入学式
エルネストと初めて会ってから早六年。
初めて会ったときはとっても子供らしい言動だったけれど、すっかり鳴りを潜めて大公家の子息らしく、気品のある言動に変わっていた。
といっても、子供らしい言動は初対面の時だけで、それ以降はそこそこ落ち着いた話し方だったので、あの時だけ感情に任せて出た言葉だったのだろう。
そして今日は学園の入学式。
エルネストの両親であるリュシオルとアリアーヌ、そして何故か入学式に誘われてリディアーヌも同乗していた。
来年から学園に入る為、その前に学園の見学も兼ねて誘われたのだ。
天気は良く、門出を祝う晴れの日。
エルネストは特に緊張をすることもなくいつも通りだ。
学園の門を抜けると学生達を歓迎するように木々が風に揺られて音を奏でる。
馬車が止まり外へ出ると上級生が新入生の誘導を行っていた。
「ここらからは別行動ですね」
「そうだね。私達は親族席から見守っているから行っておいで」
「はい。行ってまいります」
エルネストは振り返ることなく上級生の案内で校舎の中へと入っていった。
「さて、私達も移動しようか。リディ、はぐれない様に手を繋ぐ?」
「お兄様、私はそれほど子供ではありません。お義姉様をエスコートしてあげてください」
「あらあらリディったら」
楽しそうに笑うアリアーヌだが、リュシオルに手を差し出されて手をのせる様は本当に絵になる。
周囲の大人達だけでなく、学生達も頬を染めて二人を羨ましそうに、ほうっと魅入る。
当の本人達は完全に二人の世界だ。
「さぁ、私の左手はリディのものだよ」
違った。
リュシオルはリディアーヌに左手を差し出し、遠慮がちにその手をとった。
二人の絵になる世界に虫が入り込んだとばかりにリディアーヌへ鋭い視線が刺す。
「来年、リディが学園へ入ったら寄ってくる害虫が増えそうだねぇ」
「虫よけが必要かしら」
「そうだね。今から吟味しなくてはね」
なんだかよく分からない話をしている二人をよそに、リディアーヌは物珍し気に、けれど優雅さを忘れずに視線を動かす。
リュシオルと共に向かった先は入学式を行う場所で、中へ入ると既に多くの新入生の親達が席についていた。
学園では身分関係なく共に学びを得る事を理念のひとつに掲げていているが、親達の席は身分によって席が決めらていた。
これは混乱が起きない様にとの配慮でもあり、身分の低い平民の親たちは貴族に囲まれない事に安堵をしているので問題はなかった。
リュシオル達は大公家と言う事もあり、一番上段の真ん中の席に案内された。
これも上級生が行っているのだが、今後の社会に出たときの学びの一環でもあり、緊張をしているもののその所作は洗礼されていた。
席に着くと今迄話声が聞こえてきたがひそひそという声を抑えられてちらちらとこちらが気になる様に不躾な視線を感じられた。
その視線の先は主にリディアーヌへ対してだった。
「ここにも虫がいるんだねぇ」
「まぁ。こうも多いと心配になりますわ」
「そうだねぇ。エルに監視させなくちゃね」
「えぇ。可愛い義妹が虫に煩わされるなんて耐えられませんわ」
「お義姉様。私、虫は気になりませんよ?」
首を傾げて義姉であるアリアーヌを見ると、「なんて可愛いの!」とぎゅーっと抱きしめる。
今リディアーヌはリュシオルとアリアーヌに挟まれていて、身動きが取れない状態だ。
というのも、リディアーヌは別に外野がなにを話そうが気にも留めてないのだけれど、二人の過保護ぶりで今の状態となった。
ただ、二人が何故虫の話をしているのかはあまり分かっていなくて、ただ本当に虫が多いのかと気になっていたが、虫自体はさほど気にならないのでそう発言したのだ。
「リディは素直だよねぇ。それがいいんだけど、虫っていうのはね、リディに対して不躾な視線を送ったり、リディを悪く言っている人達の事なんだよ」
「お兄様。その例えは可哀想です」
「おや? リディは本当に優しいね」
「いえ。虫が可哀想ですよ」
「え? ……ふ、ふふふふっ! り、リディ、お願いだからこんな所で笑わせないでっ」
何が可笑しいのかリュシオルは突如笑い出した。
勿論声を押さえているが、既に涙目だ。
困ったリディアーヌは隣のアリアーヌを見ると、彼女も扇子で顔を隠して肩が震えていた。
