視察一日目
翌日、大公領へ向けて一行は出発した。
予定では今日の夕刻に着く予定だ。
景色は段々と緑が多くなっていく。
天気が良くて絶好の旅行日和で、途中休憩を挟みつつ、昼過ぎには大公領へと差し掛かった。
見慣れた景色。
初めて大公領を訪れてからは年に一、二度大公領を訪れるようになり、すっかりこの景色が大好きになった。
そして少し日中の暑さが落ち着き、夕刻にさしかかったくらいで大公邸が見えてきた。
窓越しに話し掛けてきたフロランスにもうすぐ着くと伝えるととても楽しみだと顔を綻ばせた。
大公邸の門をくぐり、しばらく進むと先ぶれを聞いたシルヴァンと先に領へ向かったエルネスト、執事や侍従、侍女達が揃って出迎えてくれた。
最初に皇子達が乗った馬車が停まり降りるのを待って、次は皇女の乗った馬車が少し進み、ノルベールが手を差し伸べてその手を取り皇女が降りる。
全員が降りると、領主代行のシルヴァンが代表で挨拶の言葉を述べる。
「お待ちしておりました。皇子殿下、並びに皇女殿下。私はルヴェリエ大公家領主代行のシルヴァンと申します。ご滞在中、何なりとお申し付けください」
「歓迎をありがとうございます。慣れぬことで何かと迷惑をかけてしまうかもしれませんが、よろしく頼みます」
「こちらこそ、よろしくお願いいたします。先ずは滞在中のお部屋へご案内いたします。今夜は細やかですが歓迎の晩餐をご用意いたしますので、それまではごゆっくりとお休みください」
シルヴァンが屋敷の中へと誘う。
その後を皇子、皇女、側近達が揃って屋敷の中へ入り、リディアーヌは一番最後に中へと入った。
その後は滞在中の世話を任された侍女の案内で、皇女とフロランスも各部屋へ向かった。
リディアーヌはそれを見届けてから自室へと向かい、さっと旅の汚れを落として着替える。
そしてシルヴァンの元へと向かった。
部屋の中には既にエルネストがソファに座っていて笑顔で部屋の中へ招いてくれた。
「はぁ。やっとリディを堪能できる」
「お兄様、苦しいです」
エルネストにぎゅっと抱き着かれて苦笑していると、べりっとシルヴァンにはがされた……と思ったら、今度はそのシルヴァンに抱きしめられた。
「リディ! 会いたかったよ、私の可愛い妹! あぁ、癒される……」
「叔父上! ずるいですよ。僕だって我慢してたのに」
「いや、お前は皇都の屋敷で一緒でしょう。我慢しているのは私だよ」
「僕だって学園へ入ってからはめっきりリディと会う時間が減ったのですよ」
「知らないよ。そんな事」
不毛な争いを始めた二人をどうしようかとうーんと考えるリディアーヌの救世主は領主邸の執事であるフォルスだ。
彼は貴族ではないが、文武両道で学園でも好成績で卒業し、貴族からの嫌味にも笑って無視……対応できる逸材だとベルトランが話していた。
そして今も不毛なやりとりをしている二人を手を打ち合わせて笑顔でぶった切った。
「お二人共、お嬢様が引いていますよ。嫌われたくなければそれくらいでお止めになったほうがよろしいかと」
リディアーヌに嫌われる、の一言で二人はピタリと言い争いを止めた。
そして誤魔化すようにシルヴァンはこほんと咳払いをする。
「明日からの予定だけどね。二人に共有しておこうと思って呼んだんだよ」
今回は皇子がメインで貴族の領地を視察するという目的があるので、大公領の視察場所は葡萄農園と林業の二か所に案内する予定だ。
一日で案内出来ないので、葡萄農園、林業共に二日間ずつ日程を組んでおり、間に休日を挟む。
休日といっても皇子と側近達は公務で訪れているので、書類作成等の仕事を大公邸で行う。
皇女は皇子の仕事を間近で見て学ぶ事が今回の目的だ。
エルネストは次期大公として大公領の案内を、領主代理であるシルヴァンは補佐でリディアーヌはその二人を見て学び、時には手伝う事になっている。
「後、リディは父上の用事をするんだよね」
「はい」
エルネストは知っているのか、此処で話していいのか分からず返事だけすると、エルネストはすっと席を立つ。
「明日からは予定通りのようですので、僕は一度殿下の様子を見てまいります」
「そうだね。そちらを頼むよ」
「はい、叔父上。リディ、また後でね」
「はい、お兄様」
そう言って笑顔で部屋を後にするエルネストを見送ると、シルヴァンは「エルは敏いね」と満足そうに頷く。
