少女の選択に責任を負わせるなんてどうかしてるぜ
ティナをリターナーの指導者であるバナン師に会わせるため、俺達はサウスフィガロの街を経由し、コルツ山を越え、サーベル山脈を目指していた。
途中エドガーの双子の弟マッシュが合流する。コルツ山に修行のため篭っていたという。
マッシュとエドガー、二人の父である前国王が亡くなった時、国内で王位争いが勃発した。そのしがらみに耐えることができず、マッシュは国を飛び出したのだ。
放浪後は師であるダンカンに拾われ、格闘技を師事していたが、先達て師が遠行し、奥義継承を兄弟子であるダンカンの息子バルガスと争うことになる。
因果なものだ。自由を欲し、全てを投げ打ったのに、それでも人に請われ、引き継ぎ、そして妬まれる。
マッシュは師と兄弟子の想いを受け止め、乗り越え、バルガスに引導を渡したのだ。
その姿を一目見てティナは目を丸くした。
「ごめんなさい、私、大きな熊かと…」
熊ァ?ハハッ、そいつはいい。
鍛え上げられた肉体は常軌を逸脱し、背丈はエドガーと変わらないが、体はもっと大きく見えた。
ティナをリターナーの指導者であるバナンに会わせると聞き、状況は理解したのだろう。
「いよいよ重い腰を上げるのか。ヒヤヒヤしていたぜ。このままフィガロは帝国の犬として大人しくしているのかってな」
「反撃のチャンスが来たんだ。もうじいや達の顔色を伺って帝国にベッタリすることもない」
兄弟たちの視線が交差する。時と場所は隔たれたが、二人の絆には関係ない。
「俺の技が世界平和の役に立てば、ダンカン師匠も浮かばれるだろうぜ」
同時に兄弟子がマッシュの脳裏をよぎる。その表情はどこか和らいで見えた。
延々と山を越え、休憩と野宿を繰り返し、俺の疲れはピークに達していた。
俺は一般人だ。普段から戦闘を繰り返している彼らとは体の鍛え方、というか使い方が異なる。なるべく弱音は吐かないつもりでいたのだが、明らかに疲れが目立つ事。俺のペースに合わせる事で、旅程に影響が出ている事。確実に足を引っ張っている。意を決して、リタイアを申し出ようと考えていた矢先だった。
「着いたぞ。あれがリターナー本部の入り口だ」
エドガーの言葉に、とにかく俺は胸を撫で下ろした。
天然の要害とも呼べるサーベル山脈の中腹、天然の洞窟を住居に利用した一角がリターナーの本部である。その入口は決して目立たぬように迷彩が施されており、素人が目を凝らしたところで見つける事は出来ない。
「皆様、お待ちしておりました」
入口に近づいた時、初めてその守備兵を目の当たりにした。
重なり合った岩陰が入り口を隠している事に加え、迷彩を施した兵士。ゲリラって凄いわ。俺は心から感心した。
門兵はエドガーをを先頭に俺達を内部へ案内してくれる。恐らく最深部。この部屋に指導者であるバナンがいるのだろう。
「これはフィガロ王」
その部屋へ立ち入るや否や、豊かな髭を蓄えた老人が腰を上げ、応対する。
「バナン様、お久しぶりです」
エドガーが差し出された手を取り、親交の契を交わす。どうかお寛ぎを。暗に着座を勧めるが、バナンは首を振る。
我らの命運を決するやも知れん事態に際し、座ってなどおれるものか。視線の先にはティナがいた。
「この娘が」
問いかけにエドガーは頷く。ナルシェにて帝国の支配から免れ、我等にて保護いたしました。
それ以上は言わない。バナンが一歩踏み出すと共にエドガーはその分遠巻きに下がる。ロックも同じだ。そしてバナンとティナの距離が縮まる。
ティナが緊張の面持ちを見せる。どうしてこの少女の小さな体に未来を委ねなければならないのか。ティナの存在がどれほど特異であるかを理解しても納得は出来ない。それでも俺はエドガーやロックと同じく一歩引き、バナンとティナのやり取りを見守る事にした。
「氷漬けの幻獣と反応したと聞いた」
よく覚えていないわ。バナンの問いかけにティナは首を振る。
「ティナは帝国に記憶を操作されていたんだ。その時の記憶はない」
俺はティナを庇うように声を掛けるが、バナンは耳を貸さない。
「帝国兵50人を3分で葬ったそうだな」
バナンは歩みを進める。距離に比例してその言葉もティナに迫る。
ティナはうつむき頭を抱える。やがて痛みは言葉に表れ、声にならない悲鳴となる。
血相を変えてロックがティナに寄り添う。同時に無神経な言動を振りかざす老人を睨みつける。
バナン様。
「ティナは俺達の仲間です。今更そんな言葉を投げかけるのは、ちょっと酷いぜ」
仲間だと。バナンの目が鋭く光る。
「では、そなたはこの娘の何を知っておる。生まれ育ちは、なぜ魔導の力を身に付けておるのか、答える事ができるのか」
それは。ロックは返答に窮する。俺が守ると決めた。と言いかけて、答えになっていない事を悟り、己の無力を知った。
そしてティナ。怯えた目でバナンを見る。バナンは更に歩み寄る。ティナは恐怖に圧され、目を閉じるしかなかった。
そして、震える握りしめられた手に、優しい温もりが触れた。バナンがティナの手を、その手でそっと包みこんだのだ。
「逃げるでない」
掛けられる言葉は力強かった。
どうだ、辛いか。バナンの問いにティナは頷く。
「私はたくさん人を殺した。だからもう戦いたくない。それでも私の力を求める人達がいる。求められれば私はまた殺さなきゃならない。私はもう、殺したくない。戦いたくないの」
表情は変わらない。思いを吐露するも感情を伴わない。
