夜の散歩
叱られなさい宣言をされた後、リディアーヌはシルヴァンの執務室へと場所を移した。
ここからが本題だ。
今日あった詳細を正確に報告を行う。
リディアーヌがまず報告し、その後エドガールが補足する。
報告を聞き終えると、シルヴァンは「ご苦労様」と先ずはねぎらった。
「俄かには信じがたい話だけれど、リディの予想通り、あの地鳴りがまさか禁術で造られた竜種擬きとはね。流石に想像できないよ」
「はい。私もこの目で見るまでは信じがたい光景でした」
「現代において竜種を、造られたとはいえ見る事が出来るとは思わず、勉強になりましたよ」
ローランだけは若干逸れた感想を述べた。
そういうのは好奇心旺盛なローランだからだろう……と思っていたら、シルヴァンも少し目を輝かせていた。
「私も見たかったよ。やっぱりついて行けばよかったなぁ」
この言葉にエドガールは聞かなかったと言わんばかりに直立不動に、ローランは「残念でしたね」と自分が見たからとシルヴァンに自慢げに話す。
「紛い物ではなくて本物を見たいところだけど、それよりも、捕らえた者達はどうしている?」
「団長の指揮の元、尋問を始めています」
「分かった」
既に尋問を始めていると、仕事が早い。
それよりリディアーヌは気になった事を質問した。
「明日からの予定は本当にそのままでいいのですか?」
「おや、殿下たちが心配?」
「いえ。シルスお兄様が付いているので心配はしていないです」
「父上からもうひとつ言われている事があったと思うけど?」
「……どうしてご存知なのですか?」
「知らない方がおかしいよ」
確かに。
シルヴァンは大公領の領主代行として今回両殿下の視察の責任者であり、ベルトランの息子であり妹であるリディアーヌの事情を知る人物でもあるから、ベルトランから言われている事を知っていて当たり前だろう。
さっと手を上げるとエドガールは退出し、この場にはリディアーヌとローランの三人となった。
「リディに聞きたいんだけどいいかな?」
「はい」
返事をしたものの、何となく叱られそうな、そういった雰囲気にリディアーヌは少し身構える。
「どうして先程両殿下が礼を言ったとき、無言で頭を下げたんだい?」
「皇子殿下が私に声を掛けると皇女殿下には不愉快でしょうから声は掛けてほしくなかったからです」
「それだけ?」
「別にお礼を言われるようなことはしてません。皇族を護るのは義務でしょう?」
「そうだねぇ。皇国民として陛下に仕えている以上、皇族を護るのは当たり前の事だけど、だからと言って礼すらいえないのは皇族の前に人として最低だよ。両殿下がリディに礼を言うのは人として当たり前の事だ。陛下も礼くらい言うよ」
シルヴァンの言っている事は分かるし、人としてお礼を伝えるのは当たり前のことも分かっているけれど、どうしても皇子がリディアーヌに話し掛けると皇女の機嫌が気になって仕方がない。
どうでもいいけれど、あまり煩わされたくないというか、関わり合いになりたくないというか……。
リディアーヌ自身も良く分からない葛藤があり、なんとも言えないもやもやとした気持ちになる。
「攻めているわけじゃないよ。父上からも言われているように皇女と少しでも歩み寄る様にと言われたでしょう? 何も意地悪で言ったわけじゃないんだよ。ちゃんと理由があるんだ」
「理由って……」
「皇女はリディの事を意識しているんだよ。今までのような嫌いという感情ではなくて、妹として意識しているんだ。これは少し前から変化がみられていたから、父上も今ならばとリディにそう伝えたんだよ」
「そうでしょうか」
リディアーヌ自身は全くそんな風に思えなくて、ただただ疑わしく、けれど……。
妹が葛藤しているのを見てシルヴァンは彼女の変化を見て嬉しくもあり、安心する様な、けれど少しの寂しさを感じた。
「リディも気づいているでしょう? 彼女の変化に」
「…………分かりません」
「少しは素直になりなさい」
強敵と戦っときと違い、縋るような、弱弱しい妹の姿に思わず隣へ座ってあやす様に頭を撫でる。
リディアーヌも甘えるように頭を寄せるものだから思わずぎゅっと抱きしめると、漸く力を抜いた。
「リディ、今日はもう休みなさい。疲れてるのに疲れるような話をしてごめんね」
シルヴァンは唐突に話を切り上げてリディアーヌに休むように伝え、その後エヴァと共に部屋に戻る。
その間もずっとリディアーヌは浮かない顔をしていてエヴァは心配になったが、リディアーヌは大丈夫だと言い就寝の挨拶をしてベッドに入った。
しばらく目を閉じていたが、また全く眠れる気配もなく、疲れて魔力も大分消費したにもかわらずか、眠気はやってこなかった。
むくりと起き上がりベッドから降りるとショールをかけて部屋を出ようとする。
「姫様、どちらへ?」
声を掛けてきたのはギーだ。
「眠れないからちょっとお散歩行ってくる」
どうせギーは何も言わずについてくるのだから部屋を出て外に向かった。
今日は月明りが強く、風もあるから夏の暑苦しい熱気も少しだけど落ち着いている。
夜に庭園へ出ることがないから初めてたけど、月明かりに照らされた庭も綺麗だなと思った。
とぼとぼと歩き、いつの間にかガゼボに来ていたので座ってぼーっと庭を見つめる。
「はぁ」
ついため息が漏れた。
膝を抱えて蹲りシルヴァンに言われたことを思い返す。
あの時、皇女を屋敷に転移させるとき、何かを話そうとしていた。
結局聞くことなくそのまま屋敷へと転移させた。
(あの時、何を言いかけたんだろう。それにあの表情……お父様達が私を心配している時と似ていた気がする。けど、何故?)
