大公家最後とひととき
今日は大公邸で過ごす最後の日。
この日の為に皆休みをとり別邸に集まっている。
天気が良いので庭でお茶会を開催するのだとリディアーヌは今朝聞かされた。
そのお茶会に集まったのはベルトランを始め大公家の一族と大公家の騎士団や別邸の使用人全員が揃っていた。
リディアーヌといえば、エヴァに可愛く仕上げてもらいエルネストにエスコートしてもらって庭に降りてきた。
「来たか。待っていたぞ」
「あらあら。二人揃っていいわねぇ! このままお嫁にきてもらいたいわ。あなたもそう思うでしょう?」
「あぁ、そうしたら本当に娘としてここに堂々と住めるな」
「父上、その場合は私の娘になるのですよ」
「まぁ! 自分だけずるいわ。私達の娘でしょう?」
「ごめんね。アリーと私の娘だね」
「お姉様可愛いわ!」
「父上、母上。息子の僕は無視ですか?」
「お前はどっちでもいいが、リディが娘に来てくれたら嬉しいよね。今度はお義父様って呼んでもらいたいなぁ」
「そうしたら私はお義母様ね!」
妄想を広げて話すリュシオル達にやれやれとエルネストは首を振る。
「ごめんね。父上と母上は無視していいよ」
エルネストは無視していいと言うが、リュシオルの言葉に引っかかりを覚え、リュシオルを見ながら答える。
「私、シオルお兄様はそのままお兄様がいいです」
その言葉に一瞬しーんと静まり返ったが、楽しそうな笑い声が響いた。
「あはははっ! そっかぁ! 私はお兄様のままがいいんだね」
「あらあら……」
「不憫だな」
「まだこの先どうなるか分かりませんよ」
「私はどちらでもお姉様のままですから、どっちでもいいです!」
「リシぃー!?」
最後の叫びはエルネストだ。
何故か悲壮感漂わせてフェリシーの肩を揺らしている。
ますます分からず、リディアーヌはベルトランとフェリシエンヌの近くへと寄ると、優しく出迎えられた。
「今日も可愛いな」
「リディが笑顔で私は嬉しいわ」
「大分吹っ切れたようだな」
「はい。ご心配をおかけして申し訳ありません」
「いや、これからも奴等に言いにくいことがあれば俺に言うといい。リディの頼みなら何でも聞こう」
大真面目な顔で言うが、何でも聞いていたら我儘になりそうだ。
その言葉にリディアーヌは苦笑した。
「ダメなものはダメだと言ってください」
「お前を甘やかすのは俺の特権だ。そもそもお前は頼み事をあまりしないだろう?」
「あちらへ行ったら……会いたいと直ぐに言うかもしれませんよ?」
「ははっ! 可愛らしい頼みだな。それぐらいいつでも叶えてやる」
「本当に娘に甘いわね」
「お前は会いやすいだろうが、俺はそうはいかんからな」
「何を仰っているの? 貴方だって直ぐに会いに行けるでしょう」
「……まぁ、そうだな」
二人が気を使っていってくれているのか、簡単に会いに来てくれるような気がしてリディアーヌは嬉しそうに微笑んだ。
「さて、今日はお前がここで過ごす最後の日だ。ここに集まった者は皆、リディと別れを惜しむ者達ばかりで、今日は使用人達もリディと存分に話すといい。ただし、彼女がこの屋敷を去ることは口外禁止だ。破ったものには私自ら相応の罰を下す。そんな馬鹿な人間がいるとは思えんがな……」
最後のは脅しだった。
たが、使用人達は皆、ベルトランの言葉に真剣に頷いているところを見ると、誰もが彼を信頼しているということだ。
「では、リディから一言貰おうか」
「はい」
ベルトランにそっと背中を押され前へ出ると、寂しそうにする者から励まそうと見守る人達の温かい視線を感じ、込み上げてくる。
それをぐっと押し殺して口を開く。
「お父様に連れられてこの屋敷へ来てから約五年の間、お世話になりました。沢山迷惑をかけてしまってごめんなさい。ここでの暮らしはとても優しくて楽しくて、安心して過ごすことができたのは、お父様とお母様には娘として育ててくださり、シオルお兄様にアリーお義姉様には妹として、エルお兄様とリシーにも兄妹として仲良くしていただいて嬉しかったです。そして私のお世話をしてくださった侍女の皆さん、騎士団の方々にはいつも訓練をしてくださってありがとう。こうして体力が戻ったのも団長をはじめ皆さんのお陰です」
この大公邸で暮らした日々はかけがえのないもので、毎日がとても楽しくて、人として当たり前の暮らしができて、未熟な自分に対して優しくも厳しくも育ててくれたベルトラン達に感謝しかない。
リディアーヌは今までの事を思い返して、未熟な自分が恥ずかしくて、けどその都度ベルトランとフェリシエンヌが温かく包んでくれて、叱ってくれて……
「ここで過ごせて本当に良かったです」
泣くつもりはなかったのだけれど、自然と涙がこぼれた。
あちこちですすり泣く声が聞こえる。
