憂う人達
ジャルディノ公爵とは暫く会う機会が無かったので、今夜が久しぶりの再会となる。
公爵は年明けに第一子を出産したばかりだというのに、その体型は以前と変わらずしなやかだ。
寄り添っているのは公爵の配偶者で、魔術師団の団長だと話に聞いている。
「皇女殿下にご挨拶させていただきます。無事のお戻りを心よりお慶び申し上げます」
「ありがとうございます」
相変わらずの優美さで、周囲の女性達の視線を釘付けにしている。
男性の視線がないのは彼女の夫のせいだろう。
それとなく周囲に威圧を放っている。
それも男限定で……。
「やはり何処となくルヴェリエ殿下に似ていらっしゃると思っておりましたけれど、私の予想通りでしたわ」
「予想、していらっしゃったのですか?」
「もしかしたら、程度ですけれど」
たおやかに微笑む公爵は子を産んでさらに色気が増した気がする。
「そろそろ私も紹介してほしいな」
「あら。忘れていたわ」
「酷いな」
そう言いながらもお互い優しく微笑み合う。
若い女性が憧れる夫婦像を体現している二人で憧れの的でもある。
「殿下。ご紹介させていただいてもよろしいでしょうか?」
「はい」
「彼はカミーユ・ルイ・ジャルディノ。私の夫ですわ」
「お初にお目もじ仕ります、クラウディアの夫、カミーユと申します。闇夜に輝く一番星であられる皇女殿下に拝することができ光栄に存じます」
「彼は魔術師団の団長を拝命しておりますので、宮廷で顔を合わせる機会があるかもしれませんわ」
「殿下は魔術がお得意と聞き及んでおりますので、訓練をご希望でしたらいつでも仰ってください」
その後しばらくこちらへ挨拶に来る貴族達はなく、遠巻きに見られてはひそひそと話す声が聞こえるばかり。
何を言っているのかは分からないが、嫌な視線なので碌な事ではないだろう。
「堂々と言ってくればいいのに……」
ポツリと呟いた言葉にノルベールだけではなく、クロードも肩を震わせていた。
どうやらエレオノールの呟きが聞こえていたらしい。
「エレン、こんな所で笑わせないでっ」
「皇女殿下は全く場に気圧されていませんね。流石です」
「面白いことは言ってませんよ?」
「そうだね。あ、エレンとジュリはそろそろ戻らないといけないな」
まだ成人していないため時間を決められているので、未成年である二人はそろそろ宮へと戻らなければならない。
「それではお兄様、先に戻りますね」
「二人共、夜更かしせずに休みなさい。特にエレンは慣れないことで疲れただろうからゆっくりと休むんだよ」
「はい、そうします」
その後、オードリックとカサンドラにも挨拶をしてホールを後にした。
静かな廻廊にホッとする。
やはりあの喧騒に少しばかり疲れたみたいだ。
「エレン、疲れたわよね。今日はゆっくり休んでね」
「はい。お姉様も。おやすみなさい」
「えぇ! おやすみなさい」
嬉しそうなジュリエットと就寝の挨拶をして宮へ戻ると、エレオノールは早々に眠りについた。
未成年の二人が宮へ戻った後、ノルベールの元には多くの貴族達が近寄ってきた。
主に末の皇女をそれとなく探る為だ。
戻ったばかりの皇女を気遣いつつ、弱みを探ろうとする者から純粋に興味を抱く者、様々な思惑を抱えながら、それを知りつつ対外的な笑顔を貼り付け対応するノルベールはさすがにうんざりしていた。
うんざりし過ぎて話の途中で切り上げてその場を後にする。
「全く、どいつもこいつもエレンに近づこうとする浅はかな蠅ばかりだ」
笑顔を消し、冷ややかな顔で皇族の休憩スペースでもあるソファにどさりと腰掛ける。
普段エレオノールやジュリエットの前では見せることの無い態度と表情だ。
クロードは苦笑しつつ、近くに控えている侍女に合図する。
「お怒りはご尤もですが、少しお茶でも飲んで落ち着いてください」
侍女がノルベールにお茶を準備し下がったのを見計らい乗るヘマはため息をつく。
「この先学園が心配だな。あんな飢えた蝿共の中に可愛い妹を通わせるなんて……」
「殿下の同級生に知り合いはおりませんからね。公女様でいらした時も交流は控えめでしたから」
「エルを留年させるか?」
「それはさすがに無理がありますよ。既に学年一位の成績で他を寄せ付けずにいますから絶望的ですね」
「何かいい手はないかな」
うーんと頭を悩ますノルベールにクロードは、ジュリエットの時はここまでではなかったと思い返す。
公に戻ったばかりの末の姫が心配で仕方がないのだろうけど、エレオノールがそこまで弱いとはクロードは思っていない。
学園へ入学しても難なく対処しそうだとクロードは考えている。
「そんなに心配でしたら、入学されてから昼食を共にしたら如何です?」
「そうだな! けど、休憩時間も心配だ……」
「殿下にも同級生との交流は必要です。それに、もう少し妹を信じあげるのも兄の役目かと。後、かまいすぎると妹に嫌われますよ」
「……それはお前の経験か?」
「そうですねぇ。私は引き際を弁えていますから、嫌われておりません」
にっこりと微笑んで答えるクロードにノルベールは「なるほど」と、妹に嫌われたくないので内心とてと心配しながらも我慢するだろう。
ノルベールが心配するよりも、妹であるフロランスが駆けつけるだろうし、一つ上にはエレオノールの姉であるジュリエットがいる。
今日の様子を見ていても、関係はそれなりに改善され良好のようだ。
まだ少しジュリエットがエレオノールに遠慮しているように見えるが、それも時間の問題だろう。
学園の入学まではまだ時間がある。
ノルベールの心配はまだまだ続きそうだ。
