お披露目
今夜は社交界の始まりの夜会。
エレオノールにとっては初めて貴族達へのお披露目となる重要な日だ。
そして、皇族として公に出る初めての日でもある。
今朝はいつも通りに起きて、庭園で少し体を動かす。
冬の空で肌寒く、昨日初雪が降ったがまだ積もるほどではない。
散策から戻ると今夜のおさらいをして昼食前から準備が始まった。
ここからエレオノールにとっての苦行が始まる……。
お風呂にマッサージにお肌のケアにと侍女達は念入りに磨きにかかる。
「ねぇ、エヴァ」
「動いてはなりませんよ」
「動いてない……じゃなくて、やり過ぎ」
「そんな事はございません。殿下にとって本日は重要な日です。貴族達が皇族の方々へ挨拶をする為に訪れるます。そして本日の主役はエレオノール様なのですよ。どの方々よりもお美しい姿をお披露目しなくては!」
裏に「舐められないように」という言葉が聞こえた気がしたが、エレオノールは聞かなかったことにした。
途中軽食を食べちょっと一息つけたと思ったら、また侍女達が張り切って動き始めた。
仕上がる頃にはぐったりと疲労感を感じる。
まだ始まってもいないのに……とエレオノールは疲れていた。
ようやく苦行を乗り越えて支度が整い、一息ついた頃、この宮を訪れる者がいた。
「殿下。ノルベール殿下とジュリエット殿下がお越しです」
「お通しして」
「畏まりました」
部屋に入ってきた二人はエレオノールとお揃いの衣装を纏っ二人だ。
やはり生まれた時からの皇族は纏う空気と佇まいが違うとエレオノールは二人を見て思った。
その二人は逆にエレオノールを見て目を見開いて驚いていた。
「どうしましたか?」
エレオノールは固まった二人を見て不思議に思い声をかける。
「あ、ごめん……エレンがあまりにきれいだから……」
「お父様にそっくりだわ。……お兄様、これは思ったよりも危険ですわ」
「ジュリの言う通りだね」
何だかよく分からない会話を真剣な顔でする二人を見てますます不思議そうにエレオノールは兄と姉を見つめる。
当の本人達を余所に、この二人の会話を聞いて何故か侍女達は満足そうだ。
エヴァも同様に誇らしそうにお茶を淹れた。
「あの、そろそろ座ったらいかがですか?」
「あぁ、そうだね」
「わ、私も座ってもいいの?」
ノルベールはあっさりと座るがジュリエットは座らずにちらちらとエレオノールを様子を窺っている。
未だにエレオノールに対してもじもじする姿は男性の庇護欲をそそるような可愛さだ。
それを無意識でエレオノールに見せるが、まぁ、相手は妹でしかも姉に対して中々冷静な対応をするのでエレオノールにはなんの効果もない。
「私、お姉様だけ立たせるような鬼畜ではありません」
「ありがとう!」
案の定、全く効いてない様子で答えたエレオノールだが、反対にジュリエットはとても嬉しそうにぱぁっと輝くような笑顔でお礼を言い座った。
それもエレオノールの隣にだ。
あんなにもじもじしていたのに隣に座る姉に対してエレオノールの表情は変わらない。
変わらないけれど、ノルベールは面白そうに、そして嬉しそうに姉妹を見つめている。
(二人共素直じゃないな)
隣に座ったジュリエットは隣に座るエレオノールをちらりと見てはぱっと顔を背ける。
見られているエレオノールは澄ました様子だが、どことなく口角が上がっている。
一緒に暮らすようになり、大分二人の関係が改善されてきたように思うが、エレオノールも少し頑固なところがあるから表に出すことはあまりない。
対象的な二人が可愛くて仕方ないノルベールは目の前に座る妹達を嬉しそうに見つめる様子を見ていた侍女達の心の中はこの尊いとも言える光景に身悶えるも、皇宮の、しかも皇族に直接仕える彼女達は鉄壁な仮面を貼り付け、決して感情を表に出すことはない。
少しエレオノールの宮で話をしていたが、時間が近づき皇族の控室へと移動した。
中にはオードリックとカサンドラの二人が子供達を歓迎した。
「待っていたよ。三人共楽にしなさい」
「まぁ! エレンよく似合っているわ。ノル、ジュリ、エレン。やはりお揃いの衣装にして正解だわ、ね? あなた」
「あぁ。ようやく家族が揃うことができた。エレン。緊張はしていないだろうか?」
「今は、まだ緊張していません」
