不思議な手紙の襲来
皇子達の視察が終わり、今日は皇都に向けて出発する日の朝。
出発準備を終えた皇子達はシルヴァンと挨拶を交わしている中、リディアーヌはエルネストとフロランスに挨拶をしていた。
「リディ、帰ってくるのを待っているよ。帰りも気をつけてね」
「お兄様もお気を付けて」
リディアーヌは療養を言い渡されているのでもうしばらく大公領で留まりるため、エルネスト達を見送る。
「リディ様、皇都でまたお会いできるのを楽しみにしておりますわ」
「はい。私も楽しみにしています」
フロランスはあのお茶会の翌日、リディアーヌに謝罪するも、当の本人は前日のことをあまり気にしておらず、いつも通りでフロランスはとても安心したのだった。
本人はリディアーヌに嫌われてしまったかもと一晩悩んだというのに、リディアーヌの心の広さに更に虜にされていた。
皆が乗り込み馬車が出発したのを、リディアーヌは見えなくなるまで見送った。
「さて、リディは少し付き合ってくれるかな?」
「はい」
向かった先はシルヴァンの執務室だ。
リュシオルは既に皇都へと戻っている。
執務室のソファへ掛けて早速本題に入った。
「この間捕らえた者達から情報を聞き出したんだけどね」
「お兄様、それは私が聞いても問題ないのですか?」
「いいよ。気になってると思ってたんだけど、違った?」
「今まで何かあってもその後どうなったか聞く事なかったので、少し驚いただけです」
「それはあまりリディに負担を掛けたくないのであって他意はないよ」
そう言ってふわりと笑った。
他意があるとは思ってないけれど、ただリディアーヌとしてはきっと子供である自分が聞いてはいけない事だと思っていたので、今回シルヴァンから話を聞けるという事でちょっと驚いたのだ。
捕らえた者達は、騎士団長のロワンによって尋問され情報を得ていた。
尋問を始め結構あっさりと吐いたらしい。
一体どのような手を使ったのかちょっと気になる。
それはさておき、奴等は以前から起こしていた、直轄領での襲撃事件にリディアーヌの誘拐未遂、その他の人身売買を行っている組織と同一だと確定した。
ただ、組織も思っていたよりも大規模だと今回の情報で改めなければならないそうだ。
禁術をあのように操作しようとしていたのだから上層部に近い者達かと踏んでいたが、そうではなかったらしい。
捕らえた者達は階級で言えば中層部の下の者達でリーダー格の男は中層部の中に位置しているというから、上層部の者達とは全く格が違うらしい。
そして役割も様々で上層部とは顔を合わせたこともないというから、組織として徹底的に管理されているのだろう。
管理されていないのは下層部、そしてさらに末端と言えば聞こえはいいが、簡単に切り捨てられる捨て駒という事だ。
こうして組織内でも簡単に誰が組織の人間か、その人数、詳細まで秘匿されているのだからそう簡単に尻尾が掴めないのだろう。
上層部の人間を捕らえる事が出来たならと思うが、一切知らないらしく、その情報に嘘偽りはなかった。
リュシオルといい大公領のロワンといい、一体どうやって尋問しているのか。
どのくらいの忠誠心があるのかは分からないけれど、敵に情報を吐かせるその手腕は見事だ。
リュシオルの場合はそれができなければ情報局の局長なんて出来ないだろう。
肝心の対象者たが、今回は大公領に混乱を招き、皇都の大公であるリュシオルとベルトランを大公領へ、皇都から引き離す為の騒動だった。
確かにあの竜擬きを領都に解き放たれていれば、リュシオル達は直ぐに大公領へと戻らざるを得ない。
そして、引き離したら今度は皇都の魔力の高い者を攫いやすくなる、早い話活動しやすくする為だったそうだ。
「あの、シルスお兄様。お父様達がこちらに来たら皇都の警備は再起不能になるのですか?」
「あはは! まさか。皇都の警備はそんなやわじゃないよ。愚か者達がそう思っているということは、それだけ大公家が目障りだからだろうね。まぁ奴等は下っ端だから本来の目的は知らないのだろうけど、人を攫うことが本来の目的ではないだろうね。他に何か目的があるのは明白だよ」
「皇国に混乱を招き内部から潰すつもりでしょうか」
「ふっ、ふふふ。まぁそれもあり得るかもね。けどやっぱりリディもそこまで考えられるんだね」
「私だけじゃなくてエルお兄様も、でしょう? あ、皇子殿下もでしょうか?」
リディアーヌがそう言うと、楽しそうな笑い声が響いた。
この話は次期大公であるエルネストが知らないはずないだろうし、妹皇女が危険に晒されたので皇子が知らないはずもない。
