置が可能だと言う。
「凄い! コレはかなりのレアアイテムなんだよ!」
「クリス、コレはお前が持て。あとマジックバッグにポーションを持てるだけ入れておけよ」
そしてさらに一つの武具を渡して来る。それは刃の付いた輪っかの様なモノだった。
「戦輪と呼ばれる飛剣の一種だが、殺傷力は桁違いだ」
そして様々な形状の容器
「コレは? 」
「お抱えの錬金術士が造った爆薬だ。説明書を付けておくからよく読んでおけ。トラップ解除にも使えるからな」
そこには様々な種類の秘薬も合わせて揃えられていた。猛毒、壊疽、麻痺、昏睡、掻痒、粘着、強酸など、どうやら製作者はかなり性格が悪い様だ。
「狭い迷宮の中で使う時はよく気をつけろ。巻き添えを喰らわぬ様にな」
そして防具は俺がバンデッドメイルと言うレザーアーマーに金属を一部分だけ取り付けたもの、ジルには硬化処理されたレザーアーマー、クリスにはチュニックと呼ばれる特殊な糸で編まれたベストの様な服に甲虫の殻を加工したモノを縫い込んで補強したモノを渡された。
「着心地はどうだ? 一応調節はして置いたが」
どうやらガイは俺達の外観から割り出していたらしいが、ほぼ調節の必要が無い位完璧なしつらえだった。ジルもクリスの納得の出来だったようだ。
「完璧だな! ジル、クリス、お前達はどうだ?」
「ピッタリですね」
「うん、凄いや! かなり動き易いし!」
どうやらご満悦の様だ。
「で、どうするんだ? 直ぐに向かうのか? それなら森の神殿に設営されているキャンプに向かう便があるから手配するが」
「キャンプ? そんなのがあるのか?」
「知らなかったのか? 森の神殿位の大規模な迷宮には冒険者が集まるからな、冒険者ギルドと商業ギルドが手を組んで設営するんだ。あそこは大魔宮と呼ばれ最大規模を誇るからな、当然キャンプを普通の街みたいな規模になるのさ」
ジルによれば少人数で旅をするのは負担が大きいらしいので、ここは便乗させてもらう事にする。出発は明日早朝と言う事になった。
「西門前に集合だからな。そこにキャラバンが止まっているから直ぐわかる筈だ。遅れるなよ!」
ガイにこれでもかとばかりに念を押され、俺達は店を後にして一旦宿屋に戻る事にした。
そして今度は個人の準備をしようとジルとクリスが言うので、ここで別行動になり、夕方にまた宿屋で集合する事にしようと言う。
二人はいそいそと連れ立って行ってしまったが、一応はアルマを付けて行かせたので問題は無いだろう。
「さて、エルベ観光でもしてみるかな」
ジルとクリスを見送り、俺はエルベの大通りを抜け屋台の立ち並ぶエリアに足を踏み入れた。何時もより多くの人が溢れている様に思える。
串焼き屋を見つけ三本を買い込む。牛串、豚串、鳥串をそれぞれ試してみたがそれぞれ味わいが違う。牛串は塩胡椒とそしてニンニクの香りが食欲をそそる。豚串は生姜ダレと焦げた醤油の様な調味料が香ばしく、豚の余分な匂いを消す役目を負っている様だった。鳥串は塩とレモンがサッパリとして幾らでも食べられそうだ。何気に当たりの店を引いた様だな。ついでに聞いてみる事にする。
「オヤジさん、今日はなんだか人が多いのは理由があるのかい?」
「なんだ、兄ちゃんこの街は初めてか? 今日は月に一度の市が立つ日なんだよ。だから周辺の町や村からも買い付けや売りに大勢来るんだ」
そうか、だから多いのかと納得しつつ俺はオヤジさんの店でさらに三本を買い込み人混みの中を散策する事にした。
しばらく買い食いがてらウロウロしていると街の外れ、少し裏路地に入り込んだ所にテントを見つけた。みると金持ちらしい男達がその中に入っていく。俺はピーンッと来た。
「男の欲望を満たす為の場所だな」
テントに入って行く男の顔がそれを如実に物語っている。そうか、何処の世界でも同じなんだなと俺も入ってみると事にした。
近付いて行くとテントの前に立っている用心棒の様な男があからさまに剣呑な態度を取る。どうやら見くびられているようだ。この時点で俺はここがただの風俗では無い事を察知した。
