関係改善への序章
林業の視察二日目は、あいにくの雨が降ってしまい明日に持ち越しとなった。
急遽取りやめとなったので、この日はせっかくなのでお茶会をすることになった。
と言ってもいつもの面々での交流といった感じだ。
そこにリディアーヌも勿論参加となる。
朝食の席でエルネストからの提案で午後からの予定が決まってしまい、少しばかり憂鬱な気分でいた。
エルネストは昨夜、リュシオルからリディアーヌの様子を聞き、雲行きも怪しい事も有り既に夜の内にお茶会を開くと決定していたのだった。
主催はエルネストという事になる。
エルネストもリディアーヌと皇女の関係を憂いているのでどうにかならないかとずっと思っているようで、今回のお茶会がいい機会になればという半ば淡い期待を抱いていた。
主催はエルネストだけれど、ここは大公家なので準備にはリディアーヌも手伝う。
といっても、あまりすることもなく、エルネストと一緒に先へ部屋に来て皆を出迎えるだけだ。
そしてお茶会の時間となり皆が集まった。
「今日は恵の雨となったので、急遽お茶会を開くことになり、今回の視察も後少し。折角なので今日はゆっくりと皆で楽しみましょう」
この場に集まっているのはノルベールの側近とその妹達、という事も有り、仰々しい挨拶ではなくて緩い挨拶で始まった。
緩いと言っても主催者の二人が先にお茶を飲み、それから招待された側がお茶を楽しむのは変わらない。
急遽準備したお菓子はここの料理人が作ったケーキや焼き菓子が並んだ。
「やはり降りましたね」
「雨が降って暑さも少しはましになったな」
「エルの言う通り恵みの雨ですね」
「農作物にも雨が一番ですからね。けど、昨日の視察は楽しかったので、今日行けなくて残念です」
「アレックスが一番生き生きしていたよな」
「殿下だって楽しそうでしたよ」
「城にいたら出来ない経験だからなぁ。視察のつもりが真剣に楽しんでしまった」
ノルベールとアレックスは皇都にいては出来ない、というかそもそも一生することがないであろう 植林の下準備を経験したのだそうだ。
それが楽しくて真剣に職人たちの話を聞き、自ら土を触り苗木に触れ自然を満喫したのだと語った。
ジュリエットとフロランスの二人は見ているだけだろうと思ったら、二人も率先して行ったというのだからそれにはリディアーヌも驚いた。
植林自体はもう少し先だけれど、先ずは苗木を畑で育てるので、今回はそちらを体験し、本当は今日森にはいって、実際どうやって行うのかを視察する予定だったのが明日に持ち越しとなった。
明日雨が止めば、の話だけれど。
「リディアーヌ嬢はゆっくり休めましたか?」
「はい。もう大丈夫です」
「こら。医者には一週間はゆっくり休養するようにと言われたでしょう」
「まだ傷が癒えていないのか?」
「リディは無理をしたので強制的に療養するようにと言われているだけですよ。傷はすっかり癒えています」
エルネストがきっぱりと言い切ると、その内容にノルベールとジュリエットの二人はリディアーヌへ改めて礼を言った。
(エルお兄様はやっぱりシオルお兄様とそっくり……)
言い方に昨日と事が思い出されてちょっと何とも言えない気持ちになる。
そして皇子と皇女の二人はもう気にしないで欲しい。
そのリディアーヌの想いはあっさりと砕かれることになる。
「リディアーヌ嬢」
意を決して思い詰めた表情で呼びかけたのは皇女だった。
目を逸らさずすっとリディアーヌを見つめるが、見つめられたリディアーヌは何事かと少し身構える。
「改めてお礼を言います。助けてくれてありがとう。そして今まで酷い態度を取ってごめんなさい」
そう言って頭を下げた。
皇女が頭を下げるなんて驚きだ。
勿論皇族といえど、悪かったら謝ることはあるが、頭を下げる事はそうそうない。
それが今リディアーヌに対して深々と頭を下げた。
これには隣に座っているノルベールも驚いていた。
彼が驚いているという事は、この場にいる全員が皇女を凝視しているが、エルネストとフロランス、そしてクロードは冷静に皇女を見ていた。
皇女は今までリディアーヌへ取っていた態度を謝罪したのだ。
最近、リディアーヌに対して少し軟化していると感じていたが、まさか謝罪するに至るとは思っていなかったノルベールは二人の妹を見守る。
