小さな変化
今日は領内で過ごす最終日。
明日は皇都へ帰るので、今日はベルトラン、フェリシエンヌ、そしてシルヴァンの四人でささやかなお茶会を開いていた。
「リディは明日帰っちゃうんだね。寂しいなあ。お兄様と領で過ごさない?」
「えと、お気持ちは嬉しいのですけど、皇都へ帰ります」
そう言うとシルヴァンは眉を下げてウルウルと瞳を潤ませた。
「お、お兄様! また来ますから! その……な、泣かないでください」
大いに慌てるリディアーヌを宥めつつ、ベルトランはシルヴァンに鬱陶しそうに半眼で「気持ち悪い」とばっさり切って捨てた。
「父上達はいいでしょう。毎日可愛いリディに会えるのですから。はぁ。領で一人残る私の事も考えてください」
「いつからそんなにか弱くなったんだ? そんな息子を持った覚えはないぞ」
「ふふっ。シルスったら。まさか妹が出来てこんなに喜ぶなんて意外だったわ」
「確かにな。お前はどちらかというと一匹狼に近かったから、驚いた」
「一匹狼?」
「あぁ。兄弟仲は良いが、シオルとは一緒に遊んでいるところを見た事がない。一緒に勉学、武芸に励み、シオルも弟を可愛がってはいたが、どちらかというと育てていた、と言った方がしっくりくるか」
リュシオルとシルヴァンは五歳差なのでシルヴァンが学び始めたのは二歳の頃からで、リュシオルは時間が空けば彼に本を読み聞かせ、文字を教え、一緒に散歩と称して足腰を鍛えさせ体力を付けさせていった。
勿論無理のない範囲でだけど、周囲からいれば弟を可愛がる兄の姿で侍女達は微笑ましく見守っていたが、当のリュシオルは勿論弟のシルヴァンを可愛く思っていたし、護るべき弟だけれどそれと同時に周囲から侮られないようにと弟を強く賢く逞しく育てようとしていたというから、リュシオルは子供のころから大人びた考え方をするような子だったという。
思いがけず兄二人の子供時代を聞き、リディアーヌは聞き入っていた。
まぁそんなリュシオルの思い通りにシルヴァンは強く賢く逞しく育っていった。
リュシオルを尊敬し、兄みたくなろうとしたからか、自ら勉学に励み訓練を積み、そんな風にしていたら親友と呼べる者は少なく学園でも他者を寄せ付けない一匹狼になっていったという。
「そんな事ないですよ。ちゃんと学友とは親交しておりましたし、それなりに楽しく過ごしていましたよ?」
「それはお前が相手の弱味を握る為だろう」
リディアーヌは何故相手の弱味を握るのかが分からなかった。
「それが役に立つこともありますからね。ただの情報収集ですよ」
「息子二人が優秀なのは嬉しいけれど、ちょっと変な方に育ってしまったのは予想外だったわ」
「おや? そこは自慢の息子だと褒めてくださっていいのですよ」
「そんな貴方達が助長する様なことは言いません」
きっぱり言い切ったフェリシエンヌに「残念」と全く残念そうに聞こえない楽しそうな声で答えていた。
「リディは今何を学んでいるんだい?」
「え? えっと……お母様からマナー全般を学び、一般教養と剣と魔術の訓練、をしています」
「リディも沢山勉強しているんだね。こっちへ来ていい気分転換になったかな?」
「はい。とてもゆっくりと過ごす事が出来ました。ありがとうございます」
「それなら良かった」
楽しく話をしていたそんな中、執事が入室の許可を求め部屋へと入ってきた。
シルヴァンに耳打ちすると執事はそのまま部屋を後にした。
「どうした?」
その問いには肩を竦めただけですっと席を立つ。
「私は席を外しますが、父上達は楽しんでください。リディ、途中でごめんね」
「いえ。お仕事頑張ってください」
そのまま部屋を後にする。
