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影、再来


 五日目を休養に使ったグリゴリーは今、寝ようとしていた。

 

 明日は天候の影響で出発が遅い。いっそ昼まで寝ようかと目を閉じた。

 

 火国は昼も暑いが、夜も暑い。

 窓を開けて風を入れて、布団もかけずにそのまま眠るなんて当初のグリゴリーからは信じられなかった。

 

 今はすっかり半袖の上下を着て生活している。

 中心に太陽が描かれた赤い生地の服がお気に入りで、現在もこうして着ていた。


「――」 


 ふと、グリゴリーは気配を感じて起きた。

 

 隣のベッドで寝ているブラダィヨーを見る。そこから視線を外すと、窓から飛び降りた。

 

 地面に着くと、また気配を感じた。


「……」

 

 グリゴリーはそれを追う。

 

 行く先々でところどころ気配が現れ、グリゴリーはその気を出しているものへついていった。

 

 湖に着いた。

 聞き慣れない単語であったが、オアシスと言われていたのを思い出した


 岸辺へ歩く。

 

 首を左へ回すと、そこには以前も見かけた()()()がいた。


「……」


 影は何も物申さない。


 この人物は、かつてマーシャを暗殺しにきて、グリゴリーと一度対決した。


 何故、そんな人物が今ここにいるのか? マーシャは既にいないのに。


「ふっ」


 影は構えた。どうやらやる気のようだ。

 

 しかし対するグリゴリーは、ポケットに手を突っ込んだまま無力に自然体でいた。


 まるで旧友にでも話しかけるように、グリゴリーは気軽に口を開いた。


「久しぶりだな――エヴァ」

「気付かれていたか」


 影が顔の黒布を解くと、鮮やかな赤髪が火国の夜に広がった。 

 

 そこには本当にエヴァの顔があった。


「そのでかい身体見れば一発で分かるさ」

「そうだろうな。私はお前よりでかい」

「……」


 グリゴリーはエヴァの雰囲気が柔らかいのに気付いた。氷神の部屋にいたときや、部隊で自分を攻撃していた時のものとは明らかに違う。


 再開した時と同じ。幼い頃から一緒にいたあのエヴァが、現在、グリゴリーの前にいた。


「殺しに来たんじゃなかったのか?」

「そうだ。そうしろと父さんに命令された」

「そのわりには殺気を感じられないが」


 ピシュッ。


 エヴァは紙を投げてきた。グリゴリーがそれを掴むと、説明する。


「雷国にいる知り合いへの紹介状だ。それを見せれば仕事や宿を斡旋してくれるはずだ。ほとぼりが冷めるまでそこへ逃げていろ。氷国と火国以外ならば、私たちも追手が出せない」

「……本当にこんなことしていいのか?」

「ああ」


 そこに一片の後悔も見られない表情だった。


 エヴァは本当に自分を思って逃亡を勧めたのだろう。

 確かに彼女の言う通りにすれば、氷神も他の神と下手に敵対するわけにはいかず、他国の領域には手を出せない。多少の苦労はあろうが、望めばそのまま平和な生活が送れるようになる。

 

 氷のような表情を普段ずっと張り付けている彼女からは、想像も出来ない優しさだった。


 幼馴染のグリゴリーでも想像しなかった行動に面食らう。唖然とした後、尋ねることにした。


「頭のいいお前のことだから、きっとよく考えてのことだと思う……でも何故だ?」 

「……ふー」


 グリゴリーの言葉が示させてから、数秒後にエヴァは大きく息を吐いた。

 

 氷の仮面を脱ぎ捨てた彼女はいくつもの表情を変化させた。

 

 そして最後にはまるで山の途中で荷物を下ろした登山家がする時の微笑みになると、ついに唇から気持ちが溢れた。


「好きだ」

「――」

「ずっと前から私はお前に恋し、お前を愛していた」


 恋慕の告白を受けたグリゴリー。


 親しかった人間に言われて、いい気持ちがしないわけがない。


 でも――


「悪い。断る」


 もしこの場の時が遡り、一年も前だったなら了承した。


 けれど、そうはならない。

 俺はもう()()に出会ってしまっていて、()()への気持ちを築いてしまったから。


 だからもう、この想いは拒絶するしかなかった


「今の俺はマーシャが好きなんだ。彼女以外は目に入らない」

「知っていたよ」


 最初からエヴァは諦めていた。


 それでも一縷の希望に賭けていたらしく、答えを待っていた。聞き終えた彼女は、再度、戦闘態勢に入った。

 今度の構えは影の状態と違い、ナグボイジョンのものだった。


 グリゴリーはもらった紹介状を投げ返した。


「もうこの紙は俺には必要ない――俺は神に喧嘩を売ることを決めてね。奴に勝ち、必ずマーシャを取り戻す」

 

 通常ならば、正気を失ったとしか思えない発言だった。

 喧嘩を売る、奴呼ばわり、どちらか一つでも住民が集まっている町中で吐いていたら、狂人扱いか熱心な信奉者たちから袋叩きにされていただろう。

 

 だがエヴァは知っていた。

 こうなったこの男は誰にも止めることが出来ない。勇気満ち溢れるこの表情のときのグリゴリーは本気だ。


 グリゴリーはこちらへ向けて構えをつくった。大きな身体がより一層大きく、強く見えた。

 

 対するエヴァも、送り返された手紙を蹴りで粉々にした。


「じゃあやろう」


 ここにきて完全に袂を分かちあった二人は、お互いへ敵意を込めた拳を放った。


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