あれだけリディアーヌを毛嫌いしていたのに今更あのように心配する表情を見せたのか。
意味が分からない。
もう関わり合いになりたくないと心底思うけれど、そうもいかない事にまたため息が出る。
「面倒くさいなぁ」
「何がだい?」
「ふぇ!?」
気配も何もなかったのに急に声がしてびくっと驚きすぎて出したこともない変な声が出た。
目の前にはここにいないはずの人でさらに驚いた。
「ふふふ。リディの驚いた可愛らしい声が聞けるなんてね」
「……来るのは明日ではなかったのですか?」
「明日朝一番で来ようと思ったんだけど、リディの事が気になって」
そう、目の前に現れたのはリュシオルだった。
まさかここにいるとは思わず驚いたけれど、何となく安心したというか、心が少しだけほっとしたように感じた。
シルヴァンに何か思っているわけではないけれど、やはり一緒にいた時間が長いのはリュシオルだから気を許している度合いもまた違うからだろう。
「そういえば、食べ過ぎて私に怒られると思ったんだって?」
「え? あっ! シルスお兄様……」
何で話したんだと今にも憤慨しそうな、けど恥ずかしくて顔が真っ赤になったリディアーヌを見てリュシオルはくすくすと笑う。
「可愛いなぁ」
そしてシルヴァンとエルネストと同じことを言う。
流石兄弟で親子。
とてもよく似ている。
「私で遊ばないでください」
「遊んでないよ。それより、体は平気かい?」
「はい。沢山食べたので少しは魔力が回復しました」
「平気ならよかった」
心底心配したと、ほっとしたように顔を緩めた。
とても心配をかけてしまったようだ。
「それで、何が面倒なの?」
「え? あ……」
さっきの呟きを思いっきり聞かれてたのを思い出してまた憂鬱な気分になってしまった。
「言わないとだめですか?」
「言いたくないなら無理には聞かないけど、誰かに話して解決することもあるから聞いただけだよ」
リディアーヌはじっとリュシオルを見つめる。
きっと彼はリディアーヌが何で悩んでいるのかお見通しなのだろうが、それでも無理に聞いてこない事にほっとするも、心の中がもやもやと燻っている。
リュシオルから視線を外しまた目の前をぼんやりと見つめる。
そんなリディアーヌに対して何も言わないしただそっと寄り添う。
どれくらいそうしていただろう。
「お兄様」
「うん?」
「私、今のままがいいです」
「うん」
「叱らないんですか?」
「叱ってほしいの?」
「……嫌です」
ぽつりと零した言葉には叱ってほしくないと言いながら叱ってほしいのか、何か言って欲しいのか、嫌といいながも何かを求めているのが伝わってくる。
彼女の中では葛藤があって、どうしようもなく、言葉にするとそうなってしまうような、けどどうしようもない事も分かっているので余計に心の中が苦しいのだろう。
「リディは敏いから気付いているんだよね」
注意深くリディアーヌの様子を見ながら話さなければ少しばかり頑固で鈍感な妹は頑なになるだろうと、言葉を選びながらそれとなく彼女の気持ちを引き出そうとする。
中々話そうとしないけれど、答えを急かすの早くないのでじっとリディアーヌの言葉を待つ。
「…………おかしいです」
ようやく声を絞り出したのはそんな言葉だった。
「何故?」
「だって私の事が嫌いなのに、あんなに毛嫌いしていたのにどうして少し怪我したくらいで心配するのか理解できないです」
「リディの気持ちも分かるよ。けどね、報告を受けたけど、リディが負った傷は少しでは済まないよ。あれは大怪我だ。彼女が心配するのは人として当たり前だよ。何よりも、リディが彼女を庇って受けた傷だ。自分のせいだと攻めもするだろう。本当に嫌いならば心配そうな顔はしない。彼女がリディを心配するのは、リディの事が気になっているからだよ。エルと同じく彼女も十三の年だからね。さすがにいつまでも我儘でリディを嫌い、否定し続けるなんてする年でもないんだよ」
学園に通う年なのに我儘など、子供じみたことは許されない。
