事の真相
場所は領主邸の一室。
少し緊張を孕んだその場に一人、緊張感のかけらもなく黙々と出された軽食やスイーツを食べている者がいた。
全くもってこの場にそぐわない程パクパクと美味しそうに顔を綻ばせながら食べ進める。
けれどこの場にいる者は全くそこに触れず、また本人も全く気にせずに食事を楽しんでいる。
さて、何故こういう状況なのかというと、一時間ほど遡る。
リディアーヌとローランは魔石を木っ端微塵にした後、用意していた転移陣が刻まれた魔石を使い屋敷へと戻ってくると、武装したシルヴァンに迎えられた。
「リディ! よかった。無事で……なにその出血量!? 回復師がいるから直ぐに診てもらいなさい!」
シルヴァンに心配され、ローランにそのまま屋敷へと連れていかれた。
屋敷に入るとエヴァが待ち構えていてリディアーヌの姿を見るや否や、顔を青褪めさせて、部屋へと連れていかれ、ローランは外で待機した。
「お嬢様、彼は医師兼回復師のノアゼットです」
「初めてお目にかかります。ご紹介に預かりましたノアゼットと申します。早速ですが治療をしましょう」
丸眼鏡をかけた優しそうな男性、ノアゼットはリディアーヌの背中の傷を見て痛ましそうに一瞬顔を顰めたが、直ぐに「では治療します」というと、治療師というだけあってあっという間に傷が塞がり奇麗になったのを見てエヴァはようやくほっとした。
それもそうだろう。
大きな爪で抉られた傷はとても痛々しく、痛みを全く顔に出していなかったリディアーヌが一体どれだけ我慢をしていたのだろうと心を痛めた。
服は無残な状態だったので背中側で服を切ったので、この後湯に準備がさていたので上に軽く羽織る。
「先生、ありがとうございます」
「いえ。お戻りが早かったので傷も奇麗に癒えましたよ」
ふわりと微笑んだ後、スンと笑顔が引っ込んだ。
これにはリディアーヌも「え?」と困惑する。
「いくら調査にお嬢様が参加されたと言えど、このような傷を負うなど、護衛は何をしていたのです?」
「あ、これは不可抗力で……」
「言い訳は結構です。ルヴェリエ家のお嬢様がこのように大怪我をされるなど、あってはなりません。回復術で傷は奇麗に癒えますが、流れてしまった血は元に戻らないのですよ。暫くは訓練には参加されませんように」
「どうして!?」
「先程も申しあげた通りです。傷は癒えておりますが、失った血は戻りません。それにお嬢様はまだ未成熟の子供です。はっきり言って無理をしすぎです。医師の立場から申し上げれば、一ヵ月は休息していただきたいくらいです」
「一ヵ月!?」
リディアーヌは絶望したような表情を見せるが、エヴァからしても仕える主が今回のような怪我を負った事に思う所があり、しかも痛みを我慢しこちらに心配かけないようにする姿に心が痛く、本人の意思が大切だけど危険な事に自ら行かないで欲しいと思う。
今回の事はベルトランからの指示の為、調査を行っていたが、きっとベルトランもこのような危険な事だと思わなかったはずだ。
「一ヵ月も休養されると別の意味でお嬢様のストレスになりそうなので、せめてきっちり一週間は療養なさってください。いつも通りの訓練は一ヵ月後。それまでは軽く体を動かす程度にしてください。これは譲れませんよ。シルヴァン様にもそう伝えておきます」
そう言って部屋を後にした。
その後汚れを落とすのに湯につかり、エヴァにしっかりと洗われる。
血が肌や髪にべったりと付いてしまっていてそれをゆっくりと溶かしながら洗う。
奇麗に洗い終わったらしっかりと湯船につかってから上がりそのまま寝てしまいたい衝動に駆られるがエヴァは「寝ないでください」と冷たい果実水をリディアーヌに勧めた。
湯上りにさっぱりとして少し目が覚めた。
「この後何かあるの?」
「シルヴァン様に呼ばれておりますので、お休みになられるのはもう少し後になりそうです」
「確かに報告は大事よね」
リディアーヌは納得したけれど、その後ろで髪を整えながらエヴァは少しだけ複雑な表情をしていた。
