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自由な空の下  作者: 月陽
第十章 熟慮断行
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決断


 リディアーヌが屋敷に戻ってきた日の午後。

 ベルトランが早々に屋敷へと帰ってきたので早速執務室へと呼ばれた。

 少し緊張しながら部屋へ入るとがばっと抱きしめられた。



「お、お父様?」

「すまない。要らぬ心労をかけた」

「い、いえ……」



 今まで聞いたことのないような声だった。

 このような弱々しいベルトランは初めて見るのでリディアーヌは狼狽えた。



「ごめんなさい」

「謝るのは俺の方だ。決してリディを嫌ってのことではない。リディが大切な娘だからの発言だったんだが、リディには誤解させてしまったな」

「いえ、嫌われたのかと思って……私も誤解をして……」



 リディアーヌも弱りきった声で答えると「嫌うことは決してない」と力強く言われた。

 ようやくリディアーヌを離し、ベルトランの顔を見ると、フェリシエンヌ同様に疲れ切った顔をしていた。



「ごめんなさい。私のせいでお仕事を増やして……」

「リディのせいではない。俺が率先して請け負っただけだ。俺が行くよりオードリックの方が良いと思ってな。……正解だったな」



 どことなく寂しそうに答えるベルトランの初めて見るその表情にどうしていいか分からずに抱きついた。



「リディ?」

「ごめんなさい」



 か細い声で謝る娘にベルトランは今度は優しく抱き返す。

 そしてあやすようにぽんぽんと背中を優しく叩く。



「決めたんだな?」

「……はい」



 顔を上げ、ベルトランの顔を見て頷く。

 ようやくソファにかけると、フェリシエンヌが部屋へと入ってきた。

 揃ったところでようやく本題を切り出す。



「お父様、お母様。私……」



 言葉が思うように出てこない。

 決めたはずなのに、ベルトランの悟った表情にフェリシエンヌの優しい眼差し、その中に少しの寂しさを感じ取り言葉が出なかった。

 かくいうリディアーヌも寂しくてたまらない。

 永遠の別れではないのに、この居心地の良い優しくも厳しい家族の元を去らねばならないことに、寂しさが込み上げる。

 『いつでも会える』というオードリックの言葉が嘘ではないし、同じ国に住み、血の繋がりのある家族には変わりない。

 けれど、『初めての家族』と言えるのはベルトランとフェリシエンヌなのだ。

 家族の温もりを知ったのも、ベルトランとフェリシエンヌのお陰だ。

 その大切な家族にお別れを告げるのは辛い。

 いつでも会えるけれど、それでも寂しいものは寂しい。

 寂しくてもオードリックの元へ戻ると決めたのはリディアーヌ本人だ。

 ぎゅっと我慢するように、手を握りしめる。

 その手に雫が落ちる。

 泣きたくないのに勝手に涙がこぼれた。

 その手を優しくつつみ込んだのは隣にそっと座ったフェリシエンヌだった。

 決して急かすことなく、リディアーヌの言葉を待つ彼女の瞳は慈愛に満ち溢れていた。

 そしてようやく、ぽつりと言葉を紡ぐ。



「私、陛下の元へ戻ります」

「そうか。リディが自分で決めたんだな」

「はい」

「ようやく本来の家族の元へ戻ると決めたのなら、嬉しいわ。けれど、寂しいわね」



 そういってぎゅっと抱きしめられる。

 いつも優しく包み込んでくれるフェリシエンヌの腕の中は心地良くて温かい。

 決して涙は見せないが、その言葉の端々にはリディアーヌと同じなのだという想いが伝わってくる。



「あぁ、寂しくなるな。けどいつでも会える。元に戻ろうとも、リディが私達の可愛い自慢の娘だというのは変わらない」

「えぇ、そうね。元に戻れば母とは呼ばれずとも、私達の娘であることにかわりはないわ」

「嬉しいです。私はお父様とお母様の娘でいられて幸せです」

「あらあら」

「リディは俺達を喜ばせる天才だな」



 すぐに皇宮へ戻ることはないけれど、戻ると決めたからにはその日は直ぐにやってくるだろう。

 今この時間を大切にしようと、ベルトランとフェリシエンヌはリディアーヌを甘やかし、一緒にいられる時間を沢山作ろうと心に決めた。


 同じ日の夜。

 皇宮では珍しくオードリックが夕食時に現れたので、ノルベールとジュリエットは驚いていた。



「父上、珍しく早いお戻りですね」

「あぁ、たまにはな」

「何か良いことでもあったのですか?」

「そう見えるか?」

「はい。お父様が笑みを浮かべているなんて珍しいですもの」

「……そうか?」



 ジュリエットの言葉でそんなに怖い顔をしているのかと自身の顔を触る。

 その珍しい行動にノルベールは察しよく同じく笑みを浮かべた。

 ジュリエットだけは理由がわからずに首を傾げつつ、食事が進む。

 食事が済むとオードリックが皆に話があると、談話室へと移動した。

 お茶の準備が終わると、侍女は部屋を下がり中にいるのはオードリック、カサンドラ、ノルベールとジュリエットの四人となった。

 さらにオードリックは防音結界を張り一同を見渡した。



「さて、今日は皆に良い報告がある」



 その言葉にノルベールは頷き、カサンドラは目に涙を浮かべる。

 分かっていないのはジュリエットだけだった。



「この一週間、私はエレンと共に過ごした。結論から言おう。エレンが私達の元へ戻る決断をしてくれた」



 オードリックの言葉を聞き、カサンドラの目から歓喜の涙が溢れる。


 

