今後について
皇宮に戻ると伝えてからというもの、普段の生活が大きく変わることもなく、いつも通りに過ごしている。
屋敷に戻った週末、リディアーヌは本邸のエルネストに会いに行った。
後から聞いた話だが、リディアーヌが姿を消したと聞いてかなり動揺し、自分を責めたらしい。
きっと領でのあの一言が原因だと、リディアーヌは反省してエルネストに謝罪に行ったのだけれど、まさか逆にエルネストから謝罪されるとは思わず、リディアーヌの方がかなり動揺してしまった。
お互いに謝罪のしあいっこという変な状況に陥ったになったけれど、二人で可笑しくなり笑い仲直りをした。
その後、リディアーヌは釘を差すことを忘れず、エルネストもそれを受け入れた。
本当はエルネストにも皇宮へ戻る決断をしたと告げたかったけれど、ベルトランにまだ言わないようにと言われてしまい、伝えることができなかった。
リディアーヌは普段と変わらない生活をしているけれど、宮廷では秘密裏に事が進んでいた。
オードリックが戻った翌日。
ベルトラン、リュシオル、宰相のグラシアンが集まり会議を開く。
議題は第二皇女の件だが、その事を知っているのはグラシアン以外で、彼は急に会議を開くと前日に言われただけで内容まで知らされておらず、一体何の会議なのかと疑問を感じていた。
「皆様揃いましたので会議を始めます。本日は我が国の第二皇女殿下のお披露目についてです」
「お披露目……では、ようやく皇宮へお戻りになるのですか?」
「ん? あぁそういえばお前だけ知らなかったんだな」
オードリックはグラシアンに何も告げていなかったのを思い出したが、全く悪びれる事なくあっさりしたものだ。
何も知らされていなかったグラシアンにしてみれば、寝耳に水、少し疎外感を感じつつも自身の察するのが遅いと少し落ち込む。
「……この集まりの人選を見て気付くべきでした」
「耄碌するには早いぞ」
ベルトランのきつい一言がグラシアンに刺さる。
「私も養子縁組に少なからず関わっているのですから、もう少し仲間に入れてくれてもよいでしょうに」
「だから今回呼んだだろう。女々しい事を言ってないで始めるぞ」
呆れたようにオードリックに言われ、グラシアンは居住まいを正す。
リディアーヌが皇宮にも取る決意をしたため、早急に今後の予定を立てなければならない。
学園の試験は新年明け、一の月の中旬に試験があり、同月の末には合否の発表がある。
その試験には皇女として披露目を終え受けさせるのが望ましい。
となれば、披露目をいつにするか……。
「皇女の披露目は社交界の始まりの夜会に行う。当日まで皇女の件は伏せるように。要らぬ噂を撒き散らし、娘の心労を増やしたくない」
エクラタン皇国の社交界は十一の冬の下旬から始まり、十二の月の半ばから学園の冬の休暇が始まると十五の年齢を迎える貴族女性のデビュタントがある。
これは日中に皇帝、皇后と謁見をし、その日の夜会へ出席をするので、折角の社交界デビューを迎える女性達主役を妨げず、皇女の披露目を行うならば、やはり社交界の始まり最初の皇家主催の夜会が相応しい。
披露目が終わると暫く騒がしいだろうが、本人が学園へ入学する頃には落ち着いているだろう。
「陛下、披露目の日程はそれで良いとしましても、殿下の詳細は如何するおつもりですか?」
第二皇女の誕生は皆知るところだ。
そしてその第二皇女が現在どのように過ごしているか定かになっていない。
貴族間での噂は、誕生したが死産だった、病弱で表に出られない、皇帝若しくは皇后の不貞の子等様々好き勝手に噂されていることはオードリックを始めここにいる者達は把握している。
だが、皇女が拐かされたという事実を知る者もいる。
それは捜査に関わった騎士団、魔術師団のごく一部と情報局の者だ。
皇家派に至っては『黒夜に秘された宝玉』と、皇女は闇に隠された、言い換えれば拐かされたのでは、と隠語のように囁かれている。
口に出して誘拐された等、大国であるエクラタンにとってはあり得ないことで、虎視眈々と弱みを握りたい国々、又は国内の者達に隙を与えることとなるが、皇家は事この件に関しては沈黙を貫いた。
何も発することなく沈黙するとなると、それこそ好き勝手に想像し噂し、そして何も言わない皇家を甘く見てボロを出す愚か者に狙いを定めた。
そして間を置かずに捕らえたのがグリモー元子爵だ。
今も尚虫の息で牢獄に転がっているモノは唆されただけなのは既にわかっている事で、奴を唆した愚か者がまだ定かではない。
口が固く何も話そうとしないのは、ただ単に黒幕を知らないだけだ。
そうなれば生かす価値も何もないのだけれど、生かしているのはそれなりの理由があるが、今はどうでもいいことだ。
結局のところ、沈黙したとしても皇家は揺るがず、更に強固な守りになったという事実だけで皇女の件以来、何の被害も出ていない。
被害にあったのは皇女の件だけなのだ。
だからこそ今回どのように披露目を行うかを話し合う。
「如何するも何も事実を言えばいい」
「陛下!? 流石に殿下が拐われたと公開するのは如何なものかと……今後殿下の評判にも関わりますよ」
グラシアンは流石に正直すぎるのではと、公に戻った後の皇女が心配になりオードリックの考えを止めようと、ベルトランなら止めるだろうと彼を見るが、否を見せる様子がなく驚く。
「ルヴェリエ殿下はそれでよろしいのですか?」
「父親である本人がいいのなら否はない」
「グランが何を心配しているか理解できるが、エレンは分かっていて戻ると言ってくれている」