という事は、彼は知らないという事だ。
「あの、お兄様。エルお兄様は次期大公なのに、領の異変を知らせずに良かったのですか?」
「いや、そのことは知っているよ。彼が知らないのはリディの事だよ」
「私のこと?」
「そう。リディの記憶持ちの件はエルは知らないからね」
「そちらの事でしたか」
てっきり異変の事を知らないのかと思ったのだけれど、流石に知っていて少しほっとした。
「お兄様は地鳴りのような音を直接聞いたのですか?」
「いや、私はまだ聞いていないんだ。けど、領を見回る騎士や冒険者、山に近い民達はその地鳴りを幾度か聞いているというから間違いないと思うよ」
「頻繁になるのですか?」
「頻繁ではないらしい。最初に報告が上がってきたのは二ヶ月ほど前で、今日までに報告に上がった回数は十一回だよ」
確かに頻繁ではないだろうけど、それでも少ない回数ではない。
「調査はなさったのですよね?」
「勿論領民に被害が出ないよう、山に異変があるかと思い地層の問題かと調べたんだけどね、特に問題はないとの結果だった。地鳴り自体が山に反響していてどこから聞こえるか、はっきりとした地点の確認が取れないと言われたんだ。それに、地鳴り自体がいつ起こるかもはっきりしないから、調べるにしても今の段階では見回りを強化することでの手探り状態なんだよ。そこで、リディなら記憶があるから、何か少しでも分からないかと思ってお願いしたんだ。リディが行動するときは、護衛のローランと大公家の騎士団数名を付けるからお願いしていいかな」
「はい。お父様からもお願いされているので調べてみますけど、分からなかったらすみません」
「そんなに気負わなくてもいいよ」
「後、その騎士団の方は、私の事をどう説明しているのですか?」
まさかリディアーヌが記憶持ちだと話しているわけではないだろうし、どこからどこまで話していいか分からずシルヴァンに確認する。
下手なこと言って騒ぎを大きくしたくないし、それで付き添ってくれる人たちがそれで罰せられることにはなってほしくない。
「リディに付ける者達には制約魔術を施したから、リディの記憶の件が彼等に漏れたとしても口外できないようにしてあるから安心して」
「え? 制約を交わしたのですか? それだったらローランと二人だけでよかったのに。それにギーもいるし……」
契約魔術は結構厳しく、内容にもよるがシルヴァンの口ぶりでは漏らせばその騎士はただでは済まない様な内容だろうというのが察せられる。
彼等の事を考えれば、おいそれと記憶の事を口に出来ない。
それだと報告もままならないし、ローランとの会話にも気を使ってしまう。
「面倒くさい……」
「リディ、口と表情に出すぎだよ」
可笑しそうに笑うシルヴァンをちょっと恨めしそうに睨むけど、全く効いていない。
「安心して。選抜した四人はそもそも口が堅いし、私が信用も信頼もしている四人だからね」
「それだったら殿下方が滞在しているのですから、こちらに残すべきではないでしょうか」
「彼等には皇国騎士団が付いているからそれこそ問題ないよ。残した大公邸の騎士で十分」
特に何も問題はないと領主代行のシルヴァンがいうのだからリディアーヌがあれこれと口を挟むことではないので、面倒だと思いつつも納得した。
そして晩餐の時間には食堂に皇子と皇女、側近が揃った。
シルヴァンは簡単に歓迎の挨拶をし、晩餐会が始まった。
今夜はいつもより豪勢で、食後のスイーツも凝っていた。
英気を養って明日からは視察が始まる、という事もあるがまだ未成年の子供もいるので晩餐会はあまり遅くならずに終わった。
翌日。
朝食をいただいた後、準備を整えていざ葡萄園へ出発する。
リディアーヌは相変わらず馬に乗り皇女の馬車に並行して向かう。
シルヴァンは既に目的地に先に向かい出迎えの準備を行っているとの事だった。
領主邸から時間にして一時間半程の場所にあり、街並みから段々と離れると目の前には見応えのある葡萄園が広がっている。
これには馬車の窓から見えた皆が感嘆のため息を付いていた。
目的地に到着し、馬車から降りてくると全員が目を輝かせていた。
「お待ちしておりました」
そこにはシルヴァンが先頭に葡萄を生産している人達は後ろで深く頭を下げていた。
「皆楽に。今日と明日、ルヴェリエ領の特産である葡萄園の視察を行うのでよろしく頼む」