笑い続ける二人とは対照的に、周囲の者達からの視線が一層鋭くなった。
「はぁ……いつかリディに笑い殺されそうだよ」
「笑ったくらいでは死にません」
「リディが冷たい……」
「今のはあなたが悪いですわ」
「それにしても、リディの可愛さが分からないモノが多いね」
「リディが可愛いのは勿論ですけれど、リディの魅力はそれだけではなくてよ」
「アリーの言う通りなんだけどね。リディの魅力は私達が知っていればいいだけだよ。知ろうとしないで周囲の話を鵜呑みにして勝手にリディを貶めようと噂するモノなんてたかが知れている」
にこやかに話しているが、その内容は冷え冷えとしていて周囲の目線はこちらから逸れた。
丁度入学式が始まるようで、上級生が壇上に上がった。
「始まるね」
「エルお兄様を見つけられるでしょうか」
「目立つからすぐわかるよ」
視線を前にして新入生が入場してきた。
そしてリュシオルの言った通りエルネストが一番前を歩いている。
「歩いてくるのは成績順なんだよ。だから来年リディも首席合格したらあの位置だね」
「成績順って、見せしめみたいです」
「ある意味そうだね。けど、自分の順位を把握し、切磋琢磨して頑張る意味も込めてなんだよ」
(最後に出てくるのはちょっと恥ずかしいかも)
成績順で歩いてくるなら、最後の人は試験で一番低かった人、と言う事だ。
けれど、試験内容によって、苦手な科目で成績が悪くても他で補っている可能性もあるから、一概には言えない。
それに、落される者もいるわけだから、エクラタン内に置いて、トップのこの学園に入れるだけ凄いだろう。
エルネストの十、十一人程後に皇女であるジュリエット・ニナ・エクラタンが歩いていた。
流石に皇女のお出ましとあって皆そちらに目を奪われていた。
「エルは殿下と同クラスだね」
「あら。上位に入らないと思っていたの?」
「微妙かな、と思っていたよ。殿下の苦手な科目がどれだけ足を引っ張るか、でね」
皇女は勉学は出来ると聞いていたけれど、苦手な科目があるらしい。
此処ではそれを言わなかったけれど、リディアーヌはさして興味がなかったのでその話自体を聞き流した。
新入生全員が席に着き、入学式が粛々と行われる。
在校生の歓迎の挨拶が終わり、次は新入生代表の挨拶だ。
挨拶をするのは首席合格したエルネストで、彼は緊張した素振りもなく堂々と壇上に上がった。
「誇らしいわ。あんなに堂々として。今後が楽しみね」
「リディに嚙みついた時が嘘のようだね。子供じみた子があんなに成長して」
「それをあの子に話すと嫌われますよ」
「おや。子供の黒歴史を語るのは親の特権だよ」
「あまりしつこくしますと本当に嫌われてしまうわ」
「大丈夫だよ。私達の子がそんな事で嫌ったりしないよ」
その自信がどこから来るのか。
けれど、リュシオルを見ると、納得してしまうような顔をしていたから直ぐに視線をエルネストへ戻す。
エルネストの挨拶が終わり、拍手が鳴り響く。
上から見ているとエルネストが女子に人気なのが良く分かる。
うっとりと手を握り合わせて見つめていたり、頬に手を添えて見ていたりと、あからさまだった。
「さて、エルは学園に入って女性に煩わされそうだね」
「あなたに似ていますからね。ただ、性格はお義父様に似ているから、可哀想な事になりそうね」
「エルお兄様はモテるのですね」
「そうねぇ。大公家という家柄然り、我が子ながら容姿も整って、学力も良いときたらモテるでしょう」
「もしエルが女の子を連れてきたらどうする?」
「どうもしません」
「おや。リディはエルに興味ないのかい?」
「お兄様はお兄様でしょう?」
「分かってないようだから言うけど、リディとエルは結婚できるよ」
「お兄様と私が? それはありません」
「……エルが不憫だ」
きっぱり言うと何故か嘆くリュシオルだが、表情は楽しそうにしていた。
それを見たアリアーヌは「困った人」と呟いた。
入学式は恙なく終わり、帰りはエルネストとは別々となるようだ。
この後、今後の学園生活においての説明があるとかで、リュシオルと共に屋敷へと帰ってきた。
そしてその夜、無事学園へ入学したお祝いにと、晩餐会が開かれた。
「あぁ、入学してしまったからリディに会える時間が減ってしまうね」
