皇女主催のお茶会
忙しい毎日を過ごしているとあっという間に夏が迫っていた。
エルネストの誕生日は無事に終わり、リディアーヌがデザインした衣装もとても気に入ってくれてまた来年も衣装をデザインする約束をした。
招待客にも注目され、フェリシエンヌにはリディアーヌがデザインしたドレスが流行るだろうと言われ、嬉しいやら恥ずかしいやらでまた少し考えてみようかなとまで思った。
フロランス達が学園へ入ってからはお茶会の誘いがめっきり減った。
まだまだリディアーヌに対しての偏見が多くあるという事だ。
そしてリディアーヌも自らお茶会を開くこともない為に、自分の勉強に集中していた。
「リディは勉強熱心だな」
「楽しいですから」
「ははっ! 勉強が楽しいか」
「はい。それに、お父様から学ぶのが嬉しいです」
「そうか。それは良い事を聞いたな」
「あ、陛下に自慢は止めてくださいね」
「言うようになったな」
ベルトランはリディアーヌの変化に嬉しくてふっと笑った。
前よりも親しげに話すようになり、こうしてベルトランの行動を先読みして釘を差してくる。
それすらも嬉しくてついついリディアーヌの頭を撫でる。
「あぁ、そうだ。リディは嫌がるだろうが、これを渡しておく」
渡されたのは一通の招待状だ。
裏を見ると皇家の封蝋だった。
そして……。
「皇女殿下から。もしかしてお茶会の招待状ですか?」
「そうだ。皇子殿下が学園へ入学されたので、今年は皇女殿下主催のお茶会となる。同年代の令嬢が対象で、早い話、殿下の友人作りだな」
「……私では無理ですよ」
「分かっている。だが欠席は不可だ」
「分かっています」
大公家の令嬢が出席しないとなるとベルトランに迷惑がかかるだけでなく、周囲に要らぬ憶測が広がる。
たとえリディアーヌが養女で孤児だと言われようと、今は大公家のベルトランの娘で溺愛されていると認知されている。
リディアーヌも理解しているので、心情的には行きたくないが数時間我慢すればいいだけの話だ。
「リディ、すまないな」
「え?」
まさかベルトランから謝られるとは思わず、言葉に詰まる。
「お父様、どうして謝るのですか?」
「皇女の件は何も進展していない。今回招待状が届いたのはリディが大公家の養女だからだ。そして、皇家からしても大公家の娘を蔑ろには出来ないからこうして招待状が届く」
「お父様が謝るような事ではないと思います。それに、殿下も私に来られるのは嫌でしょう」
そう、リディアーヌは面倒だと思っているだけだけど、皇女はリディアーヌを嫌っているので招待状を出すのも嫌だったに違いない。
「お父様、最低限の挨拶だけでよろしいでしょうか」
「ふむ。皇女もまさか令嬢が集まる茶会の席でお前を邪見にはせんだろう。あれでも分別はあるならな。リディは様子を見て行動したらいい。一番は同年代の友人を得る事だが、こればかりは合わなかったら意味がないから無理をする必要はない。だからと言って、全く交流をしなくていいと言っているわけではないぞ」
「はい。一応努力はします」
一人でも大丈夫だと言いたいが、それを言ってしまえばベルトランを心配させるのが目に見ているので、見かけだけでも努力しようと思う。
あれから日が過ぎ、お茶会当日の朝からエヴァ達に磨かれて可愛く仕上げて貰った。
いつもながら凄いと他人事のように思う。
「可愛らしいな」
「本当に。今日のドレスも良く似合っていて素敵よ」
「ありがとうございます」
本当はもっと大人しい感じにしてほしいのだけど、これも大公家の娘としての戦闘服だ。
嫌とは言えない。
「さて、行くか」
「リディ。無理はしなくていいけれど、楽しんできなさい」
「はい、お母様」
リディアーヌの気持ちを理解し、決して無理強いすることなく優しく見送ってくれた。
ベルトランにお茶会の会場まで送ってもらう。
既に令嬢達が多く集まっているようで、賑やかな話声が聞こえてくる。
「さて、多くは言わない。それなりに楽しんできなさい。帰りは迎えに来るから一緒に帰ろう」
「はい。ありがとうございます。行ってまいります」
ベルトランに見送られ会場へと向かう。