「その通りだよ。あの二人は将来国の中枢人物だから、これくらい察しないとね」
こういう所はベルトランやリュシオルと同じだなとリディアーヌは全く違う感想を抱いた。
「今回皇女が巻き込まれたのは偶然ですか?」
「いや、偶然ではないよ」
シルヴァンの話では、皇子達の視察に関しては秘匿されておらず、国の上層部なら知っていること。
馬車には皇家の紋章が付いているのだから、皇家の者がこの地に来ていることは誰でも知りうることができるので、敵が知っていても可怪しくはない。
「護衛は大丈夫ですか?」
「心配になるよね。まぁ、兄上がまたきつーい訓練を言い渡すか何かするだろうねぇ。けど、今回は皇女にも非があるんだよ」
「殿下は何をしたのですか?」
「護られる立場の者は護られるなりの振る舞いが必要だと言うことだよ」
護られるための振る舞い。
それは護衛される者が好き勝手に行動すれば護衛する側は相当苦労するという事。
そして今回は皇女が少々勝手な行動をしたのだという。
「聞いた話だと、特に問題はなかったように思いますが、違ったのですか?」
「ランヴェール嬢が皇女殿下に馬車へ乗るよう促したけれど、結局襲われて直ぐに乗らず、あろうことか馬車から少し離れてしまったのがいけなかったんだよ」
「それは、馬車に何か結界のようなものを施してあるのですか?」
「その通り。皇家の馬車には結界石を仕込んであるから、馬車の中に入った方が安全なんだよ。それは殿下もご存知なのだけれどね」
それは皇女が悪い。
護衛を気にせず、さっさと馬車に乗っていればリディアーヌが要らぬ怪我を負う事もなかっただろう。
今更言っても詮無い事だが、シルヴァンは静かに怒っていたのだけれど、リディアーヌはそのことに気が付いていない。
これは護衛云々よりも、皇女自身にもちゃんとした教育が必要ではないのかなとリディアーヌは思った。
「リディも覚えておいてね」
「私が覚える必要ありますか?」
「将来皇家に戻れば、ね」
シルヴァンの言葉を聞いて気分が下がる。
俯いた妹を見てシルヴァンはリディアーヌの今後が心配になった。
皇家に戻りたいようには見えないし、それだけ大公家に馴染んでいるので、このまま大公家で暮らせばいいと思う反面、やはり本来の家族がいるのだから戻った方がいいという思いもある。
これで本来の家族との仲が相当に悪ければそんな事を口にすることもないしずっと大公家で暮らしたらいいと伝えるし、そもそも本来の家族の元へ戻ることを話すこともしないだろう。
けれど、リディアーヌは父親であるオードリックと良好な関係を築いているし、皇后カサンドラとも手紙のやり取りをしているというから仲が悪いという事は無い。
ただリディアーヌが皇女に対して遠慮をしている、それは皇后も娘二人を気遣い、お互いを想っての事なので周囲から見ているととてももどかしい状況なのだ。
「リディは、そんなに戻ることが嫌なのかな?」
「出来ればずっと大公家にいたいです。けど、迷惑になるならいつでも出ていきます」
「エルにもそんなこと言ってたね」
「聞こえていたのですか?」
「私の耳は沢山あるんだよ。話を戻すけど、エルが怒る気持ち分かるよ。それよりも悲しみの方が大きいかな。可愛い妹が簡単に出ていこうとする。今もそうでしょう?」
「……一人でも生きていけるから」
「本当に? 生きる術を知っていても、一人だと寂しいよ」
(一人で生きていけるし、寂しくない……)
けど、もう何年もここで過ごし、普通の貴族令嬢よりも知り合いは少ないけれど、それでも友人と呼べる人達も出来てリディアーヌと血の繋がりのある家族がいる。
本当の家族よりも家族らしく接してくれるベルトランとフェリシエンヌ、そしてリュシオルにエルネスト達。
離れたら……「寂しい……」
心の中では寂しくないと思っても、想像したらやっぱり寂しいと口に出してしまい、はっとして口を手で覆う。
「ほら。寂しいでしょ」
「シルスお兄様は、私が彼方に帰ることを望んでいるのですか?」
「そこが悩ましいんだよね。帰っちゃったらこうして気軽に話すことも出来なくなるし、此処に来ることもなくなっちゃうしね。けど、折角両親が健在なのに一緒に住めないのはね。リディは大して彼等の事を想っていないだろうけど、リディの本当の父親は、リディと一緒に住めない事を寂しく思っている。リディに直接言ったりはしないだろうけどね」
「シルスお兄様には、その……あの方とお話する事あるのですか?」
「素直にお父様って言っていいんだよ」