リディアーヌから髪はもう結わないで欲しいと言われ、何故かと聞くと今日は流石にもう体に負担を与えたくないし、髪を結われると疲れると話すので、エヴァは整えるだけで終わらせた。
服も負担のないふわりとしたワンピースドレスでリラックスした装いだ。
用意が整ったら部屋を出てシルヴァンの執務室へ……と思ったけれど、何故か違う部屋に案内された。
「エヴァ、シルスお兄様の所ではないの?」
「この中でお待ちですよ。お嬢様をお連れしました」
『入って』
確かに中にはシルヴァンがいるようだけれど、リディアーヌはこの時点で嫌な予感がしていた。
何だか面倒な事が起こるのではと。
そして部屋の扉が開き、中へ入るとやはり、と心の中で大きなため息を付く。
「リディ、さっぱりしたね。ノアから怪我の具合の報告を受けたけれど、疲れているのに呼び出してごめんね」
「いえ。ですが、報告を聞くために呼ばれたのかとおもったのですけど」
そういって座っている面々をいつもの冷静な様子でちらりと視線を送る。
「先ずは此処に座りなさい」
言われた先は、エルネストの隣で目の前には皇子と皇女、そしてフロランスが座り、シルヴァンと対面しているのがクロード、イヴァンにアレックスだ。
リディアーヌが席に着くと、また扉が開く。
誰かと思ったら侍女がワゴンを押してきてそっとテーブルの上に軽食とスイーツが並び、リディアーヌの分のお茶を淹れすっと下がった。
「お腹空いているでしょう? 遠慮せずに食べなさい」
遠慮せずに食べろと言われても、テーブルいっぱいに並べられたのを見て、ちょっとたじろぐ。
シルヴァンの言葉はリディアーヌへ向けられた言葉だ。
(私一人で食べろって事?)
遠慮していると、隣のエルネストが自ら更に軽食や果物を盛ってリディアーヌへと手渡す。
「はい。遠慮せずに食べて。ちゃんと食べないと回復しないし、疲れたときは甘いものに限るよ」
「はい、いただきます」
遠慮がちにお礼を言い、折角なのでぱくりと先ずは桃を食べると、その瑞々しい新鮮な甘さと口の中に広がる桃の香りにぱぁっと笑顔になり、すっかり遠慮という文字を忘れてパクパクと果物を食べる。
その様子を見てほっとしたように見守るシルヴァンとエルネストだけれど、対照的に皇女はぎゅっと何かを耐えるような表情をしていた。
「リディ、食べながらでいいから話を聞いていなさい」
「分かりました」
食べ始めたら止まらなくなり、素直に頷く。
話というのは皇女が何故あの場にいたかだった。
シルヴァンはある程度話を聞いているようだったけれど、本人の口から詳細を聞いていないので、実際被害を受けたリディアーヌにも同席して貰って聞くことにしたのだった。
何故今回このような事が起こったのか。
今日は休日二日目という事で、皇女はフロランスと共に街へ買い物に出掛ける予定を立てていて、昼前から皇国の騎士三人と大公家の騎士二人を伴って街へ向かった。
普通に買い物をして昼食をとり、買い物をして街を歩き、領都を楽しんでいた。
そしてカフェで休憩を挟み美味しいスイーツに目を輝かせ、この時間を堪能していた。
カフェを出た後、少し街を散策しようという皇女の提案で街を歩いていた。
ちなみに、皇国の騎士の制服は目立つからと今日ばかりは大公家の騎士服に身をやつして護衛に付いている。
それはさておき、散策をしているとふと幼い子供のきゃきゃっとした楽しそうな声が聞こえ足を止めた。
「あの子達は何をしているのかしら」
「あそこは三歳から十歳までの子供達が学ぶ簡易的な塾になります」
「皇都にもありますわね」
「皇都とは少し違うでしょう」
「どのように違うのかしら」
皇女は平民達の学びの事情を少なからず知っているようだけれど、実際どのように行われているか、どのような子供が通っているか、皇都とそれ以外の各領の違いを知らず積極的に質問をする。
皇都の塾は各層に分かれていた。
商人や貴族の後援を受けている者達が集まる裕福層の子供達、それ以外のそこまで金銭的余裕のない子供達といった具合に、塾の内容も変わってくるのと、教える場所だろう。