謝罪されたリディアーヌは驚いたのも束の間、すっと表情を戻している。
それがどう思っているか、その顔からは分からない。
「謝罪や礼は結構です。殿下は護られるべき方なのでお護りしました。それに皇族の方が簡単に頭を下げてはいけません。ですので、気にしないでください」
淡々と言い切り、リディアーヌはこの話はおしまいと言わんばかりに皇女から目を逸らす。
言われた本人は、その冷たいともとれるその言葉にぎゅっと力が入った。
そう簡単に許されるとは思っていない。
けれど、あまりの冷たさにジュリエットは泣きたくなったが、彼女にその資格はない。
酷い態度を取ってきたと自覚はあったからだ。
初めてリディアーヌと対面した日の前日。
父から明日会わせたい子がいる、と言われて誰だろうと不思議に思っていた。
対面する日の朝、侍女達に準備を整えられ、父親たちが待つ部屋へ行くと、家族全員そろっていた。
「お父様、今日は誰と会うのですか?」
今か今かと待つ父親と、何故か泣きそうになっている母親に期待を膨らませる兄の姿にジュリエットは不思議で自分だけ知らないのかという少し寂しい気持ちもあった。
「もうすぐ紹介できる。あぁ、来たな」
そう言って扉を見ると、大叔父であるベルトランが自分より幼い女の子を連れてきた。
その姿はオードリックによく似ていて何故かと疑問に思った。
彼女の姿を見た母親はあぁ、と声を震わせ今にも泣きそうだ。
ジュリエットはひどく焦った。
母親を泣かせるような子供なのかと、見当違いな思いを抱く。
そしてようやく紹介される。
まさか自分に妹がいたとは……いや、妹がいる事は聞いていたが、殺された、誘拐された等、いい話は聞かなかったし、何よりも教育係が亡くなった第二皇女の代わりにと皇宮へやってくる不届き者がいるのだと、それに皇帝が煩わされていると話していたのを思い出した。
だから紹介された時に拒絶したのだ。
父親たちを騙す悪い子供だと。
その後、彼女は本当に自分達の子なのだとオードリックとカサンドラ、そしてノルベールから聞かされたが、教育係がそう言っていたというと、翌日にはその者がジュリエットの前に姿を現すことはなかった。
オードリックから優しく諭されるも、両親と兄がこぞってリディアーヌばかり気にするものだから、自分から両親と兄を取られたと、これもまた子供特有の我儘を発揮し、あのような態度を取り続けた。
それだけでなく、大叔父が彼女を養女として引き取ることになったと聞き、今度は大叔父たちまでもが彼女にとられたのだと、ひどく心に暗い感情が渦巻いた。
何故急に現れた子供に皆が気にかけるのか、本当の妹だと確証はないのだとジュリエットは頑なに否定し続けた。
髪色に黒と瞳に金を纏う色はエクラタン皇家の特徴だというのはジュリエットも分かっている事なのだけれど、自分がその特徴ではない事を気にもしていた。
色は母親と同じでミルクティーベージュの髪に 翡翠の奇麗な瞳でこの色は気に入っているけれど、まさか妹が父親と同じ色だと知り、嫉妬したのも事実だ。
今にして思えばくだらないと言えるが、当時はとても嫌でその気持ちが前面に出てしまい、それも相まってあのような態度を取り続けた。
本当に恥ずべき態度で、赤子に攫われようやく親元へと戻ってきた大切な家族に対して酷い態度を取り、本当だったら親に甘えたいだろうにそれをも奪ったのは他でもないジュリエットだ。
ただ、妹はとても冷静で子供らしくない態度に常にジュリエットに対して遠慮しているのだと分かるような言動が気に障っていたのも確かだった。
自分の方が年上なのに年下に気を使われているのが自分を余計に惨めにさせた。
これもジュリエットのせいだというのに、全てリディアーヌのせいにした。
本当に子共で皇族としてもあり得ない態度だ。
だから彼女に許してもらえなくても仕方がない。
仕方がないが、自分のせいでようやく戻ってきた妹と堂々と触れ合う事の出来ない両親に申し訳ないという気持ちと、許されなくていいから今にしてようやく皇宮に、自分達の家族の元に戻ってきて欲しいと願うようになった。
そう思えるようになったのは、リディアーヌの悪い噂を耳にし、騎士達にまで侮られていると知った時からだ。
