騎士団にて
事件のあったお茶会翌日の夕方。
ベルトランが宮廷から帰宅し、リディアーヌを呼んでいるとのことで執務室へ向かった。
「おかえりなさいませ」
「ただいま。ゆっくり休めたか?」
「はい。読書をしながらゆっくり過ごしました」
簡単に今日の報告を済ませ、早速昨日のお茶会の話になった。
「エヴルー男爵令嬢が持参し入れたモノの解析が終わり、死に至る毒ではないが毒物を持ち込んだ事で彼女の父である男爵を呼び出しているところだ。令嬢本人の意識はまだ戻っていない。毒の種類も軽いものだったからそう時間かからず目が覚めるだろう」
命に別条がなくて安心だけど、何故今回のような事を仕出かしたのか、直ぐに問題解決とはいかなさそうだ。
「リディに聞きたいんだが」
「はい?」
「毒の種類が分かるか?」
「大まかには。けれど、私の知識は昔のものなので、今の世にどのような毒があるのか分かりません」
「そうか」
「知っておいた方がいいですか?」
「リディなら直ぐに覚えそうだな。だが……そうだな。覚えておいて損はないが……」
リディアーヌを見ながら何か悩んでいる様子で、唸っている。
「もしかして、体に慣らすのですか?」
「本来であれば小さい頃から少しずつ慣らしていかなければならないんだが」
リディアーヌの場合、幼少期を皇宮で過ごしていない為、毒の耐性がない。
ベルトランの話では、本来皇族は小さい頃から少しずつ体に毒を取りいれて慣らしていくという。
「リディよ。俺は今更お前の体に毒を慣らさせるようなことはせん。だが、これを渡しておく」
コトンと卓に置かれたのは持ち歩くには邪魔にならないくらいの小瓶だった。
その中身に入っている液体は緑色の薬湯のように見える。
毒の話が出てのこの小瓶の中身は解毒剤。
「今回狙われたのはリディではないが、持っていて損はない。後これを読んでおきなさい」
「はい」
渡されたのは毒専門の本だった。
知識を入れておいて損はないので受け取る。
「ざっとでいい。頭の片隅に置いておくだけで、無理して全部覚える必要はないぞ」
「え? はい、分かりました」
「リディの事だから全部覚えてしまいそうだな」
「それは、読んでみないと分かりません。以前も多少は知っていましたけど、詳しくはなかったですから」
以前はあまり毒に関わるような事をしていなかったし、仕事で少し覚えた程度なので、今は全く通用しないだろう。
毒草は変わらないだろうけど、もしかしたら新種もあるかもしれないし、毒薬も増えていると思う。
リディアーヌが以前の事を考えていると、ベルトランはすっと表情を変えた。
「話は変わるが、リディの話をもう一度聞きたいと騎士団からの要請でな。明日私と一緒に行くこととなった」
「話ですか?」
「あぁ。リディが男爵令嬢の側に寄った事が疑問だと取り上げられてな」
「それは私が彼女を庇ったと、証拠隠滅の為と思われているのですか?」
「あぁ」
「彼女から小瓶は見つかっているのですから、証拠隠滅も何もないのですけど」
「誰もリディを疑っておらん。それと、リディから話を聞く間、私も同席するので安心しろ」
ベルトランに疑われているとは思ってないが、何故そんな話になるのか。
ギーの事は話せないから、本当にリディアーヌ本人が見た事しか伝えられないし、あれ以上に話す事なんて正直ない。
それなのに話を聞きたいとは、やはり疑われているのか。
「そんな難しい顔をするな」
「お父様、私余計なことをしてしまいました。ごめんなさい」
「謝る必要はない。リディが令嬢の確認を行ったのは有力な情報を得る為だろう? だから余計なことではない」
けれど、あそこでリディアーヌが率先して生存確認を行わなければ、騎士団から呼び出しされることもなかっただろう。
リディアーヌは疑われている事に落ち込んでいるのではなく、ベルトランに迷惑をかけてしまっている事へ対して落ち込んでいるのだ。