「何かあったのでしょうか?」
「まぁ、彼奴が対処するなら問題ないだろう」
それから暫くお茶を楽しんだ後、お開きとなり、ベルトランは執務室へ、フェリシエンヌとリディアーヌは二人で庭へと散歩に出かけた。
「段々と風が冷たくなってきたわね」
「お母様は寒いの苦手ですか?」
「そうねぇ。やはり年々寒さが応えるようになってきたわ」
「お母様はまだ若いです」
「ふふっ。ありがとう。リディは寒いの平気かしら?」
「はい。夏の暑さが私には無理です」
「あらあら」
冬ならば対策すれば大丈夫だし、寒さは苦にならないが、夏の暑さだけは無理だった。
だからこうして冬が近づいてくると嬉しくなる。
「彼方へ帰ったらリディはお茶会を開くのかしら」
「はい。皆さんにお土産をお渡ししたいですから」
「リディが楽しそうで良かったわ。こちらに来てあまり一緒にいる事が出来ず、ごめんなさいね」
「いえ。お母様達はお仕事でしたから、それに一人と言ってもエヴァとローランが常に一緒でだったので、寂しくありませんでした」
それはそれで複雑だとフェリシエンヌは困った表情をすると、リディアーヌははっとして慌てて弁明した。
「あ、あの! こうしてたまにお母様達とお茶をしたり、夕食を一緒にいただいたりしたので、大丈夫でした! それがなかったら寂しくて楽しくなかったと思います!」
その慌てぶりと弁明っぽくなっている言葉に可笑しくてつい声を出して笑うと、今度はリディアーヌが困惑した。
「笑ってごめんなさい。貴女があまりにも可愛い事を言うから……」
「か、可愛くありません!」
「あら、こんなに可愛い娘なのに、自分で可愛くないなんて言うものではありませんよ。貴女は私達の自慢で賢い可愛い娘なのだから」
ぎゅっと抱きしめられて少し恥ずかしいけれど嬉しさで心がポカポカする。
「そろそろ部屋に入りましょう」
「はい、お母様」
屋敷に戻った後は夕食までゆっくり休むように言われてソファにかけて隣に置いていたくまのぬいぐるみをぎゅっとしながらうとうとした。
幼い主がソファで転寝をし始めたので冷えてはいけないと思いエヴァはリディアーヌにひざ掛けを掛けようと準備し、そっと包もうとするとぱっと急に目をぱちりと開きぱっと窓を振り向く。
「お嬢様、いかがされましたか?」
「え? あ……何でも、ない」
何でもないという事は無いだろう。
少し焦ったような感じだった。
「エヴァ、私、どれくらい寝てた?」
「五分も経っておりませんよ」
「お父様達はまだ戻ってないの?」
「未だ、ですが……、お嬢様、大旦那様がお出かけになられたのをご存じだったのですか?」
「え? あっ、うん……」
ベルトランが外に出たとは聞いていないはずだった。
彼はお茶会の後、執務室へ行き、その後出掛けたが、それを知っているのはフェリシエンヌだけのはず。
何よりこの小さな主は散歩の後、部屋に戻ったのでベルトランとは会っていない。
(お嬢様はどうやって知ったのかしら)
エヴァは不思議に思ったが、それを聞くことをしなかった。
小さな主は周囲の気配にとても敏感で、もしかしたら何かしらを感じたのかもしれない。
「何かお気になることでも?」
「多分、大丈夫」
エヴァの問いの答えとしてはちょっとズレた答えだけれど、きっと何かを感じ、それが大丈夫と言う事なのだろう。
何かあれば彼女を護衛している影が動くだろうし、ベルトラン達にも護衛が付いているので滅多なことにはならない。
「お茶でもお淹れいたしましょうか?」
「うん、お願い」
「少々お待ちくださいませ」
ぎゅっとぬいぐるみを抱きしめる。
(さっき何か変な気配を感じたんだけど、気のせい……?)
