領都
大公領に来て二日目。
ベルトランとフェリシエンヌは大公領で仕事をするために来来ているので、シルヴァンと共に朝から執務室で仕事をしている。
一方、リディアーヌは皇都より広い屋敷の探検を楽しんでいる。
皇都の屋敷とはまた違って趣のある造りだ。
大きな庭園も魅力のひとつで季節は秋に入り、夏とはまた違う花々が奇麗に植えられていた。
それだけでなく、庭園の一角には葡萄の木が植えられていて、瑞々しい実が成っていた。
丁度庭師が手入れをしていたので話を聞いたり、もぎたての葡萄を食べたのだけど、甘味が強くとても美味しくて、残りは今日のデザートに出してくれるように手配してくれた。
午前中いっぱいを使って屋敷を回ってもまだまだ見て回れてない所がいっぱいだ。
全て見回ろうと思ったらどれくらいかかるだろうか。
昼食は皆揃っていただき、午後からは大公領の騎士団の訓練の見学に向かった。
訓練場に近付くにつれ騎士達の気合の声が大きくなり、熱が入った訓練を行なっているようで熱気が凄い。
「大公領の騎士団って多いの?」
「そうですね。それなりの規模ですよ。領自体が広いので要所に騎士団の詰め所があり、連携して治安維持と魔獣等の被害を最小限に留めています」
「ここは魔獣が多く出るの?」
「そうですね。森林がございますので、全くないとは言えません。まぁ魔獣もですが盗賊等にも気を付けねばなりませんから」
「大公領でも盗賊は出るの?」
「治安がいいと言っても、大公領までの道中で襲われたりする場合もありますからね。けれど、他領よりとても厳しいので、実際の所は被害は少ないのですよ。後はギルドとの連携も取れていますので、領内は活気に溢れ領民達も安心して暮らしております」
(今もギルドってあるんだ)
リディアーヌは不思議に思った。
あまり話を聞かないからもうギルドという組織は無いものだと思っていたから、聞くともっと知りたくなる。
今の身分だとギルドに顔を出すなんて難しいのだろうなと漠然と感じているが、やはりルーセル時代の記憶があるからか、とても懐かしく感じる。
「お嬢様、着きましたよ」
ローランに呼ばれてふと懐かしむのを止め意識を戻すと、目の前では多くの騎士達が訓練をしている最中だった。
その中の一人、指導している人がこちらに気づいてさっと駆け寄ってくる。
その視線は誰だ? とでも言いたげで、こちらを凝視している。
「ローランか」
「ご無沙汰してます」
「いくらローランでも部外者を連れてくるのは……」
「部外者ではありませんよ。お嬢様、紹介します。彼はエドガール。大公領の副騎士団長です。彼は元々ギルドの冒険者をしておりましたが、閣下に引き抜かれて今の職にあります」
「元冒険者?」
リディアーヌは驚いて目の前の厳つい容姿の副団長をまじまじと見つめた。
その視線を受けて益々目の前の小さい娘を訝しげに見つめ返す。
「元冒険者が珍しいのか?」
「エドガール、こちらの方は閣下の養女となられたリディアーヌお嬢様です。話は聞いてるでしょう? 言葉遣いに気を付けてください」
ローランが注意するとぱっと態度を改め、リディアーヌに対し騎士の礼をとる。
「申し訳ありません。まさか騎士団へ来られるとは思わず、失礼いたしました。改めまして、エドガールです。大公領の副騎士団長を務めております。よろしくお願いいたします」
とても丁寧な挨拶を受けて驚いたが、リディアーヌも挨拶を返す。
「初めまして。リディアーヌです。急に訪れてすみません」
「いえ! こちらこそ知らず。今日はどのような要件でしょうか」
「大公領に来たのが初めてなので、ローランに屋敷の案内をしてもらっている途中です」
「お嬢様が騎士団の訓練場へ訪れるとは驚きました」
純粋に驚いているようだった。
皇都の屋敷では普通だったから、本当は違うのかと不安になってローランを見ると教えてくれた。
通常貴族の令嬢はあまり騎士団の訓練場を好んで訪れる事はないという。
この前に宮廷の騎士団を見学したとのあれはまた別の意味合いが大きく、令嬢が訓練する事は、武芸に秀でた家門か才能が有り自ら学ぶかだという。
普通の令嬢は令嬢らしく刺繡やお茶会を主に好む。
それを聞いて成程と納得した。