平民でも裕福層が通う塾は、どちらかというと貴族も通うような店が集まる所に近い場所に位置し、そこまで裕福でない子供達が通うのはそういった人達が集まる場所にあるが、大公領はそういったのに関係なく平等に教育を施しているので、少しばかり身なりが違えど仲良く学んでいる姿を見て驚いたのだろう。
ここでは勉強の出来る子が出来ない子に教えるということも行っている。
そうすることで教える側の学びにもなるからだ。
「学園では考えられない事ですわ」
「確かに学園は平等を掲げていても貴族内には優劣をつけたがる者が多数いますからね」
「私も見習わなくてはなりませんね」
「あら、ジュリ様はすでにそうした行動をされておりますわ。周囲が少々騒がしいですけれど、お気にされることはありません」
「私が出来ることは限られてるわ。お兄様みたいにもっと頑張らなくてはいけませんね」
ジュリエットは大公領の学び舎を見ていると一人の男の子が元気よく走ってきて、これまた元気よくこけた。
「まぁ、大変! 大丈夫かしら」
ジュリエットはその男の子の元によりすっと手を差し伸べる。
その隣ではフロランスが男の子の怪我の具合を見てハンカチを差し出した。
「少し擦りむいてしまっていますね。けど泣かずにえらいわ」
「ぼ、ぼく、男の子だからこれくらいで泣かないよ!」
「ふふっ。頼もしいわね」
急に話し掛けられてびっくりしつつもちゃんと言葉を返す子を見て二人は微笑ましいと笑顔を見せると、その男の子はかぁと顔を赤らめた。
二人はどこからどう見てもいいとこのお嬢様でその顔が整っており、間近で微笑まれて驚いたのだ。
「あ、あの、それ、汚れるから大丈夫。家近いし……」
「気にしなくてもいいのよ」
「だ、だって! 何も返せないし、あっ! お母さん!」
遠くから男の子を母親と思しき人物がこちらの様子を見て慌てて走ってきた。
「あ、あの! 申し訳ございません! この子が何か粗相をしましたでしょうか」
「いいえ。こけてしまったから様子を見ていたところなのよ。だからそのように謝る必要はないわ」
「そ、そうでしたか……」
あからさま貴族だろうと雰囲気で分かる二人に彼女たちの言葉を聞いてほっとさせ、男の子に声を掛け、大した傷でない事にまたほっとした様子だ。
そして二人に頭を下げて帰っていった。
それを見送り二人もそろそろ屋敷へ戻ろうと、馬車を待たせてあるところまで戻る。
特に問題もなく馬車も目前というところで、路地の奥から子供の鳴き声とどずの利いた複数の男の声が響いてきた。
何事だろうと、ジュリエットは騎士に様子を見てくるように指示ずる。
もし、何事かあればと土地勘のある大公家の騎士が現場に向かった。
「ジュリ様、先に馬車へ入りましょう。何か嫌な予感がします」
「えぇ」
フロランスに促され馬車へ乗ろうとしたところ、離れたところで大きな音がして騎士達は警戒し音のした方へ警戒を向け、一人は二人を護る様に、もう一人は周囲を警戒したが、ぱっと目の前に黒づくめの怪しい人物が音もなく現れた。
「お嬢様方を護れ!!」
そう叫んだ騎士が一人を切り伏せるが、また音もなく現れた者が他の騎士を相手取り、そうして三人目はほんの隙をついて、ジュリエットの真後ろに現れた。
フロランスが「ジュリ様!」と叫びながら咄嗟に護身用に持っていた短剣を抜き護ろうとするが、間に合わずに目の前でジュリエットが音もなく男の消え去った。
表の騒動を聞きつけ、大公家の騎士一人が戻ってきた時には既に事が及んだ後だった。
フロランスは直ぐに大公家の騎士に領主邸へ戻り事の顛末を伝えるように指示し、地理がない皇国の騎士はフロランスと共に成す術もなく馬車で屋敷に戻った。
一方、連れ去られたジュリエットは次の瞬間、あの場にいて声を上げる前に口に布を巻かれてしまい、後はリディアーヌの見た通りという事だった。
ジュリエットが話し終えると、フロランスは「申し訳ありません」とジュリエットを護れなかったことに謝罪し、 ジュリエットも重く口を閉ざした。
これが冒頭の緊張感が漂った部屋の出来事で、リディアーヌは話を聞きながらももくもくと食べている、といった状況の出来上がりだった。
