視察
散策も気が付けば夕刻に迫り、そろそろ屋敷へ戻る時間だ。
いつの間にか馬車が止まっており、タイミングの良さに驚いたけれど馬車に乗るとちょっとほっとした。
「珍しく沢山買われましたね」
「そうかな」
ちょっと買いすぎかと反省したが、エヴァにとっては序の口だった。
購入した物は、屋敷で仕事をしているベルトラン達へのお土産にスイーツを購入した。
仕事ばかりで疲れているだろうからと美味しそうな果物が乗ったケーキを買ってみたけれど、喜んでくれるか少し不安だったりする。
「喜んでくれるといいな」
ぽつりと呟く。
「大丈夫ですよ。お嬢様が皆様の事をお考えになって買われたのですから、きっと喜んでくださいますよ」
エヴァから心強い言葉を貰って、帰途についた。
領主邸に着き馬車を降りるとベルトランが外で待っていた。
「おかえり。楽しかったか?」
「はい。街の皆さんが優しく声を掛けてくださって、色んな野菜や果物をいただいてしまいました」
「楽しめたようで良かった。少し休んで夕食は共にとろう。その後で今日の話を聞かせてくれ」
「分かりました」
「また後でな」
ベルトランに部屋まで送ってもらい、楽しかったけれど初めて訪れる場所に少しだけ疲れてしまったのかソファで寛いでいたがそのまま眠りについた。
リディアーヌを部屋まで送り、ベルトランは執務室へと戻った。
「リディの様子はいかがでしたか?」
「楽しめたみたいで終始笑顔だったぞ。少し疲れも見えたからひと眠りするかもな」
「いいなぁ。私もリディにおかえりって言いたかったなぁ」
「夕食の時に言えばよかろう」
「そういう事ではなく! リディを出迎えたかったのですよ」
「お前、仕事が山積みだろう? さっさとその書類を片付けろ」
「大分減らしましたよ? 見えてます? この決裁した書類を!」
「ふむ、まぁ減ったには減ったな」
「もう少し頑張っている息子を労わってください」
「お前な……」
ベルトランは呆れたようにため息をつく。
良い大人がふくれっ面で労われとか、リディアーヌであれば可愛いが、こいつは可愛くないと首を振る。
「夕食までにそれが片付かなかったら、リディと共に夕食はなしだ」
「そんな! 父上頑張っている私に酷すぎませんか!?」
そんな文句を言いつつ、視線は書類から離れず、真面目な顔でさっさと決裁してくのだから能力はかなり高いからこうして大公代理と領地を任せているのだ。
ただ、男の癖に少し情けない言動が多いのが玉に瑕で、これにはフェリシエンヌも苦笑している。
文句を言いつつも書類を手際よく処理し、夕食時には終わっていた。
そして予定通り揃って夕食を共にするのに皆が食堂へ集まった。
それも一番早くシルヴァンは食堂でリディアーヌを待つ。
次に入ってきたのはベルトランとフェリシエンヌだ。
「お前、早すぎないか?」
「もう少し落ち着きなさいな」
「そういう父上達こそ早いですよ。リディが来たら驚くでしょう」
「貴方が早すぎるよの。あの子の性格だと自分が遅くにやってきて申し訳ないと謝っちゃうわ」
リディアーヌが来た時の様子を想像しながら話していると、ガチャリと扉が開いて入ってきた。
三人はぱっと扉の方へと視線を向ける。
見られたリディアーヌはびっくりした表情だ。
「ごめんなさい。遅すぎましたか?」
「いや、シルが早すぎるんだ」
「いえ、父上達がじっとリディを見るからでしょう」
「二人共、どっちもどっちよ」
三人のやり取りを見て恐る恐る近づいていくと、そんな彼女にシルヴァンはぎゅっと抱きしめた。
「お帰り。今日は楽しめたかい?」
「はい、お兄様。とても楽しかったです」
びっくりしたようだけれど、おずおずと抱きしめ返しながら遠慮がちなリディアーヌに「可愛い!!」と更にぎゅーっと抱きしめた。
「く、苦しいです……」
「あ、ごめん! リディがあまりに可愛くてつい」
「お前達、そろそろ席に着け」
呆れ声のベルトランに言われて二人はようやく椅子に掛けた。
食事中に街のどこへ行ったのか、どのように感じて何が楽しかったのかを聞かれて、リディアーヌは楽しそうに答えていた。
食事が終わり、次はデザートが運ばれてくる。
「珍しいな」
「あの、準備して貰ったケーキは、その……お土産です」
「まぁ! リディったら私達にお土産だなんて嬉しいわ」
「ほう。皆別々のケーキのようだが……」