こうして大勢が集まる一人でお茶会へ向かうのは初めての事だけれど、思ったより緊張もせずにいられるのはフロランス達とのお茶会のお陰だろうか。
皇宮侍女の案内で会場へ着くと、既に友人同士で集まっているのか、いくつかグループが出来上がっていた。
リディアーヌが姿を現すと、好奇心に探るような視線、蔑むような視線と沢山の視線にさらされた。
けれど、リディアーヌはそのどの視線も意に返さず堂々と歩みを進める。
入口から離れ、一応皇族の近くにいるよう心掛ける。
本音は離れていたいが、大公家の娘なのでそうもいかない。
そっと歩みを止め、さり気なく周囲を探る。
リディアーヌに挨拶をしに来る令嬢は今の所いないし、リディアーヌの見知った令嬢も今日はいない。
リディアーヌを見てはこそこそと内緒話をするかのように話している様子が目に入る。
(言いたいことがあれば堂々と話せばいいのに……)
こそこそとする令嬢達にリディアーヌはため息をつく。
暫く様子を見ていたけれど、時間になったのか、皇女が侍女を伴って姿を現したので、フェリシエンヌに習い合格を貰った礼をとる。
「皆様、楽にしてください」
皇女の言葉ですっと頭を上げると、優雅な笑みを浮かべた皇女が令嬢達を見渡す。
「本日は私のお茶会に出席くださりありがとう。皆様、楽しんでくださいね」
優しく言葉を紡ぐその様子は、とてもリディアーヌに対応する時と全然違う。
簡単に挨拶が終わり、皇女は流れるように令嬢達のいる所へと降りた来た。
嫌だけれど、先に済ませておこうとリディアーヌはさっと皇女へ近づいた。
リディアーヌに気が付いた皇女は一瞬だけ目を細めたが、周囲に悟られないように笑みを浮かべた。
やはりベルトランの言った通り、令嬢達がいる所で自分を出すような事はしないようだ。
「皇女殿下にご挨拶申し上げます。本日はお茶会に招待いただきありがとうございます」
「まぁ。お久しぶりですね。今日は来てくださってありがとう。楽しんでくださいね」
一言で済まされるかと思ったが、他の令嬢達の目があるからか、それとも陛下に何か言われたのかは分からないけれど、長い言葉が返ってきた。
だが、それ以降話が続くことはなく、他の令嬢達からの挨拶を受けている。
その隙にそっとその場を離れる。
けれど上座に近い位置で準備されているテーブルにつくと、すっと皇宮の侍女がお茶を淹れてくれたのでお茶を飲む。
(美味しい)
少し一息つけてほっとした。
このテーブルに近づいてくる令嬢はおらずリディアーヌ一人だ。
当の本人は気楽でいいと思っているが、そんな彼女を奇異の目で見る周囲の令嬢達。
「ご一緒していいかしら?」
そんな中、三人の令嬢がリディアーヌに声をかけていた。
何処か見覚えのある顔は……初めて出席した皇子主催のお茶会でリディアーヌに絡んできたマリエル・ルナール侯爵令嬢とその取り巻きの令嬢二人。
リディアーヌはちらりと視線を向けるがすっと視線を外す。
声を出さずして拒否したのだ。
その対応にイラッとしたのか、ルナール侯爵令嬢は扇子を持つ手に力がはいる。
「私の言葉を無視とは礼儀がなっていませんわ。公女様ともあろうものが、たかが知れてますわね」
あの時と同じだ。
確かあの後皇子が令嬢にちくりと言っていたとクロードから聞いたのだけど、全く学んでないらしい。
それだけでなく、許可していないにも関わらず、三人はこのテーブルに着いた。
「どうやら公女様に友人はおられないご様子。可哀想だから私達が相手をして差し上げますわ」
「まぁ。マリエル様はお優しいですわ」
「さすがマリエル様。弱きを助けるそのお姿、素敵ですわ」
(弱い? 言葉に毒ばかりで素敵とか、自分が馬鹿なことを言ってるって分かってないのかな)
リディアーヌは勝手に話をしている三人を白けた目で見据える。
無視して話を続け、内容と言えばリディアーヌを貶める発言ばかりで、全てギーにも聞かれているからきっと陛下とベルトランにも報告されるだろう。
彼女達の評価は下がるだけ。
そうとは知らないのは当の本人達で、今もリディアーヌを見下すような視線を向けながら醜い笑顔を浮かべている。
そしてその周囲の令嬢達はくすくすと笑いながら聞き耳を立てているのだ。