ローランからの説明後、エドガールが自ら案内を買って出たが、訓練の邪魔をするつもりはないので辞退し、引き続きローランの案内で訓練場や騎士団の兵舎へ見学に行った。
その後屋敷へ戻り一息つく。
邸が大きくて、見学できたのは三分の一程度だった。
「広すぎる……」
「大公家のお屋敷が小さかったら侮られますよ」
確かに皇帝一族の血を引く大公家が治める領の屋敷が小さいと大公家だけではなく皇家を侮る者も出てくるだろう。
リディアーヌは改めて貴族って色んな柵があり面倒だと思った。
「休憩後はどうされますか?」
「うーん、どうしよう」
屋敷内の散策はまだまだだけど、今日はもう部屋で大人しく過ごそうか。
そう思っていると、フェリシエンヌが呼んでいるという事で、侍女が呼びに来たのでそちらへ向かった。
案内されたのは日当たりのいいサロンだった。
「リディ、こちらへ来て早々に一人にしてごめんなさい」
「いえ。お母様達はお仕事がありますから」
「今日は何をしていたの?」
「お屋敷を見て回っていました」
「そう。楽しかったかしら?」
「はい。ただ広くてまだ行っていない場所が沢山あります」
「ふふ。確かに広い屋敷だから全て見て回るのは時間が必要ね」
屋敷内を見て回るのも楽しいけれど、リディアーヌは街も気になっていた。
ベルトラン達は仕事が忙しいだろうから、中々リディアーヌと一緒に出掛けるなんて出来ないだろう。
リディアーヌはダメ元で聞いてみた。
「良いわよ」
「え?」
「そんなに驚いてどうしたの?」
ころころと笑うフェリシエンヌにリディアーヌは驚いた。
まさか許可が下りるとは思わなかったからだ。
「皇都の件もありましたから反対されるかと思っていました」
「そうねぇ。勿論護衛は付けるわよ。せっかく大公領に来たのですから、楽しんでいらっしゃい」
「ありがとうございます!」
「ただし、護衛から離れない事、一人で行動しない事、もし何かあれば即座に対処する事。いいわね?」
「対処って……」
「貴女なら逃げられるでしょうに、この間みたいに連れ去られるようなことにならないようにね」
「分かりました」
明日の予定が決まった。
街へ行く事が出来るので嬉しくてこの日は中々眠る事が出来なかった。
そして翌日。
少し寝不足気味だけれど、朝は楽しみすぎてパッと起きる事が出来た。
朝食は皆でいただいたのだけれど、あまりにもリディアーヌが楽しみにしているのを見てベルトラン達は微笑ましいとばかりに笑っていたが、昨日のフェリシエンヌと同じく色々と注意された。
「お嬢様、本日の護衛は大公領の騎士二名が同行します」
ローランの他、大公領の騎士、明るい茶色の髪のナルシスともう一人は女性騎士のジネット・ダルトワで彼女は男爵家の令嬢だ。
二人はリディアーヌに向かって騎士の礼をする。
リディアーヌが養女であるにも関わらず、今の所偏見しかはなさそうだけど、あの四人の例もあるからまだ分からない。
「ではお嬢様、参りましょう」
「リディ、気を付けていくのよ」
「もし不測の事態が起これば遠慮はするな」
「何かあればお兄様を呼ぶんだよ」
三者三様の言葉を貰い、リディアーヌは馬車に乗って街へ向けて出発した。
街とはそれほど離れていないので半時間位で着いた。
街中に着き馬車が止まる。
「お嬢様、着きましたよ」
「楽しみです!」
「お嬢様、くれぐれもはしゃいで一人で行動なさらないでくださいね」
「分かっています」
二人はリディアーヌが一人であちこち動き回るとは思っていないけれど、一応注意を促すが、リディアーヌの楽しそうな姿を見ると自然と笑みが浮かぶ。
「わぁ!」
ローランの手を借りて馬車を降り、リディアーヌは声を上げた。
周囲の領民達は大公家の家紋を見て誰が街に来たのかと興味深々のようだけど、リディアーヌはそれどころではなく、街並みに興味深々でその雰囲気を楽しんでいた。
「お嬢様、先ずは大奥様のご指定の場所に参りましょう」
「あっ!」
「もしかして忘れていらっしゃいましたか?」
「わ、忘れてないけど、先に寄っておけば後は自由よね?」
「はい。ではこちらです」
エヴァの案内で向かった先はフェリシエンヌに勉強の為に行ってきなさいと言われ服飾店を訪れた。
大公領内で大公家が懇意にしているお店で既に連絡がされていたのか、温かく迎えてくれた。
