養子縁組の解消
今日から本格的に皇宮での生活の為に皇宮へ向かう。
そして大公邸で迎える最後の朝だ。
朝の支度を整えて朝食の席へと向かう。
部屋にはすでにベルトランとフェリシエンヌがいていつもと変わらず「おはよう」と挨拶を交わす。
このいつもと変わらない光景が逆に嬉しくてリディアーヌもいつも通り挨拶を返した。
朝食後、ベルトランだけに付き添ってもらい皇宮へと向かう。
「リディ、無理はせずに元気に過ごしなさい。いつも通りでいいのよ」
「はい。お母様。行ってきます」
リディアーヌがいつも通りに「行ってきます」と言ったものたからフェリシエンヌははっとして少しだけ目を細め微笑む。
「えぇ。いってらっしゃい」
そう短く送り出してくれた。
馬車の中ではベルトランもいつも通りで、いつもと変わらぬ日常で皇宮へと向かい、馬車を降りてはリディアーヌをエスコートする。
案内されたのは談話室だ。
その中にはオードリックとカサンドラの二人だけだ。
「お帰りエレン」
「ただいま帰りました」
今日から本当に帰る場所となったので、きちんと只今の挨拶をするとオードリックは嬉しそうにしていた。
「叔父上、改めてエレンを育ててくださってありがとうございました」
オードリックが代表で礼を言って頭を下げた。
この場にはオードリックとカサンドラしかいないため、そうしたのだ。
これが執務室でやろうものならベルトランの雷が落ちていた。
それはオードリックも重々承知しているし、冷徹なる皇帝である彼はそんな愚かなことはしない。
「いや。私達もエレンとの生活がかけがえのないものであったから礼は不要だ」
「かなり溺愛されていましたからね」
少し恨めしそうにしつつも苦笑しながら席に着く。
「エレン、改めて今日からこの皇宮がエレンの家だ。大公邸で過ごしたみたいに自由に過ごしなさい。エレンの要望にあった訓練は披露目が終わるまでお預けだが、披露目が終わった後ならば、騎士団の訓練場を使っても構わない。ノルベールもそこで訓練をしているから行くときはノルと一緒に行きなさい」
「はい。ありがとうございます」
披露目まではこの皇宮から外に出ることは出来ないけれど、その間はカサンドラから披露目の流れやダンスの練習に皇族としての振る舞いのおさらいをすることになっているので、自由と言ってもやることは多々ある。
ノルベールとジュリエットの二人は学園があるので朝食と夕食の席で会うだけで、学園が休日の日一緒に過ごす約束をしている。
オードリックとカサンドラはベルトランに礼を言いつつ、披露目について話し合っていた。
それが終わるとオードリックとベルトランは宮廷に戻るようで立ち上がった。
エレオノールも見送るために席を立つ。
「エレン、行ってくる」
まさかベルトランがそういうとは思わずに目を見開く。
大公邸を出るときに見せたフェリシエンヌの表情を今度はエレオノールが見せた。
「大叔父様、いってらっしゃい」
そう言って笑顔で見送った。
扉が閉まると、少しだけ、ほんの少しだけ寂しい気持ちが湧き上がったけれど、カサンドラが後ろからそっとリディアーヌに触れる。
「エレン」
少し心配そうに呼びかけられるが、寂しい気持ちをそっと仕舞って振り返る。
「お母様、今日からよろしくお願いします」
「えぇ。早速私と今後について話をしましょう」
場所を移して母と話をすることになった。
案内されたのは皇后宮のサロンで品の良い落ち着く空間だった。
お茶と軽くお菓子が準備される。
侍女が後ろへ下がり、カサンドラはお茶を口にした。
その後、エレオノールも一口いただく。
今この時もエレオノールの所作の確認をしているのだろうと思う。
「こうして二人で話をするのは初めてね」
いつもはノルベールがいたり、ジュリエットがいたりしたので、二人きりというのは初めてのことで少しだけ緊張していた。
