帰宅
エレオノールは少し緊張下面持ちでそわそわとしている。
今日は皇都へ、ベルトランの元へ帰るのだが、また何も言わずに出てきてしまった為に後ろめたくて、ここで過ごした楽しい日々とは一転、エレオノールの顔は強張っていた。
「エレン、そんな顔をしなくてもいい。叔父上も言葉が足りなかったと反省しているし、それは大公領にいるシルヴァンもだ。何も言わずに出てきたことはエレンが悪いが、心配しているだけで怒ってはいない」
「私が悪いので怒られても仕方ないです」
そう言いながらも落ち込む娘を励むすようにそっと背に手を添える。
「さて、そろそろ行こうか」
「はい」
二人揃って家を出ると、エレオノールは小さく「行ってきます」と呟く。
その様子をオードリックは何も言わずに見守り、こちらを振り返ったエレオノールに手を差し出すと、嬉しそうにその手を取り皇都へと転移した。
目の前には見慣れた大公邸があり、オードリックは何も言わずにエレオノールと共に歩いていくと扉が開いた。
「おかえりなさいませ。ご無事のお戻り安堵いたしました」
出迎えにでたのはダミアンだ。
ベルトランはオードリックの代わりに宮廷にて執務を行っているのでこの場にはいないのはわかるが、フェリシエンヌの姿も見えない。
また何も言わずに出てきてしまったから愛想を尽かされても仕方がない、そう思うも……やはり寂しいと顔を伏せる。
慰めるようにオードリックはそっと背中に手を添えて中へと促したので屋敷の中へと入ると、ダミアンの案内で向かったのは応接室だ。
不思議に思ったけれど、中から返事があり扉を開く。
中にはフェリシエンヌがいて二人を出迎えた。
「おかえりなさいませ。陛下、別室にてお召し物の準備を整えておりますので、ダミアンに案内させます」
「助かる」
エレオノールを勇気づけるように頭をぽんぽんとしてからオードリックは部屋を後にした。
残されたのはフェリシエンヌと二人きり。
あちらにいる時はオードリックの頼みで魔術具を外したけれど、今はリディアーヌの姿に戻り見慣れた姿だ。
娘がオードリックとの距離感が近くなった為か、フェリシエンヌはその様子を見て安堵した。
けれどその顔には色濃い疲れが表れていた。
急にいなくなった娘が心配で寝れぬ日が続き、寝不足と疲れが一気にのしかかったように感じたが、それを吹き飛ばすようにリディアーヌが元気な様子にフェリシエンヌはそっと娘を抱きしめた。
「リディ、元気そうで安心したわ」
「お母様……急にいなくなってごめんなさい」
「いいのよ。ごめんなさい。私達の話を聞いてしまったからね。決してリディのことが嫌いで皇宮へ戻すという話をしていたわけではないのよ。リディは私の大切な、愛しい娘。けれど、実の両親がいて貴女を愛しているのだから、やはりお二人の元へ戻り両親の愛情を感じて欲しいと願うのも事実なの。貴女がお二人を嫌うなら、私達は全力で貴女を護るわ。だから、私達が貴女を嫌ってそう言っているのではないということは覚えていてほしいの」
娘の顔を見て真摯に言葉を紡ぐフェリシエンヌに、リディアーヌは彼女の愛を感確かに感じた。
「私、本当は嫌われたのかと思って、どうしたらいいかわからなくて……」
「だから一人になりたかったのね?」
「……はい」
またぎゅっと抱きしめたあと、ソファへと誘われる。
フェリシエンヌ自らお茶を淹れた。
「あちらで過ごして落ち着いたかしら」
「はい」
「陛下と随分と打ち解けたのね」
「皇帝らしくなくて驚きました」
「あらあら」
ころころと可笑しそうに笑うフェリシエンヌを見てようやくリディアーヌも力を抜いた。
暫くあちらで過ごした時のことをフェリシエンヌに話していると、オードリックが部屋へと戻ってきた。
「叔母上とちゃんと話せたようだな」
「はい。お父様、ありがとうございます」
「本当に仲の良い親子になりましたね。安心いたしました」