「え? 分かっている、というのは……」
「あの子が自分から話したことだ。自分が戻ればよくない噂が立つだろう、拐われた皇女が戻ってもマイナスでしかない、そう言って戻るのを渋っていたが、言わせたい奴には言わせておけばいい、堂々としていろとそう伝えた」
オードリックの言葉に唖然とした。
まさか、そこまで考えて戻る事に悩んで悩んで出した結論だとは思わなかった。
グラシアンはオードリックが皇女を説得しただけなのかと思っていたからだ。
「殿下は聡明なのですね」
「あぁ、一体誰に似たのか、エレンは賢いぞ」
「私に似ているに決まってます」
「そうか?」
「叔父上、エレンは私に似て聡明でかつ強いですよ」
「お前、今自分のことを聡明と言ったな?」
「私に似て、聡明なのですよ」
「いや、エレンは元から聡明だ。その辺の馬鹿なお飾り貴族共とは雲泥の差だ」
いきなり始まった皇女の褒め言葉に口を噤むグラシアンは助けを求めるようにリュシオルへと視線を移す。
「グラン、どうしたんたい?」
「いやー……私は殿下とお会いしたのがあの一度きりなので、礼儀正しくとも第一皇女を気遣う少し弱い殿下という印象だったのだけど。かなりご成長されたみたいだね」
「妹の成長は著しいよ。あの娘が弱いのは主に家族が絡んだときだ。それ以外は切れ者だよ」
「……ルヴェリエ家一同はかなり殿下を溺愛してますね」
「ふふ。それはそうだよ。あんなに可愛らしく賢くて聡明で、格好いい妹だからねぇ。これからもお兄様と呼んでほしいとお願いしとかないとね」
全く見当違いの言葉が出てきてグラシアンは首を振る。
だけど、こうして皇女が公に戻ることを喜ばしく、会議だと言いながら殺伐とした雰囲気もなく和やかなのはグラシアンとしてもこの光景に安心し心が温かくなる。
だけど、流石に脱線しすぎなので宰相として話を戻す。
「皆様が皇女殿下を溺愛しているのは理解しておりましたが、それを上回る溺愛ぶりですので、陛下のお言葉通り、事実を話し、良からぬ噂を耳にしても殿下は皆様の愛情で問題なさそうですね」
どのような噂が流れるか簡単に想像できてしまう辺り、噂する貴族達の底が知れるが、その噂で皇女が心を痛めることのないよう、家族が更なる愛情を注げば問題ないと話すが、エレオノールを知っている者達からすれば多少心配も残る。
「……シオルは早々にエレオノールにつける近衛騎士を選出しろ」
「畏まりました」
近衛騎士を選ぶならば人を見る目のあるリュシオルに頼む。
侍女に関しては皇后の管轄だ。
彼女が選んだ侍女の調査は後日リュシオルが請け負う。
後決めなければならないことはいつエレオノールを皇宮に戻すかだ。
「叔父上。急にエレンを、皇宮に戻しても問題ないと思いますか?」
「……そうだな。問題ないと思うが、心配なら週末、両殿下の休日だけ皇宮で過ごし、学園へ通っている日は今まで通りとし、皇宮での生活に慣らしていくというのはどうだ?」
「そうですね。では、一応エレンに確認し、本人に決めてもらいます」
「それが良かろう」
直にという話ではなく、部屋を整え、侍女と近衛騎士の選抜、皇宮内にも知らせる必要があるため、少し時間が必要だ。
「早ければ九の月の半ばには一度皇宮へ足を運んでほしい」
今が八の月の中旬なので約一ヶ月後になる。
「日が決まればまた連絡しますが、エレンにもそのつもりでいてほしいことを伝えてください」
「畏まりました」
その日の夕刻、ベルトランが別邸へと帰り夕飯を済ませた後、リディアーヌに昼間の件を伝える。
落ち着いているように見えるけれど、内心どう思っているのか……。
「何か思うことがあればこちらに気を使わずに何でも言え。我慢することはない」
「皇宮にはお父様が提案してくださったように、最初は週末だけがいいです」
「分かった。他には?」
「……あの、私のことはそのお披露目でほかの貴族の方々に話すのですよね?」
「そうなるな」
「…………」
何か言いたそうにしているのを感じ先を促す。
少しベルトランを見つめた後、まだ迷っている感じはあるけれど口を開いた。
「私のこと、私から伝えたい人がいます」
「いつもお茶会を共にしているサジェス家、ランヴェール家、リシェス家の令嬢か?」
「はい。……騙していたのに私自身を見て仲良くしてくていましたから、だから私の口から伝えたいです。けど、難しいなら、お披露目の後に話します」
じっとベルトランの目を見て自分の意見を言えた娘に対し、内心安堵していた。
この先言いたいことも言えないようでは舐められる。
「その三人の令嬢になら話しても構わん。だが、話す時期はまだ先だ。陛下の了承を得てからまた伝えよう。後、エレンは騙したというが、エレンはそれに関して責任を感じる必要はない」
きっぱりと言われてしまったけれど、やはり黙っていた事に関しては心が痛む。
それはリディアーヌと親しくしている者達にだけで、他の者達に対しては何か思うことはない。
「リディはそういった事には真面目だな。まぁ、悪いことでは無いが、そう気に病むな」
「はい……」
「他には?」
「特にありません」
「そうか。また何か要望があればその都度言えばいい。リディ、これからは何も遠慮せずに言いたいことは先程みたいに言いなさい」
「はい」
素直に返事をするリディアーヌに頷き、夜更かしせず早く寝るよう伝えお開きとなった。
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