今この場にはシルヴァンとリディアーヌの二人だから、そう呼んでも差し支えないけれど、リディアーヌはシルヴァンの前でオードリックを父親と呼ぶのをなんとなく避けた。
「シオル兄上程ではないけど、たまにね。仮にとても仲が悪かったらこんな事は言わない。今回彼等の様子を見ていても、リディが戻っても直ぐにとは言えないかもしれないけど、仲良く暮らしていけると思うんだ。例えリディが戻っても、私達がリディの兄妹だと変わらないよ。血の繋がりはあるのだからね。堂々とお兄様と呼んてほしいし、可愛い妹には変わりない。けどね、彼と彼の奥さんの嘆きをこの目で見てきているから、彼等の肩を持ちたくなくするのも事実なんだ」
シルヴァンの言葉を聞いてリディアーヌはどうしたらいいか分からずに俯く。
今の距離感でもリディアーヌは心地良いと思うし、シルヴァン達の言葉に嘘だとも思わない。
けれど今更感が強くて、貴族として生活するのもようやく慣れてきたところなのに、これが皇族ともなればきっと今でのように自由に過ごすことができないだろう。
それに……皇女のことがある。
何となくだが、前より棘はなくなったと思う。
「彼女もようやく子供の我儘がなくなって、今になってようやくそれが恥ずべきことだと理解しただろうしね」
「お兄様?」
「あれは子供特有の我儘だよ。親を取られるというね。それはリディも理解していたから私達の家族になると言ったのだろう?」
「それは……お父様達が優しくて、私を保護してくれたから……」
「リディ、そろそろ素直に話そう。あまり自分を偽っていると、この先辛いのはリディだよ」
偽っているつもりはない。
ベルトランとフェリシエンヌが養父母となりリディアーヌは穏やかに暮らす事が出来、勉強だけでなく、リディアーヌが安心して暮らせるようになったのは二人のお陰だ。
一緒に暮らす中で、トラウマもほとんど克服できた。
後は……。
(後は……って何?)
自分で考えて答えが出そうで出ない感じに少しもやもやとした感情が湧き出てくる。
よく分からない事に首を傾げるも良く分からない。
うーんと考える姿は見ていて可愛いが、シルヴァンは少しだけ安心した。
決して本来の家族を嫌がっているという事はなく、ただ自分の気持ちに気が付いていないだけで、心の奥底ではとても気にしているという事にほっとした。
これは彼女自身が自分で気づかないといけない、いやこちらから促してもいいが、これ以上は自分で気持ちに気付いた方がいい。
シルヴァンとのお茶会から一週間、医師であるノアゼットに言われたよりも長くゆっくりと過ごす。
その間、シルヴァンに言われた事を考えたり、お願いされた魔術陣の解析をしたり、ゆっくりしつつもそれなりに忙しく過ごしていた。
その忙しい日々の中、手紙が一通、毎日届くことに疑問に思い、読むけれど返事を出さずにいた。
そしてようやくエヴァにその疑問を問うた。
「皇女様って暇なの?」
「いえ、殿下はそれなりにお忙しくあられますよ。学園での勉学に加えて皇子殿下程ではないにしろ、お役目もございます」
「それなのにどうして毎日手紙が届くのか疑問なのだけど」
「よほどお嬢様からのお返事を期待されているのではないでしょうか。未だに一通も返事をなさっていませんよね?」
「内容的に返事は必要なさそうだけど……した方がいいの?」
「一度くらいはなさっては如何でしょう?」
「うーん、こんなに手紙を送る意味が分からない」
リディアーヌは分からないというが、エヴァからしたら皇女がリディアーヌからの返事を期待しているのが丸分かりだ。
今回の大公領への訪問をきっかけに明らかに皇女のリディアーヌへの態度が変わった。
いや、その兆しは少し前からあったが、今回の一件が一番の引き金だろう。
エヴァからしてみれば、良い方向に変わったと思っているが、リディアーヌからしたら急な態度の変化に手紙で関わろうとする皇女に対し、戸惑っているように思う。
それもその筈、今まであれだけ嫌っていたのが急な態度の変化に毎日の手紙にどうしていいのか分からず、手紙は読むけれど一度も返事を送らなかったという点はただ単に戸惑っているからと考えられる。
「お嬢様、殿下の意図はこの際無視しても構いませんが、一度はお返事をされてはいかがです?」
エヴァのとんでもない言い草にリディアーヌは驚いたけれど、それぐらいの気持ちで返事を書いたらいいかな、と、ようやくエヴァに便箋を準備してもらい返事を認めた。
ご覧いただきありがとうございます。
次回も楽しんでいただけたら嬉しいです。
よろしくお願いいたします(ꈍᴗꈍ)