「ふふっ。素直ね」
カサンドラは少し涙ぐんでいる。
オードリックもようやく全員で夜会に出席し、娘の披露目を行うことが出来るからか、嬉しそうな、それでいて感慨深いような表情をしていた。
「さて、今夜ようやくエレンの披露目となる。夜会が始まればエレンを見定めようと貴族連中が接触してくるだろう。二人はエレンの側にいなさい」
「はい」
今夜の夜会ではノルベールとジュリエットが常に側でエレオノールを支えることになっている。
初めての夜会なので末の皇女に接触しようと貴族、成人したての令息令嬢を代わりに近づけ様子を見ようとするだろうとオードリックは話す。
それに対処するのがノルベールとジュリエットだ。
エレオノールはその二人を見て貴族達との皇族としての対応を学ぶ。
「エレンの紹介が終わり、今回のはファーストダンスはノルとエレンが務める。エレン、練習通りにやればいい。ただ純粋にノルとダンスを楽しみなさい」
「失敗してもノルがフォローするから失敗を恐れないで楽しみなさい。ノルはエレンをお願いね」
「はい、母上。可愛い妹の晴れの舞台ですから、必ず成功させますよ」
家族全員がエレオノールのお披露目を成功させようと一致団結する。
「エレン、どうしたの? やっぱり緊張している?」
どこか心ここにあらずで聞いているエレオノールを心配してノルベールは声をかけた。
はっとしてノルベールに視線を向けるも、オードリックをはじめ家族全員から見つめられて少し居心地悪そうに身動ぎする。
「大丈夫です」
「無理しなくていいんだよ」
「あの、本当に大丈夫ですから」
物凄く心配されるが、そのように心配されるようなことは何もなく、エレオノールは言葉に詰まる。
我慢していないか探られるように見られている。
「私は大丈夫です。ただ、少し……不思議というか、くすぐったいというか……」
言葉にするのが難しく、少し俯いて……けれどその表情は決して緊張で強張っているわけではなく、何処となく嬉しそうな、照れているような表情をしている。
それを見てオードリックとカサンドラは顔を見合わせて釣られたように微笑む。
「エレン。私達は常に貴女の味方よ。それだけは覚えておいて」
その言葉に顔を上げてカサンドラを見ると、エレオノールを見つめて上品に、けれど力強く頷く。
「ありがとうございます」
照れながらお礼を口にするエレオノールは嬉しそうに微笑んだ。
それからいくつか打ち合わせをして時間となった。
皇族の入場する扉の前まで移動し、オードリックに呼ばれて近くに寄ると勇気づけるようにそっとエレオノールの肩に手を置く。
その手は大きくて温かくエレオノールはほっとした。
やはりすこし緊張しているようだ。
「大丈夫だ。常に私達が側にいるから、何かあれば直ぐに言いなさい」
「はい」
力強い言葉に肩の力をついた。
そしてついにその時間となった。
「皇帝陛下、皇后陛下並びに皇子殿下、皇女殿下のご入場!」
宮廷侍従の口上に騎士が扉を開ける。
眩しいくらいの煌びやかな光が一気に広がった。
オードリックはカサンドラをエスコートし扉の向こうへと足を踏み入れる。
その堂々たるや皇帝に相応しい威厳に満ちた表情だった。
「さぁ、エレン。私達も行こうか」
左側にはノルベールが、右側にジュリエットがエレオノールを挟み彼等の手に添え歩き出す。
扉の向こう側には大勢の貴族達が皇族の入場に深く拝礼し迎える。
皇帝と皇后が中央の椅子にかけ、ノルベールはエレオノールを皇后の隣の椅子へ誘い、皇帝の隣にノルベールが、ジュリエットはエレオノールの隣に座った。
本来であればエレオノールが一番端に、ジュリエットが座った場所になるが、今回はエレオノールのお披露目の場であり大切な娘なのだというアピールをするためでもある。
こうして上から貴族達を見下ろすのは居心地が悪いが、皇帝のほど近いところにベルトランとフェリシエンヌ、リュシオル達の姿を見つけて少しだけ入っていた力が抜ける。
「皆楽にするように」
オードリックがいつもとはちがい、低いがよく響く声で貴族達へ言葉を放つ。
礼を解き顔を上げた貴族達は一様に驚き、目を見開く者、声を出す者、囁き声がホールに響く。
「何故ルヴェリエ公女があそこに?」
「どういうことなのかしら」