リディアーヌは先程感じた気配の事を考えていた。
この近くではなく、少し離れた場所で、けどその気配は直ぐに消えた。
ルーセル時代の頃は良く嫌な気配を感じては、そこには必ず害のあるモノがいた。
それは人だけではなく、魔獣や害獣等も含めてだ。
それを今世でも感じ取ることが出来ると知ったのは結構最近になってからだった。
マラディにいた頃は全く感じ取れなかったし、分からなかった。
けれど、エクラタンに来て色んな事があって、気づいたら気配に敏感になっていた。
「お嬢様、ご気分がすぐれませんか?」
考えに没頭していたらいつの間にか目の前には淹れたてよりも少し時間が経っているようだった。
「ごめんなさい。考え事をしていて……」
「謝っていただく必要はありませんよ。ですが、気になることがあるようでしたら大奥様とお話なさいますか?」
「大丈夫」
急を要する事でもないので忙しいフェリシエンヌの手を煩わせたくないという思いと、以前の力が今も引き継がれているのが不思議で、その力に慣れないといけないし、一度フィオリトゥーラに確認した方がいいかもしれないと考えていた。
今度はちゃんとお茶を忘れずに、淹れたてのほっとする温かさじゃないけれど、飲みやすく少し温くなってもちゃんと美味しいので、お茶を淹れる技術がすごいと改めて思った。
夕食時には外出から戻っていたベルトランとシルヴァンも一緒に食堂へときたので、大丈夫だと分かっていたがほっとした。
「予定通りフェリとリディの二人は皇都へ。私は少し領に残る」
「分かりましたわ」
「皇都までの護衛は増やす」
二人で戻るからか、行きより護衛を増やすという。
ルヴェリエ大公領の騎士が護衛に付くらしい。
フェリシエンヌは何があったのか知っているようだったのであっさりと頷いた。
「リディ、危険なことはないから安心しろ」
じっとベルトランを見ていたからか、リディアーヌが心配していると思ってそんな事を言った。
ベルトランが話さないと言うことは、リディアーヌに聞かせたくないのかもしれないし、また違う理由があるのかもしれないので「はい」と一言だけ答えた。
そして翌日。
昨夜言っていた通り、フェリシエンヌとリディアーヌの二人は皇都へ向けて出発する。
「フェリ、リディ。あまり待たせずに皇都へ帰る。暫くあちらを頼むぞ」
「ええ、あなたも気を付けて。シルス、あなたもたまには皇都へいらっしゃい」
「その内顔を出しますよ。甥っ子と姪っ子に忘れられてしまいますからね」
「気を付けて帰りなさい」
少し言葉を交わした後、皇都へ向けて出発した。
暫く馬車の中から外の景色を見ていたがふと馬車の中へと視線を戻す。
「あら。外の景色はもういいの?」
「はい。あの、お母様……」
「何かしら」
「……いえ、何でもありません」
フェリシエンヌに聞こうと思ったけれど止めた。
そしてまた景色を見る。
「もう。リディは遠慮が過ぎるわね」
「そ、そんなことはないです」
つい今しがたも遠慮して何も聞かなかっただけに、リディアーヌは言葉に詰まった。
「気になるのでしょう?」
「気になりますけど、お父様は何も仰らなかったので聞いてはいけないのかと……」
「リディが直接聞いて、答えられない事以外なら話すわ」
「今回は……」
「答えられるけれど、リディが何も聞かないから答えなかっただけなのよ」
「質問したほうが良かったですか?」
「そうね。リディが積極的に質問すれば答えてくれるわ。まだ遠慮してるのね」
「……質問して面倒だって思われたら嫌です。それに、お仕事の邪魔をしたくありません」
フェリシエンヌははぁと溜息をついた。
「リディは、本当に慎ましやかね」
本人は全く慎ましくないと思っているが、親から見るとそう見えると言う。
「聞きたい事を飲み込まなくてもいいわ。言えないことはそう答えるから、何か気になる事があるならちゃんと聞きなさい」
真剣に言われてリディアーヌは表情を改めた。
「街で何があったのですか?」
確信しているような言葉にフェリシエンヌは逆に驚いた。
「ギルド所属の者が人攫いを捕縛したそうよ。建物の間に子供が入っていったのを不思議に思い追いかけたら、不審者が子供の口を塞ぎ気絶させたところだったと。それで報告が上がってシルスが対処したのよ」
