家庭教師
誕生日会が概ね無事に終わり、暫く勉学と訓練を中心に集中して行っている。
季節は春。
心地いい陽気に過ごしやすく、平和な毎日が続いている。
リディアーヌの友人達は来月学園へ入学するため、その前にフロランス主催のお茶会に招待され、ランヴェール家を訪れていた。
今日はエミリアとアマリアを始め、クロードとエルネストも一緒だ。
「こうしてリディ様を愛でる会の会員の皆様全員が集まるのは久しぶりですわね」
(冗談かと思いたかったんだけどなぁ)
一人遠い目をするのは当の本人であるリディアーヌだ。
そのリディアーヌを余所に楽しそうに会話が弾んでいる。
「エルネスト様。いつも情報提供をありがとうございます」
フロランスの言葉にピクリと反応する。
情報提供とは一体何を話しているのだろうかと。
これにはリディアーヌが慌てる。
「お兄様、何を話しているのですか?」
リディアーヌはエルネストをちょっと冷えた視線を向けると、その視線を無視してフロランスに笑顔で答えている。
「……あの時仰っていたのは冗談ではなかったのですね」
リディアーヌは諦めの境地でポツリと呟いた。
「冗談で口にできることではありませんわ」
「リディアーヌ様は密かに人気なのですよ」
「……え?」
クロードの言葉にすぐ反応できず、聞き返す。
嫌われているの間違いじゃないのだろうか。
実際のところ、嫌われているというよりも見下されている、が正しいだろうが、リディアーヌからしてみれば寝耳に水だ。
それが顔に出ていたかフロランスににこりと微笑まれた。
「学園でリディアーヌ様の噂を耳に挟みます」
「まぁ! 社交界デビューもまだ先のことですのにやはりリディ様の魅力が広まるのは早いですわぁ」
うっとりと頬に手を添えて微笑むエミリアに、うんうんと頷くのはアマリアだ。
「あの、私何もしていませんし、何故噂になるのでしょう?」
「それはルヴェリエ殿下が溺愛している理由も大きいですが、サジェス嬢、リシェス嬢、そしてフローの誕生日会の淑やかな様子と騎士団での一件、その相反する姿に惹かれる者が一定数いるのですよ」
「……私、あまり目立ちたくないです」
本音がポロリとこぼれる。
あまり目立ちたくないのは、皇女の耳に入って今まで以上に敵愾心を持たれたくない、というのと面倒なのが主な理由だ。
「リディ様、ご安心くださいませ。“リディ様を愛でる会”は公にはしませんわ。密かに内々だけでするつもりですもの。リディ様の魅力を広げたいとは思いますが、リディ様が嫌がるようなことは決してしないと誓いますわ」
はっきりとフロランスが断言してくれたので「それなら、まぁいい、かな」と複雑ながら頷いた。
全てを理解したわけではないけれど、公にしないのならという約束の元でのことだ。
もし公になるようなら即刻ベルトランに言って解散してもらうようにしようと、心の中で決意した。
暫く他愛ない話をしていたが、話は学園へと移っていった。
「私達も来月には学園ですわね」
「楽しみですわ」
「忙しくなるので、こうしてリディ様とご一緒できる機会が少なくなるのは寂しいですが、長期休暇の際は招待状をお出ししますので、またこうして集りましょう」
エミリアはそう提案してくれるが、貴族社会ともなればそろそろ婚約者が決まるはずで、遅くても十五歳までには出来るだろう。
こうしてお茶会を開く事も更に時間もないのではと、一人の時間が増えそうだとリディアーヌ寂しくもそう感じていた。
お茶会も終盤になり、リディアーヌは学園へ入学する三人にプレゼントを渡した。
三人お揃いの羽根ペンで普段から使えて、学園でも使えるようにと実用品を選んだ。
「まぁ! このような素敵な贈り物をありがとうございます」
「書きやすそうですわ。より一層勉学に身が入ります」
「リディ様、大切に使わさせていただきますね」
