憂鬱な心配り
オードリックが帰り、執務室にはベルトラン、フェリシエンヌとリディアーヌの三人となり先程の話の続きを聞く。
そもそも何故皇女が皇子の公務に付き添う事となったのか。
皇子の公務だけならばエルネストがいるのでリディアーヌは必要ない。
皇子であるノルベールは既に執務を担っており、まだ若い内に公務の一環として皇都周辺の領地を視察しているので、今年は大公領が選ばれたという事だった。
側近にエルネストがいるので、大公領の案内は彼で十分だし、領にはシルヴァンもいるので問題はないのだが、そこに皇女が公務を学ぶため一緒に行くこととなった。
皇女が学園へ入学した事もあり、そろそろ外に出て直轄領以外の領地を見てみるのもいいだろうという事で、今回の行き先が大公領という事もあり決まったそうだ。
そうすると、エルネストだけでは不十分となる。
流石に皇女が行くならば女性の付き添いが必要だ。
皇宮から侍女が来るものの、侍女以外の貴族女性の付き添いが必要で、皇女には側近はいないが、それに近しいのがフロランスだった。
そして、今回行き先が大公領という事で必然的にリディアーヌが指名された。
「流石に学ぶために行くのであって遊びではない。公務も兄である皇子に付き添いほぼ同じ行動になるので大丈夫だろう。大公領には一週間滞在予定で公務と間に二日休日を挟むが、流石にもう幼子じゃないんだ。オードリックも言っていたが、我儘が通る年でもない。学園へ入りより一層皇女としてその一挙手一投足が注目される。それに逸脱した行いをすれば、如何に皇女といえどその評判を落とすこともあり得る。そこは皇女もよく理解している」
「何故言い切れるのですか?」
「大公領へ行くと決定した時に、陛下と共に皇女の目を見て話したからだ。少しは俺を信用しろ」
「信用してないわけではありません」
「分かっている。後、リディに頼みがあるんだ」
「何でしょう」
皇女に付き添うだけではなく、他にも何かあるのかと不思議に思う。
大公領はシルヴァンがいるので、ベルトランも安心だと常に言っているので余計に不思議だった。
それに、まだまだ子供であるリディアーヌへ頼み事、というのは一体どういう事だろうか。
「あぁ、特に治安が悪くなったとかそういう事ではない。その辺は大公家の騎士団が目を光らせているし、賊に関しては逐一報告が入っている。他に問題があってな。最近地鳴りがするらしい。頻繁にではないらしいが、少し気になると領民から声が上がっている。調査団を結成し、調査を行ったが、特に地層に問題があるわけでもない。過去の文献を読んでもそのような報告はないようでな。リディなら何かわかるんじゃないかと思ったんだ」
「過去の記憶があるからですか?」
「そうだ。分からなければ分からないでいい。もし危険があるようなら無理をする必要もないが頼めるか?」
「分かりました。けど、分からないかもしれないですよ?」
「あぁ、その時は調査団を再構築し騎士団を率いて俺が直接確認に行く」
これは皇女と別行動してもいいのだろうか、と本気で考えていると「皇女の付き添いが優先だ」とベルトランに見透かされたように言われてしまい、渋々頷いた。
そして大公領へ出発する前日。
準備はエヴァが抜かりなくしてくれたので問題はないが、リディアーヌはベルトランの元を訪れた。
出発前にお願いをするためだ。
「どうした改まって。何か不安事か?」
「いえ。皇女とフロランス様は馬車で行くでしょう?」
「あぁ、皇子と皇女は今回別々の馬車を使う事になっているが、それがどうかしたのか?」
「私は馬で行ってはいけませんか?」
「皇女と同じ馬車に乗りたくないからか?」
「殿下には快適な道中のほうがいいでしょう?」
「聞こえはいいが、お前もだろう?」
「否定はしません」
「あっさり認めたな」
