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自由な空の下  作者: 月陽
第八章 転換期
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無意味な謝罪


 今日は朝から本邸にお邪魔している。

 理由はルナール侯爵と令嬢が謝罪に訪れるので、同席するように言われているからだ。

 といっても今はリュシオルの執務室で寛いでいる状態で談笑している。

 ここでゆっくりしていていいのだろうかと思っていると、侯爵と令嬢が来訪したと報告を聞き、談笑をやめてリディアーヌへ向き直る。



「今日のリディの役目は大人しく私達の話を聞いている事。侯爵に何か言われても私達が対応するからね」

「分かりました」

「素直で可愛いね」



 リュシオルはリディアーヌの頭を撫でてにこにこと機嫌良さそうにしている。

 それはベルトランも同様だった。

 


(いつまでこうしているんだろう)



 ゆっくりと寛いでいる二人を見て首を傾げる。

 到着し、応接室へ通したと聞いて既に五分をとうに過ぎ、もうすぐ十分近くなる。

 いつまでも動こうとしない二人にリディアーヌはヴェナンを見るけれど、彼は肩を竦めるだけだった。



「んー。そろそろ行こうかな」

「そうだな」



 ゆっくりして既に二十分が経った。

 こんなに待たせてしまっていいんだろうか。

 少し不安で二人を見上げると、大丈夫だというようににやりと笑って見せた。

 ベルトラン、リュシオルの後ろをついて行き応接室へと入る。

 そこにはリュシオルより年上の強面の男性とルナール令嬢が立ち上がってベルトランに頭を下げる。



「よく来たな」

「この度はご迷惑をお掛けして申し訳ございません」

「あぁ」



 ベルトランは返事をしただけで横目で見ながらすっと上座に着く。

 リュシオルとリディアーヌは並んで座り、その目の前に頭を下げたままの二人を見つめる。

 令嬢は頭を下げつつも、リディアーヌをぎっと睨んでいるのが見える。

 リディアーヌに見えているのだからリュシオルは勿論、ベルトランにもバレバレだ。

 そのベルトランの視線をまともに受けて令嬢は「ヒッ」と小さく悲鳴を上げた。

 娘の様子を見た侯爵は一瞬顔を歪めたがすっと表情を取り繕う。



「侯爵。殿下のお茶会の一件、詳細は聞いたか?」

「はい。エヴルー男爵令嬢が何者かに()()()()皇女殿下に毒を盛ろうとしたが失敗し、自ら飲み干したと伺っております」



(唆されて……?)



 リディアーヌはその言葉に疑問が湧いた。

 話に聞いていた事実と違い、どこからそうなったのか。

 そもそも他の貴族達はどのように報告されているのか知らず、とりあえず黙って成り行きを見守る。


 

「ふむ、侯爵は令嬢が唆されたと聞いたのか」

「おや? 違うのですか? 私は令嬢が愚かな平民の口車に乗せられて犯行に及んだと聞いております」



 嫌な笑い方をする侯爵は、どこからどう見ても悪人顔だ。

 腹で一服盛っているような、それが表情に現れている。


 

「まぁいい。それで、其方の娘は本当に反省しているのか怪しいな。我が娘を陥れる発言をした事、同室に集められた令嬢、騎士が聞いている。だが、娘が令嬢に駆け寄ったのは令嬢の安否を確認するためだ。それを見たまま自身の憶測で言葉を発するなど、どのような教育をしている?」

「貴族令嬢としての教育は施しています。優秀だと報告を受けていますし、娘を信じておりますので。他人である殿下に言われることではありません」



 真っ向からベルトランに発言した侯爵に少し驚いた。

 派閥の事はベルトランから学んでいて、ルナール侯爵家は貴族派筆頭で、完全貴族至上主義な人物だ。

 先程平民を下に見る発言をした事に関してもすぐわかる。

 そして養子のリディアーヌを貶める発言をすることもこの親にしてこの子あり、といった感じだ。

 だが、それと先程の発言は関係ない。

 ベルトランは令嬢の教育の悪さを指摘したのだが、侯爵は全く娘を疑わず、報告のみを鵜呑みにしている。

 それだけでなく、今回の考えなしの発言に対しても何ら悪くないと思っているようだ。



「まぁ考え方はそれぞれだ。だが、教育を怠って自ら楽しい道を進もうとするなど、娘には真似させられん」



 楽しい道って言っているけれど、言い換えれば自ら破滅の道を進むということ。

 自らの発言で自分の首を絞めるなんて、反対側からしたら楽なことこの上ない。



「殿下には申し訳ありませんが、何故孤児を養女にお迎えになったのか、理解に苦しみます。今回のように安易に周囲に自ら怪しいと言っているような行動されれば、殿下の苦労もお察しします」