身分が身分なのだから当然なのだ。
今まで甘すぎた、の一言に尽きる。
けれど、リディアーヌにしてみれば疑問に思うことだったらしく「どうして?」と聞き返された。
「さすがに彼女も周囲の者達がリディを悪しざまに話したり、自身の態度で助長させているなどと知ったら気が気じゃないだろうね。学園へ入学し、事実を突きつけられれば特にね」
「何故ですか? 嫌いなら別に気にする必要ないと思います」
「うーん……。彼女のリディ嫌いは少し意味が違うからね。それに、後悔してるみたいだよ」
「後悔?」
更に質問を重ねる。
リディアーヌにとっては嫌いなら嫌いで徹底的に嫌うということだろうか。
いや、妹のことだからきっとただ理解できないだけなのだろう。
「こればかりは本人に直接確認したほうがいいのだけれど、私が話せるのは私達から見た彼女の様子だけだよ。本心は彼女自身にしか分からない」
「……別に知らなくてもいいです」
「それは彼女と話したくないから?」
「話しても話さなくても、どちらでもいいです。ただ、お父様やお兄様達と今まで通り、一緒にいられたら嬉しいです。ただそれだけ……」
最後は力無く呟く。
リディアーヌの気持ちは嬉しい。
それだけ自分達を家族だと認識し心を許してくれている証拠だ。
初めて会った頃とは大違いだ。
それが嬉しいと同時に、本来の家族の事をそこまで想っていないことへ複雑な気持ちでいっぱいだった。
「前は……家族なんて別にいらないと思ってました。けど……」
「うん」
「私、我儘になりました。ごめんなさい」
妹の可愛い告白に可愛らしすぎて笑ってしまいそうになるがぐっと我慢して頭を撫でる。
「それは我儘ではないよ。リディが私達をちゃんと家族だと想ってくれて嬉しい。リディの我儘は可愛いね」
褒めたのに「可愛くないです」と頬を膨らませた。
その仕草自体が可愛いのだが、それを突っ込んだら腹に拗ねそうなので我慢した。
「まぁ、別に彼女を家族と無理に思う必要はないよ」
まさかの言葉にリディアーヌはばっと顔を上げた。
ひどく驚いた表情をするリディアーヌに笑って答える。
「リディが言ったように、元はといえば向こうが始めたことだからね。その事でリディが気にする必要はないし、何が何でも家族だと認めないといけない、と言うことでもない。血の繋がりは確実だけど、だからといって無理にそうと思う必要はないよ。……そうだなぁ、友達、くらいには思ったらいいんじゃないかな? それならどう?」
「友達……」
微妙な顔をして唸り始めたリディアーヌを見てリュシオルは苦笑した。
「別に今直ぐにという話じゃないよ。おいおいでいい。けどまぁ、一度ちゃんと逃げずに彼女と話をしたほうがいい。多分、あっちも話したいと思ってるんじゃないかな」
「……まさか」
(まぁ直ぐに信じられないのは無理もない。けど、殿下は少なからずリディを気にしているのは確かだし……二人とも変に頑固なところが似ているからおいおいかな)
あまり根を詰めて話を進めてと今のリディアーヌはそう簡単に皇女を信じられないのは、今までの彼女の態度が原因なのだから、そこは向こうがこれから頑張って挽回していくしかない。
「さて、この話はお終いにしよう。そろそろ眠れそうかい?」
「眠れそうにないです」
「そっかぁ、じゃあお兄様と一緒に寝るかい?」
「え、えぇ!?」
まさかの提案にリディアーヌは驚いて思わず大きな声がでた。
リュシオルは笑いながら「半分冗談だよ」と言うが、半分本気なんだ……というのはリディアーヌは心の中で思った。
「部屋まで送るよ」
そう言って手を差し出されたのでその手を取って部屋まで送ってもらった。
眠れなくてもちゃんと布団に入って目を瞑るようにと言われその通りにすると、眠れないながらも少しずつうとうととし始めいつの間にか眠りについた。
ご覧いただきありがとうございます。
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