お願い事
皇后のお茶会の翌日。
フェリシエンヌの授業を受けた後、休憩がてら一緒にお茶を楽しむ……と言っても昨日のお茶会の感想と庭園を散歩した時の報告会だ。
報告会、というのは大げさかもしれないが、保護者のいない間何をしていたかを話していると、話題はサジェス公子へと移った。
「サジェス公子はリシーを気に入ったようね」
「気に入ったとはどういうことですか?」
「リディは分からないかしらね」
楽しそうに笑うフェリシエンヌにリディアーヌは疑問しか浮かばない。
一応考えて唸っているリディアーヌを優しく見守るフェリシエンヌだが、家族愛にも疎い彼女がそっち方面に明るいとは思えない。
考えて考えてもきっと答えにはたどり着けないだろう。
「リディったらそんなに悩まなくてもいいのよ」
「考えても良く分かりません」
「そうね。こればっかりは考えても分からないと思うわ」
「どうして公子はリシーを気に入ったのですか?」
「答えを教える事は簡単だわ。けれど、今回はこれを課題にしましょうか」
「課題、ですか?」
「えぇそうよ。何故公子があの子を気に入ったのか、調べてごらんなさい」
「調べて分かることなのですか?」
「調べ方にもよるかしら。誰かに助言を貰ってもいいし、そうねぇ、小説を読むのも答えを探せるかしらね」
それだったら本を読んでみようとリディアーヌは後で図書室へ行ってから部屋へ戻ろうとこの後の予定を作る。
「リシーの件はそれぐらいで、昨日のお茶会で皇后様にお会いしても貴女が冷静で安心したけれど、無理をしていたわけではないわね?」
「はい。庭園が奇麗でそちらに気を取られていたのと、お菓子がとても美味しかったです」
「それはそれでどうかと思うけれど。私達の話を聞いていたかしら?」
「はい。ちゃんと聞いておりました」
「話を聞いてどう感じたかしら」
「フロー様達とのお茶会と全然違いました。言葉の全てに裏があるような、確信を付いた話し方ではなくて、言葉の裏に意味があるような、そのように感じました」
「ちゃんと理解しているのなら何も言う事ないわ。リディの年齢では素直な言葉で話すのはいいけれど、学園へ入学すればそうも言ってられないわ。あまり素直に話しすぎるのは貴女の立場を悪くするの。悪い事ではないのだけれど、これからのお茶会や令嬢達と会話をするときはそう心掛けなさい。勿論友人と話すときは別よ」
「はい、気を付けます」
リディアーヌは気を付けると言ったけれど、心の中ではお茶会の招待状はフロランスやエミリア達から届くだけで、他の令嬢と交流がないため、気を付けるとしたら学園へ入ってからだと心に留める。
皇后のお茶会の後は何事もなく、屋敷で過ごす日々が続いた。
そして季節は夏。
学園は長期休暇が目前に迫っていた。
リディアーヌは暑さをもろともせずに、訓練に勤しんでいた。
最近は剣術に力を入れているが、たまにローランにせがまれて魔術に訓練をしたり、魔術談義を行ったりと、勉強を疎かにしない程度に楽しんでいた。
朝の訓練を終え、汗を流して身支度を整える。
今日はベルトランとフェリシエンヌがいないので、昼食は一人だ。
いつもの食堂に行くと少し寂しくもあるが、たまに一人で食べるのでそれも慣れてしまった。
今日の午後から予定はないので、図書室で小説を読む。
フェリシエンヌから出された課題で、最近読んでいるのはもっぱら恋愛小説だ。
エヴァや他の侍女お勧めの本を読んでいる。
読み進めている内に、何となく公子がリシーを気に掛けるのが分かった気がする。
それをフェリシエンヌに伝えると、「思ったよりも早かったわね」と言われた。
公子はリシーに気があるのかもしれない。
けれど、あれから交流という交流はなさそうだけど、この間本邸へ行った時に公子と手紙のやり取りをしてると言っていたので、ささやかな交流はしているみたいだ。
アリアーヌが「公子なら安心ね」と言っていが、リュシオルは「リシーには早い!」と憤慨していたり、エルネストに至っては「要注意人物だ」と怖い顔で話していたから今後どうなることやら。
当の本人は楽しく手紙のやり取りをしているというのだから、きっとアリアーヌが二人を黙らせるのだろうと思う。
そして矛先はリディアーヌへと及んだ。
男へ対しての注意事項が上がったが、自分には関係ないと半分聞き流した。
何よりも、リディアーヌの立場が微妙だし、興味ないのでどうでもいいと勉強と訓練に明け暮れる日々だ。
一応小説はそれなりに面白いと思うので読んでいるけれど、魔術書や他の書籍の方が読む時間は長い。
合間に恋愛小説を読む程度、早い話箸休め、と言ったところか。
キリの良いところでんーっと伸びをする。
「お嬢様、少し休憩なさいませんか? 今日のお菓子はマカロンですよ」
「わぁ! ありがとう」
可愛らしい色のマカロンをぱくりと一口食べると、さくっと程よい甘さが美味しい。
さくっ、さくっと食べ進めると、あっという間にマカロンは無くなってしまった。
残念に思いつつ、食べすぎも良くないからいつもおやつは少量で抑えている。
「今日は少しいつもと違って甘かったような……」
「あら、お分かりになられましたか?」
「うん。だって私のお菓子っていつも甘さを控えているのに、今日はちょっと中のクリームが甘かったかな」
