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自由な空の下  作者: 月陽
第十章 熟慮断行
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真実の告白


 お披露目まで残すところ一ヶ月。

 この一ヶ月の間に大公邸と行き来して、少しずつではあるが皇宮内での生活も、ほんの少しは慣れたと思う。

 けれど、その生活も後二週間程で終わるので、大公邸で過ごす時間も残り僅かとなった。

 そう思うと、段々と寂しさが募り一人でぼうっと庭を眺めたり、本邸のフェリシーに会いに行ったりと、周囲の人達を心配させた。

 今日も本邸の図書館でぼんやりとしている。

 本を広げているものの、その目には全く内容は映っていない。

 幾度となくため息が溢れる。



「こーら。そんなにため息ついていると幸せが逃げていってしまうよ」


 

 急にぬっと目の前にリュシオルの顔が出てきて思わず仰け反ると、椅子ごと後ろに倒れそうになり「おっと」と支えてくれた。



「危ないよ」

「シオルお兄様が驚かすからです」

「ははっ! 元気な声が聞けて安心だよ」

「私は元気ですよ?」

「元気な子はため息なんてつかないよ」



 心配されて顔を覗き込まれる。

 皆の前では態度に出していたつもりはなかったけれど、どうやらお見通しのようで、今もそっと侍女がお茶を淹れ甘い物まで準備された。

 本を汚してはいけないので閉じると、リュシオルが本を持ち汚さないようにと机に置く。



「ほら、食べながら話そうか」



 クッキーを食べさせようと口元にそっと近づけられる。

 これは食べないとずっとそうしていそうだったので、観念してサクッと食べると、ほんのりとした甘みが広がり食べ慣れた美味しい味でほっとする。



「美味しい?」

「はい、美味しいです」

「もうすぐだね。リディが大公邸から皇宮へ完全に居を移すのは」

「そう、ですね。あっという間で……」

「寂しい?」

「寂しいです……」

「今日はやけに素直だねぇ」



 可愛いと頭を撫でる。

 いつもならもう子供ではないからと抗議するけど、それももうすぐしてもらえなくなる。

 どちらにしてもそろそろ頭を撫でられる年ではないから止め時としてはいいのかもしれない。



「そんなに落ち込まなくてもいいよ。頻繁にじゃないが会えるし、そう考えたら今までと同じだと思わない?」



 大公邸の別邸に暮らしているので普段からリュシオル達とは頻繁に会っていたわけではないから今までと同じと言われたらそうなのだけれど、そうじゃない。

 今まで以上に会えなくなるのもそうだけど、やはりこの大公邸が好きなのだ。



「リディにはまだまだこれから好きなものが増えるよ。学園へ入学したら同年代の友達もできるだろうし、出会いもたくさんあるかね。……もしかしたら、私達のことなんて忘れちゃうかもしれないよ」



 最後は悲しそうな顔をしながら態とらしく泣き真似をするリュシオルに、リディアーヌは袖をつまんでじっと真剣な顔でリュシオルを力強く見据えた。



「忘れません。シオルお兄様達のことを忘れるなんて絶対にあり得ません」



 言葉とその強い視線に戯けていたリュシオルが驚いた。



「私も、リディがここで自由に健やかに過ごしたことは忘れないよ。悪かった。少し揶揄っただけだよ。リディが私達を忘れるなんて思っていない。それに、リディがそれだけここで生活を楽しんでくれていたと知ることができて嬉しいよ」



 リュシオルの言葉を聞き少し力を抜き、リディアーヌは少しだけ揶揄われたことに責めるような視線を向けたが、直に真面目な表情に変えた。


 

「大公邸(ここ)の生活は、現世(いま)の私にとって初めて安心して過ごせる場所で、私を大切に想ってくれるお父様とお母様に恵まれて、それに優しいお兄様達がいる場所です。私にとっては初めての家族はお兄様達だから。だから……やっぱり寂しいです」