(まだ子供なのに可哀想)
リディアーヌも子供だけど、彼女達に対しては辛辣だ。
これが貴族の令嬢かと、マラディでは知りえなかったことだ。
そして記憶においても知らない。
ふと、飽きてきたころ、外の底辺へ目を向けると奇麗な花が目に入った。
「華に群がる蛾は外観を損なう」
「なに?」
ぽつりと呟いた言葉をひろった令嬢は、リディアーヌが言葉を発したのが不快だったのか顔を歪めた。
(これが貴族の令嬢って、平民の女の子の方が可愛い)
「公女様、何を仰ったのでしょう? よく聞こえませんでしたわ」
「マリエル様。公女様はお言葉を発するのがきっと恥ずかしいのですわ」
「そうですわ。だって、ねぇ」
くすくすと笑いあう。
暗に“孤児だから”と言っているのだ。
(本当にくだらない)
いつまでここに居座る気なのか。
此処でリディアーヌが席を立つのは簡単だ。
けれど、それでは大公家に迷惑がかかる。
更にリディアーヌが侮られるからだ。
きっとベルトランとフェリシエンヌ、それにリュシオルは気にしないだろうが、リディアーヌはそれが嫌だった。
ため息を付きたいのを我慢してそっと気分を変える為に周囲を見回してみると、ふと皇女が目に入る。
話に聞いていた通り、リディアーヌが絡まなければ本当に周囲から慕われているようだ。
まぁ、純粋にかどうかは別だけど。
そこから視線を動かせば、少し離れたテーブルで少し顔色の悪い令嬢がお茶を淹れていた。
そして少し周囲を見渡し小瓶を取り出す。
その手は震えていて更に顔色が悪くなった。
ぽちゃり、とその小瓶に入っていた物がお茶にいれたと思ったら、ぎゅっと口を引き結びそっとそのお茶を運ぶ。
その行為を見ていた者は他にいない。
皆話に花を咲かせ、人脈作りに必死で、彼女の怪しい行動を目にした者はいなかった。
彼女の行き先は……。
『ギー、殿下にも護衛はいるよね?』
『はい。この先お茶を飲まぬよう警告してきます』
そう言ってすっと気配が皇女の方へと移動した。
直ぐに警告したようで、少しだけ皇女の表情が動くがそれも一瞬だった。
流石皇族といったところか。
そして件の令嬢は皇女へ近づき、お茶を進める。
「あ、あの、皇女様。よかったら、こちらは私の領地で採れた新しいお茶なのですが、試していただけませんか?」
「まぁ。ありがとう、エヴルー男爵令嬢。ですがお気持ちだけいただいておきますわ」
案の定、皇女はお茶を飲まずやんわりと断った。
それを見ていた周囲の令嬢達はお茶を勧めた令嬢を非難する様な声を上げる。
「今日は皇女様主催のお茶会ですのに、領地のお茶を持ち込むなんて、殿下に失礼ですわ」
「良いのですよ。けれど、今後は気を付けてくださいませ」
「そ、そんな……」
飲んで貰えない事に震え涙する令嬢は、切羽詰まっている様子だ。
様子がおかしい。
『ギー、あの令嬢、誰かに脅されているのかも』
『姫様はよく人を見ますね。それよりあの中身が毒だと確信しているのですか?』
『確信はないけど、怪しいから』
彼女から目を離すことなくその行動を見守っていると、何を思ったのかぐっと一気に飲み干した。
「っ!?」
リディアーヌがばっと立ち上がると、悪口を言っていた令嬢達は「なんてはしたない!」と口々に言うが勿論無視だ。
「まぁ。令嬢がそのようにお茶を飲むなんて……」
「エヴルー男爵家では教育を行っていないのかしら」
周囲の令嬢達からは教育がなってないと、はしたないと囃し立てているが、皇女は注意深く見守っている。
お茶を飲み切った令嬢はふるふると震え、それが恐怖なのか、飲みほしたお茶のせいなのか。
だが、それは思ったよりも直ぐに分かる事となる。
こふっと息を吐くような、ただ少し擬音が混じるようなそんな音が令嬢から漏れると、その口から赤色の水が滴った。
次の瞬間、「きゃあ」という令嬢達の悲鳴が響き渡った。
倒れた令嬢から距離を取る様に皆その場から離れていく。
リディアーヌはその倒れた令嬢の元へ行き、呼吸を確認すると浅く荒い呼吸だった。
「な、なにをしているの?」
「……生存確認ですが?」