笑いながら言われたけれど、お互いに顔を合わせる機会を減らせるのなら減らすべきだし、何より馬車の中にいては何かあった時に護りにくい。
道中には騎士団が編成され護りは万全だろうが、行き先は大公領なのだし、リディアーヌが馬に乗っていったとしても問題はないはず。
リディアーヌにはローランも一緒だから、ローランと共にだと大丈夫だろう。
「リディがそうしたいならそれでもいいが、本当は共に馬車に乗り、少しは言葉を交わして交流して欲しいのだがな……」
「それは殿下次第です」
「少しはリディから歩み寄る必要があるぞ」
「そうでしょうか」
ベルトランに言われて気分が沈む。
リディアーヌからしてみれば先に拒否したのは皇女なのだから、彼女の気分を害さないよう、彼女と彼女の家族には極力近づかないようにしているだけなので、それを自分から歩み寄るなど無駄な労力に等しい。
それなのにベルトランは歩み寄る努力が必要だと話す。
意味が分からなかった。
何故そうしなければならないのか。
嫌がっている相手に対し、歩み寄るなど、気分を害しに行くようなものだ。
そんな事をすれば、お互いの気分が悪くなるだけ。
(やっぱり断ればよかったかな)
リディアーヌは出発前日だというのに、行くのが億劫になってきた。
けれど、決まった事を前日に覆すなど出来るはずもなく、行くと頷いたのはリディアーヌ本人だ。
それに、馬に乗っていっていいと許可を貰っただけで良しとしよう。
部屋へ戻り、エヴァに明日の出発時の服装の変更をお願いした。
流石にドレスで馬には乗れないので、それに適した服にしてもらう。
そして出発日の朝、皇宮まではベルトランと共に馬車で向かう。
リディアーヌが乗る馬はローランが連れてきてくれることとなった。
皇宮に着き馬車を降りると既にフロランスが到着していて挨拶に来てくれたのだが、リディアーヌの服装を見て驚いていた。
「まぁ! リディ様、何故騎士服に身を包んでいらっしゃるのですか? あ、いえ騎士服のリディ様にお会い出てき眼福、いえ、とても良く似合っていらっしゃって格好いいですわ!」
「フロランス、先に挨拶だろう。リディアーヌ様、ご無沙汰しております。騎士服がとてもよくお似合いですね。ですが、殿下とフロランスと共に馬車で行くご予定だったはずでは?」
やはりそこが疑問に思ってしまうようだった。
普通はそうだろうが本当の理由は話せない。
だから当たり障りなく答えておいた。
最近乗馬を習い、今回はその実践だという事。
まだ皆の前で馬に乗った事がないのだけれど、かなり苦しい理由だが、これで押し通した。
フロランスには久しぶりだから楽しみにしていて馬車の中で沢山お話出来るのだととてもとても楽しいにしていたのに、と残念がられたが、流石にリディアーヌではなく殿下との会話を楽しんでほしいと心の中で突っ込んだのは秘密だ。
クロードの他にイヴァンとアレックスとも挨拶を交わしていると皇子と皇女が揃ってやってきたので、すっと出迎える。
ちなみにエルネストは先に大公領へ赴きシルヴァンと共に準備を行ってるので今日は一緒ではないのが残念だ。
「リディアーヌ嬢は馬車で行かないのかい?」
やはりここでも目敏く皇子に突っ込まれてしまったが、先程クロードとフロランスへ言った同じことを伝えておいた。
皇女には眉を潜められたのがよく分からなかった。
全員が馬車に乗ったので、リディアーヌもローランに促されて馬に乗った。
「リディ、分かっていると思うがくれぐれも無茶はするなよ。私が言ったことを、一応頑張りなさい」
「はい。分かりました」
「ローラン、頼むぞ」
「はっ!」
ベルトランから再度促されてしまったので、一応頑張ると返事をしたがどうなるかは分からない。
一行は大公領へと出発した。
今回は皇族が一緒なので、休憩も多く見積もられている。
道中、リディアーヌは皇女の乗った馬車の隣を並走していたのだけれど、フロランスが窓を開けて度々話し掛けてきた。