「お父様とお兄様は甘すぎないお酒が効いたケーキを。お母様には見た目が可愛らしくて甘いケーキを選びました」
「あら、私達の好みに合わせて選んでくれたのね! ありがとう」
「可愛い妹が選んでくれたケーキなら味わって食べないとね」
皆からお礼を言われて早速ケーキをいただく。
試食をさせてもらったので、このお店のケーキが美味しいのは知っているけれど、それでも味の方が気になってそわそわする。
「あの、どうですか?」
「あぁ、美味いな」
「美味しいわぁ! 瑞々しい葡萄がいいアクセントね。それに触感がいいのは新鮮な証拠よ」
「今年の実もいい感じだな」
「リディ、ありがとう。とっても美味しいよ」
「良かったです!」
ほっとしてリディアーヌもケーキをぱくりと食べる。
このひと時がとても幸せに感じた。
「リディ、明日仕事で屋敷を開けるが、一緒に来るか?」
食べ終わったのを見計らってベルトランからそう提案されたけれど、リディアーヌは首を傾げる。
「お仕事ですよね?」
「あぁ。行き先は東の森林だ。自然が好きだろう?」
「はい、好きですけど、お仕事の邪魔になりませんか?」
「リディが邪魔だとは思わないな。それに、行きたいだろう?」
「……はい。行ってみたいです」
「なら遠慮するな」
「はい。誘ってくださりありがとうございます」
こうして明日の予定が決まった。
翌日の事を思うと嬉しくて少し気分が向上し、中々眠る事が出来なかったけれど、結局はぐっすりと寝てしまったみたいでいつの間にか朝だった。
朝食を食べ、少し休息をとって出掛ける準備をする。
今日は動きやすいパンツスタイルだけれど、可愛らしいジャケットは前から後ろにかけて裾が斜めに長くなっており、可愛らしすぎず、緩やかなフリルになっている。
髪は肩より長くなったので髪型も色んなアレンジが出来るようになり、エヴァはリディアーヌの髪を結うのを楽しんでいる。
「お嬢様、仕上がりましたよ」
「ありがとう」
「今日も可愛らしいですわ。きっと大旦那様達もお嬢様に釘付けですわね」
鏡を見たリディアーヌは控えめに微笑んでいる。
すごく気合の入った仕上がりに、何故なのかとエヴァに聞くと、ルヴェリエ公女となって初めて大公領を訪れたリディアーヌにとっては初の領民へのお披露目と言ってもいい。
そして今日は仕事について行くので、領で働く人達と会う為にこの気合の入った装いなのだとか。
出発時間の少し前にエントランスホールへ降りていくと、既にシルヴァンが待っていてリディアーヌの姿を見つけると、すっと引き締まった表情からぱぁっと嬉しそうに笑顔になった。
リュシオルと兄弟だから美形でその笑顔も似ているけれど、また少し系統がちがう。
階段下までより、すっと手を差し伸べてくれる。
「今日はまた一段と雰囲気が違うね。よく似合っていて可愛いよ」
「ありがとうございます」
「今日は仕事だけど、リディは楽しんでいいからね」
「はい。お邪魔にならないように気を付けます」
リディアーヌがそういうと、徐に両頬を挟まれた。
「リディは邪魔じゃないから、そんなこと言ったらダメだよ。……それにしても頬がもちもちだね」
「お、お兄様……」
シルヴァンはリディアーヌのほっぺをムニムニと遊んでいるが遊ばれているリディアーヌはあわあわとしている。
「何をやっているんだ」
呆れた声を掛けてきたのはベルトランだ。
フェリシエンヌはあらあらと優雅に微笑んでいる。
「父上、母上。お待ちしておりました。リディの頬があまりにも触り心地がいいものですからつい」
「あまりやるとリディに嫌われるぞ」
そこでピタッと手が止まる。
シルヴァンの腰ぐらいの背の可愛い妹を恐る恐る見る。
「嫌いにならないよね?」
「……あんまりされると、ちょっと嫌、かもです」
遠慮がちに言うリディアーヌを見て「ごめんね」と謝ってくるその姿は耳の垂れた子犬のようだ。
背は高いけど……。
「ほら、そろそろ行くぞ」
ベルトランの言葉でようやく出発した。
向かうのは領の東側に位置する広大な森林だ。
今日の仕事は視察が目的で、秋も半ばに植林を行うのだが、今回はその前段階で場所の確認と職人達と話し合い、土壌の確認等一日がかりになる。
馬車で走る事一時間と少しして目的地に着いた。
馬車を降りるとそこには既に職人が集まっており作業をしていたが、こちらに気づいた人達がわらわらと集まってくる。