夜会もある程度進むとノルベールも宮へ戻り、それを見送った後、クロードは両親と共に屋敷へと戻った。
流石にフロランスは寝ているだろうと思ったが、まさかエントランスホールで待ち受けてるとは思わず、これには両親も呆れ果てている。
「おかえりなさいませ」
「フロー、寝ていなかったのか?」
「エレン様のお話を聞くまで眠れませんわ! さぁ、私に夜会の出来事を教えてくださいませ!」
これには三人仲良くため息をついた。
しかもこんな所で寝る前のテンションでもない。
「フロー、明日ではダメなのか?」
「ダメですわ! 直ぐに聞きたいのです! エレン様の勇姿を、きっととてもお綺麗で堂々としていたに違いもありませんわ」
うっとりとその状況を想像してキラキラと目を輝かせている。
「おい。フローはいつからこんなに残念な娘になったんだ?」
「リディアーヌ様に初めてお会いしてから年々酷くなっておりますわ。今頃気がついたのですか?」
「フローはエレン様に傾倒してますよ。それに、エレン様が男性なら求婚しているとまで言っています。今更ですね」
「そこまでなのか……」
娘の奇行にどうしたものかと頭を悩ます侯爵、セヴラン・ドナ・ランヴェールは一先ず談話室へ行こうとフロランスを促した。
話を聞く気満々でソファに座り、侍女がお茶を準備して下がる。
「それで、お披露目は如何でしたか?」
「滞りなく終えたから心配はいらない」
「エレン様のご様子は如何でしたか?」
「とても堂々とされていたよ。陛下によく似ておられるせいか、度胸のない貴族は殿下の様子を見てこそこそと話すしかなかったようだ」
今日の様子を見ていれば、第二皇女は黙っていればとても冷静でいて、その眼差しは落ち着き然りげ無く周囲の貴族達を伺っているように見えた。
その様子は陛下に似ており、近くに皇子が守る様に側にいたこともあるだろうが、簡単に近寄らせなかったのは公に戻ったばかりだというのに流石陛下の血を引いているだけのことはあると思わせる佇まいだ。
その時の情景を思い返していると、クロードがくすりと笑った。
「エレン様はその者達に対して暗に腰抜けと言っておられたよ」
「まぁ、本当に?」
「クロード、殿下は本当にそんな事を言ったのか?」
「はい。実際には『堂々と言ってくれればいいのに』と仰っていました」
「その様子ならこの先問題ないようだな」
ようやく公に戻りこれから暫くは皇女の話題で持ち切りになり、その行動は逐一噂されることになるが、クロードの報告に安堵した……のは瞬く間に潰れた。
「ノルベール殿下はシスコンを発揮していますけどね」
「は? シスコン?」
「はい、父上。エレン様の今後を憂いておられました。学園での生活が心配だと、あの様子では違う意味でエレン様の学園生活が心配になりますね」
「それでしたら心配ありませんわ」
「……フロー、お兄様は今の一言で、心配事が増えた気がするんだけど、これは気の所為かな」
「気の所為ですわ。そして学園ではエレン様を私が見守りますのでご安心くださいませ!」
その言葉にクロードは「やはり」と重いため息をつく。
フロランスの言葉に侯爵と侯爵夫人は呆れた様子で「困った子」と頬に手をやる。
「あまりエレン様の手を煩わせるようなことはするなよ」
「失礼ですわ。私は純粋にエレン様が心配なのです。それに、エレン様はまだ同年の方々と交流がないはず。そして今回のお披露目で要らぬ者達があの方を煩わせるのは目に見えておりますわ。少しでも風除けになればと。後は……エレン様のお姿を少しでも長く拝見したいですわ」
憂いた表情をして尤もなことを言ったかと思えば最後の言葉で全て台無しだ。
それはこの場にいた両親と兄の呆れた表情を見れば一目瞭然で「お前、最後のが本音だろう」とクロードには即座に切り返す。
フロランスにしてみれば自分の言ったことは全て真面目にそう思っているからで、クロードからの返しは心外だった。
「全て本音ですわ。……ですが、エレン様ならば何かあったとしても対処なさるでしょう。学園の生徒ではエレン様の相手にはなりません。ただ、エレン様ご自身がどのような噂をされても頓着しない方なので、もし何らかの悪意ある噂が広まりすぎて後々面倒が起きないか、とても心配なのです」
その言葉に三人は神妙な顔で頷く。
フロランスの懸念は最もで、本人が無視したとしても噂が後々本人の足を引っ張り足枷になり、本人の評価だけならいざ知らず、皇家の威信をも脅かす、なんてことにもなりかねない。
流石にそこに至る前に皇帝のみならず、兄のノルベールが動くだろうが、彼らが動けば相当数の被害が出るのは必須。
まだ学生なので未然に防ぎ更生させ、文官、騎士等の将来ある若者を育てるのも仕事の内だ。
「不純な動機はともかく、まだ先の話だ。殿下が学園に入学されるまでに出来ることはあるだろう。お前達は学園内を注視しておきなさい」
「はい、父上」
「不純ではありませんが、エレン様が心置きなく入学できるように出来ることをいたしますわ」
侯爵の言葉にクロードとフロランスは力強く頷く。
第二皇女のお披露目が無事に終えたことで明日から世間は騒がしくなるだろう。
フロランスは自身に出来ることをし、エミリアとアマリア、二人ならば問題ないので、先ずはあの二人と共に協力し合うべく、明日からの学園生活の予定を立てるのだった。
ご覧いただきありがとうございます。
第十章が終わり、次から新しい章へと移りますが、暫くお時間頂きますm(__)m
次回まで楽しみにお待ちいただけたら幸いです。