少し俯いていると、ぽんぽんっとされて、ふと顔を上げるとベルトランが横に座っていた。
「俺達に迷惑をかけたとか思っているんだろう?」
図星をさされリディアーヌは小さくうなずく。
「可愛い娘の事だから、迷惑と思う事は全くない。いつも言っているが、些細な事を気にするな」
「はい」
一応頷くも気にしているのが見え見えだ。
そんな娘を優しく見つめるが、これはも彼女の性格なのだろうと、ベルトランは思うも、どうしたら気にしなくなるのか思案する。
そして翌日、ベルトランはリディアーヌを連れて騎士団を訪れた。
案内されたのは騎士団の応接室で、第一騎士団のレウスィット団長と補佐の方に出迎えられた。
補佐の方の名前はラウル・オドラン。
彼は団長の少し後ろに立ち揃ってこちらに頭を下げた。
「御足労をお掛けして申し訳ございません」
「いや。それが君たちの仕事なのだから気にするな」
「感謝いたします」
団長にソファを勧められベルトランと並んで座ると、その対面に団長が掛けた。
「早速ですが、再度公女様にお話を伺いたくお越しいただきました」
「あの時話したことが全てなのですが、何をお聞きになりたいのでしょうか?」
同じことを話しても意味があるとは思えず、何故呼び出されたのか、その呼び出し理由が知りたくて聞いた見ると、まさかの答えが返ってきた。
「公女様と同じテーブルに座っていたルナール侯爵令嬢が証言していた事なのですが、楽しく談笑していると、急にそわそわとし始めたと思ったらばっと立ち上がって倒れた男爵令嬢の元へ躊躇いなく向かったと。特に問題はないのですが、公女様が怪しいと喚い……いえ、そう証言しておりまして……一応、お話を聞くべくお越しいただいたのです」
呼び出しの原因はあの令嬢と取り巻きだったようだ。
リディアーヌは内心ため息を付いた。
そして団長も頭が痛いかのような表情だ。
「私が男爵令嬢に毒を飲ませるように仕向けた、とでも言ったのですか?」
「はい。同室で話を聞いていた令嬢達も侯爵令嬢の言葉に信憑性はないものの、疑問を持っている状態です」
「片方の証言だけしか聞いていないのでしたら疑問に思うのは仕方ないかもしれませんね。私の行動も意味を知らぬ者からしたら怪しいですから」
冷静に状況を話すリディアーヌに一瞬驚きの表情を受けかべるも、直ぐに戻る。
そして再度、リディアーヌのお茶会当日の話をした。
一昨日話した事は事件のあった前後で、今回は当日のリディアーヌ自身の行動を詳細に伝える。
という事は、必然的にルナール侯爵令嬢と他二人の令嬢達の話ていた内容も口にすると、これにはベルトランがぐっと眉を寄せて眉間の皴が酷いありさまになっていた。
正面から見ている団長と補佐官の顔色が悪い。
「……これで以上です」
「ありがとうございます。一昨日話を聞いていたので、公女様に問題がないのは承知しておりますが……」
団長は何とも言えない表情でベルトランをちらりと見て、どうしたものかと唸っている。
現状、ベルトランの機嫌の急降下で違う方の心配をしているようだ。
「お父様、私なら気にしていません」
「お前があの令嬢を全く視界にすら入れていないのは分かっているが、あれはルヴェリエ家に喧嘩を売っているようなものだ。今回の証言という名の妄言はリディを貶めたいからだろう」
「妄言だとしても、私のとった行動しか見ていなくて、後から令嬢が発言したことを聞けば、私が怪しいと思うのは仕方ない事です。けれど、よく考えたら分かる事なので、侯爵令嬢の話を聞いた方達は考える事が苦手なのかもしれません」
冷静に答えると、ベルトランの機嫌は少し和らぎ、団長達はほっとした様子だ。
「それよりも、殿下を狙った件を重く捉えず、事実ではなく、自身の感情に任せて言葉を発する方が問題ではないでしょうか」
「公女様の仰る通りです。それも犯人を捕らえ公表すれば反省もするでしょう」
果たしてそうだろうか。
リディアーヌは心の中で疑問に思う。