「連れ去られた先にリディ達がいてよかったけれど、リディ、殿下を早々に屋敷に転移させたことはお手柄だよ。そしてあれらを生かして捕らえたこともね」
急に話し掛けられて口の中に入っていた果物をこくんと飲み込んでからシルヴァンに応える。
「捕らえたのは騎士だから私は何もしてないし、殿下があの場にいてはこちらの負傷者が増えるだけだから」
包むことなくきっぱりと言い切るリディアーヌに苦笑するシルヴァンだが、すっと表情を引き締める。
「その騎士に命じたのはリディでしょう? それに、殿下の件も例えそうだとしても咄嗟の事とは言え直ぐに行動すたことは褒められるべきだよ」
面と向かって褒められると流石に照れる。
照れ隠しをしつつ、少し温くなった紅茶を飲む。
「リディアーヌ嬢、お礼が遅くなったけれど、ジュリエットを護ってくれてありがとう。貴女も無事でよかった」
ノルベールは心からリディアーヌの心配もしていたと言わんばかりの表情で言われ、複雑な心境のまま頭を下げる。
あまり話し掛けないで欲しいと心底願うリディアーヌからしたら、例など不要だと声に出して言いたい。
「私からもお礼を。助けてくれてありがとう。それと、怪我が癒えて安心しました」
まさか皇女に礼を言われるとは思わず、凝視してしまったかれど、皇子がいる手前、礼を言うのは当然なのかも、とこちらにも黙礼だけ返した。
正直もう部屋へ戻りたい、というのが本音だ。
「さて、明日からの予定ですが、本当に予定通りでよろしいのですか?」
「予定通りに視察は行います。此処で怖気づいていては敵の思う壺でしょう。それに、大公家の優秀な騎士がいるのですから、安心でしょう」
「おや。過大評価をされるのですね」
「過大評価ではなくて信頼しているのですよ」
「まあ、いいでしょう。そう言われてしまっては、明日からの警護もお任せください。……リディは大人しく屋敷でいなさい。いいね?」
「え? 私は平気ですよ」
急に話がリディアーヌへと飛び火し、びっくりして思わず返答すると「ノアにも注意されたでしょう」と窘められた。
「それに、兄上が明日こちらに来られるから、リディはたっぷり叱られておいで」
「え、えぇ!? 私叱られるようなことは何もしてません……」
と言いつつ、ちらりとテーブルへ視線を送る。
出された軽食や果物にスイーツを一人で食べてしまった事に気が付いて、少し青褪めさせる。
「た、食べすぎてしまいました……」
殊勝にそう口にした途端一瞬の沈黙のが重く乗りかかる。
大公家の令嬢が食べすぎたとか、他の人達の分まで食べちゃったとか、きっとフェリシエンヌに叱られる! と本気でリディアーヌは心の中で「どうしよう」と落ち込む。
「ふふふふっ、リディったら何を言ってるの。た、食べ過ぎって! あ、 あはははっ! 妹が可愛すぎてお腹が痛い!」
「リディってばそんな事気にしてたの? 食べ過ぎって、確かに沢山食べたけど、いっぱい消費したんだから必要だからで、あーリディが可愛すぎて困る!」
シルヴァンとエルネストに笑われてリディアーヌは恥ずかしくて笑った二人を可愛らしく睨む。
その姿に、部屋の緊張はいつの間にか解けていた。
「可愛く睨むリディもいいね! 叱られる覚えはあるでしょう?」
「何もありません」
「本当に? 父上との約束は?」
そう言われて調査を頼まれた時の事を思い返す。
そう言えば、『くれぐれも無茶をしないこと』と言われてたんだった。
けど今回の事は不可抗力だし、多少無茶をしなければ皇女は死んでいた。
(私、叱られないといけないの?)
理不尽、と顔を顰める。
その様子を見ていつの間にか落ち着き困ったような表情をシルヴァンは浮かべる。
リディアーヌにはちゃんと言い聞かせなければいけないとシルヴァンは妹が心配で、皇女との関係に関してもどうしたものかとこっそりとため息を付いた。
ご覧いただきありがとうございます。
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よろしくお願いいたします(ꈍᴗꈍ)