「おい、ここはお前みたいな若僧が来る場所じゃ無い。とっとと帰りな」
さてどうするか? 叩きのめす手もあるが、人の目もあるしなーーと逡巡していると肩を掴まれた。正確には掴ませた。この気配を俺は覚えている。
「よう! 久しぶりだね!」
「貴様…何をしている」
「支配人! お知り合いですんで!」
ジロリと俺を睨むその男はグレイスの側近の一人。まるで商人の様な整った身なりは元がある程度の教育を受けている事を如実に伝えて来る。ただし服の下の鍛え上げられた身体までは隠せそうには無い。明らかな違和感は、その男が場違いな場所にいる事を自覚している事に対する、せめてもの抵抗に思える。つまりーー
「グレイスの趣味なんだろ?」
「……仕事だ」
図星の様だった。あの紫頭は趣味も性格も最低のようだな。
「……それで…何しに来たんだ」
その目は如何にも早く帰れと言わんばかりだった。だがそう言われるとどうしても見たくなるのが人情と言うものだろ? 俺は嫌がらせも兼ねて食い下がる事にした。
「人生の後学の為に見聞しておきたくてね、ここはーー奴隷市場なんだろ? しかも夜のお勤めメインの(そこは勘だがな)」
「貴様…あの二人がいるのにさらに買い足すつもりか」
「次の仕事はきつそうなんでね。少し補充の用意をしようかと思ってね」
すると支配人と呼ばれた男は溜息を吐き「付いて来い」と言って俺をテントの中に案内した。
「お手数かけて申し訳ない。ええっとーー」
「ドノヴァンだ」
「おおっ! そうそう! ドノヴァンさん、よろしく頼むよ!」
その時「ちっ!」と舌打ちしたような気がしたが敢えてスルーしておこう。気持ちは十分に分かるからな。あの紫頭の相手をするのは大変だろう事は想像に難く無い。お疲れ様だな。
「……なんで知っているんだ?」
「?? 何の事だ?」
「!! しらばっくれるな! まあ良いだろう。アレは最後だからな」
「……ああ、よろしく頼む」
何か勘違いしていらっしゃるようだ。まあいいか、このまま話を合わせてみよう。その方が嫌がらせになるだろうしグレイスも巻き込んでやったら面白いかもな。
ドノヴァンの後をついていくと応接室のような場所に通された。如何にも高級そうな調度品が並べられているのは金持ちを相手にしていると言う意味なんだろうか?
数分後ーー五人の女性が部屋の中に連れてこられる。
そして皆首輪と手枷足枷を付けており、想像よりも厳重な感じだ。そしてみな若く美しい。ただ、全員鍛え上げられているような身のこなしであり、ただの奴隷には思えない。
そしてドノヴァンはこう言った。
「この者達はみな戦奴、つまり戦争奴隷だ」
「なるほと、そう言う事か」
『おい! お主本当に分かっておるのか⁉︎』
突然オウングスが頭の中に話かけて来た。
『全然分からん! 戦争奴隷って何?』
『!!! ば、ばかもの! この女達は戦争に負けて捕虜になったか、賠償金代わりに奴隷にして売られたのじゃ! 最近で言うと、セイラムとローランドじゃな。負けたローランドの騎士か剣士じゃろうて! しかし、腕も立ち夜の務めも果たす美貌の女達は貴重で高値がつく! お前はどうせ買えんと踏んで連れ込まれたんじゃよ!」
そうか、俺の手持ち資金を知ってるんだな。舐めた事をしてくれるじゃないか!
『……どうするつもりじゃ?』
俺はメラメラと腹の奥が熱くなるのを感じていた。
『森の神殿で稼げないかな?』
『!!! 正気か! お主迷宮は初めてなんじゃろ!』
『それより稼げるのかよ!』
『……それは可能じゃろう。なんせ大魔宮じゃからな。しかし中に巣食うモンスターも半端なく強いんじゃぞ?』
『よし、チャンス有りか』
『……妾の話を聞いておらんようじゃの……』
呆れるオウングスは深い溜息を吐いた。
そして目の前では美しい戦争奴隷達の品定めが始まろうとしていた。




