母とお出掛け
植林の視察から帰ってくると、充実した疲れが一気に押し寄せ、エヴァに促されるままお風呂につかり、ほぼ夢の中に旅立っていたが、いつの間にかベッドで眠り朝を迎えていた。
「おはようございます」
「おはよう……」
「まだ眠いようでしたら、このままお休みになられますか?」
「ぅん……起きます」
まだ少し眠たい目をこすりながらリディアーヌは起きた。
朝の支度を済ませ食堂へ行くとベルトラン達がリディアーヌを待っていた。
「おはよう。よく眠れたか?」
「昨夜は夕飯も食べずに眠ってしまったからお腹空いているでしょう? さぁ座って朝食をいただきましょう」
「お姫様はまだまだ眠たそうだね」
三者三様の言葉に挨拶を返して席に座ると温かいスープとパンに、野菜と卵料理が運ばれてきた。
美味しそうな匂いにくぅっと可愛らしくお腹が鳴り、慌てて抑えるもその音はベルトランの所まで届いており、朝から笑われてしまった。
ちょっと恥ずかしいと思いつつ、朝食をいただく。
お腹が満たされまた少し眠くなる。
昨日頑張ったから朝はゆっくり過ごすように言われて、部屋に戻りまたそのままソファで眠ってしまったようで、目が覚めたらベッドの中だった。
ぐーっと体を伸ばしてベルを鳴らすとエヴァが部屋へと入ってきた。
「お起きになられますか?」
「ちょっと寝すぎたかな」
「それだけ昨日は頑張られたのですよ。昼食は如何なさいますか?」
「うーん……お父様達は?」
「昼食は執務室で簡単に取るそうです」
「だったら、私も部屋で食べようかな」
「畏まりました。準備いたしますね」
今日ベルトラン達は執務室に缶詰のようだ。
昼からの予定を聞くと、私の好きに過ごしていいという事なので、ちょっと体を動かそうかとローランと共に訓練場へを足を運んだ。
「お嬢様、領に来てまで訓練をする必要はないのでは?」
「訓練っていうか、少し体を動かしたいだけかな」
「真面目ですねぇ」
「昨日の慣れない作業のせいかもしれないけど、あれだけで疲れてしまったから、もっと体力付けないと。訓練を休んだら体力落ちそうだし」
今日は訓練っていうよりも体力づくりをメインにしようかと思う。
準備運動後、一時間ほど走り、軽く腹筋と腕立てをやった後、少しだけ打ち合いをし、魔力の底上げに集中し、二時間いっぱい体を動かした後、部屋へと戻ってきた。
汗を流しておやつをいただきながらゆっくり過ごす。
そして庭園を散歩して一日が終了した。
二日程は屋敷で過ごし、視察へ行ってから三日目はフェリシエンヌに誘われて一緒にお出掛けをした。
先に立ち寄ったのは注文をしていた服飾店だ。
アルメルに出迎えられ貴賓室へと通される。
そこに飾られていたのはリディアーヌが注文した五着のドレスだった。
フェリシエンヌはその仕上がったドレスをまじまじと観察する。
なんだか試験の結果を待っているような感覚で、ドキドキしながら口を開くのを待つ。
「良いわ。リディの好みが詰まったドレスになったわね。アルメル、娘の要望を聞き入れてくれてありがとう」
「勿体ないお言葉ですわ。公女様はちゃんとご自身でお好きなデザインにお好きな色をきちんと考えていらっしゃいました。あまりおしゃれはお好きではないとお伺いしておりましたが、素質がありますわ」
「ふふっ。私もそう思うの。苦手意識が強いだけなのよ」
「これからもご自身の好きなデザインのドレスをお作りになりましたらきっと流行の最先端も夢ではありません」
「あらあら。流石にそれは早すぎるわ」
「いえ! 今はまだ原石ですが、きっと公女様は大物になりますわ」
二人の会話が良く分からずに聞いていたリディアーヌだが、今回のドレスはフェリシエンヌのお眼鏡に叶ったという事は分かった。