皇女に堂々とリディアーヌの噂話や貶めるような発言を聞き、どうしようもなく心が痛くなった。
そして騎士達の訓練を見学に行ったと聞き、その時起こった出来事に何故か無性に怒りを覚えた。
自分がいえた義理ではないが、何故そこまで嫌われないといけないのかと。
本当に自分勝手だとジュリエットは自分が嫌いになった。
皇家直轄領で危険を顧みずに助けられた事、そして今回もあんなの大きな怪我を負いながらジュリエットを庇い、直ぐに安全な所へと送られた。
本当だったら自分と同じく大切に護られる身分だというのに、あんなに危険な事へ逃げることなく対応する妹。
自分よりよっぽど皇族らしいと思えるほどだ。
今更、本当に今更謝っても遅いと分かっているし、妹に拒絶されても仕方がないが、それも彼女から冷めた言葉が返ってくると心が痛くなった。
その資格はないというのに……。
「ジュリ、顔を上げて。皆心配しているよ」
ノルベールに言われて顔を上げると、こちらに無関心なリディアーヌの姿と、ジュリエットを心配する他の皆の視線を感じた。
(皆に心配される資格はないのに……)
リディアーヌが絡むととんでもなくダメになるジュリエットは今もこの状況をどうしていいか分からず瞳をさまよわせる。
その何とも言えない空気を切る様にパンっと小気味いい音が鳴った。
「ジュリ様はリディ様と仲良くなりたいのですね?」
音の発生源はフロランスが手を打ち合わせた音だった。
名を呼ばれたリディアーヌとジュリエットは全く反対の反応を示す。
リディアーヌは一体何をありえない事を言っているのかと。
ジュリエットは控えめながらもフロランスの事何希望が見えたと少し嬉しそうにというか恥ずかしそうに頷いた。
その様子を見てリディアーヌはまたもやありえないとばかりに顔を顰めた。
リディアーヌの様子を気付いているものの、フロランスはまたもやありえない言葉を発した。
「ジュリ様、私達は『リディ様を愛でる会』を非公式に運営しておりますの」
「フロー様!?」
「まぁ!! そのような会があるのね!」
「待て! ランヴェール嬢! それは私も是非入りたい!!」
「あら、殿下もご希望でいらっしゃるの?」
「あぁ、是非! ジュリが入るなら問題ないだろう?」
「ま、待ってください! フロー様、それは内々だけでのお話では……増やさないで下さい」
両殿下が参加するなど寝耳に水だ。
しかも何故嫌っているはずなのにそんな話になるのか。
フロランスも何故勧誘する様な事を言ってのか……。
「リディ様。誘っているわけではありませんわ。ただ、リディ様の魅力を共有したいだけですわ。ね、エルネスト様、お兄様?」
「フロランス嬢の言う通りだよ」
「リディアーヌ様。私達は自分達からは何も発信しておりませんのでご安心を」
「今、発信しましたよね?」
「今のはただ……リディ様の魅力を広げたくて、思わず呟いただけですわ」
あまりに雑な言い訳に、いや、逆に堂々としている態度にリディアーヌは呆れてしまった。
「それって、私達も参加していいですか?」
「まぁ、歓迎いたしますわ」
「フロー様」
まさかイヴァンとアレックスまで参加すると言い出したことに驚いて、けどこれ以上は本当に止めてほしくて少し低い声でフロランスの名を呼ぶ。
「リディ、これ以上増やさないと誓うよ。だからこのメンバーは許してあげて?」
「お兄様、その言葉は本当ですか?」
「本当だ」
「では、もし破ったら……」
「破ったら?」
リディアーヌはエルネストにそっと「出ていきます」とエルネストにだけ聞こえるように呟く。
「ダメだ!!」
だんっと机を叩くとその勢いで立ち上がって今まで見た事のない顔でリディアーヌを見下ろして叫んだ。
珍しく焦って大きな声を出すエルネストに皆は呆気に取られていた。
まさかここまで反応されるとは思っていなくてリディアーヌも驚いていた。
エルネストはそんな周囲の反応を気にする余裕はなかった。
(リディは……)
約束を守らなかったら呆気なく出ていくだろうとエルネストは確信していた。
以前も、呆気なく出ていったからだ……それも二度も。
ぐっと手に力がはいる。
二度とあのように家を捨てさせるような事はさせない。
「リディ、それだけは許さないよ」
「でしたらこれ以上は本当に止めてください」