「皇后陛下のお隣だぞ?」
誰も彼もがひそひそと話しているが、それは後ろの比較的下位の貴族達だ。
彼等が驚いているのも無理はない。
エレオノールは今、魔術具を身に着けリディアーヌの姿をしているからだ。
だからこそこそこそ囁きあっているのだが、高位貴族達は疑問に思いつつも黙って皇帝の言葉を待つ。
これが高位貴族と下位貴族との違いだろう。
オードリックは更に冷徹なる眼差しで見据えると、囁きあっていた貴族達はビクッと恐れ慄き口を閉ざす。
そしてそっと皇帝は貴族達を見回す。
「今夜、ようやく我が国の末の皇女を皆に披露目することとなった。中には知っている者もいるだろう。生後間もなく我が大切な星が秘されたことを。我が手の者が命懸けで守護を掛け、長年沈黙していたが、ルヴェリエ前大公が運命的に出会ったのが皆も知っている養女となったルヴェリエ公女だ。しかし、とある日、ルヴェリエ公女に守護が掛けられていることを知り、それを外すと『闇夜に秘された星』であった」
オードリックに視線で合図を受け、エレオノールはそっと立ち上がる。
そして皇帝皇后に向け静かに頭を下げる。
その所作はカサンドラに合格をもらっているので自身を持って出来た。
ほうっと貴族達からは感嘆のため息が聞こえる。
それらを無視し、オードリックの近くへと歩み寄るり、エレオノールは貴族達へと体を向ける。オードリックはエレオノールの斜め後ろから彼女の首に着けられたネックレスに手をかける。
貴族達は何事が始まるのかと好奇心でエレオノールを不躾に見ていた。
「皆に紹介しよう。我が娘であり、エクラタン皇国第二皇女、エレオノール・ソフィ・エクラタンだ」
その紹介と同時に魔術具を外すと、エレオノールは黒髪金眼の、皇族の特徴を大いに継いだ姿を貴族達に披露目る。
どよめき驚く貴族達だったが、前面にいる高位貴族はさっと深く拝礼する。
「「「夜空に輝く一つ星であられる皇女殿下のお戻りをお慶び申し上げます」」」
貴族達は練習したのかと思える程揃ってエレオノールの帰還の歓迎の挨拶を述べる。
「我が大切な一番星を歓迎した其方等に感謝する」
その後、オードリックは長らく皇家を離れていた皇女に対し、いかに深く大切にしているかを話して聞かせる。
この後の社交界の始まりの挨拶よりもよっぽど長かった。
その口上が終え、社交界の始まりのダンスは皇子と第二皇女が務めると告げると、ノルベールは立ち上がり皇帝に一礼した後、エレオノールを迎え手を差し出す。
エレオノールはその手を取り立ち上がり、彼のエスコートで貴族達のいる場までそっと降り立つ。
さっと左右に分かれた貴族帯の中央でノルベールとエレオノールは一同皇帝、皇后へ深く一礼しお互い向き合い、そっと礼をする。
それを見計い音楽が奏でられる。
そっとノルベールの手を取り音楽に合わせてステップを踏む。
エレオノールは少し緊張していたが、クスクスというノルベールの笑い声を聞き、むっとしてぎゅっと手に力を込めた。
「エレン、緊張は解けた?」
「お兄様のおかげで解けました」
「緊張していた割に完璧だね」
「お兄様に恥をかかせるわけにはいきません。それに、私が失敗したら貴族達が煩いでしょう?」
「エレンの言う通りだよ。馬鹿な貴族達は皇族の失敗を平気でつつき噂する。物好きで暇人ばかりだ。その暇があれば真面目に仕事をしてほしいよ」
小声とはいえ、貴族に囲まれた言葉で呟くノルベールはダンスを楽しんている顔のままなので、エレオノールは流石親子だと心の中で思う。
ノルベールのおかげでダンスは恙無く終わり、貴族達の拍手がある中、お互いに礼をしダンスを終えた。
「ファーストダンスに素晴らしいものであった。他の者達も今夜は存分に楽し時間を過ごすがよい」
オードリックの言葉に貴族達はダンスを楽しみ、話に興じる。
「エレン、こちらにおいで」
ノルベールのエスコートで皇帝の近く、階段の下へと陣取るとジュリエットと合流した。
「お兄様、エレン。素敵でしたわ! 私も……エレンと踊りたいけれど、お父様に止められてしまいました」
「流石に今日は無理だな。止められて当然だよ」
「分かっておりますわ」
ぷいっとするジュリエットはその姿も可愛らしく、ちらちらと彼女を見る少し年上であろう男性からの視線を感じていた。