会話が終わったと思ったら、今度は試着をする。
一着だけかと思ったら、結局五着とも着て見せた。
それで終わりではなく、フェリシエンヌも注文をしていたらしく、更に五着のドレスと訓練の時に着る訓練着と、冬に向けての外套まであるのだから驚いた。
服飾店を後にする頃には昼を回っていたので昼食を食べ、宝飾店、雑貨店と色んなお店を見て回った。
「今日はリディと一緒に沢山お買い物が出来て楽しかったわ」
「お母様、少し買いすぎではないでしょうか」
「あら。これでも抑えたのよ? リディったらまだ遠慮するんだもの。もっと可愛い娘を更に可愛く着飾った姿が見たいのよ」
「その、嬉しいのですけど、程々がいいです」
「皆に自慢したいの!」とはしゃぐフェリシエンヌを途中で止めないと、どんどんと注文していくのだから流石に申し訳ないという気持ちとこんなに散財して大丈夫なのかという思いがあって止めた。
「リディ、大公家はこれくらいの買い物をしても問題ないのよ。経済を回すためにはお金を持っている者がこうして買い物をしなければ、滞ってしまうでしょう?」
「そうですけど……」
「ふふっ。そのくまのぬいぐるみは気に入ったのね」
リディアーヌの腕の中には彼女に抱かれて顔に届くまでの大きいくまのぬいぐるみがぎゅっと抱かれていた。
白く、抱き心地の良いくまの瞳はとても奇麗なブルーサファイアでキラキラとしている。
以前に皇都で買ったぬいぐるみをきっかけに、リディアーヌはすっかりと可愛らしいぬいぐるみにはまってしまったのだ。
ベルトランとフェリシエンヌはまさかリディアーヌがぬいぐるみにはまるとは予想外の事だったけど、なんとも女の子らしいと嬉しそうにプレゼントを贈っているので、皇都の彼女の部屋にはぬいぐるみが増えていった。
そして今日も新しい子を迎え、また賑やかになるだろう。
屋敷に帰り着き、ぬいぐるみを抱きしめながら馬車を降りると、シルヴァンに「可愛いぃ!!」とぬいぐるみごと抱きしめられた。
流石に苦しかったので、見兼ねたベルトランが引きはがしてくれたのでほっとした。
屋敷に入ると何故か侍女達からキラキラした目で見られてリディアーヌは少し居心地の悪さを感じたが、シルヴァンに手を繋がれて彼女の部屋まで一緒だった。
それからぬいぐるみをソファに置いて着替えをし、皆がいる談話室へと向かった。
「リディ、待っていたよ」
またもやシルヴァンに手を繋がれソファに、シルヴァンの隣に座らされた。
「お前、リディに構いすぎじゃないか?」
「そんな事はありませんよ。大体私もリディと一日中一緒にいたいのに仕事のせいでご飯を共にすることしか出来ないのですよ。これぐらいは良いでしょう?」
「リディ、嫌なら嫌と言って良いんだぞ」
そう言われても、皇都の屋敷でオードリックが来たときにはこれ以上に可愛がられているので、シルヴァンはまだ大人しい方だと思うとリディアーヌは思った。
「それに、明後日には皇都へ帰ってしまうのでしょう?」
「そうだな。こちらの仕事も一段落し、視察もできたから皇都へ戻る」
「そうしたらまたリディと会えなくなるからね」
「シルお兄様はあまり皇都へはいらっしゃらないのですか?」
「そうだねぇ。面倒なんだよねぇ、色々と……」
その言葉を聞いたベルトランは呆れた溜息をつき、フェリシエンヌは大きな息子を「困った子だこと」と呆れていたけれど、リディアーヌは何故面倒なのか理解できなくてシルヴァンに質問をすると彼が皇都へ来たという噂が流れたら未婚の女性達の目の色が変わるのだとか……。
けれど、未婚の女性と言えど結婚適齢期が遅くても二十歳と教えてもらったので、然程年齢が離れているわけではないので狙い目なのだろう。
「お兄様は人気なのですね」