「貴女はとても大人びているとルヴェリエ殿下より伺っていますけど、不安なことや疑問があればいつでも言ってちょうだい。遠慮はいらないわ」
「はい、ありがとうございます」
母と二人で話すのが初めてで、何を話していいか分からずそっと母を見ると、フェリシエンヌと同じ見守ってくれるような温かな眼差しでエレオノールを見つめていた。
「貴女が帰ってきてくれて本当に嬉しいのよ。一緒にやりたいことがあるの。母に付き合ってくれるかしら」
「はい。何をするのですか?」
「今日は昼食の後、私と一緒に庭園を散歩しましょう」
嬉しそうに手を合わせて可愛らしく言うカサンドラに、まさか散歩をしたいと言われるとは思わずに驚いたけれど、エレオノールもまだ遠慮がちではあるけれど「はい」と少し嬉しそうに答えた。
季節は秋の終わり冬にさしかかり、少し肌寒くある今の時期の庭園も秋から冬の様相をしていた。
「寒くないかしら」
「大丈夫です。お母様は?」
「私も大丈夫よ。ありがとう」
二人で並んで歩く。、後ろから近衛騎士がそっと付いてくる。
皇宮に戻ると必ず護衛と一緒だ。
大公邸ではいかに自由に過ごせていたのかと思い知らされる。
カサンドラに案内されながら庭園を進む。
ある程度進んだところでふと足を止めた。
「お母様?」
少し様子がおかしくて振り返ると、悲しそうな、それでいてどこか怒りを含んだ目をしていた。
カサンドラはエレオノールがどこにも行かないようにとそっと肩を寄せる。
「エレン……」
「私はここにいますよ?」
理由がわからずにされるがままで、だけどカサンドラは娘を離さないとばかりに抱きしめる。
「……ここは、ここで貴女が拐われたのよ。私は、怒りと悲しみであの日以来ここに来ることができなかったわ。貴女を護る事ができずにみすみす拐われてしまった。何故一緒にいなかったのか、私が貴女を抱いていれば護ってあげられたのに。何に変えても貴女を護ったのに……本当にごめんなさい」
暗に自分の命と引き換えにしてもという想いが伝わってくる。
今、エレオノールは生きてこの場にいるのだからそうならなくてよかったと単純に思う。
「もう、過去のことです」
「そうね」
「それに、今の私はそう簡単にやられません」
「……まぁ! ふふっ。そうね。貴女の強さは聞いているわ」
エレオノールの言葉を聞き、先程までの怒りから可笑しそうに笑うカサンドラは肩の力を抜いた。
「おかえりなさい。私の娘。私達の元へ帰ってきてくれてありがとう」
何度も聞いた言葉。
初めの頃は娘を拐われたことに対しての後悔の念が強かったが、今のはそれがなく、純粋な言葉だった。
カサンドラもずっとあの時のことを引きずっていたのだろう。
けれど、もう過去のことだからそろそろ忘れてほしい。
あれ以来ここに来られなかったと話していたけれど、エレオノールはそう簡単に連れ去られたりしないし抵抗できるから、あの時のことは過去の出来事として、またいつでも庭園を散策できるようになってほしいと思った。
時間がすぎるのは早いものでお披露目を翌日に控え、皇宮の応接室に呼ばれたのでそちらへと案内された。
中へ入ると、オードリックとベルトラン、そしてグラシアンの三人が座っていた。
エレオノールの入室を確認すると、グラシアンはさっと立ち上がり彼女に丁寧な挨拶をする。
グラシアンと会うのは初めての誕生日会以来だ。
勝手に来るものだからベルトランが出禁を言い渡したためだった。
「すっかり健康的に成長されましたね。以前は皇后陛下に似ていらっしゃいましたが、成長した今の姿は陛下によく似ておられます」
「そうだろう? 私に似て知的で麗しい。いや、エレンの方がカサンドラに似ているところもあるのでもっと美しいな」
「確かに、お前よりも余程賢いし綺麗だ」
褒めの応酬でエレオノールは居心地の悪さを覚える。
何故自分がこの場に呼ばれたのかと。
エレオノールがベルトランとグラシアンの前に座ると早速本体にはいる。