「殿下、お待ちしておりました」
「元気そうだな」
「おかげさまで。えと、そちらのお嬢さんは……」
「あぁ、紹介しておこう」
ベルトランはそう言ってリディアーヌにこちらへ来るように手招きし、そっと背中に手を添える。
「私達の養女で名はリディアーヌだ。今日は我々と共に視察するのでよろしく頼む」
「あぁ! 噂のお嬢様でしたか。私は現場責任者のモルガンと申します。よろしくお願いいたします」
「初めまして。リディアーヌです。お邪魔にならないように見学させてもらいます。よろしくお願いします」
「まぁ、あまり面白くないかもしれませんが、見て行ってください」
子供であるリディアーヌを邪見せずに笑顔で迎えてくれて少しほっとしたが、噂というのが気になった。
一体どのような噂なのか……。
後で聞いてみようと、ベルトラン達が話し終えるのを大人しく待ちつつ、周囲を見渡すと、ちらちらとこちらが気になるのか視線が向けられていた。
「待たせたね。早速奥へ行くからおいで」
シルヴァンはそう言ってリディアーヌと手をつないでモルガンに説明を受けながら奥へと進んでいく。
森林の入り口付近は木々が生い茂り、木々の間から入る陽光がキラキラと輝きとてもきれいだ。
そよ風が吹くとさらさらと葉の擦れる音が耳に心地いい。
更に奥に進むと、開けた場所に出る。
開けたと言っても木を伐採した後があり、そこには職人が既に作業を始めていた。
「リディ、疲れてないかい?」
「大丈夫です」
「これから彼等の話を聞きながら作業を共にするけど、リディはどうする?」
「お邪魔でなければ一緒にいてもいいですか?」
「勿論だよ」
シルヴァンは嬉しそうにリディアーヌと共にこれからの作業内容、どのように進めるか、時には簡単な作業を手伝いながら、気が付けば太陽は真上に来ていた。
「そろそろ休憩にしましょう」
モルガンの言葉で休憩をとる事となり、ふとリディアーヌは周囲を見渡すと、いつの間に増えたのか、作業している人が沢山いた。
「リディ、こちらに来なさい」
「はい、お父様」
ベルトランに呼ばれて丸太に布が被せられた所に座る。
作業員の人達がテキパキと昼食の準備をしていく中、フェリシエンヌとシルヴァンが手伝っていた。
「あの、私も手伝ってきた方がいいですよね?」
「リディは私と休憩だ。それよりも真剣に話を聞き、手伝っていたが実際どうだった?」
「前以て少し勉強をしましたけど、本で見るよりも実際目にして作業をするとでは全然違って勉強になりました」
「そうか。腕は疲れてないか?」
「大丈夫です。一緒に作業してくれた方が大半を補ってくれましたし、私は気持ち程度しかお役に立てていません」
「そのようなことはありませんよ」
そこへ第三者の声がしたと思ったらモルガンだった。
手には昼食にとサンドイッチが入ったバスケットを持ってきてくれた。
「どうぞ。簡単なもので申し訳ありませんが」
「助かる」
「お嬢様もどうぞ」
「ありがとうございます」
簡単だと言いながらも野菜と薄く切ったお肉が挟んであり、とても食べ応えありそうな豪華なものだった。
「それで、モルガンから見てリディはどうだった?」
「そうですね。お嬢様の集中力や私達の話を真剣に聞く姿勢に好感を持てました。普通のご令嬢だとこういった土や木を触るなどの作業は嫌悪されますが、お嬢様にはそれがなく、進んで手伝ってくださいますし、我々にも気さくに質問してくれますので正直驚きました」
それを聞いてリディアーヌは驚いた。
「何を驚いているんだ?」
「え? 分からない事を聞くのは当たり前ですよね?」
「いや、まぁそうなんだがな。普通の貴族令嬢はこういった作業はしないものだ。やったとしても庭園の管理ぐらいだろうが、それも実質庭師に指示するだけだ。リディみたいに率先して手伝う令嬢はほんの一握りだろう」
「そうなんですか? けれど、折角の機会ですからやった事ない事を出来るなら何でもやってみたいです」
「ははっ! それでこそリディだ」
昼休憩中、モルガンの話を聞きつつ外で食べ宇サンドイッチに舌鼓うち、昼からの作業に戻った。
ご覧いただきありがとうございます。
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よろしくお願いいたします(ꈍᴗꈍ)