ノルベールが簡単に挨拶すると、此処からはすっとエルネストが前へ出る。
案内はエルネストが主導で行い、シルヴァンはその補佐に回る。
リディアーヌの役割は、ノルベール達の後ろを歩く皇女とフロランスの後ろからついて行き、彼女達からの質問を受け答える役割だ。
と言っても、皇女がリディアーヌに質問をするかは怪しいのだけれど、フロランスはそんなことは関係なく気になれば質問してくるのでリディアーヌの予想は当たっていた。
「リディ様、葡萄にも沢山の品種があるのですね」
「はい。品種によって、ワインにしたりお茶や果実水、スイーツに使用したり、そのまま食したり。その用途に合わせて味や糖度が違います。どれも普通に食べる事が出来ますけど、皮が厚いと食べにくかったり、酸味が強い葡萄もありますので、そういったのはそのまま食べるのには適さないのですが、後程食べ比べが出来るように準備をしていますので、楽しみにしていてください」
リディアーヌが伝えるとフロランスは楽しみだと華やかな声を上げた。
皇女はその隣で静かにエルネストの説明を熱心に聞いているように見えた。
品種の説明を説明しながら葡萄畑を進む。
畑は広大で、品種ごとに区画が分かれているため、まだまだこの地で育てている品種の説明は終わらない。
実際に実り具合を見つつ、畑を見て回ると昼食の時間となったので、一端昼食のために休憩となった。
此処では皇家直轄領と同じように、この地で働く者達の休憩所が所々に設置され、昼食はそこでいただくことになっている。
昼食を食べ終わると少し休憩を挟み、午後は直接畑を管理している者達の話を聞きつつ、本日案内する予定の箇所まで見て回った。
今日の予定の箇所まで見終わると、葡萄の食べ比べが準備されていて、フロランスだけではなく男性陣も楽しみにしていたようで目を輝かせている。
「明日案内する品種を植えている葡萄もありますので、先に召し上がったうえで明日を楽しんでいただけたらより一層面白いと思いますで、どうぞお召し上がりください」
「このように並べたら色や艶に匂いも全然違うんだな」
ノルベールはまじまじと葡萄を見つめてぱくりと口に入れた。
ぷつんと噛むとじゅわっと果汁が溢れ出る。
「んっ! これは甘くて美味しいな。それに果汁が凄い。こんなに新鮮な葡萄は初めてだ」
「殿下に出される果物は新鮮な状態で出されますが、やはりもぎたてに比べると違いがよく分かるかと思います」
「確かに。皇宮で出されるものも美味しいが、現地でこうして食べるのは全然違うというのが良く分かる。……うっ、こっちは酸味が凄いな。甘みが少ない」
ノルベールは葡萄を食べながら一粒一粒味わって食べている。
クロードも味わいつつも何か考えているようで、イヴァンとアレックスも葡萄の食べ比べを楽しんでいる。
皇女も同様にフロランスと喋りながら味わっているようだ。
こうして一日目は無事に終わった。
二日目は昨日案内出来なかった品種の案内と、実際どのように収穫しているのかの体験も行った。
こういう作業は嫌がらないのだろうかと思ったが、皆嬉々として行っていた。
フロランスも楽しそうに収穫を手伝っているし、皇女もまさか収穫の体験をするとは思っていなかったので、これには驚きを隠せなかった。
それもとても楽しんでいた。
「リディ、どうしたの?」
「シルスお兄様。いえ、何でもありません」
「何か驚いていたようだけど?」
「……分かって聞いてきましたね?」
ジト目でシルヴァンを見ると、くすくすと笑われた。
そして皇女にそっと視線を向ける。
その視線の先には、皇宮では決して味わえない体験をし、 楽しそうにしている皇女の姿がある。
リディアーヌは皇女のそのような姿を初めて見た事もあり、ただ純粋に驚いただけだった。
「皆が楽しそうで何よりだね。リディは楽しんでる?」
「はい。楽しいですよ」
これは嘘ではない。
皇女が側にいるので気を遣うが、こちらから無用に近づかなかったら無害だ。
ベルトランには叱られそうだが、態々つついて機嫌を損なうよりはいいと思う。
何よりも楽しそうにしているところに、リディアーヌという水を差す真似はしなくていいだろう。
そんなリディアーヌの様子を見て、シルヴァンは妹が心配でならなかった。
ご覧いただきありがとうございます。
次回も楽しんでいただけたら嬉しいです。
よろしくお願いいたします(ꈍᴗꈍ)