 この言葉にリディアーヌは少しばかり心に刺さった。

 確かにベルトランに手を煩わしてしまったのは事実なので否定できない。

 けれど、侯爵の言葉に笑みを深めたのは隣に座っているリュシオルだ。

 そしてベルトランの笑みも深まった。



「それこそ他人である其方に言われる筋合いはない。……ところで、何をしに来たんだ?」

「は?」

「聞こえなかったのか? 今日、屋敷を訪れた理由はなんだ?」

「……今回の件にご令嬢が関わっていないと公表されましたので、一応謝罪に訪れた次第です」



 物凄く嫌々来たのだと言葉だけでなくその表情にも現れている。

 貴族がそうやって簡単に表情に出してもいいものなのかと内心で呆れる。

 リディアーヌ自身も極力表情に出さないよう努めているが、侯爵はいい大人でそれこそ一応侯爵という地位にいるのだから、もう少し繕ったらいいのではと思ってしまった。



「ほう。謝罪をしにな。だが、到底謝罪をしに来た者の態度ではないな。気付いているか? お前は一度も娘を見てもいないし謝罪もしていないことに」

「この部屋へ入ってこられた時に謝罪はしました」

「ふむ。では、其方は逆にあのような謝罪をされてそれを受け取るのか。すまないな。侯爵は思っていたより心が広いようだ」



 珍しく嫌味ったらしい言葉を口にするベルトランにリディアーヌは驚いた。

 嫌味を言われた当の侯爵は口元に力を入れ怒鳴りたいのを我慢しているような有様だ。

 それを見て何の感情も抱いてないようにすっと冷ややかに見遣る。



「悪いが私はそれほど心が広くなくてな。可愛い娘を害した者から嫌々謝罪するのを受け入れることはできん。それに、お前の娘はずっと私の可愛いリディアーヌを睨みつけているな。それを見ても尚謝罪したと言えるのか? せめて表情を繕えていればな」

「マリエル!」

「ご、ごめんなさい!」



 侯爵親子のやり取りを見てため息が漏れる。

 高圧的な父親に怒鳴られ思わず謝罪の言葉が漏れるが、その言葉は自分達より高位貴族に対しての言葉ではない。

 侯爵家の教育がどの程度なのかたかが知れる。

 侯爵自身もイライラとしているのが見て取れるので、あまり賢くないのだろう。



「謝罪の仕方も知らんとは……。貴族の質も落ちたものだ」



 ぎりっと奥歯を噛みしめる侯爵は忌々しそうにしているが、相手をしているベルトランは全く意に介していない。

 なんとか感情を抑えた侯爵は改めて頭を下げた。

 今度はリディアーヌに対してだ。

 


「娘が公女様にご迷惑をお掛けし、申し訳ありませんでした」



 侯爵がリディアーヌに対し頭を下げたがその視線は決して彼女を見なかった。

 そしてマリエルは父親が嫌々だろうが頭を下げたため、倣って頭を下げる。

 

 謝罪と言えないが一応謝罪を口にしたため、この後侯爵と令嬢は帰っていった。



「はぁ……全く、此処まで愚か者だとはな」

「分かっていた事じゃないですか。今更ですよ」

「それにしてもあの娘も相当だな。感情剥き出しでリディをずっと睨みつけていたが、いつもあんな感じなのか?」

「いえ。取り巻きの二人と一緒に私を話題に楽しく話しています。あんな風に睨まれたのは初めてです」

「リディはあの二人を見てどう感じた?」

「うーん……」

「正直に言っていいぞ」



(正直に……)



 ルナール侯爵家はそれなりに古くから続く家柄で、先々代の頃から貴族派になったと習った。

 けれど、先代侯爵は貴族派と言えど、それなりに柔軟な考え方が出来てそれなりに話が通じ、貴族としての矜持と常識を兼ね備えていたと聞く。

 習っただけで当人を見ていないから分からないけれど、現ルナール侯爵は貴族としての矜持だけは高く、常識はないように見えた。

 そしてその娘も同様で、貴族があのように感情を剝き出しにしていいのだろうかと首をひねるところだ。



「…………小物?」

「ぶはっ!」

「り、リディ!?」

「だ、大丈夫ですか!?」



 リュシオルが飲んでいたお茶を盛大に吹き、ベルトランは驚きリディアーヌの名を呼んだが、リディアーヌはいつも余裕綽々と貴族の見本みたいな兄がお茶を吹くなんてことないのに、リディアーヌは大慌てだ。