ちゃんと自分に用があったのだと知り少し安心した。
「エレン、この書類を覚えているか?」
「はい。大叔父様との養子縁組の書類ですよね」
「そうだ。今日これを破棄する手続きをする」
破棄する書類に大叔父様とエレオノールのサインをする。
これに皇帝がサインをし、養子縁組の破棄となる。
そしてもうひとつの書類。
こちらは皇帝の娘が一旦ルヴェリエ大公家に養子にはいる時に作成した書類で、細かく記されている。
こちらは魔力の籠もった紙でこれを破棄するにはこの書類に記された名前の者達のサインと血が必要だった。
今回この書類を使用することはなかったのでただの保険として使用されたにすぎず、後は完全に破棄するだけとなる。
「先ずは私からだ」
オードリックがサインし一滴血を垂らすと、すっと紙に吸い込まれる。
そしてベルトラン、グラシアンと続き、最後はエレオノールだ。
サインして血を垂らすと、ぼぅっと一瞬火が燃え上がったような音がして、その紙自体が跡形もなく消え去った。
「これで終わりだ」
「後は明日のお披露目を迎えるだけですね」
「エレン、準備は整っているか?」
「はい。先日、お母様と衣装を合わせました。マナーとダンス、両方合格をもらっています」
「何も心配はしてないが、エレン。明日お前のお披露目の後、馬鹿で浅はかな者達が口さがなく煩くするだろうが、何も気にする必要はない」
「陛下の仰る通り、殿下はのびのびと皇宮でお過ごしください」
誰かと会うことなんてあるのかと思ったが、よく考えたら訓練場へ行ったら騎士たちと会うことになる。
となれば、騎士の中にももちろん貴族はいるので色々と言う者もいるかもしれない。
「堂々と直接接触する者がいたら、名前を聞いておきなさい。あぁ、エレンが直接手を下してもいいから、そのときは遠慮せずにやってしまいなさい」
オードリックはにやりと笑ってエレオノールに告げる。
エレオノールはというと、その笑い方がベルトランに似ているなぁという全く関係のない感想を心の中で呟く。
「分かりました」
もちろんちゃんと話も聞いているので返事は怠らない。
再度明日のお披露目の流れを確認し、部屋を後にした。
娘を見送り部屋にはオードリック、ベルトラン、グラシアンの三人が残る。
ふぅと息を吐くオードリックにベルトランは呆れた視線を向ける。
「だから言っただろう。エレンは強いと」
「確かに。叔父上の仰る通りでしたね。あの子は強い。それに、私が注意した時も別のことを考えていたようです」
「これからの殿下の行く先が楽しみですね。もっと殿下と話をしてみたいところですが……」
「「許すわけないだろう!」」
オードリックとベルトランの声が重なった。
結構な圧があったが、グラシアンはものともせずに笑っている。
「大公邸へ前触れも寄越さず来たように、勝手にエレンに会いに行くような真似はするなよ」
「流石に皇宮の宮にいらっしゃる殿下に直接会いに行くような真似はしませんよ」
流石にその分別は持ち合わせているだろうから心配はしていない。
「それよりグラン。明日のお披露目以降、周囲に目を光らせておけ」
「承知しております」
先程までの戯けた様子はなく空気が重くなる。
お披露目以降、いや、披露目の最中から周囲を注視したほうがいいだろう。
(馬鹿な者達がリックの怒りを買って勝手に自爆するのは構わないが、周囲が巻き込まれる事態は避けたい)
それに、ただ単に噂する者だけならば大したことはないが、赤子の頃の件があるので、関わった者が貴族の中にいるならば、何かしら動きを見せる可能性もある。
そちらのほうが大問題だ。
オードリックはその懸念を抱いているからこその言葉だ。
といってと、皇女は強く健康的に成長したのでそれほど心配はしていないが、ただひとつ、娘が無茶をしないかどうかが心配なところだ。
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