フェリシエンヌの言葉にまだ伝えていない言葉があるのを思い出し、けれどベルトランと揃ったときに伝えたいと思い、その言葉を飲み込んだ。
オードリックもそれを感じ取ったのかリディアーヌに対してひとつ頷いた。
その後、フェリシエンヌと挨拶を交わして城へと戻り、リディアーヌは母から少し部屋でゆっくりして、ベルトランが帰ってきてから一緒に話を聞くと言う事で、リディアーヌは自室へと戻った。
部屋にはお茶の準備をするエヴァとソファに座ったリディアーヌの二人だ。
リディアーヌは静かにエヴァが淹れたお茶をじっとみつめる。
そしてエヴァを見あげた。
「エヴァ、その……急にいなくなってごめんなさい」
「いいえ、謝罪はいただけません。お嬢様のお気持ちを察することができず、お力になれず申し訳ございません」
「エヴァは悪くないから謝らないで……」
「では、お嬢様も謝罪はなさらないでください。……ご無事でお戻りいただけて安堵いたしました」
エヴァはほっとした表情をして微笑んだのを見て、リディアーヌもほっとして控えめながらも微笑んだ。
約一週間ぶりにエヴァのお茶を飲むと何だかほっとして思わず「美味しい」と呟く。
あちらで過ごしていた時は、お茶は殆どオードリックが淹れていたし茶葉自体が全然違うので比べることは出来ないけれど、やはり美味しいと声に出るほどに慣れ親しんだ毎日飲みたいと思うほどに美味しい。
ベルトランが帰ってくるまでの間は部屋でゆっくりと過ごすのだけれど、その前に部屋に一人になった今、謝るべき人がもう一人いる。
「ギー、いる?」
「お側に」
「きっと私のせいで叱られたよね。いっぱい迷惑をかけているから……ごめんなさい」
一番リディアーヌの側にいて一番大変な仕事を請け負ってくれているのがギーだ。
まだリディアーヌの身分は明らかにされていないために、静かに見守ってくれていて、公にリディアーヌを護ることも出来ず、他にバレないよう護るのは本当に大変だと思う。
しかも、記憶がある分、リディアーヌは自らさっと動いてしまうので尚更大変だろう。
ギーに苦言を呈されても文句は言えないし、甘んじて受けないといけない。
「姫様が謝罪されることはありません」
「ギーが悪いわけじゃないのに」
「姫様を護るのが私の務め。例え姫様が無茶な行動をなさったとしてもそれは変わりません」
仕事だからか、頑なに文句ひとつ言わずに言い切るギーに尚も言い募る。
「陛下達に言えないと思うから、私には直接言って欲しい」
「……では」
ギーがリディアーヌを少し見上げてから再度頭を下げる。
「いつも通りの姫様でいらしてください」
「…………え? 遠慮しなくていいんだけど」
「遠慮はしておりません。姫様がお決めになられたのなら、次からは護りやすくなります」
「遠慮しなくていいから?」
「はい。それに、姫様の動きは大体分かりましたので、支援しやすくなります」
「それって、私の動きを見定めていたって事?」
「陛下からの指示です。今後姫様の動きに合わせて行動できるようにと」
まさかその様な指示をされているとは思わず驚いたけれど、それよりも、全然何も言ってくれない事に、本当は言いたいのに言えないのか、若しくはオードリックに何か言われているのか分からないけれど、居心地が悪すぎる。
「……しいて申し上げるなら」
リディアーヌはぱっと顔を上げた。
ギーは珍しくリディアーヌの顔をじっと見つめる。
「もう少しご自身を大切にしていただきたくお願い申し上げます」
そう言って一度深く頭を下げた後姿を消した。
リディアーヌは何とも言えずにソファに行儀悪く凭れ、クッションを抱きしめた。
(言い逃げされた……)
心の中で呟き何も言ってくれない事に少しモヤモヤしながらも、ギーの立場もあるのだろうと無理矢理納得させベルトランが帰ってくるで部屋で大人しく過ごすことにした。
リディアーヌが部屋に戻った後、オードリックは宮廷の執務室へと戻っていた。