「その子に怪我は? 大丈夫だったのですか?」
「えぇ。幸い怪我はなく、薬の後遺症もなく目が覚めたそうよ」
「良かったです」
ほっと息をついた。
「それで対応するためにお父様が残るのですね」
「えぇ。シルスだけでも十分なのですけれど、気になることがあるからと残ることに決めたのよ。それで私達が予定通り皇都へ戻るのは、他の貴族達の横槍を入れさせない為。大公家が揺るぐことはないけれど、些細なことでも突っつかないと気が済まない小鳥達は多数いるのよ」
面倒臭いとばかりに息をつく。
聞けば聞くほど貴族とは面倒な人の集まりなのかとリディアーヌは思ったが、口には出さない。
「その点をリディが気にする必要はないわ。ただ、学園へ通うようになればそうも言ってられないのだけれど」
リディアーヌが学園へ通うのは決定事項みたいで、ちょっと面倒だと思ったのは内緒だ。
暫く他愛ない話をしたり外の景色を楽しんだりしていると、大公領の端まで来ていた。
「皇都へ帰ったらリディはお茶会の招待状を作成しないとね」
「はい。皆さんに会うのが楽しみです。……お土産、喜んでくださるでしょうか」
「ふふっ。リディが彼女達を想っていっぱい悩んだのだから、きっと喜んでくれるわ」
「そうだといいのですけど……」
ちょっとドキドキだった。
お土産選びもセンスが問われるとフェリシエンヌの授業で習っていたからドキドキする。
今回初めての事なのでちょっとした試験のような感覚もあるが、やはり皆と会えるのが楽しみで顔が緩む。
「可愛いわねぇ」
唐突に可愛いと言われリディアーヌは「へ?」とちょっと間抜けな声が出てしまうと、ころころと笑われてしまった。
「リディは気を抜くとたまに変な声が出るのね」
「うっ、からかわないでくださいっ!」
可愛らしく抗議するもフェリシエンヌには全く効かない。
「友人は勿論ですけれど、シオル達の事を忘れてしまうと後で面倒よ?」
「帰ったら真っ先に会いに行きますから大丈夫です。忘れていません」
「それならいいわ」
忘れていたらきっとしつこいくらいに会いに来るからと後々が面倒な人達だとフェリシエンヌは「誰に似たのかしら」と呟く。
確かに、ベルトランとフェリシエンヌ、どちらに似たんだろうとうーんと考えているとふと顔を上げて外を見る。
「リディ、どうしたの?」
「何か、来ます」
「分かったわ」
フェリシエンヌが理由も聞かずに頷き、窓を開けて外にいる騎士達に声を掛けた。
その様子をぽかーんと見つめるのは何か来ると呟いた張本人だ。
「あの、お母様?」
「大丈夫よ。何か来てもルヴェリエ大公家の騎士が対処するわ」
「いえ、その心配ではなく……」
リディアーヌが聞きたいのは自分の呟きで周囲が動いたこと。
何故根拠の無い小さな呟きを拾いフェリジェンヌが動いたのか。
それが不思議でならなかった。
「何故?」
「何故って、何か来ると感じたのでしょう?」
「そう、ですけど……根拠はないですよ?」
「いいのよ。警戒して損はないでしょう? 何もなければ何もないでいいの」
そう言っているそばから「賊だ!」と騎士達が声を上げ直ぐに臨戦態勢へと入った。
「当たったわね」と何事もないように毅然とした態度で呟くと、外から声が掛かった。
「大奥様、お嬢様。決して外にお出になりませんように」
「えぇ。お願いね」
「はっ!」
そんなやり取りをしている今も騎士達が対処しあっという間に賊は捕らえられた。
「大奥様」
「賊は大公領へ護送なさい。あれらと関係があるか調査する必要があるでしょうから、自死されないよう気を付けなさい」
「畏まりました」
直ぐ様大公領へ向かう騎士と皇都へ向かう騎士に分けられ、行動に移す。
その素早さたるは流石厳しく訓練された大公家の騎士だと感心する。
「怪我人が出なくて良かったわ」
騎士に怪我をした人はいない。
その戦いぶりを目の当たりにできなかったのは残念だけど、御者やフェリシエンヌが怪我をしなかった事に安堵した。
この後、皇都の屋敷までは襲撃されることなく無事に帰り着いた。
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