勿論皇女をそっちのけにはせず、リディアーヌを気遣っての事だ。
その気持ちは嬉しいけれど、あまりこちらを気にせず皇女との会話を楽しんで欲しいと思う。
そして一度目の休憩地点に着き馬を休ませる。
馬車に乗っていた皇子達が降りてきてぐっと体を伸ばす。
「お嬢様、皆様と少しは交流してくださいね」
「お父様に言われているの?」
「嫌そうにしないでください。私とばかりいても楽しくないでしょう?」
「私は一人でも楽しめるから心配ないよ」
「そのような寂しい事を仰らないでください。ほら、ランヴェール嬢がいらっしゃいましたよ」
ローランの言葉で振り返るとフロランスがこちらへ歩いてきていた。
「リディ様、あちらでお茶をいただくのですが、リディ様も一緒に参りましょう?」
態々ここまで来て誘われて嫌とは言えない。
向こうには皇女がいるが、皇女だけでなく皇子を始めクロード達がいるのでフロランスの誘いを受けると、ローランは嬉しそうに手を振って見送られてしまった。
皆がいる所へ行くと笑顔で迎えられたが、皇女だけは無表情だ。
もう隠す気もないらしい。
「リディ様は今回練習がてら馬に乗ることを希望されたと伺いましたけど、練習など必要ないくらいお上手ですね」
「ありがとうございます。ですが、今日はゆっくりなので難しくはないです」
淹れてくれたお茶をいただきながら雑談をするも、一回目の休憩は直ぐに終わり大公領へ向けて出発した。
一日目は穏やかで特に問題なく本日宿泊する街へ着き、各々部屋へと案内された。
皇子と皇女は一室ずつだが、リディアーヌはフロランスと同室となった。
食事は部屋でとるのかと思いきや、一階の食堂でいただくことになった。
これは皇子の希望で平民の中で混ざって食べてみたいとの事で、いつもどのようにして食事をいただいているのか、日常を見てみたい、色んな経験をしてみたいとのこと。
食堂におりて席へ案内されると、物珍しそうにしながら運ばれてきた食事に興味津々だ。
そのまま食べるのかと思ったが、毒見もかねてクロードが先に少しずつ皿に盛り食べる。
「……問題ありません」
「ありがとう。さて、食べよう!」
待ってましたと言わんばかりにノルベールは食べ始める。
勿論毒見を行ったクロードに礼を忘れないところが彼の人柄が出ている。
育ち盛りという事もあり、男性陣の食欲は凄いの一言だ。
勿論優雅さも忘れずに食事をしている様は、少しばかりここでは浮く、といっても、この街では一番の高級宿なので裕福な商家やそれなりのマナーが身についている人達が多いので、そこまで違和感はないだろう。
ただ、その優雅さは比べ物にならないので、周囲の者達はこちらが気になるのか少し視線を感じたりはする。
その中に敵意や嫌な視線はないので、問題はないだろう。
食事も中々美味しいので、皆には好評のようだ。
食事もおわると、それぞれ部屋へと引き上げる。
一応離れたところに護衛はいるが、皇子と皇女を部屋まで送り届けフロランスと共に部屋へと戻ってきた。
寝室は同じだが、ベッドは二つで風呂も隣室にありそれなりにいい部屋だ。
先ずは旅の疲れを癒すため湯につかるのだが、リディアーヌはフロランスに先を譲ろうとしたけれど、それよりも先にどうぞと言われてしまい、有無を言わせずエヴァに浴室へと連行された。
「お嬢様、先程ランヴェール嬢に浴室を先に使うように発言しようとしましたね」
「いけなかった?」
「はい。ランヴェール家は侯爵位でお嬢様は大公家です。となれば、お嬢様から湯を使うのが正解なのですよ」
「けど、私はずっと馬に乗っていたから、後の方がいいかなって思ったんだけど」
「お嬢様の気遣いはランヴェール様もお気づきでしょう。ですが、こればかりはいけませんよ」
「分かった。今後は気を付ける」
エヴァに注意されて、内心「面倒くさいなぁ」と思ったのは内緒だ。