「お待ちしておりましたわ。お会いできて光栄に存じます。私はこの店のオーナー、アルメルと申します。お見知りおきくださいませ」
「初めましてリディアーヌです。今日はよろしくお願いします」
早速貴賓室へ案内されると既に部屋の中には仮縫いされた新作衣装が飾られており、テーブルの上にはカタログ、布の見本や色とりどりの装飾品がおかれていた。
今日は一人で最低でも五着のドレスを仕立てる課題を出されてしまったので、こうして服飾店へと訪れたのだ。
「お話は大奥様より伺っております。公女様がドレスを仕立てられるとの事、そのお手伝いをさせていただきますね」
「一人は初めてなので、よろしくお願いします」
「はい! では早速……」
こうしてアルメルの助言を元にデザインから始まり、ドレスの色や布、装飾をどうするかを話し合うこと二時間。
リディアーヌも積極的に意見を言うようになったので思ったより早く決まった。
ちゃんとフェリシエンヌの出された課題通り、最低の五着に留まったが、リディアーヌにしては頑張ったと思う。
「では、仕上がりましたら領主邸にお届けしますね」
「ありがとうございます」
店を出ると先程より人通りが増え、朝よりも活気に溢れていた。
次に向かったのはレストランだ。
領内でも最高との評判で個室があるお店なのでゆっくり寛げると聞き、楽しみになった。
お店に到着し、すぐに個室へと案内される。
予約から注文まで既に終えているようで、今此処にはリディアーヌとエヴァとローランの三人だ。
後二人の護衛は交代で昼食をとるらしく、少し安心した。
椅子に座りほっと一息ついた。
「ドレスの注文、頑張りましたね」
「うん、ちょっと疲れました」
「お嬢様の好みが段々出てきましたね」
「そうかな?」
「お嬢様はあまりひらひらとした女の子らしい装飾はお好みではないでしょう?」
「なんだかひらひらとしたレースは可愛すぎて……」
その後の「似合わないと思う」という言葉は飲み込んだ。
これを口に出すと「そんな事はない!」と言われてしまうのが分かている。
前も同じようなことがあり、否定の言葉を口にすればこうすれば似合うだとか、そんな事はない、とか言われるのは目に見えている。
ようはどこにどう使うか、だと思うけれど、リディアーヌ自身はいかにも! というレース自体あまり好きじゃなかった。
「あの、髪を結んだときに使うくらいなら、いいかなって……」
「それはいいお考えですわ。今度早速試してみましょう!」
エヴァの勢いが凄い。
最初の頃はリディアーヌの事を考えて静かで落ち着いて世話をしてくれていたけれど、最近は遠慮がなくなり、リディアーヌにとっては良き姉のような存在だ。
暫くすると料理が運ばれてきて昼食をゆっくりといただく。
屋敷で食べる料理も美味しいが、外で食べる料理は場所が違うからか、新鮮でまた違った味付けの料理が楽しめるのはそれだけで気分が上がる。
「残さずに食べきりましたね」
「どれも美味しかったから。けど食べすぎたかな」
お腹がいっぱいでちょっと食べすぎたとお腹が少し苦しい。
昼食の後は自由で、リディアーヌが行きたいと思う所へと向かう事になっている。
まだ大公領に来たばかりなので、街の散策をしたい。
気になるお店があったら入るというスタンスで、少し休憩した後お店を後にした。
「二人もゆっくり休憩出来ましたか?」
リディアーヌはお店を出てから護衛の二人に話し掛けた。
これはリディアーヌにとってとても大きな進歩だ。
あまり接点のない、初めて会う人には今迄は中々声を掛ける事もなかったが、今日は違った。
声を掛けられた二人も驚いたが、すっと表情を戻し静かに答える。
「お気遣いありがとうございます。交代で休憩をとりましたので、心配には及びません」
「お嬢様のお心遣い、嬉しく存じます」
あの四人とは全然違うとリディアーヌは思った。
比べるのも失礼かもしれない。
話を色々聞いてみたいが、護衛という仕事中にあまり話し掛けるのはダメかと思い思いとどまった。
暫くエヴァと話をしながら街を歩く。
たまに露店に出ているお店を覗いたり、可愛らしいぬいぐるみがおいてあるお店を見てみたりと自由に過ごした。
ご覧いただきありがとうございます。
次回も楽しんでいただけたら嬉しいです。
よろしくお願いいたしますm(_ _)m