「ちょっと意味合いが違うかなぁ。彼女達はね、ルヴェリエ大公家という甘い蜜に縋りたいだけなんだ」
「全員がというわけではないでしょうけれど、中にはそういった女性もいる事は確かなのよね」
「変な女に引っ掛からなければそれでいい」
「面倒ですから結婚はしませんよ。跡取り次代のエルネストもいる事だし、問題ないでしょう?」
「はぁ。まぁ嫌がっているのに無理やり婚姻させるのも破滅の道が見えているからな。好きにするといい」
「あなたが良いというなら私は何も言いませんわ」
「理解のある両親に感謝します」
良い笑顔のシルヴァンはとても奇麗な笑みで優雅にお茶を飲む姿は女性の騒がれるのは無理もない姿だった。
その後、リディアーヌが先に部屋へと戻り、残ったのは大人三人。
先程までの柔らかな雰囲気から一変、空気がピンっと張ったような空気に包まれた。
「さて、事前にお前からの報告通り、領内で変わったことがないようで安堵したが……」
「拠点がなくとも、商人に紛れて事を起こすとは思いませんでしたね」
「リュシオルの指摘は正しいわね」
「相変わらず兄上の広い視野には驚かされます」
「あれでも皇家直属の諜報部のトップだからな。当たり前の事だ」
皇家直属の諜報部とは、表向きは騎士団の一部署で“情報管理局”という名の罪人の管理、捕らえ尋問後の情報を一括で管理する部署だ。
その裏では皇家直属の諜報部として皇帝の命で秘密裏に調査を行い、捕らえ尋問し、時にはそのまま刑を執行する権限がある。
それ以外にも多くの権限があるが、情報管理局に所属する者は皇帝に忠誠を誓い、契約魔術で多くの制約が課せられる為、情報管理局の裏の仔細を知る者は関係者以外いないけれど、この場で話をしているベルトラン、フェリシエンヌ、シルヴァンの三人は例外だ。
全皇帝の弟で現皇帝の叔父であるベルトランが臣籍降下しルヴェリエ大公家として皇帝を支えている。
余談だが、臣籍降下をしたとしても未だにベルトランが皇族としての身分を残しているのは現在成人した継承権を持つものがベルトランだけだからだ。
それもあり、ベルトランは情報を把握し、彼の妻であるフェリシエンヌもその事実を教えられていた。
シルヴァンが何故知っているかというと、彼もそこに所属しているからだった。
リュシオルは情報管理局の長官、シルヴァンは局員で大公領で仕事をしながらそちらの仕事も遂行しているので二人共に多忙の身で、大公をリュシオルに譲ってもこうして大公領の仕事をするために領を訪れる。
その本人もまた、皇帝の手伝いやらで多忙の身なのだから、大公一家は休日があってないようなものだったが時間は作るもので優秀な彼等はリディアーヌの為にと休みを作り共に過ごす時間を作ることに余念がない。
と余談はともかく、今回領に訪れたのはリュシオルの指摘を確認するためと領の安全の確認のためだ。
そして領を護る騎士団、自警団、冒険者ギルドとの連携と警告を行い、今後の対策を協議した。
その間リディアーヌを一人にしてしまったけれど、本人は特に気にする様子もなく楽しんでいるとエヴァとローランから報告を受けている。
大いに楽しんでいると聞いて安堵したものの、頼ってくれないという親の勝手な寂しさを感じ、複雑な三人だった。
それはともかく、今回の仕事に目途が付き皇都へ戻る日も決まった。
「対策はしたが、シルスよ、分かっていると思うがくれぐれも領内の異変を見逃す事のないようにな」
「承知しております。万一領民に手を出すような輩が入れば……その時は相応の目に遭ってもらいますよ」
リディアーヌが見た事の無い様な冷徹な顔をしたシルヴァンはベルトランに約束すると、満足そうにベルトランは頷いた。
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