 初めてだった。

 リディアーヌがこれほど素直に想いを口にするとは思わず、リュシオルは驚きに目を見張るが安心することも出来た。

 マラディでの事はリディアーヌの中ではとっくに終わっていて既に風化しているようなそのように感じられた。



「そうか。そうだね。私も可愛い妹ができて嬉しかったよ。それは今後も変わらないし、これからもずっと可愛い妹だからね。ずっとお兄様と呼んでね。リディが嫌だといってもずっとだよ?」

「嫌なんて思いません」

「お年頃になったら変わるかもしれないからねぇ」

「変わりません!」


 

 また揶揄われていると思ったリディアーヌは怒りながらもその顔は笑っていた。

 少しは気分転換になったようでリュシオルはほっとした。


 残すところ後わずかとなったので、本邸で皆揃って夕食を食べる機会が増え、残りの時間を家族に迎えてくれた大公邸の人々と過ごす。

 残り僅かとなったのでエルネストにもリディアーヌが皇宮へ戻ることを伝えると、それ以来更に過保護になった。

 過保護というか今までよりも更に兄馬鹿と成り果てた、とベルトランが話す。

 学園に入ってからは宮廷でノルベールの執務の補佐を行っているにも関わらず、リディアーヌと過ごす時間が後わずかだからと早めに帰宅している。

 最初はそれで大丈夫なのかと心配したが、逆にノルベールが快く許可したという。

 ノルベールはノルベールでリディアーヌを想ってのことらしい。

 まだノルベールの側近もリディアーヌが第二皇女だと知らされておらず、お披露目前には伝えるようだ。

 そのお披露目まで残すところ二週間となった。

 そしてリディアーヌは別邸で行う最後のお茶会の準備をしていた。

 その日が近づくにつれて緊張が増す。

 自分で伝えると言ったものの、嫌われても仕方がないと思う反面、嫌われたくないと思う。

 反する想いを抱えたまま当日を迎えた。



「フロー様、エミリー様、リア様。お忙しい中出席いただいてありがとうございます」

「いいえ。リディ様のお誘いとあらば何を置いても参りますわ」

「こうしてリディ様からお誘いいただくのは久しぶりですもの。とても嬉しいですわ」

「リディ様にお誘いいただけて楽しみで恥ずかしなが昨夜は中々眠れませんでしたの」



 週末の学園が休みの日にお誘いしたのでこうして自分の口から伝えたい三人が集まってくれたことにリディアーヌは感謝した。

 緊張で手が震えそうになる。

 どう思われるのか……リディアーヌを心配して、エルネストが同席しようかと申し出てくれたけれど、これは自分の問題だからと嬉しいけれど断った。

 ドキドキと痛いほど心臓の鼓動を感じる。

 最初は和やかにお茶会が始まった。

 主に近況を話し、学園ではどんな感じなのかを教えてもらった。



「そういえば、もうすぐ学園祭ですの。リディ様、よければ学園祭にいらっしゃいませんか?」

「エルお兄様からもお話を聞いていますが、残念ですが見に行けないと思います」

「まぁ。お忙しいのですか?」

「いえ……そうではないのですが」


 

 学園祭は丁度来週の半ばにあり、リディアーヌとしては行ってみたいけれど、ベルトランから許可がおりなかった。

 お披露目前というのもあり、本当は行かせたいが時期が時期な為に駄目だと言われてしまった。

 それはリディアーヌも分かっているので諦めているが、まさかフロランスに誘われるとは思っていなかったから言い訳が見つからなくてしどろもどろしてしまう。

 けれど言い訳を、する必要はない。

 今日のお茶会の本来の目的はリディアーヌの本来の出自を明かすためだ。



(言うなら今……)