「約束する。そして、他が暴走しようとしたら必ず止めるよ」
「ありがとうございます」
少しだけホッとして力を抜いたエルネストは、無作法を詫びて席についた。
その後はぎこちないけど、ジュリエットがリディアーヌに話しかけたり、少し言葉を交わすようになった。
そしてお茶会が終わり、エルネストはリディアーヌを部屋に送りまた戻ってきた。
部屋にはリディアーヌ以外の者達が待っていた。
「エル、さっきはどうしたんだ? あのように大声を出すなんて初めてじゃないか?」
ノルベールはエルネストを心配するように聞くが、それよりもきっとリディアーヌがエルネストに何と言ったか気になっているのだろう。
だけど、それを伝えることはできない。
「リディは極度にチヤホヤされるのを嫌います。この会の件は、そもそもかなり嫌がっていましたからね。それを親しい者達のみということで了解をもらっていました。それが今回新たに四人増えたものだから、リディが怒っただけで、僕は少し過剰に反応してしまっただけです」
「答えになっていない」
「リディが言った言葉は言えません。これも約束をしておりますから」
じっとエルネストを見つめるノルベールは「分かった」と追求を諦めた。
「申し訳ありません。私が余計なことをしてしまいました」
二人のやりとりを見てフロランスが謝った。
落ち込む彼女をクロードが慰める。
「フローのせいじゃない。お前は殿下とリディアーヌ様の力になりたいと思ったからあぁ言ったのだろう?」
「ですが、それでリディ様に嫌な思いをさせてしまいました。あれほど嫌がっておいででしたのに……。エルネスト様、申し訳ございません」
「謝罪は不要ですよ。ですが、これ以降は安易に勧誘もそれに近いようなことも決してしないように。リディは口にした事を違えることはないから、もし、それを破れば……」
(リディと会えなくなる)
最後の言葉は心の中で呟くが、エルネストの表情を見て何かを感じたのか、フロランスは表情を引き締める。
「この先、今回の様な事は決してしないと約束致しますわ」
「フロランス嬢だけでなく、全員が安易にこの会のことを他所で口にしないと約束を」
「リディアーヌ嬢に嫌われたくないからね。約束しよう」
「私も約束するよ」
全員が約束すると口にし、お開きとなった。
ジュリエットはノルベールと共に部屋へと向かったが、ノルベールは二人でもう少し話をすべくお茶へ誘った。
領主邸で使用している部屋に着くと、ジュリエットはソファへ座り力を抜いた。
「ジュリ、よく頑張ったね」
「お兄様……」
今にも泣きそうなほどしょげているジュリエットを見て苦笑しつつも、あれだけ嫌っていた妹に対してちゃんと謝罪し、関係を改めよう一歩を踏み出した妹をよく頑張ったと頭を撫でる。
「泣きそうな顔をしなくても、大丈夫だよ」
「とても怒っていたわ。……当たり前ですわよね。私、あの子に嫌な態度ばかりだったわ」
「そうだね。けどさっきのはジュリに怒っているわけじゃないのだし、それに、妹にどう思われようとちゃんと謝るって決めたのはジュリだよ。だったらめげずに何度も謝って少しずつ仲直りするしかないね」
「……私、エルお兄様の様に仲良くなれるかしら」
もじもじとする妹を優しく見守る。
(ジュリも成長したな)
以前の事を考えると本当に成長したと考え深くなる。
本当はもっと早くにジュリが彼女を受け入れてくれていたら、もっと早くから一緒に暮らし、今迄離れていた分を取り戻せたのに、とノルベールは少しだけ寂しい気持ちが膨らむ。
その気落ちを押し隠し、ジュリエットを励ます。
「それはこれからのジュリの努力次第かな。これからだ。ジュリが本当に妹と仲良くなりたいのなら、何を言われようと、どんな態度を取られても落ち込まずにジュリの気持ちを伝えていけば、きっと分かってくれるさ」
「そうでしょうか……」
「絶対とは言えないが、妹は私達の大切な妹なのだから。それを彼女に根気よく伝えていくしかないよ」
最後は侍女達に聞かれないようにジュリエットの側でそっと、小さく囁いた。
ご覧いただきありがとうございます。
次回から第十章となります。
少しお時間いだきますが、楽しみにお待ちいただけると幸いです。
次章もよろしくお願いいたします(ꈍᴗꈍ)