ベルトランとフェリシエンヌはリディアーヌに寄り添って彼女の涙を拭く。
リュシオルも涙を静かに流すアリアーヌをそっと肩を寄せて温かい眼差しでリディアーヌを見つめる。
エルネストは泣きじゃくるフェリシーを抱きしめていた。
この日の為に駆けつけてくれたシルヴァンもリディアーヌを優しい顔で見守っている。
皆の顔を順番に見てそっと微笑む。
「お父様達、大公家の皆様のおかげで初めて幸せを知りました」
マラディでの生活の中で記憶が蘇り、けれど今まで受けた暴力や暴言の数々にトラウマになり、幸せというものが分からずにいたが、ベルトランとフェリシエンヌに助けられてエクラタンへ来てから、リディアーヌとして生活をし、ベルトラン達のおかげでそれを掴むことができた。
そして本当の家族と会うこともできて、記憶とはまた違う家族がいる幸せを噛み締める。
まだ本当の家族、特にジュリエットとはぎこちなさはあるものの、以前のような敵愾心はなく、少しずつ姉妹として過ごしていければと思う。
あちらへ戻れば大変なの日々かもしれないけれど、大公邸の皆に見守られていると思えば頑張れる気がする。
「ここでの生活は私にとってとても自由で幸せでした。それもお父様達のお陰です。私を連れてきてくれて本当にありがとうございます。この幸せな日々を忘れることはないです。今まで本当にありがとうございました」
深く深く大公邸の皆に頭を下げる。
温かい拍手に包まれて、そっと頭を上げるとフェリシーに抱きつかれた。
「お姉様はどこに行っても私のお姉様ですからね!」
「もちろん。リシーは私の妹だから、これからもお姉様だよ」
「こら、リシー。リディのドレスを涙で濡らすつもりかい?」
後ろから来たエルネストに嗜められて引き離すと、今度はエルネストに抱きしめられた。
「リディはずっと僕の妹だよ」
「嬉しいです。これからもずっとお兄様でいてください」
その言葉にベルトランは「天然か?」とフェリシエンヌは「この子大丈夫かしら」とか、リュシオルに至っては爆笑しているし、アリアーヌも笑いを堪えられなくてリュシオルの胸で肩を震わせている。
「リディは天然なところがあるよね。そんなところも可愛いよ」
「シルスお兄様。忙しいのに来てくださってありがとうございます」
「ここで私を除け者にしたら皇宮まで乗り込んでたよ」
思ったよりも行動派のようでリディアーヌは笑った。
よしよしされてぎゅーっと抱きしめられると、その横からリュシオルに引っ張られて今度はリュシオルに抱きしめられる。
「兄上、邪魔しないでくださいよ」
「私もリディを堪能したいんだ。リディ、これからもずっとシオルお兄様って呼んでね」
「私のことはシルスお兄様だよ」
「困った息子達だこと」
フェリシエンヌが頬に手を当てて苦笑しているが、その息子達は意に返さずにリディアーヌの取り合いをしていた。
こうして抱きしめられることは最後だからと熱い抱擁を受け止め、リディアーヌも兄達にぎゅっと甘える。
解放された後は、騎士団のセルジュ団長をはじめ、騎士団の人達とも沢山話をした。
セルジュ団長には皇国の騎士団が腑抜けなら遠慮なく教えて欲しいと「いつでも駆けつけます」という心強い言葉をもらった。
そして毎日お世話をしてくれた侍女や他の使用人達とも別れを惜しむ。
リュシオルの側近であるヴェナン伯爵も今日は来てくれて、彼とも言葉を交わしているといつの間にかリュシオルが来て、間に割って入り、伯爵がリュシオルに「子供ですか」と呆れ呟いた。
楽しい時間はいつまでも続くことなく終わりを迎える。
何だか切ないような、けれどこの屋敷で過ごす最後の日としていい思い出ができたので、このお別れ会を開催してくれたベルトラン達には感謝しかない。
夕食は本邸で皆揃っていただく。
今日はシルヴァンも泊まるようで、一緒に夕食をとった。
昼間たくさん話したけれど話は尽きず、夕食後も談話室で沢山話をし、可愛がれてこの日の終わりを迎えた。
別邸に戻るとき、ベルトランとフェリシエンヌに挟まれて二人と手を繋いで歩く。
この別邸へ続く道も今日で見納めだ。
何も話さず、静かに歩く。
隣に歩くベルトランとフェリシエンヌをそっと見ると、二人は少しだけ寂しそうに見えたので、リディアーヌはぎゅっと手に力を入れる。
二人は驚いてリディアーヌを見下ろすと、彼女はこの時間もが幸せだと言わんばかりに微笑んでいた。
ふと表情を綻びせて微笑み返す。
何も言葉はなくても三人は心の中で通じていた。
何よりも、大切な日々を胸に刻み、明日へと続く道を歩んでいく。
ご覧いただきありがとうございます。
ブクマやいいねをありがとうございます。
とても嬉しいです。
次回も楽しんでいただけたら嬉しいです。
よろしくお願いいたしますm(__)m