「両殿下。ファーストダンスお疲れ様でした。とてもお見事でしたよ」
「ありがとうございます」
「エレオノール殿下は緊張もなさらず、とても優雅で素晴らしかったです」
「ありがとうございます。大叔父様」
公の場では敬称をつけて呼ばれるのは仕方がないのは分かっているが、どうしても他人行儀な呼び方で少し淋しく思うも、それを表に出してはそれこそ貴族達の思う壺だ。
エレオノールは殊更優雅な微笑みを浮かべ答えた。
「エレオノール殿下。お元気なご様子。安心しました」
フェリシエンヌはエレオノールの元気そうな姿を見て安堵したようだった。
皇宮での生活をとても心配していると、ベルトランからそれとなく聞いていたので、安心してもらえるようにいつものように、けれどいつもより優雅さを忘れずに微笑んだ。
「大叔母様。ご心配いただきありがとうございます。お兄様達に気を配っていただいていますので、とても安心して暮らしています」
「まぁ。今度はノルベール殿下とジュリエット殿下に可愛がられているのね」
「休む暇もなく世話をされています」
少し戯けて言うと、楽しそうにフェリシエンヌが笑う。
言われたノルベールとジュリエットはこちらもエレオノールの軽口に乗るように「嫌だった!?」とか「嫌わないで!」とか言っているが、その表情は楽しそうだ。
まぁ、ジュリエットだけは本気で言っているのかぎゅっとエレオノールの腕に絡め、うるうると見つめてくる。
(……面白いかも)
エレオノールはちょっぴり悪い感想を抱くも、ノルベールには見破られて「ほどほどにね」と言われてしまった。
次に挨拶に来たのはルヴェリエ大公一家だ。
リュシオルはいつもと変わらずに接してくれるが、アリアーヌは立場を考えて接してくる。
エルネストがいないのは成人を迎えていないので仕方がないが、今日夜会に来れなかったことをかなり悔いていて、帰ったら話す約束をしているらしい。
ルヴェリエ大公家の後は宰相一家に皇帝の側近であるアルシェとその奥方が、そしてリディアーヌと交流があったサジェス公爵家、リシェス伯爵家にランヴェール侯爵家が挨拶をする為にエレオノールの元を訪れた。
ランヴェール家ではクロードが参加していて丁寧な挨拶を受ける。
その後、ノルベールを交えて少し話をした。
「皇女殿下。妹に殿下の事をお伝えしてもよろしいでしょうか?」
クロードはフロランスが知っている事を知らず、許可を求めてきた。
「クロード卿、フロランス嬢は私の事を知っています」
「え……それは……」
「私から伝えました」
まさか既に伝えていたとは思わず、クロードは驚いていたが、納得したように苦笑していた。
「なるほど、納得しました」
「何をだ?」
「妹が見送りをしてくれたのですが、とてもいい笑顔で『今日の夜会は一部始終を見逃さずに、詳細を帰ったら教えてくださいませ』と圧をかけられまして。不思議に思っていたのですが、殿下のお言葉で、既にご存じだからあのような事を頼んできたのですね」
「あぁ……フロランス嬢はエレンが好きすぎて困るな」
「あの会のメンバーは皆殿下が好きなのですよ」
「……その話、ここでは止めてください」
少し低めの声で嗜めると二人はピタリと止まる。
周囲に聞こえないよう配慮はあったものの、その話をこの様な場では止めてほしくてつい低い声が出てしまった。
「失礼いたしました」
「ごめん。エレン。ついエレンが人気過ぎて嫉妬してしまったんだ」
「お兄様、変なことを言うのはやめてください。私には良くない噂がたくさんあります。ただの勘違いですから、嫉妬なんてしなくてもいいです」
ぷいっと顔を背けると、今度はジュリエットに捕まった。
「変なことをおっしゃるお兄様達は放っておけばよろしいのですわ。エレンは私と一緒にいましょうね」
そう言って有無を言わさず少しノルベールから引き離される。
少し、というのは今日は二人でエレオノールを守るからであり、離れるのは目が届く範囲だ。
「第二皇女殿下。少しお時間よろしいでしょうか?」
次に声を掛けられたのは、品を損なわずに艶やかな装いのジャルディノ公爵だった。
ご覧いただきありがとうございます。
次回も楽しんでいただけたら嬉しいです。
よろしくお願いいたしますm(__)m