 今は侍女を排しているからリディアーヌはハンカチでリュシオルの濡れた手元を拭った。



「り、リディ、ありがとう」

「大丈夫ですか?」

「平気だよ。ちょっとリディの言葉に驚いただけだから」

「小物、か」



 ぼそっと呟いたベルトランの言葉にリュシオルが声を出して笑い、ベルトランもくつくつと笑っている。



「お父様? お兄様?」

「いやー、リディの言葉選びは面白いよね。ルナール侯爵を小物って!」

「やはりリディは大物になるな。侯爵が小物なのはその通りだ」

「ほんと、あれが貴族派の筆頭なんて笑えるよね。見てるこっちが恥ずかしくなるよ」

「だが、その小物にリディが悪く言われるのは我慢ならん」

「私は気にしてません」

「お前が気にせんでも、親として娘の事なら怒って当然だろう。それにルヴェリエ大公家の公女でもある。分かっているな?」

「はい。お父様とお母様に習いましたのでちゃんと覚えています」

「結構。覚えているなら私が言った事も理解しているな?」

「はい。大公家の一人として下位貴族に軽視されるわけにはいきません。だからと言って何をしていいという事ではなく、上位貴族としての責務を忘れず、毅然とした態度で対応すること」

「ちゃんと覚えているな」



 感心だとばかりに笑顔で頷く。

 話が一段落し、応接室ではなくベルトランの執務室へと場所を移した。

 三人はソファに座り温かいお茶で一息つく。

 リディアーヌはエヴァが用意したスコーンに手を伸ばす。

 マドレーヌの入った優しい甘さで美味しいとばかりに笑顔になると、その様子を見ていたベルトランとリュシオルは優しく見つめる。



「よほどお腹が空いていたんだな」

「リディはお菓子を食べる姿まで可愛いよねぇ」

「あぁ。疲れもリディを一緒にいれば癒される」

「いやー、厳しく怖くて近づくのも嫌がられていたのに、娘を溺愛しデレデレな姿を見せるようになり、周囲の者達もリディを褒めると父上と話しやすいと最近話題に上がっていますよ」

「何故怖がる必要があるんだ?」

「……本気で言ってます? あれだけ遠巻きにされ、誰が父上に報告へ行くか擦り付け合いが起こっているほどですよ。陛下程ではないにしろ、父上も仕事中は表情筋がおろそかになってますからね」



 可笑しそうに笑うリュシオルとそれがどうしたと言わんばかりのベルトラン。

 その対照的な二人を見てリディアーヌは不思議に思う。

 リュシオルの明るさはフェリシエンヌに似ているけれど、性格はベルトラン似で笑顔で容赦がないのがリュシオルだ。

 どちらかというと、リュシオルの方が笑顔で事をなす分怖いと思う。

 リディアーヌは二人を分析しながら黙々とスコーンを食べている。



「そういえば、お茶会で友人はできたか?」

「いえ……」

「そんな顔をするな。別に問い詰めているわけではない」



 ベルトランは予想していた通りだと深刻にはとらえていない。

 娘を溺愛していることは事実で嘘ではないがそれで少しはリディアーヌの噂に関して沈静化すればと思ったが、予想に反しマイナスな噂が未だ多い。

 娘に苦労をさせたいわけではないし、本来だったら皇女として暮らしているはずなのだ。

 本人は全く気にしていないが、やはり親の立場で言えば複雑だ。



「先に言ったが、無理に作る必要はない」

「いいのですか?」

「あの馬鹿(令嬢)が余計なことをしてくれたから余計にリディを避けるような動きがある。リディを知りもしないでたかだか馬鹿者の言葉を鵜吞みにし、真実を知ろうともしない愚かな連中と親しくなる必要はない」



 辛辣な物言いにリディアーヌは苦笑した……ぷにっ……。



「……シオルお兄様?」



 苦笑したリディアーヌのほっぺを指でつついたのはリュシオルで、優しい顔しながらもリディアーヌの柔らかい頬をつんつんするのを止めない。



「お兄様、止めていただけると嬉しいです」

「ふふ。リディは大分色んな表情をするようになったね。その困った顔も可愛い」



 頬杖をついてリディアーヌを眺めながらにこやかに彼女の頬で遊んでいるのをみて、ベルトランは呆れたため息を付いた。



「おい。程々にしておけ。リディに嫌われるぞ」

「えぇー? 嫌わないよね? ね?」



 可愛らしく聞いてくるリュシオルに更に困った顔をするが、結局「程々にしていただければ……」と上目遣いにリュシオルは「可愛すぎる!!」と胸を押さえた。

 ベルトランは呆れを通り越して「阿呆だな」と言い年した息子に頭が痛いとばかりに首を振った。

ご覧いただきありがとうございます。


次回も楽しんでいだけたら幸いです。


よろしくお願いします(ꈍᴗꈍ)

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