嬉しそうに三人で微笑みあい、お礼を言われたリディアーヌは喜んでもらえて良かったとほっとし、嬉しそうに微笑んだ。
お茶会が終わり、その約一ヵ月後、フロランス達は学園の入学式を終え学生生活が始まった。
リディアーヌは学園へ入るまでにまだ数年あり、今まで通り屋敷でベルトランとフェリシエンヌ、そして今年から家庭教師がついた。
今迄書物を読んで自分で勉強をしたり、ベルトランから習ったりしていたが、十歳の誕生日を迎え学園へ向けてしっかりと学ぶため、フェリシエンヌから話があり、今日から家庭教師の授業が始まる。
「リディ、今日から貴女の家庭教師を務めてくれるガエル・メリュー先生よ」
「初めましてお目にかかります。ガエル・メリューと申します。ルヴェリエ妃殿下のご依頼で本日より公女様の家庭教師を務めさせていただきますので、よろしくお願いいたします」
とても丁寧な挨拶をするのは男性の、年齢はリュシオルと同年代くらいだろうか。
若く見えるが眼鏡をかけて真面目で少しきつそうな雰囲気の先生だ。
「初めまして。リディアーヌ・エメ・ルヴェリエです。今日からご指導、よろしくお願いいたします」
リディアーヌも挨拶を返すとひとつ頷く。
挨拶が終わり、早速授業に入るのでフェリシエンヌは部屋を後にした。
「先ず、公女様の今の知識量を知りたいので今から簡単にテストを行います」
「はい」
簡単に、と言っていたものの、一般教養から他国語まで一気に行うものだからりょうもあり終わった途端集中力が切れた。
「お疲れさまでした。採点をする間はご休憩ください」
「ありがとうございます」
リディアーヌはソファへ移動してエヴァの淹れたお茶で一息つく。
授業の合間だというのにこうしてお菓子をつまんでいいのか迷ったけれど、甘いお菓子の誘惑に負けて結局食べてしまった。
暫く待っている先生が採点を終わらせリディアーヌの元へとやってきた。
「公女様は、今迄先生に教えを乞うたことは無いとお伺いしましたが……」
「はい。両親から教えていただいたり書籍を読んだりして独学で学んでいます」
「他国語もですか?」
「此処には学べる本が沢山ありますから」
それきり沈黙して何かを考えている様子で、リディアーヌはどうしたのかと、とりあえず様子を見る。
「今日はここまでにしましょう。明日、同じ時間に参ります」
「分かりました。明日よろしくお願いします」
この後授業をする予定がまさか終わるとは思わず、少し不安になった。
部屋を出る先生を見送りソファにぽすっと座る。
「エヴァ、私のテストの出来が悪かったのかな」
「メリュー先生のご様子を見る限り、テストが悪いという事はないかと思いますよ」
「そうだといいんだけど……」
「お嬢様、今日の授業は終わりという事ですので、この後はいかがされますか?」
「図書室へ行きます」
「お嬢様、折角お時間が空きましたのに、お勉強をなさるのですか?」
「勉強をして損はないし、元々は勉強の時間だから」
「少しは羽を伸ばしてもよろしいですのに……」
呆れたように言われたけれど、リディアーヌは自分のせいでベルトラン達が色々と言われてしまうのが嫌で、言われないようにと学び知識を増やして強くなりたいと常に思い、時間が空いたならその分学びに訓練にと有効に使いたい。
エヴァはリディアーヌの想いを理解しているので結局何も言わずに図書室へ行くことに反対はしなかった。
リディアーヌが図書室へ行っている頃、メリューはフェリシエンヌと面会をしていた。
「それで、話とは何かしら?」
リディアーヌの件で話があるとの事でメリューと面会を許可したのだけれど、彼の様子を見る限りでは何か問題があったような様子を見せている。
「本日、予定をお伝えした通りにテストを行いました。こちらがその答案用紙となります」
フェリシエンヌに答案用紙を差し出す。
受け取って用紙に目を通すと、特に問題となるような点は見つからない。
「あら。さすがリディだわ」