皇女にまさか声を掛けられるとは思っておらず驚いたが、リディアーヌの口から出た声は自分が思ったより冷静だった。
「殿下! 何事ですか!?」
「ご無事ですか!?」
悲鳴を聞きつけ直ぐに外で待機していた騎士達が駆け寄り、皇女の安全を確保する。
「私は無事です。エヴルー嬢がお茶を飲み血を吐きました。先ずは令嬢達を別室へお連れして」
皇女は冷静に指示を出し、騎士と侍女達は指示に従って動く。
リディアーヌは騎士が来たならと立ち上がる。
彼女が持っていた小瓶はまだ彼女の手にあるから、騎士が見つけるだろう。
「公女様もどうぞこちらへ」
侍女の案内で部屋を移動する。
案内された部屋に入ると、そこには皇女と上位の貴族家の令嬢が二人既に座っていた。
リディアーヌを入れて四人だ。
中には護衛の騎士が二人待機している。
皇女の護衛、そして令嬢達の監視が目的だというのは察せられる。
リディアーヌは勧められた席に座ると、少しだけピリッとした空気が漂うが軽やかなノック音で皆が顔を上げた。
中へ入ってきたのはリディアーヌも会った事のあるヴォルカン・レウスィット第一騎士団長と書記官の身形の男性だった。
「殿下、お疲れかと思いますが、お茶会の最中に起こった件につき、お話をお伺いしたくお時間をいただきます」
「勿論ですわ」
それから今日の出来事を一人ひとりの視点で話す。
先ずは皇女からで、楽しく令嬢達と話に興じていた中、男爵令嬢が近づいてきて領の新作のお茶を勧めてきたという。
けれど、主催者である皇女が準備したお茶ではなく、領地の特産物をそのような場で、しかも皇族に進めるなどマナー違反である為、皇女はこれをやんわり断ると多くの令嬢が目撃した通り、男爵令嬢は自分でそのお茶を飲み干し吐いた。
そこには血が混じっていたため、多くの令嬢達は悲鳴を上げて混乱を極めたが、そんな中、男爵令嬢に近づいたのがリディアーヌだと証言した。
「公女様は何故男爵令嬢に近づいたのですか?」
「ふいに視界に入ったからです」
「何をでしょうか」
「初めからお話します」
リディアーヌは自身のお茶会での様子をレウスィット団長に詳細を話した。
「その液体がお茶を運ばれた時、何故止めなかったのですか?」
「止めるまでもなく、殿下主催のお茶会で家のお茶を宣伝するため、殿下に勧めるなどマナー違反です。そして主催である殿下が軽々しくお茶を飲むはずありませんから」
「成程。だが、もし殿下がそのお茶を召し上がろうとしたら?」
「止めるのは当然かと」
「ふむ。後もうひとつ。何故吐血した令嬢へ駆け寄ったのですか?」
「生存確認の為です。彼女が死んでしまったら詳細が分からなくなってしまいます」
「分かりました」
他の令嬢達も特に変わった事もわからずで、思ったよりも早く解放された。
リディアーヌは真っ先に部屋を辞すると、ベルトランに出迎えられた。
「お疲れ。報告は聞いたが、大変だったな」
「私はなにも……」
特に大変という事もなく、予想外の事でお茶会が終了してしまったけれど、今回リディアーヌは被害を受けていない。
皇女が狙われたので、大変なのはそっちだ。
帰りの馬車の中で、騎士団長に話したこととギーにお願いして皇女へ注意を促した事を話すと、ベルトランは顎に手を当て考えた。
エヴルー男爵家は特にどこの派閥にも所属しておらず、男爵自身も細々と領地を運営している。
これと言って特に問題のない人物だ。
「そういえば、皇女とは何事もなかったか?」
「はい。他の令嬢達の目があるので、今日は必要最低限で終わりました」
「そうか」
「けど、少し意外でした」
「意外?」
「不測の事態にも思ったより冷静でしたから」
「皇族として当然だ」
その当然の事は中々出来る事ではないけれど、リディアーヌの前ではあんなに拒否反応を見せ、冷静とは言えない言動をしていたけど、他の事に対してはそうではないという事だった。
だからといって、何がどう変わることもない。
ベルトランはリディアーヌの様子を注意深く見ているが、今回は特に何事もなかったようでその点についてはほっとした。
ご覧いただきありがとうございます。
次回も楽しんでいただけたら幸いです。
よろしくお願いいたします(ꈍᴗꈍ)