「本当に、エレンは私達の元へ戻ると?」

「あぁ。ちゃんと自分の口から出た言葉だ」

「あぁ……ようやく、ようやくエレンと共に過ごせるのですね」



 カサンドラは嬉しくてようやく我が娘が戻ってくる事に涙を流した。



「大公領での様子ではまだ私達に心を開いてくれていないように見えましたが……この短期間で何があったのですか?」



 ノルベールは嬉しく思いつつも、領での妹の様子が気になって仕方がなかった。

 無理に決断したのではないか、更に心を閉ざすのではないかと心配しての言葉だ。

 それはジュリエットも同様で、彼女は動揺していた。

 まだ許されていない筈なのに、妹からの手紙の返事も固く、謝罪も受け入れられていないのにと。



「そうだな……。あの子は優しい。自分が皇家に戻れば要らぬ噂や面倒事が起こることを危惧し、自分のせいで私達に迷惑をかけるだろうことを心底嫌がっていたよ」



 オードリックの言葉に三人は思いもよらぬエレオノールの気持ちに驚いた。

 まさか戻るのを嫌がるのはその事を気にしてだったのかと。



「それだけじゃない。ジュリエットには言ってなかったが、あの子は連れ去られた後、マラディの暴落した侯爵家に売られ、そこでは人としてあり得ない仕打ちを受けて育った」



 そこでどのように過ごしてきたかをジュリエットに語った。

 オードリックとしては娘の約七年間の不遇を聞かせるのも、口にするのも心底嫌で怒りで狂いそうになるも、冷静に淡々と話す。

 静かに聞いていたカサンドラは手に力を込めまた自分を責めるような表情を、ノルベールはその者をその手で八つ裂きにしてやりたいという冷めた表情にその目は怒りで燃えていた。

 ジュリエットは、まさか妹がそのような生活を強いられていたとは思わず、後悔の念でいっぱいの、目には涙を溜めていた。



「そ、んな……どうして最初から教えてくれなかったのですか!? 知っていたら……」

「初めから知っていれば冷たくしなかったのか?」

「っ!!」

「エレンが戻って来たとき、お前はまだ子供だった。知っても尚受け入れはしなかっただろう」



 オードリックにズバリ言われてしまい、ジュリエットは苦しくて泣いた。

 父に言われたことはその通りで、当時はきっと受け入れなかっただろう。

 泣く資格はないのに、妹の人とは思えない生活に暴力の数々、そして自分の彼女への態度に全てにおいて怒りと後悔でいっぱいになった。

 ノルベールに慰められるも後悔してもしきれない程に苦しくて、けれど妹の苦しみはこんなものじゃないと痛くて仕方がなかった。



「わ、私、エレンに酷いことばかりして、馬鹿だわ……。エレンが許してくれないのも当たり前よ。それなのに……」

「ジュリ。後悔するくらいなら、これからエレンとちゃんと向き合いなさい。エレンはジュリの行動を責めてはいない」

「……え? ど、どう、して」

「急に妹だと現れても信用できないのは当たり前で、私達がエレンを気遣うと、親を取られたように感じるのは当たり前だと言っていた。だからこそ、あの子はカサンドラとノルベールが自分に会いに来るのを嫌がった。それは私達の不和を招くのでは無いかと危惧しての事だ」



 ジュリエットは初めて聞いたエレオノールの思いに愕然とした。

 自分よりもひとつ年下の妹にそのように気遣われていたことに、いかに自分が子供で我儘だったのかと。



「ジュリ。あの子は早々に大人にならなければ生きてこれなかったのだ。逆に子供らしい考えをが出来ず、人に甘える事を知らずに育った。だからこそ、自分の気持ちの整理が追いつかずに苦しんだ。その苦悩を見ると、父親として不甲斐ないという現実を突きつけられたよ」



 あまり後悔に沈んた顔を見せることの無い父親の姿を見て、ジュリエットは余計に自分を責めた。

 だが、それを止めたのもまた父親だ。



「後悔するくらいなら前を向いて、あの子が戻ってきたとき、全力で護りなさい。エレンが言ったように、あの子が公に戻れば馬鹿者達が好き勝手に噂するだろう。その悪意ある噂から護りなさい。あの子は実力はあるが、私達の迷惑となるだろう噂や足を引っ張られないかをとても気にしている。その部分に関してはあの子はとても弱い」

「護ります! どんな噂が立とうと、私が全力で表に立ちますわ!」

「ジュリだけには任せられないからね。私も全力でエレンを護るよ。二人で妹を甘やかして護って、皇宮(ここ)での生活が嫌にならないように、全力で支えよう」



 兄妹揃って妹を護ると意気込んでいるが、それに待ったをかけたのはカサンドラだ。



「お母様も可愛い娘を護るわ。社交界のことは貴方達にはまだ任せられないもの」

「では、私はあの子に敵意を向けたものを全力で狩るとしよう」



 言葉が刺々しいが、その言葉に偽りはないだろうとカサンドラとノルベールは思った。

 きっと本気で狩り尽くす。

 けれどそれは二人も同じ思いだった。



「まだ戻る時期は決まっていないが、サンドラはエレンの宮を頼む」

「勿論、お任せくだいませ。エレンの好みは逐一確認しておりますもの。あの子が気に入るような部屋に、ドレスも沢山誂えなくてはね」

「お母様、私も一緒に考えますわ!」

「ふふ。では二人でめいいっぱい驚かせましょうね」



 女性二人で盛り上がってはいるが、ドレスを誂えるなら自分達の意見も取り入れて欲しいとオードリックとノルベールは二人に言うと「仕方ないですわね」とカサンドラから返事をもらい舞い上がったのは言うまでもない。

 まだこの件に関してはここだけの内密の事だと言い聞かせ、珍しく遅くまでエレオノールのことで話し合った。


ご覧いただきありがとうございます。



次回も楽しんでいただけたら嬉しいです。

よろしくお願いいたしますm(__)m

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