嬉しそうにフェリジェンヌが答案用紙を見て答える。
テスタは満点で問題はない。
だが、メリューが疑問に思ってるのはそういうことじゃない。
「公女様は十歳になられたばかりですよね?」
「えぇそうよ。それがどうかしたの?」
「妃殿下はこれをご覧になって驚かないのですか?」
「特に驚くようなことはないわ。メリュー卿は何に驚いているの?」
「この問題は、十歳の子供が解く内容ではありません」
(この者は何を言っているのかしら)
フェリシエンヌはメリューの言葉にすうっと冷えていく。
実力を見たいからと多少難しい問題を出すのに問題はないが、彼の言葉ではこの問題自体が十歳の子供向けではないのだろう。
「独学で学んでいるとの事でしたので、学園の初等科で習う内容を試験として出題しました」
「ふふっ。それは自慢の娘ね。軽く初等科のテストに合格できるのだから、学園の入学試験は問題ないわね」
フェリシエンヌは内心冷えたまま、淑女の微笑みを湛えていた。
「独学で試験を満点で合格できるなど、養女である公女様がそう出来る事ではありません」
その言葉を聞き笑みを深めた。
「あら。娘は勤勉でとても優秀よ。けれどそれを驕ることなく、日々努力をしているわ。初めて私達の可愛い娘に会ったのだから、それを理解するのは難しいでしょう」
メリューはフェリシエンヌの言葉を聞き、さぁっと青褪めた。
それも最初に失言したのはメリューの方だ。
リディアーヌを暗に貶める発言をしたのだから自分が悪い。
フェリシエンヌはメリューに対し、解雇通告を叩きつけた。
けれどそれに慌てたのはメリュー本人だ。
「申し訳ございませんでした! 決して公女様を陥れたいわけではなく、純粋に驚いたのです。大公家に引き取られまだ四年と伺っておりますが、その四年で身につけたにはあまりにも膨大でして……、記憶力が良いだけならまだしも、難しいとされているヴィアラッテア語の試験も難なく回答されているのにも驚きでした! 希代の天才に違いありません!! 是非、是非私に公女様の教師として続けさせてください!!」
急な態度変化と勢いにフェリシエンヌは呆気にとられるどころか目が座った。
(噂には聞いていたけれど、本当の事だったのね)
その噂とは、ガエル・メリューという人物は天才と言われるほどに膨大な知識をその頭に入っており、その能力を生かし文官に研究者、外務省等多方面から勧誘されたにも関わらず、将来輝かしい役職にも付けただろうにそれら全てを蹴って一家庭教師という道を選んだ変わり者。
その理由も「人に教える事が好きだから」という単純明快で、けれど常人には理解しがたく、ただ現在は引く手数多な有名な人物都なったので、ガエル・メリューにとっては家庭教師があっていたのだろう。
ただ、天才は紙一重で変人だということでもある。
彼にはそれも当てはまり、家庭教師にと望まれいざ教え始めると、彼の性格と合わず、嫌がる子供達も多くいるという。
天才で変人な彼の授業について行けない子供達も多くいる事は事実でそちらの噂の方が大きかったりもする。
自身が認めた子供に対しては異様に熱が入り、所見では冷静できつそうな印象を受けるが、感情の起伏が激しくなるそうだ。
それでも教える事に対して真面目で教える子に合わせて教え方を変える事が出来るのは中々いない。
「その言葉に偽りはないようね。いいでしょう。ですが二度はありませんよ。次、娘を貶めるような発言をすれば、処分いたします」
「はっ! 公女様を同年代一位に、いえ! それ以上にお育てしてみせます!!」
(早まったかしら……)
内心少し、いや大分心配になったフェリシエンヌだが、リディアーヌが嫌がったら即解雇すればいいと、とりあえず彼に家庭教師を任せることにした。
ご覧いただきありがとうございます。
次回も楽しんでいただけたら幸いです。
よろしくお願いいたします(ꈍᴗꈍ)