 タイミング的には今伝えるのがベストだろうが、いざとなると震えそうになる。



「リディ様? もしかして、どこかお加減がよろしくないのでしょうか?」



 リディアーヌの緊張を体調が悪いのかと心配したフロランスに心配されてしまい、慌てて無理に笑顔を作る。



「いえ、体調は問題ありません……」

「ですがお顔色がよろしくありませんわ」



 一度目を瞑り息を整える。

 いつまでも先延ばしにはできない。

 ふうっと小さく息を吐く。

 目を開けてフロランス、エミリア、アマリアの三人を見つめる。



「今日は伝えたい事があってお茶会を開きました」



 どこか思い詰めたようなリディアーヌの表情に三人は自然と表情を繕う。



「今からお伝えする事は、まだ内密にお願いします。……後、できれば今まで通りでお願いしたいのです」



 最後のはどこか懇願に近いような響きだった。

 もう一度息を整える。

 そしてそっと手を首の後ろに回していつも着けている魔術具をそっと外す。

 リディアーヌは目を伏せている。

 怖くて前が向けない。

 けれどそんな恐怖を押し殺して前を向くと、三人は驚愕の表情を浮かべていた。

 それはそうだろう。

 目の前の姿はリディアーヌであってリディアーヌではない。

 髪色が、瞳の色が皇家のものだからだ。

 驚愕の表情から戸惑っているのが伝わってくる。



「今まで隠していて申し訳ありません。私の、本当の名前は……エレオノール・ソフィ・エクラタン。リディアーヌは偽りの姿です。訳あって大公家で暮らしていましたが、もうすぐ皇家に戻るので、お披露目を行う前に、どうしても、孤児だと噂される私に対し、優しく仲良くしてくださったフロー様、エミリー様、リア様に自分の口から伝えたくて集まってもらいました」



 手が震える。

 フロランス達は声が出ないようで、痛いほど静まり返りどくどくという自分の鼓動が響く。

 どれだけ時間が経ったのか、静かにエレオノールの言葉を聞き、誰も声を出さなかったけれど、先に口を開いたのはフロランスだった。



「とても、驚きましたわ。まさかリディ様が『闇夜に秘された星』でしたのね」



(……なにそれ?)



 エレオノールは思わずいつもの調子で心の中で突っ込んだ。

 ベルトランに教えてもらったのは『黒夜に秘されて宝玉』で暗に皇女が拐われたという隠語。

 フロランスの口から出たのは初めて聞く言葉だ。



「エレオノール様、今までのご無礼をお詫び申し上げます。闇夜を照らす一つ星である皇女殿下のお戻りを心よりお慶び申し上げます」



 フロランスの言葉に首をひねっていると、三人はいつの間にかすっと立ち上がりエレオノールに礼を尽くしているのを見て声をかける。



「頭を上げて楽にしてください」



 エレオノールは教えられた通り冷静に座るように促すと、三人はすっと席についた。



「皆さんを騙していたのは私の方ですから。謝罪は必要ありません」

「何かご事情がお有りでしたのでしょう。騙されたなどとは思っておりませんわ」

「それにしても、やはりエレオノール様はルヴェリエ殿下に少し似ていると思っておりましたが、やはり血縁でいらっしゃったのですね」

「え?」

「初めてお会いした時はそのようなことはなかったのですが、成長し、どことなく似ていらっしゃると思っておりました」



 まさかベルトランに似ていると言われるとは思っておらずに驚きを隠せない。

 ここに戻って直ぐの頃、カサンドラにとても似ていると言われていたけれど、最近は父親であるオードリックに似ていると言われる。



「質問をよろしいでしょうか」

「はい」

「どうして私達に教えてくださったのでしょう? 本来であれば極秘のはずでは?」

「それは……社交界の始まりの夜会が私のお披露目となるのですが、私と仲良くしてくださった皆さんには、他の人から聞かされるよりも、私の口から伝えたかったのです」



(騙したのはこっちなのに、自分の口から言いたかったなんて都合が良すぎる……)