「最近訓練に勉強をいつも以上に頑張っておられますので、お嬢様の為に少し甘く仕上げたようですわ」
「そうだったんだ」
リディアーヌの事を想って少し甘く作ったのだとエヴァから聞き、後でお礼に行こうかと思ったが、エヴァが「私から伝えておきます」と言われてしまった。
十歳の誕生日を迎える前までは、厨房へ行ったりしても怒られなかったけど、最近は学園へ入学した時の為、今後の為にときちんと令嬢らしく振舞えるように立ち入り禁止とされてしまった。
直接礼を伝えたいならば料理人を呼ぶか、今回のように侍女に伝言を頼むかだ。
ちょっと残念だと思ったけれど、ベルトラン達は基本寛容だから今はちゃんと令嬢としての振舞いを覚える為の処置なので、いずれまた入ってもいいと言ってくれるに違いない。
休憩を終え、今度は予習の為に本を探しに行く。
エヴァは茶器を片付けるのに席を外しているので今はリディアーヌ一人だ。
いくつかの本を抱えて勉強を始める。
「リディ、少しいいかしら」
「…………」
集中すると周囲の声が聞こえなくなるのはリディアーヌの短所であり長所でもある。
フェリシエンヌの呼びかけに全く気付いていない事からかなり集中しているのだと分かる。
「リディ、勉強を始めてもう二時間だと聞いたわ。少し手を止めて頂戴」
「……あ、お母様。おかえりなさい」
フェリシエンヌが彼女の肩をぽんっと叩き、ようやくリディアーヌはフェリシエンヌに反応した。
呆れかえっている母に、少し気まずい表情を浮かべる。
「ただいま。今日の勉強は終わりにして、ベルトランが呼んでいるから執務室へ行きましょう」
片づけをエヴァにお願いして、フェリシエンヌと共にベルトランの執務室へと向かった。
部屋に着き中へ入るとベルトランとまだ夕方なのに皇帝オードリックもいたので驚いた。
「エレン、久しぶりだね」
オードリックと会うのは誕生日の夜以来だったので、久しぶりと言える。
最近会う機会が減ったので、久しぶりに会ったが相変わらずのようだ。
手招きされてオードリックの隣に座るとぎゅっと抱きしめられたが、リディアーヌももう十二歳だ。
嬉しいが、少し恥ずかしいとも思うのは早い思春期だからなのか。
それでも嫌がらないからと、思う存分可愛がるオードリックをベルトランが止めてくれた。
「おい、此処へ何しに来たんだ? エレンを可愛がるだけじゃないだろう」
呆れた声で窘められて、オードリックはようやくエレンを解放するも全く悪びれない。
「久しぶりなのだからよいでしょう」
「エレンの年齢を考えろ」
そう言われてもオードリックは全く聞く耳もたいないようだ。
何事もなかったかのようにお茶を飲む姿は先程までエレオノールを可愛がりなんなら頬ずりまでしていた人物とは思わないだろう。
「今日はどうされたのですか?」
「エレンにお願いがあってね。聞いてくれるかい?」
「はい。私に出来る事なら……」
改まって言われて少し警戒する娘に苦笑すると、すっと表情を引き締める。
お願い事とは、夏季休暇中にノルベールが公務で大公領を訪れることになり、そこへ皇女が学ぶために付き添う事となったので、大公家の公女であるリディアーヌも共に行って欲しいという事だった。
大公領に行くならば自分じゃなくても同性の方がいいならば、フェリシエンヌかアリアーヌでもいいのではないかと思ったが、年の近いエレオノールが良いと言われてしまい、オードリックは自分達の関係性を分かって言っているのか疑問に思った。
それが顔に出ていたのだろう、オードリックに分かっているとばかりに頭を撫でられた。
「ジュリもいい年だ。流石に我儘は聞けない。先に話をしたが、あっさり頷いたから安心しなさい」
「陛下……いえ、お父様から言われたら頷くしかないのでは?」
「話をしたのは私じゃなく叔父上だ。同席はしていたが私は様子を見ていただけで、ジュリは以前のように嫌悪感を出すことなく頷いたから問題ないと判断した」
「皇女なのだから感情を隠すのは得意なのではないですか?」
エレオノールは全く信用せず、ただ単に皇女が感情を隠して頷いているのだと思って疑わない。
だが、大人達の意見は違う。
「経験の浅い子供の感情すら見抜けないようでは皇帝をやっていけない。それほど甘くはないから信用しなさい」
「そうかもしれませんが……お父様は甘いでしょう?」
グサッと刺さるような鋭い言葉を平気で目の前の父親に浴びせるエレオノールに少しばかり気まずそうにするオードリック、そしてそれを神妙な顔で頷くベルトランにあらあらと楽し気なフェリシエンヌ。
三者三様の感情を見せるが、じっとオードリックを見つめるエレオノールにコホンと誤魔化すような咳払いをする。
「そう言われたら返す言葉もないが、流石に時と場合による。今回ノルは初ではないが、皇女にとっては初の外遊公務となる。大公領を選んだのは一番信頼できるからだ。皇女に随行するのはエレンだけじゃない。ランヴェール家のフロランス嬢も同行する。それならエレンも安心だろう?」
「フロランス様が同行されるなら……」
渋々、と言った感じで結局エレオノールはオードリックの言葉に頷くも、ひとつだけオードリックにお願いをした。
そのお願いを了承の元、夏季休暇にはいると大公領へ向かう事が決定した。
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