「叔父上、戻りました。代わりに執務をありがとうございます」
「陛下、思ったより早かったですね。……それに、その様子だとうまくいったのですか?」
「はい。ですが、引き継ぎ後は屋敷に戻ってください。あの子が叔父上と話したいそうです」
「分かりました。ではさっさとこの一週間分の報告を終えましょう」
この場には事情を知っている者達ばかりなので簡単にリディアーヌとのことを話し終え、直ぐに報告を受ける。
大きな問題もなかったようで案外直ぐに終わった。
そのままベルトランは屋敷へ戻ろうとするのをオードリックが止め、明日また執務室へ来るよう伝えると、すぐに帰っていった。
顔には全く出ていなかったが、それだけリディアーヌが心配で堪らなかったのだろう。
「陛下」
「アルシェ、あの子は私の元に戻る事を了承してくれた」
「それは! 本当に良かったです。ルヴェリエ殿下に無理をお願いした甲斐がありましたね」
「あぁ。アルシェにも礼をいう。無理を言ってすまなかったな」
「いえ。リックのその表情を見ることができて嬉しいよ」
オードリックとアルシェは幼少時よりの親友同士なので、二人の時は気安い関係だ。
そして皇女が攫われてからというもの、オードリックの悲しみ、怒り、自身を責める姿をずっと見てきている。
ようやく皇国に戻ってきたと思っても第一皇女との確執で離れて過ごすこと約四年が経ち、やっと娘と共に暮らせるのだと思うと、本当に長い年月がかかったと思い知らされる。
全てが解決したわけではないけれど、オードリックの嬉しさが珍しくその表情に滲み出ていた。
「では、これから忙しくなりますね」
「あぁ……そうだな」
「何か懸念でも? ……殿下を攫った者達、ですか」
「そうだ」
アルシェはオードリックの懸念を理解し同じく表情を険しくさせた。
エレオノールのお披露目が終われば奴等にも皇女が戻ってきたと知られるだろう。
そうなればまた皇女を狙うかもしれない。
懸念すべきはそこだ。
そこなのだが……。
「あの子は自分で対処しそうだな」
ポツリと呟く。
(確かに)
アルシェは口に出さず同意する。
報告に聞けば、大公領で第一皇女を助け、ベルトランに頼まれたからとはいえ、調査し解決してしまった。
まだ学園へ行く前の子供だというのに解決できる能力があり、その魔力は父親譲りでまだまだ伸びしろがあるにしても、オードリックと同じ年齢の時と比べても遥かに上回っている。
何かあっても自分であっさり解決しそうだという所もオードリックにそっくりと言えよう。
大人しく護られてくれないだろうなとオードリックは違う意味でため息を付いた。
頼もしいと言えるが、親心からすれば大人しく怪我もせずに護られて欲しいというのが心情だ。
「襲ってきたら返り討ちにするだろうから心配はない。心配があるとすればジュリだな」
「ジュリエット様は荒事に不向きですからね。皇后様に似て回復魔術の方がお得意ですから。ですが、ノルベール様とエレオノール様がお側にいれば問題ないでしょう」
「そこは護衛が側にいれば、だろう。だが、ノルも私に似ているからな。妹を護るだろうし、エレンも率先して動く……いや、やはり護衛を再度教育し直すか」
本気で考え始めたオードリックに苦笑し、これから決めなければならない事、やらなければならない事が山ほどあると、アルシェは頭の中で今後について整理していく。
「アルシェ、明日宰相とも話すのでここに来るように伝えろ」
「畏まりました」
後はカサンドラ達にも話さなければならない。
ようやく憂いが無くなるだろう。
ずっと自身を責めていたのはオードリックだけではない。
カサンドラもまた、娘を護れなかったと責め続けていた一人だ。
「喜ぶだろうな」
ポツリと呟く声にアルシェは何も言わずにそっと執務室を後にした。
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