大きく軽口をたたくような人が、そう簡単に自分の過ちを認めて反省するかどうか。
ちらりとベルトランを見ると、同じことを思っていそうな顔をしていた。
「それで本題なのですが……」
団長は恐縮しながら話を切り出した。
本題とは、話を聞きたいだけではなかったようで、ちらりとベルトランを伺いながら口を開く。
「公女様には犯人が確定するまでの間、公の外出を控えていただきたく……」
その言葉を聞いた瞬間、この部屋の温度が一気に下がったように思う。
その原因は隣にいるベルトランだろう。
表情は変わらないからそれが余計に怖い。
「何を考えている? それではリディを犯人扱いしていると世間では見られるだろう。理由を言え」
「はっ。男爵令嬢が単独で事を犯したとは思っておりません。明日の昼には男爵が登城予定となっており、直ぐ面会予定にしています。話を聞かない事には分かりませんが、男爵本人が関与していないとなりますと、令嬢に接触した者がいるはずです。令嬢の背後にいる人物へ、今疑いの目を向けているのは公女様だと視線を逸らし隙を作りたいと思います」
まぁ言っている事は分かるけれど、それを子供であるリディアーヌがする必要があるのかとベルトランは真っすぐ団長を射抜く。
「屋敷からでなければいいのですよね?」
「リディ、お前が率先してそんな事をする必要はないぞ」
「そうかもしれませんが、いつも通りだと思います」
お茶会もフロランス達が学園へ入ったため、誘われることもないし、他の令嬢と連絡を取っているわけでもない。
出掛けるとしたら、フェリシエンヌかアリアーヌに誘われて出掛けるくらいなので、いつもと変わらないのでリディアーヌにしてみれば、特に苦痛とは思わなかった。
それに、何を言われたとしても、それもいつもと変わらないので全く気にならなかったけれど、親の気持ちとしてはベルトランはよく思ってないようだ。
「お父様。私は気にしません。それに、子供に隙を作らせるのですから、即座に犯人を特定し捕らえてくれるでしょう?」
最後の言葉は団長へ向けてだったのだが、その言葉を聞いた団長と補佐官は一瞬何を言われたのかと呆気にとられたが、直ぐに真剣な表情で「勿論です」と答えた。
「全く。お前は強いな」
自慢の娘だとリディアーヌの頭を撫でながら微笑むベルトランを見て、団長は冷や汗を流す。
ベルトランはリディアーヌを優しい目で見ながらも、ふと横目で鋭い視線を団長へ向けたからだ。
「さて、話も終わった事だし帰るか」
「お父様も一緒に帰れるのですか? お仕事はよろしいのですか?」
「あぁ。今日は休みだ。今日は共に過ごそう」
「嬉しいです」
ベルトランが一日休みなんて久しぶりの事だ。
リディアーヌは嬉しくて先程までの話し合いを頭から飛ばし、団長に挨拶をして部屋を出た。
それを見送ったレウスィットは一気に力が抜けて長い息をつく。
「生きた心地がしないな」
「ルヴェリエ殿下の溺愛ぶりは話に聞いていましたが、これほどとは思いませんでした」
「これは早々に解決しないとまずいな」
「あの頭の軽い令嬢の発言もありますからね」
「馬鹿なことを言ってくれたものだ」
これ以上ルヴェリエ家を怒らせては身の危険があるので、早々に犯人を特定しなければならない。
特に今回は皇女が狙われたので特に早期解決が求められる。
第一騎士団所属の近衛は現在皇女を護る為に、いつもよりも厳重に周囲に目を光らせ、情報管理局が捜査に動いている。
既に男爵領の調査に向かっていてその内情報が入ってくるのでそれを待つ。
その前に、男爵本人の口から今回娘がやらかした件をどのように思っているのか、そこで少しは分かるだろう。
「はぁ。阿呆な事をやらかしてくれたものだな」
団長はソファから立ち上がり、すっと表情を引き締めた。
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