残念そうに呟くエルネストにリュシオルは式中に話していた事をポンっと発言した。
「エルに残念なお知らせだ」
「何でしょう?」
怪訝そうにするエルネストに楽しそうなリュシオル。
エルネストはどことなく嫌そうな顔をしている。
「リディはエルと結婚するのはあり得ないそうだよ」
「ごふっ!」
初めてエルネストが水を吹くところを見た。
侍女が慌てず、粛々とエルネストが零した水を拭き、食事も新しく準備していた。
その不測の事態にも慌てず対応する侍女達が凄いと、リディアーヌは感心していた。
「……一体なんのお話ですか」
疲れたように話すエルネストはきっとリュシオルを睨む。
その顔は何故か赤くて、けど何処となく悲しそうにしている。
「あはは。慌てちゃって可愛いなぁ。あ、けどここはフラれちゃって残念って感じかな?」
意味ありげにエルネストを見るリュシオルにぎっと冷めた目で睨みつけるエルネストの姿はベルトランに似ている。
「シオル。あまりエルを揶揄って遊ぶな」
「そうよ。そういうのは本人に任せなさいな」
「あなた。本当にエルに嫌われてしまいますよ」
三人に窘められてリュシオルは素直に揶揄う事を止めた。
その後はエルネストを揶揄う事無く楽しい食事会となった。
リディアーヌとフェリシエンヌは先に別邸へと戻り、ベルトランはリュシオル、エルネストの三人はリュシオルの執務室に移動した。
それぞれソファに着くと早速話し合いが行われた。
「改めて入学おめでとう」
「ありがとうございます」
「入学式はどうだった?」
「はい。リディが父上と共に学園へ来たことは生徒達の間でも広まっておりますが、私がいるので皆表立って噂はしておりません。もし何かあるとしたら明日以降かと思います」
「ふむ。式中の様子は?」
「不躾な視線が多く、ただ私とアリーの間に座っていたため、リディの話は控えめでしたが、まあその視線が物語っていますからね」
あの視線にはリディアーヌを孤児だと下に見る視線が多かった。
ベルトランを始め大公家の皆に溺愛されていると行動でも示しているにも関わらずだ。
見る目を持っている貴族、分別ある者達はそのような愚かな事はしない。
貴族派の連中と孤児から公女になったリディアーヌを妬んでいる者達だろう。
彼女の本来の身分を知ったら手のひらをころっと変えるか、若しくはそれもまた偽物だとか言いそうだ。
「エル、学園で情報収集を怠らないように。後皇女の言動にも注視しなさい」
「はい。あのお祖父様。質問をよろしいですか?」
「なんだ?」
「リディは、来年学園へ通うと仰いましたけど、リディの身は……」
エルネストはリディアーヌの事が心配でならなかった。
今でこそ大公家で楽しく過ごし笑顔も自然に出るようになり遠慮もなくなってきているが、本来の家族にはまだまだ余所余所しいのが見て取れる。
特に皇女との関係は全く改善されていない。
リディアーヌは皇女を家族とは思っていない節があるし、公では本当に必要最低限の言葉しか発しない。
それで皇宮に戻れるのか、戻ったとしてもリディアーヌが自然に暮らせるとも思えない。
きっと自分を殺して息を潜めて暮らそうとするのが目に見えている。
エルネストとしては大公家でずっと暮らせばいいと思っているが、そんな事口が裂けても言えない。
「お前が心配する気持ちは理解できる。本当はそろそろ皇宮へ戻れるよう準備をしたいが……難しいかもしれん」
疲れたような表情を見せるベルトランにリュシオルもいつもの飄々とした態度ではなくて真剣だった。
「一番はリディの気持ちだが、あの子は戻るつもりが全くないからな。無理やり皇宮に戻すと、あっさりと私達を捨てて此処を出ていくだろう」
行動力があるので、簡単に出ていくだろうと予測できる。
それも分かっているからリディアーヌにおいそれと提案できず、だからと言っていつまでもこの問題から目を背ける事も出来ない。
「はぁ。誰も彼も頑固者揃いだな」
一体誰の血だと言いたげだが、ベルトランもその血を濃く継いでいるというのはリュシオルとエルネストは口には出さなかった。
お待たせしました。
第九章のスタートです。
章の終わりまで二日おきに更新しますので、よろしくお願いします。