浴室から出て湯の入れ替え後、フロランスが侍女と共に浴室へと向かった。
その間、持参した本を読む。
「リディ様、何を読んでいらっしゃるの?」
急に近くで声がしてびっくりし顔を上げると、フロランスがリディアーヌの覗き込む様な感じで見ていた。
「ふふっ。リディ様の驚いた顔をお可愛らしいですわ」
「笑わないでください」
「あら。お勉強をなさっているの?」
今リディアーヌが呼んでいるのは、他国の歴史書だ。
勉強、というつもりはなかったけれど、フロランスにはリディアーヌが勉強しているように映ったようだ。
「勉強ではなく、歴史が面白いから読んでいるんです」
何故か二人並んでソファに座り、温かいお茶を飲む。
横からの視線が凄い。
「まさかこうしてリディ様と同じお部屋で過ごすことになるなんて思いませんでしたわ。とても嬉しいです」
「私もです。フロー様が学園へ入学されてから、お会いする機会も少なくて少し寂しかったです」
「私もですわ。エミリーとリアもとても残念がっておりました。今回の事はお二人に自慢出来ますわね」
「自慢になるのですか?」
「えぇ! 『リディ様を愛でる会』のメンバーですもの。リディ様の情報にはいち早く、敏感に、この耳にいれるべきなのですわ! そして共に過ごせる時間を噛みしめて、情報を共有するのです」
「……あの、程々にお願いします」
「リディ様が嫌がることはしませんわ。それは会の意義に反しますもの。……あの、それで、本当の所はどうして馬にお乗りに? 勿論答えにくい事でしたら無理にとは聞きません」
気づかわし気にフロランスは質問してくるが、多分リディアーヌが何故馬車に乗らず馬で同行することにしたのか、分かっていそうな気がする。
まぁ、隠す気も無くあの表情なのだから分からない方がおかしい。
「フロー様は分かっていらっしゃるかと思いますが、皇女殿下に気兼ねなく過ごして欲しいからです。フロー様には間に挟んでしまい、申し訳ございません」
リディアーヌはフロランスが双方を気遣っているのに勿論気が付いていた。
そのことに申し訳ないと思っていて、今回もいつもと同様にずっと間に入ってもらっているので、それが気がかりだった。
「いいえ。謝らないでください。殿下がリディ様をどう思われているかはお伺いしたことございませんが、殿下のリディ様への態度を見ていたら分かります。お兄様もお気づきですわ。普段の殿下はとても公平でいらっしゃいますが、何故リディ様に対してはあのような様子なのか、とても不思議でなりません」
「私は殿下に嫌われておりますから。きっと、孤児なのに大公家に引き取られ、大公家の皆様が取られたとお思いなのかもしれません。ただの憶測ですから詳細は分かりませんが……」
本当の理由は言えないから、客観的に見たらこう見えるかなという答えでしか言えない。
リディアーヌの言葉を聞いて、フロランスは何故か怒ったような表情をしていた。
「リディ様は大公家の大切なご令嬢ですわ! 生まれながらの貴族とは比べ物になりません。その所作も洗礼されていて素晴らしいですし、リディ様のお言葉もその辺の貴族より貴族らしいですわ。だからご自身の事を悪く貶めるようなことは仰らないでください」
フロランスに手を握られて強い瞳でそう言われてしまった。
別に自分を貶めたということではないのだけれど、フロランスの言葉が温かくて素直に褒められたことが嬉しくて微笑んでお礼を伝えると、何故か「はぅ」と両頬を押さえて真っ赤になって悶えていたので急に体調でも悪くなったのかとリディアーヌはあらぬ心配をしてあたふたと「もう寝ましょう!」とまだお話したいというフロランスを宥めつつ、大公領でまた一緒に休みましょうと約束をしてようやく眠りについた。
ご覧いただきありがとうございます。
次回も楽しんでいたけたら嬉しいです。
よろしくお願いいたします(ꈍᴗꈍ)