「それで良い」
バナンは柔らかくティナに微笑みかける。
そうやって己のしてきた事から目を逸らさず、誰のしがらみも受ける事なく自分自身の言葉を発するのじゃ。そうして紡ぎだした答えこそが己の道標となる。
ティナは顔を上げる。表情は優しいが眼光は鋭い。ティナはバナンの眼差しから再び目を逸らし、俯く。
「私にどうしろと言うの。あなた達と共に戦えばいいの?」
バナンは首を振る。答えは自分自身で決めるのじゃ。ティナは唇を噛む。それが出来ないからここで俯いているのだ。
「それでも迷うときはほれ、彼奴らを見るといい」
バナンが示す先にはエドガーとロック、俺がいる。あやつらはティナ、そなたを信じておる。違うか。
問われてティナは少し考える。考えて、バナンの言う以外の答えを思い付かず、頷く。あの人たちは私を信じていると思うわ。
だったらそなたもあやつらを信じてやるといい。
信じる。ティナはバナンの言葉を繰り返す。信じる?ティナは首を傾げる。
「ティナよ。自分が困った時、彼奴らはそなたを助けてくれると思うか」
バナンの問いにティナは疑いなく頷く。
バナンは微笑む。それで良い。
それが人を信じるという事じゃ。
ティナはそれきり、充てがわれた部屋から出てこない。
期待される要求に対する自分の希望とのズレか。まあ、よくある事といえばそうだけど。俺はため息をつく。大抵の場合、要求に従う。少なくとも俺はそうしてきた。いや、それ以外の答えを探そうともしなかったかな。
ティナは凄い。一心に自分自身と向き合っている。無くした記憶を紡ぎ出そうと頑張っている。
でも、果たしてそれが彼女の幸せに繋がるのだろうか。
ティナがもしこのまま戦わない事を選択するとしたら、ティナは幻獣との架け橋となる事なく、封魔壁は開かない。帝国は幻獣に滅ぼされる事はなく、これまでと同じく世界は帝国とリターナーの争いを続けていくのだろう。いや、いずれ帝国はリターナーを駆逐する。帝国の支配を許す事はケフカが世界を滅ぼす事と同義だな。
俺は首を振る。そして天井を見上げる。ティナは戦いを選ばなければならないのか。
彼女は言っていた。
私はもう誰も殺したくはない。
そんな娘に、我々大人が再び武器を取らせようと言うのか。
バナンは己ととことん向き合えと促していたが、その上でリターナーにつく事を望んでいるだろう。
ああ、ロックではないが、彼女を守ってやりたい。
俺はティナがいる部屋の扉を見つめた。この奥で、あの小さな体でどれだけの葛藤を抱えているのか。
ダメだ。居た堪れない。俺は少しここから離れようと思い、当てなく歩き出した。
と、視線の先にエドガーがいる。何やら真剣な表情をしているかと思えば、手元の様子を見るにオートボウガンの整備をしている。
「エドガー、俺にもそれを一台くれないか」
作業の手を止め見上げた先に俺を認めると、幾分表情が崩れた。言いたい事は分かる。それだけ言って再び整備を再開する。
「そんなにティナが気になるか」
見透かしてるなあこいつ。エドガーの一言に俺は嘆息する。
「あんな娘が自分の人生をかけた選択をしなきゃならない程追い込んでいる俺たち大人が情けないって思っただけさ」
ふぅん。俺の言葉を聞いてエドガーはまた手を止める。
「子どもだから責任を負わされるのが可哀想って言いたいのか」
そう言う訳じゃ、と言いかけて言葉を飲み込む。いや、俺が言っているのはそう言う事だ。エドガーの言葉には続きがある。ティナに負わされる重荷が可哀想と言うなら、それをお前が成り替わる覚悟はあるのか。そもそもそれが出来るのか、そこまでの想像力はあるのか、と問うているのだ。口籠る俺にエドガーは続ける。
「ティナが存在し続ける限り、この問題は一生ついて回る。どこかで答えを出さなければならない。そして俺は、その判断が帝国の益にならないようにしたいだけだ」
エドガーの言う事は大袈裟に聞こえるが、ティナの判断は実際それだけ影響力が大きい。俺は押し黙るだけだ。
「ま、そう言う私も割り切っているかと言えばそうではない。だってティナのあの思い詰めた顔を見たら誰でも守ってあげたいと思うよなあ」
エドガーは笑う。あの娘を守るただ一つの方法は帝国を倒して戦いそのものをなくしてしまう事だ。エドガーはそう言って部屋の隅にある木箱を指差す。あんたも力になりたいんだろう。そこにオートボウガンの在庫がある。一丁持っていくといい。
恩に着る。開けた木箱の中にあるオートボウガンを取り出す。重い。こりゃ狙いを定めるだけでも一苦労だ。
「ところで前から気になっていたんだが、あんた一体何者だい」
背中越しに掛けられる言葉に俺はすんなり振り返られない。見なくても分かる鋭い眼差しが俺を捉えている。
「言っただろう、俺はマラダンの出身で帝国に攻め入られてからここに流れ着いて」
「そう言う事を聞いているんじゃあない」
俺は目を閉じる。ごまかしは通じないな。意を決して振り返る。
「俺は世界の平和を守りたい。それが目的だ」
エドガーは黙って俺を見据えている。俺も目を逸らさない。多くは語れないが、これは本心だ。エドガー、俺を信じてくれ。
「ま、いいだろう。帝国のスパイって訳でも無さそうだし」
一息ついてエドガーは整備を再開する。ケフカがいなくなれば世界が平和になるってか。イタズラっぽく俺に笑いかける。
俺も苦笑いで返すが、それは真実だ。そうする事で世界を守れると俺は信じている。