 自分で言っておいて静かに自分を罵る。

 一体フロランス達はどう思っているのだろうか。

 窺うように見ると、パァッと光り輝くような眩しい、キラキラと瞳を煌めかせてこちらを見つめているのを見ていてちょっと怖くて仰け反ったリディアーヌをよそに感激混じりの吐息が三人の口から漏れる。

 


「まぁぁああ!! それほど私達を想って下さっていたのですね!」

「嬉しいですわ。リディ様、いえ、エレオノール様に想っていただけていたなんて……」

「こんなに、こんなに素敵で格好良くて、お優しいなんて……私、本当にエレオノール様をますます好きになってしまいますわ!」



 エミリアが、アマリアが、フロランスが、壊れた……。

 

 

(これは、嫌われていない……という認識で間違っていない?)


 

 好きなんて言われると思っておらずにその勢いに圧倒され、いつも通りの三人で拍子抜けしたのは言うまでもない。



「あの、私のことはエレンと呼んでください」

「まぁあ! 嬉しいですわ! 今後もエレン様にどこまでもついて行きます!」

「エレン様のお披露目が終わりましたら、『エレン様を愛でる会』に変更しなくては!」

「少しお待ちくださいませ。今エレン様をご存知なのは……」



 ふと疑問に思ったのかエミリアが聞いてきた。

 エレオノールの身近で知っているのはエルネストだけだ。

 他の側近の人には披露目の前日に伝えると話していたから知らないはずなので、フロランスにはクロードには言わないようにお願いした。

 そうすると、クロードよりも早くに知り得たフロランスはとてもいい笑顔だった。



「エレン様、何故大公家でお過ごしに? あ、答えることができない事項なら無理にとは言いませんわ」



 やはりそこが気になるとこなのは仕方がない。

 戻ってきていたならばわざわざ大公邸で過ごさなくても皇宮に戻ればいいだけのこと。

 疑問に思うのは当たり前だ。



「私の噂はご存じだと思います。当時、私が拐われた事は貴族の中でも知っている人はいると聞いています。そしてその後は孤児として育った事も事実で、大叔父様に出会ったのは本当に偶然です。出会った当初、私はこの髪色ではなかったので、皇女とは思わず、私の事を養女として迎えてくださいました。その後、私の姿が偽りで隠されていたのが判明して、けれど私が孤児の頃に受けた事がトラウマで、それを中々克服できずに先延ばしにしてくださったのです」



 はっきりとは言わず、暗に伝えるとフロランス達は痛ましいとばかりに口を覆った。



「陛下は私が落ち着くのを待ってくださり、学園へ入学する前にと言うことで今になったのです」



 エミリアとアマリアはエレオノールの言葉を素直に受け取っだろう。

 けれど、フロランスは大公領での件もあり、ジュリエットとあまり仲が良くなかったのは前から知っているので、きっと本当の理由も分かっていそうだけど、それを表に出さずにエミリア達と同じくエレオノールの話した内容を信じる素振りを見せた。

 それはそれとなくエレオノールに視線を向けたので察したのだった。

 フロランスは聡く、流石ノルベールの側近であるクロードの妹だ。

 エレオノールは微笑み返すと、安心したように微笑んだ。

 最初の緊張も今ではすっかりと鳴りを潜めたので、エレオノールは思い切って三人にお願いごとを口にする。

 それは今後も仲良くしてほしい、という願いだ。

 願うことではないかもしれないが、口にせずにはいられなかった。

 三人の答えは「勿論」の一言。

 エレオノールが皇女に戻ろうとその関係性が変わることはないと断言した。

 その言葉を聞いて安心して力が抜けた。

 帰り際にはエレオノールとの約束を必ず守ると言い帰っていった。

 お茶会の件で心配していたベルトラン達にも無事に終わり、これからも変わらず交流できそうだと報告ができてエレオノールもようやく心の支えが取れてほっとしたのだった。

 

ご覧いただきありがとうございます。


次話も楽しんでいただけたら嬉しいです。


よろしくお願いいたします(ꈍᴗꈍ)

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